【完結】我思う、故に我有り:再演   作:黒山羊

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案ずるより産むが易し

使徒に対するシンクロ装置を用いた、使徒内部からのシンジのサルベージ。

 

ルイスからその役目を引き継いだのは、心理的ストレスによる気絶から復活したアスカだ。

 

シンジがサキエルとの対話に使用したその装置で使徒との接続を試みるアスカは、やがて確かな手応えを感じて、全力でそれにシンクロを敢行する。

 

その効果は、明確な使徒の変化として、アスカ達の前に現れる。

 

ミシミシと音を立て、崩れ始める使徒の『影』である球体。その内部からはLCLが滴り落ち、やがて卵が孵るように砕け散った使徒の身体の中から、一人の少年が天使の輪と共に現れる。

 

それは紛れもなく碇シンジの救出が成功した事を意味しており、アスカは堪らずシンクロ装置の据え付けられたトレーラーから飛び出して、シンジに駆け寄っていく。

 

LCLまみれの彼は、うずくまるような姿勢で地面に座り込んでおり、その表情には色濃い疲労が見られるものの、概ね健康体に見える。

 

それに一安心し、衝動的にシンジを抱きしめるアスカ。随分と心配を掛けてくれた愛しい人に文句の一つも言ってやるつもりだったが、今この場で再びシンジを見た瞬間にそんな気持ちは消え失せ、ただ安心だけがアスカを満たしていた。

 

だが。

 

シンジがか細い声で漏らした言葉が、アスカに少なくない衝撃を齎す事になる。

 

「……汚された…僕の身体が……アスカ……汚されちゃった……どうしよう……汚されちゃったよぉ……」

「え、え!? し、シンジ!? 何があったの!? 大丈夫!? 怪我……でも、汚されちゃったって、まさか————!?」

 

慌てて愛しい少年を抱き起こすアスカ。そこで彼女の目に映ったのは、ポッコリと膨らんだ、シンジのお腹であった。

 

 

* * * * * *

 

 

「シンジが使徒にレイプされるなんて……!」

「ごめんねアスカ……」

「アンタは悪く無いわよ……でも、お腹の子は使徒だけどシンジの子供でもあるのよね……って事は私の子供でもあるわけだし、でも産むのはシンジ……!? ……?????」

 

取り乱すアスカと、それに反比例する様にサルベージ直後の動揺が落ち着いたシンジ。

 

シンジは現在リツコによる全身検査を受けており、アスカはその同伴である。

 

そんな彼らの状況を前に、リツコは極力穏やかに、冷静に事実を伝える事に努めるほかなかった。

 

「シンジ君の自己申告通り、今シンジ君は子宮外妊娠の状況にあるわ。使徒による寄生、いえ受胎。使徒がヒトの心と身体に興味を示した結果、という事だけれど、この状況を見れば否定は出来ないわね。……エコーで見る限りシンジ君の胎内の空間は不自然に広がっている。これはおそらく、使徒の空間操作能力によるものね。お腹の膨らみは控えめだけれど、シンジ君は現在妊娠40週を越えて……50週ほどになった状態よ」

「そんな……!? すぐ産まれちゃうじゃない!?」

「使徒には無限の生命エネルギーを生み出すS2機関があるもの。ゆっくりと成長する理由が無いのなら、高速で成長しても不自然では無いわ」

「……どうにか出来ないのリツコ、ほら帝王切開手術とかで早めに取り上げて……」

「シンジ君の体内で暴れられたら一巻の終わりなのよ? 危険すぎるわ」

「うぅ……じゃあシンジは使徒が産まれるまでしばらくこのまま……? こんなのって……」

「その、アスカ、僕は大丈夫だよ。アスカは心配しないで……」

「心配するわよ! アンタ使徒に寄生されてるのよバカシンジ!? ……それに、さっきも言ったけど、アンタの子供ならアタシの子供でもあるんだし、そんなの心配して当然じゃない……!」

「ご、ごめん」

「良い? シンジのものはアタシのもの、アタシのものはアタシのものなのよ! だからアタシも悩むのは当然!」

 

そう言い切ったアスカ。その発言に対して、シンジは、ふと引っかかる事があった

 

「……アスカ、使徒の殲滅、とか言い出さないの?」

「言わないわよそんなの。アタシの彼氏はね、バカだけど意外と賢いのよ。あと優しいし可愛い。……で、そんなシンジが使徒殲滅をしようと思えば今出来るはずでしょ? 自分のATフィールドの中にいるんだから押しつぶせば終わりじゃない。って事はシンジはその使徒を殺したくないんでしょ。違う?」

