【完結】我思う、故に我有り:再演   作:黒山羊

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備えあれば憂いなし

サキエルが復活したのちに実施した日本各地の復興支援開始から1週間。文字通り『昼夜を徹して大量の人員を適切な配置で一切ミスなくフル稼働させる』という『理論上最速』の復興作戦により、日本列島は類を見ない速度で再生、否、再構築されている。

 

ネルフが金は出すから復興を担当させろ、という身も蓋もない内政干渉に当初は難色を示した日本政府も、現状の結果によって手首がインパクトドライバーで出来ているかのような見事な手のひら返しを見せており、概ね穏便に復興が行われたと言える。

 

ただ、その過程で日本各地に散ったサキエルの手で行われた『改造工事』は、ネルフの技術を惜しげもなくブチ込んで作られたせいで、ちょっとおかしい日本を生み出してしまっていた。

 

MAGIコピーの制御で時速600kmで突っ走るリニアモーターカー路線の敷設。

 

改良型N2リアクターによるN2発電所の建造。

 

銅メッキカーボンナノチューブによる電線の高強度化と軽量化。

 

磁気により収束浮遊させた5000℃のプラズマで何もかも焼き尽くすゴミ処理場。

 

最先端医療機器を詰め込んだ大規模病院施設。

 

そして、天を衝く超高層マンションで構成された団地。

 

日本全国津々浦々に画一的に設置された超技術の粋を極めた建造物は、日本国民にネルフ脅威の技術力をまざまざと見せつけたのである。

 

これらはもちろん『復興の際に建造した』ものである為、ネルフは快く各地の行政に所有権を譲渡している。

 

だが、それには無論裏がある。譲渡後しばらくして行政はどこもかしこもネルフに『管理してくれ』と委託せざるを得ないことになるのだ。もちろん各種マニュアルも用意し渡しているが、超最先端技術をポンと渡されて使える者はまず居ないのである。

 

そして、ネルフはその助けを乞う声を『快く聞き入れて』各行政にスタッフを派遣するのだ。もちろんその正体はサキエル。これらの布石は、地方自治体にサキエルの手を食い込ませる為に行われた割と迂遠な作戦なのだ。

 

そしてもうひとつ。サキエルが行ったのが、自身の散布。

 

コンクリートの骨材、アスファルトの骨材、プラスチックの充填材に、塗料の増量剤。あらゆる部分にサキエル細胞をブチ込んで作り上げた建造物は、実質サキエルのようなものである。

 

イロウルと同じ要領で無機有機問わず物体を侵食し強度を高めつつ、あらゆる場所あらゆる人物のATフィールドに干渉できる布石を用意する。

 

そして日本国がもし敵対すれば建造物全てを自爆させることも可能。

 

ビッグブラザーの如く『サキエルがあなたを見守っている』と書いたポスターまでは貼らないが、思想警察無しに思想改造が可能なこれらの裏工作は、事実上日本政府を完全にサキエルの意思の元に隷属させてしまった。

 

しかしそれらの陰謀は、無邪気に新居や素晴らしい公共施設を喜ぶ住民達には関係がないとも言える。別に洗脳して奴隷にされるわけでもなく、痛みも伴わず、むしろ色々便利になっただけ。

 

その過程でちょっと思考回路が『穏やかに』ネルフ支持に変えられたとして誰が気付けるだろうか?

 

斯くして、サキエルの甘い毒は日本を侵食し、国民は幸福のままに隷従させられることとなる。

 

 

* * * * * *

 

 

一方その頃。

 

サキエルの侵食を日本で最も色濃く受けているネルフ本部では、リツコが開発したという体で、各種のサキエル由来技術がエヴァや設備に導入されていた。

 

まずはエヴァに対するサキエル細胞の経口接種によるS2機関の導入。サキエルの因子は消化吸収されており、これに関してはサキエルからの純粋なS2機関譲渡というのが正解だ。

 

そして、新たに作られた有機スーパーコンピューター『クリフォト』。10機の有機スーパーコンピュータを接続したMAGIを超える超高性能コンピュータシステムであるこの設備は、ネルフの基幹システムを担うMAGIや開発系システムを担う三貴神を保護する為の『ファイアーウォール』システムだ。

