「ゼーレもなかなか優しいところがあるね」
「そうね。親切心を持ち合わせていたとは意外だわ」
そう告げるサキエルとリツコの手元にあるのは、エヴァ3号機と4号機の納入予定。
スタッフが帰宅した夜9時のこと。残業に勤しむリツコとその手伝いをするサキエルの元に、アメリカネルフからメールが届いたのだ。
エヴァ支援メカである空輸用大型ジェット機での太平洋横断便で1週間後に到着予定というその内容は、すなわち『次の使徒襲来』が1週間後か、そうでなくとも1週間以内であることを意味する。
————通常の使徒の出現と、仕組まれた使徒。合わせない理由はない。
そしてもし万が一『ズラす』とすれば先鋒は通常使徒だ。制御可能な手駒は温存するに限るが故に。
ただ今回、サキエルは真面目に3体同時だと踏んでいる。天然物が強すぎた場合人類補完計画どころではないので、ある程度ゼーレは現地で手綱を握りたがる筈なのだ。
「JAは既にJAー02、JA-SP共に建造済み。エヴァ用の新型武装として『超電磁スピア』を現在運用テスト中。あとエヴァ用の『飛行システム』も試作建造してJA-02を使って基礎試験の検証中……機械式は相性が悪そうだけどね」
「そうね。サブプランは?」
「翼を生やすとか」
「簡単に言ってくれるわね」
「じゃあサブのサブかな……」
そう告げると、サキエルはリツコの目の前で頭上に光輪を浮かべて飛翔する。
が、その光輪は以前の白く輝く光輪ではなくドス黒い色をしていた。
「まあ堕天させられてちょっと変化してるけど、僕同様にエヴァも飛べるはずなんだ。飛行は天使の嗜みだからね」
「第6、7、8、9と飛ばない使徒が来てる印象なのだけれど」
「ガギエルとマトリエルは飛べる大きさじゃないからね、流石に。でも浮力としては使っていたと思うよ。あの巨体が通常の重力下で活動できない事はわかるだろう? サンダルフォンとイスラフェルは飛ぶタイミングがなかった感はあるね」
「……ちなみにどういう原理なのかしら、それ。飛んでいるというより、宙吊りという風に見えるのだけれど」
「んー、確かに操り人形の操演に近いかもね。上から糸で吊るして持ち上げるイメージだよ。アイドル歌手のワイヤー飛行演出みたいな」
「なるほど……」
「まぁ、体感する方が早いかな? ほら」
「えっ!? きゃあ!」
ふわり、と地面から浮き上がらされたリツコは、そのまま空中で仰向けにされると、サキエルが差し出した手にお姫様抱っこの姿勢で着地する。
「親方、空から可愛い女の子が」
「ちょっと、びっくりするじゃない」
「ふふ、こういうサプライズは嫌いかな?」
そう告げてリツコの頬にキスを落とすサキエル。彼がこうして巫山戯るタイミングは総じて仕事がキリのいい所に至ったタイミングなので、リツコも無碍に断れない。
というより、彼が自分をこうして揶揄うのは『働きすぎているタイミング』であることぐらいは、頭脳明晰な彼女に分からないはずがないのだ。
故に返答は口付け。コーヒーの味が染み付いてしまったキスはしかし、最近めっきりタバコの味とは無縁だった。
「帰ろっか」
「ええ。そうね……実際体感して、感覚を掴めるのなら、貴方にまたチルドレンを特訓してもらおうかしら」
「またそうやって仕事に戻る。お仕事モードは終わりだよりっちゃん」
「……わかったから降ろして?」
「ダメ。今日はこのまま抱えて持って帰るから」
「ちょっと、こんなの誰かに見られたら……!」
「じゃあ見られないうちに早く帰ろっか」
「もう!」
イチャイチャとしたそんなやり取りと共に『お持ち帰り』されていくリツコは、ベッドの上での逆襲を心に決めて、この場ではサキエルに勝ちを譲った。
