「黒き月の露呈……シナリオにない事態だな」
「左様。ネルフが使徒襲来で損害を被るのは想定内だが、いかんせん早すぎるよ」
「だがネルフは既に例のサマエルによって堕落している」
「タイミングは早いが今制圧しても良いのではないかね?」
「黒き月とチルドレンさえ確保できれば、シナリオを我らの手の内に取り戻せるだろう」
「だが、どうやってそれを行う? もはや戦略自衛隊は使い物にならんぞ」
「というよりは日本政府がな。……加持リョウジ。あの工作員め、サマエルについたらしい」
「エヴァシリーズの進捗は?」
「アメリカの3、4号機は弐号機同様の先行量産タイプとして。5号機以降は完全な量産タイプとして建造中だな」
「3号機と4号機はほぼ完成しているのだったか」
「チルドレンは?」
「フォースとフィフスは既に確保している」
「フォースによる補完は可能なのか?」
「不可能では無いが、やはりリリスとその魂が必要となる……」
「左様。やはり黒き月の奪還は必須だよ」
「こうなれば仕方あるまい。……量産機が完成し次第、黒き月の制圧に動くとしよう」
「3、4号機とフォース、フィフスはどうする」
「量産機による補完が成るのであれば不要だ」
「では『尖兵』として使うかね?」
「ネルフによる殲滅が為されるならば、それはそれでよし、というわけか。悪くない」
「碇が使徒を利用し我らを裏切るのならば、我らもまた使徒を用いようというわけか」
「ああ。全ては人類の希望、人類補完計画の為に」
* * * * * *
「えー。拠点防衛にだいぶ無理がある我々ネルフですが、赤木博士の尽力でどうにかなりそうです」
「マジ? リツコの案ってなんだったっけ……」
そんな報告をするルイスに対し、コーヒー片手に疲れた様子でそう呟くミサト。使徒襲来で伊豆半島の付け根が消滅するという異常事態に対し、ネルフを突き上げてきた有象無象の対応に尽力している彼女は、現状確認のための課長格会議という名目で、書類の山からどうにかこうにか抜け出してきていたのだ。
なお、会議自体はまじめにやるので、ミサトは仕事の息抜きに仕事をしている状態である。
そんなミサトと同じく、彼女の問いに応えるリツコもまたお疲れ気味だ。
「このジオフロントを覆う岩盤、仮称『黒き月』の表面に防御フィールドを張り巡らせる工事を進行中よ。……エヴァ様々ね。胸部だけのエヴァンゲリオン『チェストユニット』によるATフィールド発生システム……パイロットはレイのクローン体に人工の擬似的な魂を封入したレイシリーズ……色々倫理的に問題は多いけれど、手段は選んで居られないもの。はいミサト、資料はコレね」
「まあ倫理問題はともかくレイちゃんは喜んでたけどね」
「たしかにあの子はクローンを『妹が出来る』と歓迎していたけれど……100人も妹が増えるのに気楽過ぎる節は有るわね」
「現在進行形でおおらかな子に育っているからねレイちゃんは」
「……ところで、ザッと資料見たけどクローンを幼児体型に調整する必要はあったわけ?」
「当たり前でしょう? 体が小さければそれだけ食費も減るのだもの。チェストユニットはシンクロさえ出来ればあとは自動でATフィールドを形成するから、乗っているだけで良い。操縦の必要がないなら、思考能力や運動能力が足りなくても全く問題ないわ」
「でも、計画書には相互にカバーしつつ黒き月の全面をATフィールドで覆う25機のチェストユニットと、それを遠隔シンクロで起動させる100人のレイクローンって書いてあるけど、なんで4倍いるのよ? 25機なら25人で良いでしょ」
「ミサト、あなた正気? 防御フィールドは常時展開予定なのよ? 3交代制じゃないと身が持たないわ」
「3交代なら75人で……」
「休日無しで働かせるつもり?」
「あー、そっか……じゃあ確かに100人要るのよね……顔と名前覚えられるかしら」
「流石に区別の為にナンバリングとラベリングはしてるわよ」
「どうやって」
「入れ墨」
「何処によ」
「最初は額を考えたのだけれど、可視性から考えて頬にしたわ」
「ええ〜。女の子のほっぺに数字って可哀想じゃない?」
「…………似た様な意見がチルドレンやマヤから挙がったから、フォントデザインを可愛らしくする形で進めてるわよ。色も黒じゃなくてピンク色」
「そういう問題なのかしら……」
「アスカとレイからは『可愛い』と好評だったわよ」
そう告げて、ハァ、と溜息を吐いたリツコだが、彼女にとってはこの防御フィールドの設計が最大のタスクだった為、この山場を乗り切れば多少は負担も軽くなる。
その一方で、この会議の場を借りて寝ているのは加持だ。
「……気持ちよさそうな居眠りしてるわねコイツ」
