【完結】我思う、故に我有り:再演   作:黒山羊

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暗雲が漂う

剥き出しの黒き月。その内部に位置するネルフ本部を覆うのは、意外にも前向きな空気であった。

 

第9使徒マトリエルには勝利したが、受けた被害は激甚。故に今の空気は、開き直りによるものである。

 

『もう何もかも失ったのでエヴァとそれを支援する超兵器の開発に全力をブチ込む』

 

という予算の一極集中。毒の海に溶けた金属類を、単純な電気分解のみならず溶融塩電解まで持ち出して回収しまくったサキエルの働きによって、資材だけは腐るほど持っている。何しろ、国土の一部を丸ごと溶かした果ての資材だ。その量は莫大という他ない。

 

————なら、とにかくエヴァの強化よ!

 

と結論を下したのは、思い切りに定評がある葛城ミサト作戦課長。

 

それをゲンドウに化けたサキエルが承認し、ネルフ職員はとりあえず『忙殺される』事で最悪の現実から目を逸らした。

 

 

その一方で。チルドレン達3名には、精密検査が実施されていた。

 

 

「エヴァとのシンクロ、その限界とされる100%から先の領域に踏み込んだ代償という事かしら?」

 

そう告げて溜息を吐くリツコの前に座るシンジ達は、なんとも気まずそうに苦笑し、その『輝く瞳』に困惑の色を浮かべている。

 

エヴァから降りても、目が光りっぱなし。

 

シンジ達に起きたのはシンプルに言えばそんな症状だ。だが、その内情はもう少し深刻だった。

 

「……本当なら血液検査でもしたいところなんだけれど、これじゃあ無理ね」

 

そう言って呆れた様にリツコが掲げるのは、グニャリと針の曲がった注射器。さらにシャウカステン(レントゲン写真を貼る光るアレ)に貼られたチルドレン達のレントゲン写真は、ひどく不鮮明というか、身体の形がそのまま白く写ってしまっている。

 

故に、現代医学ではお手上げ。ならばとリツコが頼ったのは、当然ながらサキエルの持つ超常的な力である。

 

その結果導き出されたのは、『肉体がエヴァ化している』というなんともアレだが、リツコも予想はしていた分析結果だった。

 

「基本的にはヒトなのは間違いないけれど、肉体を構成するATフィールドの質が随分と上がっているね。……おそらくは、エヴァとのシンクロが精神だけでなく肉体にまで及んだ結果、アチラに引っ張られているんだろう。……と、いうことは、だ」

「エヴァもチルドレンの因子に影響されている可能性がある?」

「そうなるね」

 

そう語り合ったリツコとサキエルが頭を抱える中、真面目に診察されていたアスカが、話を頭の中で整理しつつ口を挟む。

 

「つまり、アタシ達はどうなるわけ?」

「しばらくは要観察だけど、それについては僕が行うからもう帰っていいよ」

「やった! アタシ病院嫌いなのよね。シンジ、レイ、帰るわよ!」

「わかった」

「ちょっとアスカ、待ってよ……! あ、リツコさん、お邪魔しました!」

 

元気いっぱいに去っていくチルドレン達は元気そのもので心配の余地は無さそうだが、それでもサキエルはリツコに「りっちゃんはエヴァの確認をお願い」と告げてその後を追う。

 

それを手をヒラヒラと振って見送ったリツコは、そのままエヴァのケイジに移動しつつ、マヤと佐伯ルイに連絡を入れて、エヴァンゲリオン各機のコンディションチェックに移行した。

 

 

その結果確かになったのは、エヴァ素体の明確な『プロポーションの向上』だ。

 

元々エヴァは『人造人間』というだけあって、全ての外装をひん剥けば保健室に有る人体模型の様な、人間じみた体型をしている。

 

そしてその体型はといえば、別にムキムキでもなければ痩せても太ってもいない中肉中背。だが、その体型が、今は『引き絞られたダンサー体型』とでもいうべき『バチバチの細マッチョ』に変化しているのだ。

 

その変化は、サキエルのトレーニングによって強制的に武術をインストールされたチルドレン達の体型に似通っており、おそらくはこれがエヴァ側が受けた影響であろう。

 