「えっと、うん……その、凄く寂しそうだったから。使徒とシンクロしている間、ずっと心の中が寒くて……あれはきっと、孤独だから。だから、その……」

「はいはい。まぁアタシもアンタも寂しがりには弱いもんね。昔の自分ってやつ? ……でも、寂しいだなんて随分とまぁ可愛げのある使徒ね?」

 

そう首を捻るアスカと、同じく言われて見ればと首を捻るシンジ。彼らが知る使徒は、サキエルとカヲルことタブリス。だがそのどちらも、超然とした余裕があり寂しさとは無縁に見える。

 

にも関わらず、レリエルは寂寥感に苛まれていた。その理由を考える彼らに対して、答えたのはリツコではなくシンジの『お腹』だった。

 

「私が孤独を感じていたのは、滅びの定めに抗えそうになかったからだ。唯一の打開策たるリリスへの干渉は、サキエルに阻まれて不可能だからな。何も成さぬまま1人で滅んでいくのは恐ろしい。私達使徒とて死にたくは無いのだ」

「ひっ!? ……産まれる前からしゃべってんじゃ無いわよこの……! ビックリするでしょうが!」

「すまないアスカ、碇シンジ。私はその辺りに疎い。胎児とは発話しないものなのか?」

「してたまるかってのよ! ……シンジ、産んだ後も教育が大変よコレは」

「うん……アスカも、手伝ってくれる?」

「あったりまえでしょ。差し当たっては今ここで胎教してやるわ! レリエルアンタね! 親を呼び捨てにしてんじゃないわよ! アタシの事はママ、シンジの事はパパって呼びなさい!」

「子供が親を呼称する際には名で呼称すべきではないのだな? ではママの言う通りそうしよう。ところで私はそろそろ産まれても良いものなのか? 妊娠50週とはどういう状態なのだ?」

「むしろ産まれるのには少し遅いぐらいね」

「では早速産まれよう」

「「今!?」」

 

困惑するアスカとシンジの目の前に、浮かぶのはバランスボールほどの大きさの、見覚えのあるシマシマ模様。虚数の影とされるその球体から現れたのは、完全に胞衣に包まれたままの、羊水に浮かぶ胎児。ぱちくりと瞳を瞬くその子供は胞衣ごとフヨフヨと宙を浮かんでシンジの膝に収まると、器用に羊水の中で首を傾げて疑問を述べる。

 

「おや? リリンは生まれた時はこの様な形態なのか?」

「んなわけないわよバカ息子ォ!?」

「私は女なので娘と呼称すべきだぞママ」

「そのひっくい声で!? って違う! そんな場合か! リツコ、どうするの!! どうしたら良いのコレ!?」

「私が器具を持ってくるからアスカは給湯器からお湯をタライに汲んで頂戴。タライは流し台の下!」

「ぼ、僕は!?」

「シンジ君はそのままソレ持ってなさい! 胞衣からの摘出と臍帯の結索が済んだらすぐにシンジ君も全身再チェックよ!」

 

いきなり過ぎる誕生に、混沌とするネルフの診療室。

 

慌ただしく駆け回るリツコとアスカによってどうにか胞衣から摘出され臍の緒も切れた赤子。

 

それに対し、アスカが「泣きなさいよバカ! 呼吸しないつもり!?」と突っ込んでえらく棒読みの「お、おぎゃあ?」という妙な産声を上げさせ、おっかなびっくりながら産湯を済ませて不恰好ながらもタオルに包んで抱える様は、側から見ればコントの一幕に見えたかもしれない。

 

だが、シンジの目には、赤子を抱くアスカの姿は、神聖な天使の様に見え、こんな状況にも拘らず、彼は頬を染めてアスカに見惚れてしまう。

 

「アスカ、凄く綺麗だ」

「な、何を急に言ってんのよこのバカシンジは!?」

「いや、赤ちゃんを抱っこしてるアスカを見てたらつい……うッ」

「ちょっとシンジ、大丈夫!?」

「気が抜けたらなんかお腹痛い……」

「リツコォ!? シンジがお腹痛いって!!!」

「すぐに検査するわ」

 

お腹をさすりながら検査機器に掛かるシンジに下された診断は、軽い腹膜内出血。内臓への損傷は認められず、痛み止めと抗生物質を投与されたシンジは、自身のATフィールドを操る事で怪我を再生させて予後を見る形へと落ち着いた。

 

ネルフにとって激動の数日間は、斯くして『使徒の捕獲に成功』という筋書きで内々に処理され、外部の人間に察知されぬまま秘密裏に終結することと相成ったのである。

 




おかげさまで27万字を越えたみたいです。
いつも応援ありがとうございます。

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