誰がどう考えても甘々なカップル。そんな自分を『色ボケしちゃったかしら』と憂うリツコだが、ストレスフリーな生活は彼女の業務効率を爆上げしている。
同時に人当たりも大変よくなった為、彼女の変化は多くの部下に好意的に受け取られていた。
* * * * * *
一方その頃。数少ない『リツコ先輩変わっちゃって寂しい派』のマヤは、後輩の佐伯ルイ……という名のサキエルの1個体の甲斐甲斐しい奉仕もあって復調し、精神疾患も寛解した事で、オペレータートリオwithルイの4人でタコパ——たこ焼きパーティ——が出来るほどにまでなっていた。
ちなみに会場は佐伯家である。
「いやー、しかし。マヤちゃんとこうして飲むのって初めてじゃない? ちょくちょく誘った記憶はあるけどさ」
そう語るのは、ギター大好き青葉君である。彼は地味にこの3人では唯一副司令直属の『司令部』スタッフなので階級はともかく組織構造上は格上だったりする。
合格倍率1260倍の超難関試験を突破した頭脳と、何だかんだと各部署との調整を行うコミュニケーション能力。加えてテレビで引っ張りだこの大人気ロックバンド『コバルトスカイ』の創設メンバーだったりする文武両道の超エリートである。
……偉ぶらないし気さくなのであんまりそうは見えないのだが、ちょくちょく疲れてそうな同僚をメシに誘ったりしてサキエルが来るまでネルフの潤滑剤を頑張っていた苦労人なのだ。
「うん、色々気にかけてくれてたのにごめんね青葉君。……ちょっと、人付き合いで色々悩んでて、余裕が無かったの」
「そっか。ってことは、余裕出来たんだ。確かに最近明るくなったよね」
「そうかな?」
「そうだよ。……やっぱ優秀な後輩が入ると違う?」
そう言いつつ、たこ焼きの焼きに徹している佐伯ルイ——たこ焼きテクニックは本職の完コピ——を見やる青葉。
髪の毛を蛍光ピンクに染めて目には蛍光ブルーのカラコンをブチ込み、両耳はピアスまみれでドクロのイヤリングまで吊っている、という滅茶苦茶パンクな彼女だが、仕事ぶりは真面目で優秀。人当たりも良好でマヤに甲斐甲斐しくついて回っている日頃の様子からの青葉の印象は『躾けられたブルドック』と言ったところだ。
「それは本当にそうかも。ルイちゃんが入ってくれてから本当に楽になったし」
「恐縮です、青葉先輩、マヤ先輩」
「佐伯ちゃん見た目の割に超真面目だしなぁ。……というかやっぱり、同性の同年代って大事だよ。な、日向」
「え、青葉友達いたのか?」
「おま、きっついな当たり、どうした」
「女子2人と楽しそうにしてるお前が悪いぞナンパ師」
「誰がナンパ師だよ。普通に同僚の会話だ。あー、でもそうか。……失恋したばっかだったもんな、すまん」
「そうなんだよ……ハァ、葛城さんが元鞘とは……」
「日向君、葛城一尉が好きだったの!?」
「え、マヤちゃん。知らなかったのか?」
「マヤ先輩は葛城一尉が苦手なので……」
「え、そうなの? 俺知らなかった」
「僕も」
「私綺麗好きなの! 葛城一尉、コーヒー飲んだコップそのままにしてくんだもん!」
「あー……。確かに……そういやシンジ君も『ミサトさん家事できないし』とか言ってたな」
「青葉、お前その裏声似てないぞ」
「バッカお前、声変わり前は俺だってボーイソプラノだったんだぞ?」
「うっそぉ!? 青葉君声低いイメージしかない」
「マジマジ。声高すぎて男子パート混ぜて貰えなかったもん合唱」
そんな取り留めのない会話を交わし、美味しいたこ焼きを食べて、軽くお酒を飲む。スタッフ達のちょっとした息抜きができるのは、皮肉にもネルフ施設がジオフロントに集約されたが故でもある。
リツコとマヤ。サキエルにケアされる技術開発部の才媛達は、場所は違えど各々楽しい時間を過ごすのであった。