【完結】我思う、故に我有り:再演   作:黒山羊

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Matthew 5:44

サキエルが上空で戦い、支援の為にJAが飛び立った頃。マリとシンジが乗るエヴァ初号機は、黒き月にほど近い海上で使徒の足止めを行っていた。

 

彼らが相手取るのは、不気味な幾何学模様を輝かせる第11使徒イロウル。

 

その正体はエヴァに寄生した細菌状の極小群体使徒であり、その能力は常識を超えた『超進化』なのだ。と、カヲルからのアドバイスを受けたものの、シンジとマリがその能力に対し対抗できる術はあまりない。

 

「うにゃあ、こっちの技パクられてるにゃあ」

「でも近寄るわけにも行かないし、このまま戦うしかないよ」

「触れられたら侵食されるかもかぁ。嫌な奴ぅ」

「言っても仕方ない————よっと!」

「うぅわ。なに今の」

「体を鞭みたいに伸ばしてきた。もしかして……あのタコみたいな腕の多い使徒から学習してる?」

「うげ、最悪じゃん! ワンコくん、こいつ、早めに殺さなきゃマジでマズいかも!」

「そんな事言われても手応えないんだってばぁ!」

 

刀を振るい、光刃を飛ばし、余波で海を割る。そんな初号機の攻撃は決して生易しいものではなく、鬼の様な咆哮と爛々と輝く目から判る通りエヴァの本能剥き出しの猛攻だ。

 

それでもシンジが『手応えが無い』と評するのは、偏にイロウルの状態にあった。

 

切られても切られても再生し、それどころかその度に肉体を進化させて適応しているのである。

 

空を飛ぶ初号機を追う為に翼を生やし、遠距離攻撃が出来る様にギョロリと目玉の様な器官を生じさせてビームをぶち撒け、迫る光刃と切り結ぶ為にカマキリの様な『刃の腕』を無数に生やす。

 

もはやそこに4号機の原型はなく、申し訳程度に残る銀の装甲が逆に痛ましいほど、その体躯は改造に次ぐ改造を繰り返した異形へと成り果てていた。

 

「りっちゃーん! りっちゅぅぁーん! ヘルプ! ヘルプにゃー!!! こんなもんどうすれば良いの!?」

『進化と適応……進化の果てにあるのは停滞か死とはいえ、今現在その使徒は貴方達という淘汰圧によって進化すべき状況に常に晒されている。自滅を願うのは無理があるわね。だから私が言えるのはただ一つ』

「おお!」

『第3使徒が宇宙から帰還するまで持ち堪えなさい。その使徒はエヴァではおそらく『倒せない』わ』

「糞ゲーじゃん! ちくしょ〜! ワンコくんまだやれる!?」

「なんとか……!」

「じゃあちょっと、私と一緒に、痛い目見てもらおうかにゃあ? ————モード反転!」

 

そうマリが叫んだ直後、エントリープラグ内の計器が異常値を表示し、明確に『シンクロの感触が切り替わる』。

 

モード反転。マリがそう吼えた内容は、文字通りエヴァのシンクロモードを『反転』させるもの。

 

通常、エヴァのシンクロには『チルドレン→母親(or親族)→エヴァンゲリオン』という経路を経る。

 

要は、チルドレンは『エヴァを操縦している母親に、お願いをしている』様な状態なのだ。

 

そのモードを反転する。つまり『エヴァンゲリオンそのものとの直接シンクロ』。ヒトを捨て、エヴァンゲリオンそのもののチカラを発動させるその手法は、テスト機である初号機でも有効に機能する『チートコード』だ。

 

「RuoOHHHHHHH!!」

 

咆哮のち目からビーム。頭上の光輪を禍々しい真紅に染め、周囲に衝撃波を放ちながら宙を舞うエヴァ初号機は、いつもと異なりその双眸を紅く輝かせており、歯並びの良い口元もいつも以上に大きく開いている。

 