 

外部との通信にクリフォトを噛ませることで、悪意ある攻撃に対し防衛と反撃を可能とするこのシステムは、ゼーレが有するMAGIコピーへの対策だ。ネルフに対してハッキングを試みた場合、接続元へ逆侵攻して相手をハッキングしてしまう、というのがクリフォトのメイン機能なのである。

 

もちろん、コンパクトにまとめるにあたってサキエル細胞を組み込んであるため、思考用の有機パーツが動力も兼ねるというなかなか素敵なマシンに仕上がっている。

 

その他には、黒き月を守る装甲に『外殻蛋白壁』という名目でサキエル細胞を使ったり、なんだかんだと便利に使われているサキエル。

 

では、その本人、というか細胞ではない人型分体は何をしているのかといえば、彼らについては割と普段通りに行動している。

 

レイクローンの育児、チルドレンの育児、マヤのメンタルケア、司令官の影武者、リツコとイチャイチャ、加持と共同での工作活動などなど、相変わらず忙しい毎日だ。

 

自己の保存がほぼ完璧に達成された現状、サキエルとしては人類文明の生み出す娯楽や技術などの情報を貪りながら隠居したいのが本音ではある。

 

自己の生命が脅かされないような環境を構築して、ぬくぬくと過ごすのがサキエルの矮小にして偉大な野望なのだから。

 

とはいえど、流石にサキエルも残る3体の使徒やゼーレの存在があるため、その野望を我慢してひたすら地盤を固めているのである。

 

そんな地盤固めの一環が、レイの甘やかしなのは、以前にも触れた通り彼女がリリスである為だ。

 

アダムが分割され魂はタブリス、肉体はサキエルへと継承されている現状、リリスは地上に唯一残った完全生物である。もちろん、リリス自体も魂と肉体に分かたれてはいるが、レイの場合は人間としての肉体もリリスコピーである初号機からサルベージされた『最初のレイ』の出自から考えるとリリスの因子が強い。そんな彼女がサキエルから母乳という形で『血を啜る』のは、無意識下でリリスとしての本能が生命の実を求めている部分もあるのだろう。

 

そして、サキエルは再誕によってS2機関の譲渡を可能としている。

 

その結果起きたのが、サキエルの『レイちゃん用ママ仕様個体』に対するレイからの今まで以上に熱烈な欲求だ。これに対し、さまざまな攻防を経て、サキエルはリリスと契約を結ぶ形でS2機関の譲渡を承認する事となった。

 

というと聞こえは良いが、要はレイに『困った時には助けてね』とお願いした形になる。

 

斯くしてカヲル同様にS2機関を得た事で、漸くレイの本能的欲求も終息し、本能を突き上げるようなサキエルに対する捕食衝動はなりを潜めている。

 

そのはずなのだが。

 

「レイちゃん」

「んむ?」

「まだおっぱい飲むの?」

「飲む。落ち着くもの」

「そう。じゃあレイちゃんが飽きるまでは好きなだけ飲んで良いよ」

「飽きないわ」

「そうかな……そうかも……」

 

すっかり甘やかされるのに慣れ切ったレイは、割とダメな子になっていたようで、乳離れは無期限延期と相成ったのである。

 

というかレイを甘やかす犯人に関していえば、実はサキエル以外も割と居るのだ。

 

一応タネ違いの兄であるシンジは何かとレイを気に掛けているし、アスカもなんだかんだ妹分には優しいタイプ。マリは初恋のユイの面影がめちゃくちゃあるレイには甘くお菓子やらで餌付けしている。

 

唯一フラットなのは、執着と興味の大半をシンジとサキエルに向けているカヲル、という状況なのだ。

 

それはもう、レイが『私、多分末っ子だから』とA(甘えん坊)T(天使ちゃん)フィールドを全開にするのも仕方ない。

 

聖書では悪魔の女王やサキュバスの元締めともされるリリス。その片鱗を発揮させつつあるレイは、口数こそ未だに少ないものの、かなり濃い人間性を発揮しつつあった。

 


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