【完結】我思う、故に我有り:再演   作:黒山羊

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雲霞のごとく

今になって思えば、プランCで終わるのならシンジ君たちに地獄めいた訓練をしなくてもよかったのでは?

 

ATフィールドに覆われた廃墟の中でイスラフェルを喰らいつつ浮かんだそんな思索を『でもプランJまで状況が進んだ場合は必要だったしな』という自己回答で押し潰したサキエルは、イスラフェルの死骸処理を高速で進行させていく。

 

ちなみプランAは『不意打ちでぶっ殺す』、プランBは『陽電子砲でぶっ殺す』プランCは『誘い込んで陽電子砲でぶっ殺す』、プランDが『陽電子砲で死にきっていないので止めをさす』、プランEは『陽電子砲が当たらなかったので攻撃しつつ包囲に移行』、プランFが『陽電子砲に対する反撃の隙を突く』。

 

それでもダメなら、プランGが『陽電子砲が効かなかったのでサキエルを含めた4体で四方からATフィールドで押し潰してN2で爆砕する』、プランHが『N2で死にきっていないのでトドメを刺す』プランIが『N2への反撃の隙を突く』。

 

そしてプランJが『もはやエネルギー攻撃は効かないものと見做して殺し切るまでミンチにし続ける』だったりする。

 

Jがダメだったらもう通常の手段では成す術がないわけだが、Jはもはや可能なのかが微妙なので、エヴァンゲリオンの戦闘能力を可能な限り上げる必要があったのだ。

 

ちなみにJがダメだった場合のプランはない。というかプランJも『死ぬまで殺せ』なのでもはや作戦ではなかったりするが……そうならなかった事を今は喜ぶべきだろう。

 

そして何より喜ぶべきは、今のサキエルの状態だった。

 

無数の白い物が、イスラフェルの体表を覆い尽くしその肉を喰らう様は、まるで腐肉にウジが湧いたよう。

 

だがその一つ一つは全裸の人間であり、全てがサキエルであった。

 

イスラフェルの能力である『分裂』。制御能力とエネルギーの許す限界まで肉体を分割できるというその能力は、S2機関5機とMAGIから学習した高度な演算システムを持つサキエルにとってはまさに福音。

 

大量の人間サイズの使徒へと分裂したサキエルは、イスラフェルを食ってはその数を増やし、加速度的にイスラフェルの肉を食い尽くしていく。

 

その果てに、積み重なった多数の肉体を一度再結合して吸収した余剰エネルギーを整理してから、サキエルは再分裂して大量の人間に分かれると、ATフィールドで認識を拒絶しつつ、結界の外へと飛び出していく。

 

そして、最後の1体。結界を維持していた個体が飛び出した事でATフィールド内の廃墟が晒される頃には、そこに残っているのは『イスラフェルだった』血痕だけとなっていた。

 

 

* * * * * *

 

 

「というわけで増えたからこれからは今まで以上に色々と力になれると思うよ」

 

そう、何でもないことかのように関係各所に告げたサキエルへの反応は、三者三様十人十色。

 

まず、チルドレン達の育成担当は3人に増員。1人では誰かに構っている間に残りの2人が寂しいだろうという配慮による増員であり、同時に家事雑事をより充実させるための増員でもある。

 

チルドレン達の精神バランスは安定してきているが、同時にサキエルが地道に仕込んだ依存要素は確かに根を張っており、3人とも甘えん坊さんなのだ。

 

この特訓期間中も、シンクロしつつじわじわと依存度を向上させており、3人のサキエル依存レベルは今までより一段階上昇していると言って良い。

 

だからこそ、彼らは比較的素直にサキエル増殖を喜び、柔軟に受け入れていた。

 

その一方で、どうすべきかと深く考え込んだのは、加持リョウジだ。

 

なんだかんだヘラヘラしつつも、加持は敏腕エージェント。サキエルに頼らず手練手管を駆使して情報や資料を集めている彼にとっては、数という恐ろしさはよくわかっている。

 

サキエルを信用すると同時に自分では対抗できない存在だと理解している彼が、少しばかり冷や汗をかいたのは仕方ないことだろう。

 

味方のうちは心強いが、もし敵になればと考えればその脅威は想像もしたくないレベル。人間では対抗できない無敵の軍隊が牙を剥くのだ。

 

故に加持は極めて冷静に、『サキエルを人間の味方で居続けさせるように』と考える。

 

そして極力その機嫌を損ねないよう、加持は今一度情報収集に奔走する決意を固めたのであった。

 

ちなみに、同じく頭脳派の筈のリツコは『こんなに居るなら1人ぐらい貰っても大丈夫でしょう?』と自宅に1体を連れ込んでいるものの、それと同時に『再生するなら何回か解剖させて欲しい』と口にしており、女としてもマッドサイエンティストとしてもこの状況をエンジョイしていたりする。

 

そして、碇ユイ、碇ゲンドウ、惣流・キョウコ・ツェッペリンの『エヴァ内保護者さんチーム』はというと、碇ユイ主導で計画した『人類補間計画』がまた一歩実現に近づいたことで、サキエルのシンクロを介して計画の細部を詰め始めている。

 

エヴァ弐号機、初号機、そしてサキエルの共有する精神世界に用意されたテーブルと椅子。それは決して特別なデザインではなく、現在チルドレン達が暮らす部屋で使われているダイニングテーブルだ。そこに腰掛け、話し合う彼らは、ぱっと見PTAの集まりのように見えなくもなかった。