そんな状況でもなんとかシンクロを維持できているのは、今までの戦いで鍛えられ磨かれてきたシンジのシンクロ能力によるもの。

 

「ちょっとなにこれッ!? じゃじゃ馬すぎ……!」

「ワンコくん男を見せるにゃ! じゃじゃ馬なら毎晩アスカ姫で乗り慣れてるだろ!」

『バカマリあんた何言ってんの!?!!?』

「そうだよ、僕ずっと下だし……」

『バカシンジ! あんたも何バラしてくれてんの!?!!?』

「え? あ゛!?」

 

頬を染めるシンジと通信越しのアスカ。緊張はほぐれ、焦りも取り除かれた彼らは、猛然と使徒に襲いかかる。

 

雨霰とATフィールドの斬撃や目からのビームをブチ込むシンジの行動は、多分に照れ隠しの要素を含み、しかしそれでいて確かにイロウルを追い詰めている。

 

イロウルの司るものは『恐怖』。無限の進化によって常に恐怖の対象となる筈の存在。だが、手足を増やし、ATフィールドをより強固にし、ビームをビームで迎え撃ってなお、イロウルはエヴァ初号機を攻めきれない。

 

初号機が放つATフィールドの光刃は、かすればイロウルのATフィールドを中和し、微生物であるイロウルはそれだけで多くの個体を失ってしまうのである。

 

つまりは、再生と増殖にリソースが割かれているが故に攻めきれないのだ。

 

それでも、ジワジワと進化を重ね、エヴァに向けて少しずつ、イロウルは追いついていく。

 

しかし。悲しいかな、大量の金属片と共に地上に落ちてきた光の巨人が、イロウルに襲いかかったことで、イロウルの戦況は圧倒的に不利……というより、エヴァンゲリオン4号機ごとめちゃくちゃに圧縮されてしまう。

 

サハクィエルの重力操作を早速運用したサキエルが不意打ちで行った圧縮攻撃。即座に高重力に適応したことで死を免れたイロウルだが、圧縮によって縮むこと自体には抗えていない。

 

そして、光の巨人はそんなイロウルを『喰ってしまった』。

 

大口を開けて、球形に押しつぶされたイロウルを一飲み。

 

その直後、イロウルが取った行動は当然ながら光の巨人の侵食だ。

 

巨人の体表はたちまち黒に染まり、赤い幾何学模様の輝きが明滅し、爆発的に増殖したイロウルが体内のあらゆる箇所を侵食する。

 

侵食タイプの使徒に対し直接接触したのだから、ある意味この結果は当然。イロウルはサキエルと完全に同化してしまったのだ。

 

そう。完全に同化した。故に、サキエルの勝利である。

 

自己の体内に向けてのシンクロ。自我の薄いイロウルの魂が抗えるはずもなく、サキエルのエゴによってイロウルの魂は塗りつぶされ、喰われ、一体化させられたのだ。

 

つまり、イロウルの侵食と同化は完全に成功し、そしてそれ故にイロウルは『サキエル』になってしまったのだ。

 

そもそも知恵の実と複数の生命の実を取り込んでいるサキエルが魂の次元の勝負で敗北する訳はなく、イロウルの勝ち筋はサキエルがサハクィエルに梃子摺る間にエヴァを押し切る以外には無かったのだ。

 

だが、それでもイロウルはある意味で勝利したとも言える。

 

自身より強大な生物との完全な同化によって自身を永遠に繁栄させるというその行為は『ミトコンドリア』の様な『細胞内共生』の域にある。サキエルある限りイロウルもまた不滅となったのだ。完全な生物を目指すイロウルの使命は解釈によっては完遂されたと言えるだろう。

 

そして漆黒の身体に赤い幾何学模様を宿し、2体で1つの使徒となったサキエルは、もう一体の侵食タイプであるバルディエルに襲いかかる。

 

戦いの局面は、着実にネルフの勝利に向けて推移していた。


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