「さて、サキエル、タブリス、初めまして。私は第12使徒レリエル。この度無事に再誕を遂げた者だ。以後宜しく頼む」
そう告げるのは、既に3歳児程にまで成長を遂げ、ひとまず急速成長を停止させたレリエル。
自律歩行が可能な肉体を獲得した彼は、シンジ達に連れられてのこのことチルドレンたちが住むアパートまでやってきた結果、案の定カヲルとサキエルに捕獲されていた。
まぁ、シンジのサルベージ成功以降サキエルにより完全に監視下に置かれていたため、遅かれ早かれ捕まって話し合いの席は設けられた筈ではあるが、自らやってきたのはレリエル自身に叛意がない事を示すためだろう。
だが、だからと言って追及を甘くするかというと、少なくともカヲルはそうではなかった。
「シンジ君を誑かすとはねレリエル。僕は今嫉妬という感情を知覚しているよ」
「何故だタブリス。知恵の実の入手は君の方が先だろう」
「いやそこじゃ無いんだけどな……まぁ良いさ。君には今後に控える使徒の動向を吐いてもらう必要があるからね。使徒には記憶の継承が発生する。君の持つ思想を理解できれば、残るアラエルとアルミサエルの動向も予測できるはずだ」
「私の思想……『敗北しない』というのが私の掲げた第一義だ。勝利は不可能であっても、敗北を回避できれば私単独で見た場合勝利と言える。残る使徒も同一の思想は持っていると思うが、目的に対して講じる手段はそれぞれ異なるだろうな」
「ふぅん……シンジ君に寄生したのもその一環だと?」
「もちろんだ。リリンの子として再誕できれば、私もリリスの使徒の末席となる。サードインパクトがリリスの主導で行われたとしても、リリスのガフの間に帰還し復活の機会に恵まれる事だろう。アダムのガフの間はもう無い。我々使徒がインパクトを起こせば、黒き月を我々のガフの間として乗っ取れるのだろうが……ゼルエルが敗北した以上、力押しではどうしようもない。私はそれ故に我々のガフの間の再生は事実上不可能と判断し、リリスのガフの間に入る方法を求めたのだ。その手法が、覚醒したリリンから産まれ落ちることだった。パパとママのどちらかからな」
「僕の前でパパママ呼びとは良い度胸だね……」
「何故怒るタブリス? リリンは親をそう呼称するのだとママから教育されたのだが」
「……嫉妬だよ嫉妬」
「理解不能だ」
可愛く首を傾げ、ドスの効いたバスボイスで「さっぱりわからん」と呟いている幼女レリエル。口を動かさずに発声するし、呼吸も時折思い出したかのようにフンスフンスと鼻呼吸しているものの気を抜くと忘れる『どう考えてもヒトじゃないナマモノ』である彼女はしかし、先程から存外に重要な情報をペラペラと喋っている。
カヲルはシンジがパパでアスカがママな事実に『僕はアダムなんだし、それならレリエルは僕とシンジ君の子だろ』と拗ねているが、周囲に集まっていたシンジやアスカ、そしてマリは当然ながら飛び交う専門用語に疑問を浮かべてしまう。
「ねぇレリエル。ガフの間って何?」
「む? パパは知らんのか。この黒き月の事だ」
「んん……?」
ただ、悲しいかな、レリエルは説明が下手であった。そこで助け舟を出したのが、今まで黙っていたサキエルだ。
「ガフの間、というのは全ての魂が帰る場所だよ。日本文化で言えば『あの世』みたいなものかな。そしてそこで魂は新たな肉体を得て再生される。要は産まれ変わるわけだ」
「なるほど……ん? でもなんかさっきレリエルはリリスとアダムでガフの間が違うとか言ってなかった?」
「リリスから生まれた人間は、このネルフがあるジオフロントがそのガフの間なんだよ。まぁもっとも、正確に言えばこの空間と同一位相にある異空間なんだけどね」
「ふむふむ」
「で、アダムから生まれた僕たち使徒のガフの間は南極にあったんだ。でも15年前のセカンドインパクトの時に人間にN2爆弾で吹っ飛ばされて壊れてしまった」
「えっ!?」
サキエルがさらりと述べたその一言は、質問を述べたシンジ達チルドレンにとっては意外な発言だった。
使徒の『あの世』がN2爆弾で吹っ飛んだというのはつまり……。
「セカンドインパクトの原因自体は『アダムに人間の遺伝子を融合させたせいでアダムがバグった』からなんだけれどね。あの当時南極で起きていたのはそれだけじゃない」
「兄さんの言う通り、当時のゼーレの策略は『アダムに人間の遺伝子を加えてアダムを制御する』ことと『使徒の輪廻転生を封じるためにアダムのガフの間を破壊する』ことだったのさ」
「それって要するにセカンドインパクトも使徒の襲来もゼーレって人達のせいってこと?」
「そうなるね。アダムを失った使徒はアダムと同格の存在であるリリスを目指してこのジオフロントを目指していた。動機はさっきレリエルが言った通り。自分達の為のガフの間が壊れたから人間用のガフの間を乗っ取ろうとしていた。そして、その前準備として完全生命体への到達がある」
「完全生命体……今のレリエルやサキエルみたいな……?」
「そう。そして、完全生命体に至った者が己の力を十全に発揮した場合、アンチATフィールドを行使する事が可能になる。これによって全ての生命をリセットし望むままに世界を再構築する行為がサードインパクトだ。その手段として手っ取り早いのがアダムやリリスといった生命の始祖との融合だね」
