衛星軌道のサハクィエルに向けて飛行するサキエル。サンダルフォンの能力を応用し、全身から可視光線を放射しながら飛行する事で『カメラ対策』を行った彼は、上空500kmまで一息に飛翔————しようとして、200km辺りで立ち往生していた。
上昇しようとするサキエルに対して行われているのは、サハクィエルの攻撃。
『重力操作』とでもいうべきその能力こそが、サハクィエルの本質だ。時空を歪めるこの能力を以って、サキエルを地に叩き戻そうとするサハクィエルは、更にダメ押しとして自身の分体を滅茶苦茶に投下する。
敢えてサキエルを狙わず適当にバラ撒かれるそれは、サキエルという存在を学習したが故の攻撃。
『受け止めなければ地上に被害が及ぶ』という状況を作り出せばサキエルが自ずから分体を受け止めにかかる事を理解したいやらしい攻撃である。
幸い、サキエルが展開した強力なATフィールドによって分体は受け止められ、受け止めきれないものは熱線や溶解ビームなどで上空で撃破されているものの、サキエルの上昇速度は目に見えて低下してしまっている。
そして、ミサトからすればそんな状況に対して、救援を出す事も出来ない。最近見かけなかったとはいえ、サキエルを『シンジに好意的な使徒』とざっくり理解しているミサトは、別段サキエルに隔意はない。使える駒なら使うし支援する思い切りの良さが彼女にはあるのだ。
だが、使えるコマが、ミサトには今この瞬間、なかった。
エヴァ各機は地上の使徒と交戦中。黒き月に精一杯装備したプロトンビーム砲も、エヴァの支援で手一杯。そんな状況で、上空のサキエルを支援しようというのは到底不可能だ。
だがしかし。————そんな状況で、声を上げる者達がいた。
「「こんな事もあろうかと!!!」」
「!? えーっと、時田課長……と技術第二課スタッフ?」
「ええ。技術第二課です」
「……技術者が『
「ええ、もちろん。三貴神からMAGIに転送します」
「マヤ、モニターに出して。————これは……本気?」
思わずリツコがそう呟く、その計画。画面に表示されているのは、建造ロボットによって追加パーツが装着されていく『JA-02』。ジェットアローンのヒト型タイプだ。
そして同時に表示されている資料に記されているのは、『エヴァ飛行システム試作3号 オリオン』の文字。
もちろんリツコはその計画の詳細を知っている。
だがこの計画は『高速で真っ直ぐ飛ばす』事だけを考えたものであり、臨機応変な対応が望まれるエヴァには適さないとしてボツになった筈の案だ。
何より、パイロットが死にかねない。本当に『殺人的な加速』を追い求める奴があるか。というのが技術開発部の部内コンペにおける評価だった。
だが。時田だけは、その案を『何かに使えるのでは』と考えたらしい。
一直線の大出力。殺人的な加速。莫大な推力。到底人の身では制御できないその装置だが、『無人機であるジェットアローンなら運用できるのでは?』と。
その結果、ただ一機のみ『技術的知見のために』というちょっと無理のある名目で時田がねじ込んだのが、オリオンだ。
正式名称:
チャンバー内壁にはエネルギーフィールドを展開し、ATフィールドとは異なる『バリアー』の実装を試みた意欲作でもあるこの装置を以ってすれば、確かに上空のサキエルを『押し上げる』ことが可能だろう。
しかし、だ。
「良いの? 時田博士。全部纏めて確実に壊れるわよ?」
「敗北すればどうせ壊れるのですよ? なら我々のJAが『スーパーロボット』であると証明して見せる方がずっと良いとは思いませんかね」
「男の子ね。理解し難いわ。……ミサトはどうする?」
「もっちろん、使えるものは親でもなんでも使うわよ! 時田博士、ジェットアローンで第3使徒をあの大目玉まで推し上げるわよ!」
