朝はアスカが羞恥で悶絶したりと大変だったもののどうにか無事に出勤したチルドレン達は、今日も朝から戦闘訓練。
硬質ゴムにスポンジを巻いたダミー武器の使用が解禁され、レンジ面で一見有利になったかに見えるチルドレン一行だが、今日の相手はサキエルでは無かった。
「というわけで、今日は俺と愉快な仲間達が勝負の相手だな。紹介しよう、ネルフ保安部警備課の筋肉ムキムキマッチョマン達だ」
「デカいわね」
「うん、大きいね……威圧感はルイス以上かも」
「やめろよシンジ君。俺の後輩が泣いちゃうだろ」
「先輩、その程度で泣くと思われている事に泣きそうです」
「保安部警備課は怖くてナンボっすからね」
意外と喋るとフランクな警備課のマッチョ達だが、しかし戦いとなればチルドレン達には圧倒的な技量とパワーと体格の差が襲いかかる。
今回はチルドレンは防衛側。積極的な攻めよりは、『拘束されない』『間合いを保つ』などのセンスが問われる状況だ。
そして意外にも、ここに来てレイが無類の強さを発揮した。
武器持ちになったレイの間合い勘はかなりのもので、周囲を囲むマッチョ達のATフィールドを読み切り、最善手を駆使して攻め込ませないのだ。
その一方でシンジとアスカはコンビで戦っているが、中々苦しく、何度か完全に拘束されて、加持に『死亡』判定を出されている。
それを『ルイス』として見ている『育児担当』は、冷静にレイ達の状況を分析していた。
レイはおそらく、シンジやアスカの様に特定個人に深入りするシンクロよりは浅く広く周囲の存在のATフィールドを読む力に長けているのだろう。
彼女の魂はリリスのもので、本人もその自覚があるように『ヒトとは魂の格が違う』のだ。欠けていない完全な魂の所有者からすればヒトのATフィールドは読みやすい。
そして使徒に関していえば、魂の格ではリリスの方が優っている為に人間ほどではないがやはり読み易いのだろう。
そう言った意味では、レイが『自身に存在が近い』サキエルに対して甘えん坊なのは当然と言えば当然。レイからすれば人間を相手に深すぎるシンクロをするのは恐ろしいのだろう。魂の規模に差がありすぎて、十中八九レイに『呑まれる』のだから。
一方で完全な魂を持つサキエルであれば、ある程度深くシンクロしても問題ない。安心感が違うのである。
閑話休題。
ともかく、レイに『周囲を見る目』があるのなら、あとは単純。シンジとアスカのイチャラブコンビと役割分担をすれば良い。
チルドレン達がそれに気づいてからは、3対多の防衛戦は非常に安定し始めた。レイは司令塔兼サポート、シンジはディフェンダーでアスカがアタッカー。噛み合った連携は、チルドレン同士のシンクロもあって異常な手堅さを見せ、警備課は最終的に数で押し切れなくなってしまう。
近寄れば確実に誰かの武器が飛び出してくる防御陣地。チルドレンに与えられている武器は『スポンジ棒』でしかないのだが、それでも芯は硬質ゴム。当たれば鈍い痛みがあるし、何より当たりどころによっては加持から死亡判定が出て『再生』まで一旦退場させられるのだ。
そう。この訓練は、いよいよ本格的にイスラフェル戦を想定した内容。
使徒を殲滅する為には、何よりもまず使徒にやられないことが重要だ。故にこそ、今回は訓練を護身重視のルールとしてチルドレンを追い詰めたのである。
「午後からはルイスによる『超特訓』らしいから頑張れよ、アスカ、シンジ君、レイちゃん」
「はーい、加持さん」
「超特訓かぁ……」
「超……?」
「え、加持、何よ超特訓って。アタシ聞いてないわよ?」
「葛城は午後から出張だからな。伝えてなかった。絶対残ろうとするだろ?」
「……するわね。というか残っちゃダメ?」
「作戦の為の秘密兵器の調達に行くんだろ? 作戦課長が行かなくてどうするんだよ。先方とはただでさえあんまり仲良く無いってのに」
「はぁ……3人の事、任せるわよ。ルイス君、加持」
「もちろんだよ葛城さん」
そう言って微笑むサキエルに同じく微笑みで返したミサト。
そんな大人達の会話を横目に戦い続けるチルドレン達は、お昼までみっちりとしごかれて、ぐったりとしながら一旦休憩や仮眠の為に帰宅するのであった。
余談だが、育児担当はこのまま総司令担当にシフトし、リツコ家を先程出た総司令担当がネルフではなく綾波家に移動する事で育児担当にシフトする為、サキエルが1箇所に被ってしまうという悲劇は起こらない様になっている。
そして、そんな慎重派なサキエルがミサトを追い出して施す『超特訓』は、当然ながら人間には不可能な方法となるわけで。
使徒の能力をフル活用した特訓が、いよいよ幕を開けようとしていた。
* * * * * *
さて。今日は午前中が負荷の高い運動だったので、昼休憩は長め。昨日は材料の関係でカレーだったが、今日はアスカ御用命のハンバーグである。
ネルフでシャワーは済ませてあるチルドレン達は、緊張感からの解放で若干眠そうにしつつも、肉体が訴える空腹によってギリギリ昼寝は思いとどまっていた。
逆にいえば、お昼を食べてさっさとお昼寝したい状況とも言える。
だが、目の前に出された大皿は、その眠気を一時的に忘れる程度には『夢のある』ものだった。
「チーズインがこれで、和風生姜がこれで、普通のがコレ。生じゃ保存できないから全部焼いただけで、余ったやつは明日の朝ごはん行きになるだけだから、食べたい分を食べてね。ソースはトマトソースとデミグラスとグレイビーとおろしポン酢の4つを準備してあるからこれもお好みで」
そう告げて、チルドレンの前に差し出されるのは小ぶりなハンバーグが山盛りになった大皿達。
「ハンバーグ山盛り……テンション上がるわね!」
「確かに、小さい頃一回は考えたことあるかも」
「そうなの?」
「ふふふ。あ、このお皿はレイちゃん用の豆腐ハンバーグだから取っちゃダメだよ?」
「……そういえばハンバーグ食べれないのねレイは。悪いことしたわ」
「大丈夫。豆腐ハンバーグは好き」
そんな会話を交わしつつ食事を堪能した子供達は軽く歯磨きを済ませると仮眠を取る。
食べてすぐ寝ると牛になるというが、消化が始まったことで脳への血流が減少し、ただでさえ眠かった彼らはもう限界だったのだ。
それ故かアスカはネグリジェに着替えるおしゃれさを見せたものの、シンジは引き出しに突っ込んであった『平常心』と書かれた日の丸タンクトップに半パン、レイに至っては全裸という中々限界な寝姿だ。
実験開始は15時。ギリギリまで仮眠を取ろうと決め込んだチルドレン達の寝息が微かに響く中、食事の片付けを行うサキエルは、脳内で午後からの超特訓の予定を精査する。
打倒イスラフェルの為に一切手を抜くことなくチルドレンを強化するその計画は、いよいよ折り返し地点を迎えようとしていた。