みなさんメリークリスマスイブ。
サキエルが増えてから1週間と少し。
その間に、チルドレンの中で最も行動が変わったのは綾波レイだろう。今まで遠慮していたのか、布団で添い寝を要望したり、ソファに座る際に膝に乗ったりと随分と甘え上手になっている。それだけ『完全な魂』への依存が強いのは、彼女もまた完全な魂を持つものだからだ。
寄り掛かっても押し潰れない存在。欠けていない魂を持つ保護者。レイにとって初めて『親』扱いできる存在が、サキエルなのだと言って良いだろう。
甘えられる分には、サキエルも大歓迎なので、否やは無い。レイが求めれば求めるだけの甘やかしを返して、ズブズブに依存させているのだ。
だがそんなサキエルでも、少しばかりやり過ぎたかな、と思わないでは無い。
モグモグと、サキエルの肉をレイが咀嚼する。
そう聞くと猟奇的だが、実際問題猟奇ではなくとも倒錯してはいるのがこの現状。
添い寝をするだけでは飽き足らず、添い乳をご要望の随分大きい赤ちゃんと化したレイは、最近授乳にご執心なのである。
『哺乳類という分類は乳で子供を育てる習性から名付けられ〜』とか言ってた生物ドキュメンタリー番組を観て以降なので、どうも『私お乳で育ってない』という疎外感を感じていたようである。
ちなみに、シンジとアスカが『お母さんのおっぱい飲んだの?』的な答えにくい質問やら『アスカはシンジとの子供に飲ませるの?』的なセクハラやらを受けていたりする上に、他のネルフスタッフにも似たような事をしようとした——というか明らかに成人女性に関していえば授乳を強請ろうとしていた——ので、サキエルが全てを引き受けて落ち着かせた経緯があったりする。
『みんなと同じが良い』という感情が芽生えただけ、レイは成長しているとも言えるわけだし、此処は保護者として引き受けねば……。的に自分を納得させたサキエルが身体を張った結果、被害は未然に防がれたのだ。
が。
「再生能力が無ければ貧血で死んでいるのでは……?」
そんなレベルでグビグビ飲まれる毎日に、流石のサキエルもちょっぴりグロッキーになりつつあったりする。
結局1週間ほどで『卒乳』したレイは哺乳類の仲間入りを自認できたようで何よりなのだが、それ以降も完璧には乳離れしたわけではなく、サキエルは時折生命エネルギーをレイに吸われる日々が続くこととなったのであった。
* * * * * *
一方で、アスカやシンジはと言えば、また別の方向で甘やかしを受けている。
サキエルが運転するミツオカ・ビュートの後部座席に座るのは、ちょっとおめかししたアスカとシンジ。
「ねえ、本当に遊園地に行っても大丈夫なの? 使徒とか攻めてこないでしょうね?」
「攻めてきたら僕がエヴァで出るから大丈夫だよ。周期からいってもそうそう来ないと思うけどね。……大変な訓練の後なんだし、2人で楽しくデートするぐらいのご褒美はあって良いと思うよ?」
「デート……」
「ちょっとシンジ、そんなに真っ赤になられるとアタシまで照れてくるでしょうが」
「だって、好きな女の子と遊園地って、やっぱり憧れるし……緊張もするし……」
「好ッ……ふへ…………んんッ、でもほらシンジ、今日はエスコートしてくれるんでしょ?」
「えっと。……うん。アスカは、その、彼女だし、僕がエスコートしなきゃ」
ATフィールドがピンクピンクしている……とサキエルが思ってしまうほどのゲロ甘イチゴ味オーラを出しているアスカとシンジにサキエルが使徒戦のご褒美として提供したのが、新横浜コスモワールドのペアチケットなのだ。
コスモワールドは、1999年にリニューアルオープンした直後にセカンドインパクトで壊滅したものの、
旧東京がN2の爆発で23区が丸々吹き飛んだ影響もあり、ディズニーランドも豊島園も浅草花屋敷も無くなっており、新首都である第3新東京市にほど近いという事情もあって、関東最大級の遊園地として完成した巨大テーマパーク。
ちなみに、関東最大と言ったが、関西には2001年オープンの計画を大幅に遅延させたものの、USJが開園していたりする。
そしてシンジ達に渡したチケットは、1泊2日の、パーク付属ホテル最上階スイートルーム宿泊プラン付き。まぁざっくり2人で35万円ほど突っ込んだご褒美デートプランである。
お仕事の基本は信賞必罰。特にそれが軍事組織ならば尚更のこと。故にこそ頑張った2人には頑張ったなりのご褒美を、というわけだ。
そしてそんなご褒美の遊園地に無事シンジとアスカを送り届け————サキエルは帰ったフリをして、姿と存在感を消して助手席にいたもう1人のサキエルを降ろしていく。
過保護と言われるかもしれないが、シンジとアスカのデート模様の記録は双方の保護者——ゲンドウは男性視点なのか『デートに親同伴はちょっと』と言いたげだったが——からの依頼でもある。シンクロ能力を高めているとは言え、サキエルが本気で気配を絶てばアスカやシンジに見つける術はない。
バレない限りは、親同伴の気恥ずかしい気持ちをシンジ達に受けさせることもないので、サキエルはシンジ達の為にも本気で隠れる腹積りであった。
そんな監視があるとはつゆ知らず、アスカとシンジは、初々しいカップルの仲睦まじい雰囲気を周囲に振り撒きながら、遊園地を楽しんでいく。
手を繋いでジェットコースターに乗ったものの、パイロットの職業病なのかマッハで動くエヴァと比べれば全く恐怖を感じず爽快感だけを感じて爆笑してしまったり。
でも一方で『Dr.エドガーの恐怖の館』には2人揃って縮み上がったり。とはいえシンジはオトコノコとして気丈に振る舞っているし、アスカもちょっと甘える口実として思いっきり抱きついたりしていただけだったりする。
あとはゲームセンターで遊んだり、急流滑りで涼をとったり。
そうして粗方のアトラクションを巡ってからの、観覧車。巨大な輪がゆっくりと廻り、夕日の差す新横浜市の街並みを眺めながら、2人はどちらからともなくキスを交わした。
そのシチュエーションに飲まれているのは、アスカよりむしろシンジ。顔を真っ赤にして瞳を潤ませるその姿は、華奢な印象も相まってむしろ女の子的に映る。
その一方でむしろ積極的にシンジの唇を啄むアスカは、男性的といっても良いのかもしれない。その美貌と年不相応に恵まれたプロポーションは間違いなく女性的なのだが、彼女の積極性はシンジ以上だ。
それ故か、挑発的なその内容を切り出したのは、アスカだった。
「ねぇシンジ」
「……どうしたの、アスカ」
「アタシ、今晩アンタを抱くわ」
「え? ……? は? えぇぇッ!?」
顔を真っ赤にして慌てふためくシンジに対してアスカは再び口付け、彼の口内に舌を捻じ込んで彼の反論を黙らせると、蕩けた顔で脱力するシンジの耳元で囁いた。
「シンジが悪いのよ? アタシが引っ張ってかないとダメだってアタシに思わせちゃったんだから。だから、アンタは黙って抱かれてなさい。……アンタのカッコいいとこは、いざというときに見せてくれるって知ってるから。普段は良いの。ね?」
耳元で響くその声に、コクリとうなづいた少年は、再び彼女に唇を奪われる。
その様子を、観覧車の外を飛びつつ見守っていたサキエルは、『この様子をユイとキョウコに伝えたら面倒なことになるが、伝えなくても面倒なことになる』と頭を悩ませるのであった。