「まぁそれは仕方ない。葛城一尉に『政治的な意図が含まれた苦情案件』が回らない様にフィルタリングしてるのは加持君なわけだし」
「え。……そう。……ハァ、カッコつけちゃってホント……」
「僕がバラしたのは秘密でね。男の子にはカッコつける方が頑張れる時もあるんだよ」
「……それを察して上手く男をノセるのが楽に生きるコツよミサト」
「おっと。僕も乗せられてるのかな?」
「どうかしら?」
そんなフランクな会話を挟んだ後は、ルイスからの基地機能自給自足化の進捗報告とリツコが時田から預かって来たJAの建造進捗報告。
エヴァを活用し、倫理を投げ捨ててでもネルフの守りを固めるべく、あらゆる手を尽くす彼らは、建前から本当の使命へと変わった『サードインパクトから人類を救う』という目的の為に手を尽くすのだった。
* * * * * *
一方その頃。
「サキエル、そういやなんでアタシやシンジのクローンは無いわけ?」
「アスカに言われてみればレイだけだね」
夕食を終え、風呂からも上がり、後は寝る前の団欒タイムと決め込んだチルドレン達が寛ぐソファで唐突にそんなことを言い始めたシンジとアスカ。
そんな彼らに対し、膝に乗せたレイの髪を梳くサキエルは、事もなげに答えて見せた。
「ああ、レイちゃんの場合、元々レイちゃんのクローンを培養する設備がネルフにあるからね」
「マジ?」
「マジだよ。レイちゃんがファーストチルドレンなのにはそれなりに理由があるってこと。……死んでも魂をクローンに載せ替えて蘇るエヴァパイロット。倫理的には最悪だけど、そういう事を気にする組織じゃないからね、ゼーレとネルフは。————ところで、なんでそんな質問を?」
「レイが、クローンを増やすってリツコに言われてから、なんかニコニコしてるから……ドッペルゲンガーとか怖くないのかしら」
そう言ってレイに視線を向けるアスカだが、レイは不思議そうに首を傾げて「どっぺる?」などと言っている。
そこに、自分と同じ肉体が増える事への忌避感は一切存在していなかった。
「そういえばドッペルゲンガーってドイツ語だっけ。うーん、詳しい心境は僕にも分からないけれど……妹が出来るのが感慨深いのかもしれないね」
「ふぅん。……ね、レイ。アンタ、自分と同じ顔が増えまくって怖くないの? アタシは正直『アタシじゃなくて良かった』って思っちゃうタイプなんだけど」
そう告げるアスカの表情は少しばかり暗く、同時に彼女のATフィールドは『もう1人の自分』という存在への恐怖を滲ませている。
それを知ってか知らずか、赤く輝くその双眸でじっとアスカを見つめたレイは、しばしの沈黙の後口を開いた。
「……そもそも、私、2人目だもの」
「え?」
「私自身が、オリジナルの綾波レイのクローンだもの。妹が出来るのは嬉しいわ」
「ま、マジ? ねぇサキエル……」
「残念ながら本当の事だね。オリジナルのレイちゃんが死んでしまった事で、クローニング装置が開発されたんだから」
そう告げられたアスカの青い瞳は、その内心を表すかの様に明滅して、彼女は動揺を隠せぬままに問いを投げる。
「こ、この際聞くけど、なんで死んだの……? 人体実験とか?」
「いや、その辺りはMAGIの中に一切記録が無くてさっぱり……」
「1人目の私は…………。1人目の私は、自業自得で死んだわ。ヒトのココロを傷つけて。……悪い子だったの。記憶じゃなく、記録しか持っていないけれど」
そう告げられたアスカと告げたレイは、しばし視線を交わし、見つめ合う。
その後に言葉を切り出したのは、アスカだった。
「……そう。……そっか。……レイ、アンタとアタシ。似たもの同士なのかもね」
「……アスカも死んだの?」
「そうよ、アタシも死んだの。ママの抜け殻と一緒に無理心中」
そう告げてクスリと苦笑するアスカと、同じく苦笑するレイ。
「……ねえアスカ、レイ。今更かもしれないけど、僕が聞いてても良い話なのコレ」
「何よシンジ、水臭いわね」
「ええ……だってほら、深刻な感じだし……」
「変に遠慮してんじゃないわよ! というかアンタもアンタで大概似た様なもんでしょ? アタシ達みーんな、マトモな過去なんてないんだから」
「まぁそれは……そうだけど」
「だから未来はマトモにすんのよ。ね、レイ」
「そうね。……私の妹達も。きっと」
そう呟いて微笑むレイとアスカは、どこか大人びた美しさを帯びていて、恋人と妹分のその色香に、不覚にもシンジはドキリと胸を鳴らしてしまう。
そんなシンジの動揺を察知したアスカに彼は呆気なく『頂かれ』、サキエルは『思い出したらなんだかブルーになった』レイに添い寝と授乳を所望されて干からびるのだが、それはまた、別の話である。
60話突破!
つまり実質2ヶ月連続更新……?