【完結】我思う、故に我有り:再演   作:黒山羊

73 / 107
あなたは心の中で言った。『私は天に上ろう。神の星々の遥か上に私の王座を上げ、北の果てにある会合の山に座ろう。』
————イザヤ書 14章 13節


Isaiah 14:13

エヴァとサキエルが海中に没してからの数分は、ネルフにとって最も長い数分間だった。

 

唯一第13使徒バルディエルの侵食を逃れた『にせエヴァンゲリオン』に搭乗するカヲルから送られてくる映像は、海中で悶えながらバルディエルに抵抗するサキエルと、完全に赤い粘菌に侵食され、ビクビクと痙攣するエヴァンゲリオン。

 

余りに悍ましい姿に繊細なマヤは眼を逸らし、精神が太い方だと自認している青葉も険しい表情を隠せない。

 

そして、ディスプレイを見ない様に計器類に集中して居たマヤが上げた悲鳴が、その場の空気を心底『最悪』なものにした。

 

「ひっ……!? ファースト、セカンド、およびサードチルドレン……バイタル消失しました……! 嘘、嘘よねこんなの、先輩、ルイちゃん、コレって……!」

 

バイタル消失。計器の破損でない限り、それが意味するのはパイロットの死だ。

 

ミサトの顔から血の気が失せ、ふらりと倒れかける彼女を、慌てて加持が支える。

 

だが、ミサトと同じかそれ以上に『顔色が悪い』佐伯ルイが、マヤの隣で見ていた計器の『奇妙な点』を指摘した。

 

「あの、マヤ先輩、赤木博士。パイロット3名のバイタルは消えてますけど、ハーモニクスは最高値、シンクロ率、全機体で400%を越えてます。————これはもしかすると」

「————ッ! そう、そういう事。シンクロ率の限界を越えたんだわ……!」

 

リツコには珍しく大声を出して告げたその言葉。

 

その意味を発令所のスタッフ達が理解するよりも先に、モニターの向こうのエヴァンゲリオン達が、その予測を証明する。

 

強烈な閃光と共に、纏わりつく赤い粘菌を吹き飛ばし、強烈なATフィールドの奔流が海を割って、3機のエヴァンゲリオンの姿を再び天下に曝け出す。

 

だが、その姿は、今までネルフがエヴァンゲリオンとして扱ってきた機体とはあまりにも異なっていた。

 

光輪を背負い、目から光を迸らせるそれぞれの機体の最大の特徴は『白』。

 

素体を覆っていた伸縮装甲が消失したことで晒された純白の素肌と、引き締まった細身の肉体。まさに『人造人間』と評するべき大理石彫刻の様なその肉体に申し訳程度の装甲を残したその姿は、知るものから見れば『アダム』や『リリス』に酷く似ている。

 

胸に輝く赤いコア。純白ゆえに光を照り返して輝く素体。胸部と脛と前腕、そして頭に残る赤、黄、紫の装甲。

 

背負う光輪も相俟って神聖さを感じさせるその3機は傲然屹立とした姿で海底を踏み締めており、実に力強く、美しい。

 

そして極限まで高められたATフィールドに拒まれた使徒バルディエルは、エヴァの肉体から弾き出されて一敗地に塗れていた。

 

一箇所により集まり、粘液の塊となって戦闘を続行しようとするそれらに対し、零号機がまず攻撃を仕掛ける。

 

瞬時に格子状に展開したATフィールドによって賽の目斬りにされたバルディエルは、即座に結合しようとして蠕くが、その切断面は高速振動しているレイのATフィールドによって焼き潰されており、バラバラと崩れ落ちたバルディエルの肉片は、非常に再生速度が鈍っていた。

 

そして、追撃の弐号機が、焼け焦げる彼らに対し、その4つの眼球から熱線を放ち、十字架状の爆炎と共に激烈な熱量を以ってその肉片共を焼却してみせる。

 

炭化し、グズグズと焼け焦げたそのザマは、もはや完全に敗北者のそれだ。だが、かろうじてバルディエルは生きており、使徒の誇る無限エネルギーによってどうにかその肉体を再生させようと試みる。

 

炭になったならもう素直に死んでおけとアスカが毒づき、レイが再びサイコロステーキ化させるが、今度は既に全身が黒焦げなせいか焼き焦がしても怯むことなくバルディエルは再生を始めていく。

 

そこにトドメとばかりに腕を振るうのは、初号機。

 

3体のエヴァの中で最も変化が大きいこの機体。その特徴は、単に白くなっただけではなく、その白い体に走るラインや本来黄緑に塗装されていたはずの装甲パーツから赤い燐光を発している事にある。

 

その輝きは、初号機の絶大なATフィールドの片鱗。

 

腕を振るうと同時に展開された『正160胞体型の4次元立体ATフィールド』がバルディエルを捕らえると、初号機はその両の手を突き出して左右の指を組み、掌を強く強く握り合わせる。

 

その動作に呼応するが如く、ギシギシと軋む空間。それはバルディエルを捕らえたATフィールドが内包する空間ごと押しつぶされ、それに伴う時空の歪みが世界を引き裂く音だ。

 

時間も空間も一切合切を圧縮し、無限小にまで押し潰して、ブラックホール化させ、そしてそのまま解放して、ホーキング放射と共に速やかに蒸発させる。

 

エヴァンゲリオン初号機が行った一連の攻撃は、もはや『使徒』としても異様な程の『権能』の行使であり、ほとばしるエネルギーの余波で海を割るだけでなく海底すらも捲れ上がる。

 

エヴァンゲリオン3機に寄生していたバルディエルを文字通り『この世から消滅させた』その怒りの力は、完全にエヴァンゲリオンの枠を越え、勝利の雄叫びを上げる『赤く輝く光の巨人』は雄叫びの余波で雲を吹き飛ばして天候を変えてしまうほどの『力の塊』と化している。

 

だが、ともすれば世界を滅ぼしかねないその力を、鎮めたのは弐号機と零号機。

 

両機がATフィールドを生じさせ、初号機に干渉させたことで、初号機の異常な発光は次第に沈静化し、捲れ上がった海底や押しのけられていた海水は、徐々にあるべき姿へと戻っていく。

 

そんな中で、サキエルもまた、イロウルの権能によって『バルディエルに適応する』事でバルディエルを逆に侵食し、食い滅ぼす事に成功した。

 

漆黒に赤い妖光のサキエル。純白に赤い燐光のエヴァ初号機。

 

地上にこの日顕現した2体の『神になり得る存在』は、今はただ、力を使い果たし、その身体を停止させていく。

 

海中に没し、分裂していくサキエル。零号機と弐号機に両側から抱えられて、ぐったりとしつつもネルフに運ばれていくエヴァ初号機。

 

ゼーレの仕組んだシナリオを見事に打ち破って見せた彼らは、今はただ、泥の様な眠りを欲していた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。