 

だがその正体は、新生ネルフのトップ会談なのである。

 

「全人類を丸ごと補完し1体の完全生物として融合させるのではなく、ヒトの魂の欠損部分を補間する事でヒト個体を準完全生物に至らせる。————人類補間計画、又の名をチルドレン育成計画。僕が新たな能力を得た事で、計画は第2段階へと移行した」

『ああ。……しかし、我々のシナリオの前に、老人達が立ち塞がろうとしている。……使徒サキエルの堕天は、一つの可能性として予想していたが、老人達の次の手は不明だ』

『アダムの魂はおそらく堕天儀式の為に使用されているから、これを使徒として投入してくるのは先になる筈。となると数えられぬ使徒を掘り起こしてくるか……エヴァを代用するか』

『ねえユイちゃん。私その辺りわからないのだけれど、ゼーレが使徒を送ってくるなら結局殲滅するのは変わらないのじゃないかしら?』

「それはそうだ。まぁナニカを送ってくるだろうから、その対策はしておくとして————僕達は補間計画を粛々と進めるとしよう」

 

とりあえずゼーレのちょっかいは詳細が判明するまでは気にしない。そんな結論を下した彼らは、補間計画についての話し合いへと移行する。

 

話題に登るのは、当然育成中のチルドレン3人組についてだ。

 

『————とはいえレイは魂の面では完成している。対象はシンジと……惣流・アスカ・ラングレーになるな』

『あなた、私達の義理の娘になるんですから、ちゃんとアスカちゃんと呼んであげてくださいね?』

『ユイちゃん気が早いわよ? でもそうなったら素敵よね!』

『……呼称については善処する』

 

そう言ってヘタレたゲンドウに対し、サキエルは深くは突っ込まない。藪蛇という言葉の意味は、サキエルも知っているからだ。

 

呼称ネタで変にいじれば標的はサキエルに移り、リツコを『マイラブリーエンジェルりっちゃん』と呼べ、という無茶ぐらいは言われかねない。

 

「まぁ、ゲンドウさんの言う通り、対象はシンジ君とアスカちゃんだね。2人は無事恋人関係に発展している。……そして僕達が強力に干渉した結果、2人は強固なシンクロ関係、通称ユニゾン状態を構築するに至った」

『魂の補間は?』

「アスカちゃんとシンジ君の欠けた魂の共鳴から、『欠けていない状態』を推算してチマチマと実行中だ。繊細な作業ではあるが、魂の複製技術はネルフの研究テーマに存在している。そこから発展させるのはそう難しくない。……何しろプロフェッショナルの貴方達が居るしね」

『形而上生物学専攻は伊達じゃないわよ』

『私も一応専攻してたしね。首席のユイちゃんには勝てっこないけど』

『いやいや魂の複写とかはキョウコちゃんの方が詳しいじゃない?』

『でも私、コピーアンドペーストしようと思ったらカットペーストされてアスカちゃんに可哀想な事しちゃったわけだし……』

 

そうキョウコが落ち込んだあたりで、サキエルは手を叩き——もちろん、精神世界故にそういうイメージを投影しただけではあるが——論点を修正する。

 

「……話が逸れているので戻して良いかな? まぁなんだ。アスカちゃんやシンジ君の魂はだいぶ綺麗になってきた。細かい欠損はかなり埋め切った感があるから、いよいよ大きめの亀裂を埋めていくわけなんだけれど————」

『ああ、シンジとアスカちゃんがセックスしないかどうかを悩んでるのね?』

『しても良いんじゃない? カップルなら別に』

「いや、万が一の際に母胎にかかる負荷は君たちが一番詳しいのでは……?」

『避妊教育頑張ってねサキエル』

『任せたわよ〜』

「くっ、頼りにならない……」

『……魂の重ね合いという点では、性行為は有効な手段だ。問題ない』

 

そんなダメな保護者3人衆に、サキエルは溜息を吐いて頭を抱える。……この3人、倫理観が基本的に無いのだ。

 

「問題あるだろう? というか君がりっちゃんに手を出したフォローは僕がやってるんだが……しかし、上手いこと穴を埋めるならもっと深くシンジ君とアスカちゃんの魂を共鳴させないといけないのも事実か……」

『でしょう? それに、ユニゾン状態での性行為が魂にもたらす影響は素直に興味があるわ』

『それはわかる。研究者の血が騒いじゃうわよね』

「母性と科学的興味を両立させているあたり、ネルフの女性研究者はクセが強い者しかいないのだろうか……」

『あら、りっちゃんは可愛いでしょ?』

『赤木博士の娘さんよね? あのセーラー服が可愛かった子。茶色っぽい黒髪の……』

「……いやまぁ、うん。愛を囁かれつつも、解剖のおねだりも同時にされているんだ……」

『愛されてるわねサキエル』

『きっと研究者なりの甘えん坊アピールよ?』

「研究者とは怖い生き物だな……」

『ああ……』

「いやお前もじゃい」

 

流石にゲンドウに突っ込まざるを得なかったサキエルは、心を得てしまったがばかりに襲いくる心労に頭を悩ませつつ、保護者会を進行していく。

 

こんな連中であっても、その頭脳は凄まじく、サキエルにとって頼れる相手であるのも、また事実なのだった。


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