【完結】我思う、故に我有り:再演   作:黒山羊

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雨垂れ石を穿つ

「自衛隊より入電! 使徒と思しき巨大生命体を発見したとのこと!」

「衛星観測開始! 自衛隊からの観測データは!?」

「パターン照合開始……パターン青! 使徒です!」

「クソっ、容赦ないわね!」

 

発令所で報告を受けたミサトがそう毒づくのも、無理はない。今はサンダルフォン襲来からわずか半月。

 

数百体の使徒(サキエル)が不眠不休で復旧と改修を行なっているとはいえ、地下のジオフロントはともかく地上はようやく工場の土台を構築した程度で心底何もなく、関東の人口の大半は国とネルフの強権によって北海道や中国地方に疎開させられている状況なのだ。

 

戦略自衛隊ではなく国連軍所属の普通の自衛隊が使徒を発見したのも、取り残された被災者捜索に当たっていたが故のこと。到底、第3新東京市で使徒を迎え撃つ事は不可能と言えるだろう。

 

故に、ミサトは『出撃』を決断せざるを得ない。幸いなのは、エヴァの改修は全速力かつ最優先で行われた結果、『N型装備』への改修が間に合っていた事だろうか。

 

だが、その直後、自衛隊から流れ込んできた報告は、耳を疑いたくなる様な『最悪』だった。

 

「使徒、溶解液を霧状に散布中!? 哨戒機融解とのこと! 衛星観測! ……対象は旧熱海方面より上陸! 進路上の全てを溶解させつつ低速で進行中とのこと!」

 

そう告げる日向の声と同時に映し出されるのは、ネルフの高性能衛星が観測した使徒の威容。

 

4本の脚をゆっくりと動かすザトウムシの様な黒い使徒。その円盤上の『胴体』には幾つもの青い目が存在し、その全てが、オレンジ色の溶解液を霧状に噴き出している。

 

やがてその霧は雨となり、地に届くと同時に全てをドロドロに溶かしながら白煙をあげ、流れ出した地表が海に洗われて、大地が少しずつ、海に喰われていく。

 

当然ながら大量の異常な溶解液を流し込まれた水は猛毒と化し、相模湾では大量の魚が即死して海へと浮かび、生態系が完全に『終わった』。

 

ゆっくりと、着実に、海と大地を毒の雨で溶かしながら迫る第9使徒マトリエル。

 

雨の名を冠する天使は、全てを溶かし流す滅びの雨と共に、傷の癒えぬ日本の地へと蹂躙を開始するのであった。

 

 

* * * * * *

 

 

————巡航ミサイルによる攻撃。

 

————到達前にミサイルが溶解。

 

————レールガンによる超高速砲撃。

 

————溶解前に到達するもATフィールドにより阻止。

 

————プロトンビーム砲による狙撃。

 

————予想以上に俊敏な動きで回避。砲台は溶解液の噴射で消滅。

 

————緩慢な歩行は溶解液散布目的とほぼ断定。

 

————最大観測速度、マッハ2.3。

 

————溶解液散布量増大。

 

 

既に旧熱海市の殆どを溶解させて海に沈めたマトリエル。撒き散らされる溶解液により恐ろしい勢いで侵蝕される大地は、マトリエルを起点とした扇状の地域を海へと飲み込んでいる。

 

どうにか海側から回り込んだサキエルが海水を凍結させ続ける事で外洋への流出は阻害されたものの、溶解液が放つ反応熱は、油断すれば即座に氷の壁を食い破り、大量の金属イオンと共に外洋へと溢れ出すだろう。そうなれば待ち受けるのは、地獄の様な鉱害だ。

 

マトリエルの放つオレンジ色の溶解液の本質は、ATフィールドの変則的運用能力だ。

 

この世には当然ながら『なんでも溶かす酸』や『なんでも溶かす塩基』なんてものは存在しない。だがマトリエルの放つ溶解液は文字通り全てを溶かしまくる。

 

その正体は、触れた分子の結合構造を切断してバラバラに分解する、極小ATフィールドの集合体。

 

当然強引に原子化された不安定な物質は手近な物質と再結合しようとするが、そこに『水』が存在した場合、実に容易に『イオン化』される。その果てにあらゆる鉱物は金属イオンとして海に流れ出し、炭素や水素も水や酸素と反応してガスや蒸気へと変わる。

 

もちろん、結合を破壊する度に微小ATフィールドのエネルギーは減衰される為、無限に切断反応が連鎖する訳ではない。海が全て溶解液と化してしまう様な事はあり得ないだろう。

 

だがしかし、海に過剰な金属イオンが溶解し、イオンバランスがボロボロになった事で起こったのが、生態系の壊滅を即座に起こすほどの金属汚染なのだ。

 

あらゆる原罪を大地諸共に濯ぐ雨。

 

全てを消し去るべく嘆きの雨を降らせるマトリエルの姿は、まさに罪深い人類を滅ぼすべく遣わされた神の使徒に相応しい。

 

だがしかし、堕天使に力を与えられた子供達は、そんな滅びの雨の中に、巨人と共に現れた。

 

元がATフィールドであるが故に、ATフィールドすら溶かそうとする侵食の雨。その中で決して形を失わないその姿は、人類に福音を齎す存在として大地を駆ける。

 

————何もかもが崩れ落ちていく中で、巨大な使徒の体躯が音を超えて跳梁し、巨大な脚でエヴァンゲリオンを打ち据えんと振るわれる。

 

————そのあまりにも巨大で強大な一撃に、3体の巨人は、怯む事なく、己の掌を突き上げた。

 

 

「「「AェッッTィィッフィィィルドォォォッッ」」」

 

 

咆哮する少年少女の声が、今ひととき、滅びの雨を弾き飛ばし、使徒の鉄槌を受け止める。

 

山の木々を薙ぎ倒すほどの衝撃波と轟音が、戦いの幕を開けるゴングとなった。


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