敵情視察か物見遊山か、或いはその両方か。真昼間に上陸し、日光の下にその身を堂々と晒すサキエルは、珍しく『待ち』の姿勢をとっていた。
今回の目的は、いつも足元を動き回ったり周囲をブンブン飛んでいる金属質の敵性物体————端的にいえば、戦車や戦闘機の観察である。
先日の経験から、サキエルはあの脆弱な敵達にも小さなヒト型が入っている可能性を思いついていた。そこから、あれらが近づいて来るのを待っていれば、より色々とあの小さな生き物について知ることが可能なのではと推測を立てたのである。
そして、彼が望んだ通りに航空機が飛来し、彼に対して無数の砲火を浴びせかける。
が、効かない。もはやATフィールドに頼るまでもなく、通常火器はサキエルの皮膚を傷つけられないのだ。
とはいえそこは慎重派。キチンとATフィールドを展開して防御している。
だが、今回はATフィールドを防御だけに使うつもりはなかった。
防御用とは別に、周囲の空間全体に薄い力場として2つ目のATフィールドを展開したサキエルは、その位相を目まぐるしく変えて、影響範囲内の生物のATフィールドに干渉を試みた。
それはさながら、ラジオのチャンネルダイアルをグルグルと回す様な行為。周波数が適当に合致したらしばらくその位相に固定して、観察が済めばまた位相を変えていくその行為がもたらしたのは、周囲を飛ぶ戦闘機の撃墜だ。
自動脱出機構で空中に放り出されるのは、気絶したパイロット達。サキエル側からの強引なシンクロ行為が彼らの精神に甚大な負荷をかけ、脳が反射的に自我をシャットダウンしたのである。
エヴァについて詳しい赤木博士であれば、屈強なパイロット達が一瞬で意識を吹き飛ばされたのが瞬時に理解できたことだろう。
————エヴァには、大人は乗れない。
何故なら、成熟し凝固したエゴは自他の境界を明確に規定しており、シンクロの様な『精神的融合』に対して抵抗を示すからである。
柔らかな少年少女の心だからこそ、エヴァにシンクロできる、というわけだ。
では、そんなシンクロ行為をエヴァ————或いはサキエルの様な使徒の側から強制的に実施すればどうなるか?
その答えが、宙を舞うパラシュートの群れである。脳髄の中身を不躾にあれこれ覗かれた彼らの精神は重傷。確実に全員精神病棟送りだろう。
だが強制脱出させられた彼らにとって幸運だったのは、一頻りシンクロしまくって『あらかた人間の精神を分析し終えた』サキエルが墜落していくVTOLの方に興味を示した事だ。
「コレはどういう仕組みなのだろう」
ナチュラルに日本語でそう呟くサキエル。数十名の尊い犠牲の下にお勉強したのは表層的な人間の精神にとどまるが、活動中の脳にハッキングをかけまくった事で、サキエルは擬似的に人格を構成し、日本語を思考言語としてそれを駆動させる事に成功していた。
それは有機的な人工知能、とでもいうべきか。知恵の実を持たぬ以上、無から生じる真の『人格』ではなく演算による紛い物ではあるが、それでもサキエルは素晴らしい成果に満足している。
本能の叫び、シナプスの瞬き、全身の感覚器からの入力データ。それら全てを黙々と演算するのではなく、人格というシステムで包み込んで曖昧化。快・不快の感情でフィルタリングをかけて、入力データの要点だけを摘み食い。
なるほど、コレは便利だ。言うなれば、OS。バックグラウンドの処理を隠し、必要十分量の情報だけを分かりやすいUIで表示する様なもの。
効率的に演算能力を割り振るその機構は、サキエルにとっては革命的と言えた。
現に、今こうしてVTOLを弄っているだけでも、今までより分析性能が段違いなのだ。
「ほほう。コレがこうなって、空気を押し出して飛んで……ッ、ああ、間違えた」
そんな言葉と共に、サキエルの手の中で爆発するVTOL。起動状態のジェットエンジンをバラそうとしたのだから当然の帰結だが、サキエルはそんな常識を知らない。何か間違ったんだろうなあ、ということぐらいはわかるが。
だがサキエルにとって喜ばしい事に、まだまだVTOLの残骸や、不時着機体は存在している。
人類の知恵の分析を行うための教材には事欠かないその状況で、サキエルはのんびりと物色を続行するのだった。
* * * * * *
「第3使徒、依然相模湾沿岸にて停滞中」
「……此方の兵力を窺ってる感じよね、アレ。ちょっちマズいんじゃない?」
「あの強制シンクロといい、随分な学習スピードね全く」
「……エヴァは?」
「修復は完了。新武装はまだだけれどね」
「……出さない、ってわけにもいかないわよね。エヴァンゲリオン初号機発進準————」
決意を瞳に宿し、決断を下さんとする葛城一尉。しかし、その決意を挫く報告が、オペレーターより告げられる。
「第3使徒、撤退していきます!」
「ああもう! なんなのアイツ!」
そんな彼女の怒りの声に、答えられるものはいなかった。