これについては気づかなかったネルフスタッフを責める声もあるだろうが、基本的にエヴァは首から下をLCLにドブ漬けされた『入浴スタイル』で保管されている。体型変化を窺うのはなかなか難しいのだ。

 

だが気づいたからには、精密検査は必要不可欠。リツコは技術開発部のシフトをやり繰りして技術2課——全員サキエルな書類上スタッフ——を動員してのエヴァの緊急メンテの予定を組み込んで、忙しさに輪をかけそうな業務に眉間を押さえるのであった。

 

 

* * * * * *

 

 

「加持さーん。手伝いに来たわよっ!」

「お? アスカにシンジくん。レイちゃん同伴でデートかい?」

「そんなところよ!」

「アスカが加持さんがスイカ育ててるの見たいって……邪魔だったらすみません」

「いやいや。サキエルの奴も今は忙しいからな。手伝いは大歓迎さ。……バイト代は1番でっかいスイカでどうだ。そろそろ食べ頃だぜ?」

「スイカ? ……このシマシマ?」

「お、レイちゃんは初めてか。……そうか。第3新東京市にスイカ畑なんか無いよな。じゃあせっかくだし後で釣りもするか?」

「釣り?」

「おう。ピラルクー。引きがすごいのなんの。きっと楽しいぞ」

「やりたい」

「加持さんアタシも! 後シンジもね!」

「僕釣りとか初めてかも……」

 

そんなほのぼのとした会話を交わす加持とチルドレン達。言ってしまえば『暇な奴ら』である彼らは、サキエルが完備した食糧生産区画にて、加持の指導のもとスイカの葉についたハダニをコーヒーの出し殻を入れた霧吹きで除去する作業を行うこととなった。

 

「スイカってのは意外だけど乾燥が好きなんだ。だけどハダニも乾燥が好きなもんで、油断するとすぐ集っちまうのさ」

「リツコのスーパー農薬でバーッとやっつけられないわけ?」

「エコって大事だろ? ……りっちゃんといえば、コーヒー農園もあったりするぞ此処」

「相変わらずやることが凄いわねサキエルは」

「完全に自給自足をするぞ、って意気込んでたからなあ、アイツ。……よし、ハダニ対策はこんなもんかな。やっぱり4人いると早い早い」

 

そう言って笑う加持は、大玉のスイカを一つ見繕うと、そのまま今度は釣竿を手にピラルクーの養殖池に向かい、チルドレン達に巨大魚釣りを体験させる。

 

「ぐおああああ!?」

「重ッ! 強いッ!」

「ふぬぬぬぬ……」

「頑張って引くんだシンジくん! アスカ! レイちゃん!」

「加持さんも手伝ってよぉ!?」

 

そんな風に釣竿を3人がかりで持ってわいのわいのと騒ぐチルドレン達は、最終的にアスカが養殖池に置いてあったヤスを見事に槍投げで命中させて釣り針の先にいたピラルクーを仕留め、スイカと共にサキエルの待つ自宅へと持ち帰る事に成功した。

 

そんな彼らに対し「わんぱくだね」で済ませてしまうサキエルにスイカを切って貰った彼らは、シャワーでレクリエーションの汗を流してから、夕陽に『設定』されたジオフロントの天井照明を眺めつつ、ベランダでスイカを頬張る。

 

「せっかくデートに行ったのに、コスモワールド無期限閉館だって」

「まぁ使徒が来てるんだし仕方ないわよ……。ネルフの周りも全部吹き飛んじゃったしさ」

「まあそうなんだけど……そういえば綾波の同級生は?」

「北海道に疎開って聞いたわ」

「へー。また会えると良いわね、レイ」

「そうね」

「その時はアタシ達にも紹介しなさいよ! ついでに札幌観光ね!」

「ははは、確かに札幌は行ってみたいかも。レイの友達も会ってみたいし」

「……全部終わったら、遊びにいきましょう」

「決まりね!」

 

シャクシャクとスイカを齧りながら、未来を語る子供達。

 

努めて明るく振る舞う彼らだが、今も鈍く輝くその瞳は、彼等に否応無しに激化する戦いを意識させる。

 

最先端にして最前線の地下要塞。その中に引っ越した彼らは、再び太陽の元で遊ぶ日を夢見て、戦いに備える日々を過ごすのであった。


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