「そうこなくては! ではジェットアローン発進準備! 三貴神との量子通信開始! 戦闘システム起動!」
時田が吼えるとともに、技術第二課のスタッフにより行われるジェットアローンの発進準備。巨大なロケットブースターを背負った鋼鉄の巨人がリフターで黒き月の外殻へと迫り上がり、量子通信の確立と同時に、頭部の光学センサーが発光する。
不恰好だった初代ジェットアローンから随分とブラッシュアップされたその機体は天で輝くサキエルの光を照り返し、深緑色の機体を見せつけながら、ブースターを起動させて離陸した。
初めに起動するのは、通常の固体燃料ロケットモーター。宇宙ロケットのように爆炎と共に空に昇るジェットアローンは、両腕を天へと突き上げ、まさにスーパーロボットというべき姿勢で上へ上へと上昇。そして、上空300mで、ロケットモーターを切り離し、『オリオン』を起動させる。
直後、轟音。圧縮され、圧出されたN2爆発のエネルギーを噴き出したオリオンはジェットアローンを瞬間的に音速の壁の向こうへと連れ去って、その機体のフレームにミシミシと異音を響かせる。
マッハ2、マッハ5、10、20、50、100、200。人類が生み出した最速の飛行物体である『ヘリオス2号』に迫る強烈な速度は、その純粋な推力のみによってジェットアローンを自壊させていく。
天に突き上げた拳からは指が捥げ、腕の装甲が剥がれ、脚はとうにバラバラに砕け散り、無数の流れ星となりながら、上へ上へ。
崩壊しながらもJAに搭載された人工頭脳は三貴神から送られるデータに従ってひたすらにサキエルを目指し、発射から1分で、目的の存在へと『ぶち当たった』。
サキエルが足元に展開したATフィールド。それに直撃したジェットアローンの両腕は粉々に砕け散り、頭部がフィールドにめり込んで陥没。それでもなお、ジェットアローンの人工知能はオリオンの出力を増大させた。
星の重力を優に振り切る大推力。バラバラと落ちるパーツで流星を生み出しながら飛ぶジェットアローンは、サキエルを持ち上げたまま遂にサハクィエルに到達し、その巨大な目玉模様にめり込むと、馬鹿でかいその身体を押し上げる。
当然、サハクィエルもタダではやられない。激烈な重力をサキエルに掛けてその肉体を押し潰さんとし、それに巻き込まれたジェットアローンは、遂に限界を迎えて盛大に爆散してしまった。
だが、それはサハクィエルの意図したことでは無い。ジェットアローンの人工知能は最後の足掻きとしてN2リアクターを暴走させ、盛大に自爆したのだ。
そんなジェットアローンの爆風に強烈に押されたサキエルはサハクィエルに一層密着すると、その肉体に手刀を打ち込み、勝負を決めた。
貫かれるサハクィエルの肉体。それと同時にサハクィエルの体内で『ばらけた』サキエルは、内部からサハクィエルを食い荒らし、その巨体を取り込むべく行動を開始する。
だが、サハクィエルはそれでも勝負を諦めなかった。
自分自身に極大荷重をかけての落下。寸分の狂いもなくネルフを目指して落下する第10使徒は、サキエルもろとも自爆しようと、ただひたすらに落ちていく。
断熱圧縮された大気がサキエルもろともサハクィエルを焼き、赤熱するその体表は見る間に焦げ付いていくが、それでもなお重力の井戸の底へとサハクィエルは落ちていく。
だが、サキエルが全力で展開した巨大なATフィールドが生み出す空気抵抗がサハクィエルを失速させ、サキエルは更に光輪による浮上を継続して空中で踏みとどまり、サハクィエルを体内から食らうことに全力を注ぐ。
そうして落ちながら戦う、サキエルとサハクィエル。その攻防は、地味で、しかし派手で、一瞬で、けれど永遠のように長かった。
その戦いの果てに。
黒き月に落ちてきたのは、草臥れた様子の光の巨人と、ジェットアローンの残骸だけだった。