「うぅん……割と人間の自業自得?」
「アタシたちアフターインパクト世代からしたら良い迷惑よね」
「まぁ、我々使徒とアダムが覚醒していたら結局のところ人間との生存競争になっていたわけだし、人間目線で見れば一概にゼーレを批判できない面はあるかもしれないけどね」
「サキエル。君という存在がそれを言うのは苦しい擁護では無いだろうか。私でも『一部はそうかもしれないが交渉次第では』と思ってしまうぞ」
「うーん。一応使徒の襲撃地点を日本に絞った点と使徒の増加を阻止した点はリリン的には評価されるべきじゃないかな。アダムのガフの間が健在だったら僕たちが大量生産されて世界を七日で焼き尽くしてたかもよ?」
「ああ、それはありうるな。確かに」
そう語る使徒達の会話に、苦い顔をするシンジ達。『実は人類がかなり詰んでいた』という事実は当然ながら彼らにとって嬉しい話では無い。
その後も詳しく話を聞けばセカンドインパクトまで起こして種を延命した人類は、それでも結局詰みの状態にあるらしい。
ヒトの欠けた魂は限界を迎えつつあり、出生率は低下の一途を辿っているのだ。
だが、その現状に対し、対策を講じたものがいた。
「それが碇ユイと碇ゲンドウ。シンジ君のご両親だ。彼らが組み上げたサードインパクトを制御し、ヒトを新たな生命へと進化させる人工進化計画。それこそが、人類補完計画。ネルフの至上命題として聞いたことぐらいあるだろう? というかマリちゃんは作成に1枚噛んでるだろうし」
「げ、バラしちゃうのにゃ? まぁ確かに、私はユイ先輩の計画に乗ってたけど」
「ちょっと待ちなさい、マリ、アンタ本当は何歳なのよ?」
「姫ったら乙女にそれを聞くのかにゃ?」
「聞くわよ」
「ぐぬ。……33歳」
「ミサトの4つ上じゃん!?」
「え? マリさんって呼んだ方がいいのかな……」
「やっぱりお乳が出る……?」
「ワンコ君やめて!? 肉体年齢は14歳で固定だから私! あとレイパイセンには悪いけど年齢がそれらしくても経産婦じゃ無いから!」
そう言って自身の胸元を庇うマリだが、レイはお構いなしにその胸にダイブしマリをソファに押し倒した。
だが、そんなレイを自分の胸元へと回収したサキエルによって惨劇は回避され、真面目な話が続行する。
「話が逸れたけど、まぁ、人類補完計画ってのは人類を一回LCLと魂に還元して、魂を融合させた完全な存在に生まれ変わる計画だね。ただ、この補完計画について、原案の碇夫妻とゼーレの意見が割れた。碇夫妻が考えていたのは全人類を『エヴァンゲリオンにする』計画だ。始祖のコピーであるエヴァにみんなで相乗りしよう、的な計画だね。S2機関さえあれば無限に生きられるエヴァと融合すれば人類皆が永遠に生きられる」
「……もしかして、アタシのママやシンジのママがエヴァになってるのって」
「そう。人類を救う方法のテストだね。ただ、此処でゼーレは別の事を考えた。すなわち、エヴァと融合するのは選ばれた者、自分達だけで良いとする選民的な思想だ。人類全てを救うのではなく、少数の者を救う為に人類の多数を生贄にする計画とも言える」
「えぇ……」
「まぁそういう反応になるよね。ゼーレはそもそもセカンドインパクトの時点で始祖アダムを意のままに操ろうとして失敗している。その後もカヲルを作ったりアダムを再生してみたりと割と往生際が悪い。その全ては、自身が神になりたいという欲求から来ている」
「やっぱり悪の秘密結社なんじゃ……?」
「で、今現在碇ユイが新たに提唱したのが、ゼーレの野望を挫く為の人類『補間』計画。使徒の力を借りて人類も使徒も救ってしまおうというなかなか欲張りな計画だ」
「……つまり?」
「僕がシンクロで人間の魂を繕ったり、僕が人間から生まれ直したり、僕が人間と交配したりする計画だね」
「サキエルありきじゃない!?」
「そこに現れた助っ人が、今回シンジ君が産んだレリエルだ。僕としては今回の一件はありがたいんだけど……初号機が暴走もせずにすんなりレリエルから排出されたり、レリエルのシンクロジャックがうまく行き過ぎていたり、ちょっと手のひらで踊らされている気が……」
初号機の中の人が碇ユイである事は、この場のみんなが知る通り。どうも『仕組まれていた感』が漂うユイの行動だが、彼女はおそらく人類で最も知恵の実に適合している怪物的天才。現状全てが彼女の予想通りでもおかしくないとサキエルは真面目に考えているし、チルドレンもその予想を否定出来ずに軽く戦慄している。
そんな状況に対して、本日の主役の筈なのに途中から話に置いてけぼりなレリエルは、サキエルの胸元に潜り込んでいるレイに呑気に交渉をしていた。
「リリス、リリス。私も栄養補給をしてみたい」
「……左を譲ってあげるわ」
「感謝する」
「構わないわ。貴方は私の姪っ子だもの」
「いや、レイちゃん。僕の乳首の使用権を勝手に譲渡しないでね……? まぁ良いけどさ……」
「……なんか気が抜けたわね。あ、サキエル。悪いんだけど
「出たら困るよアスカ……」
「妊娠に比べたら普通にあり得るわよ。出なかったけど」
そう言ってシンジの胸をモミモミと揉んで見せるアスカに対し、シンジは『ひゃん』と高く細い悲鳴をあげる。それを聞いたアスカの瞳に怪しい光が宿ったのをシンジ以外の全員が即座に察知したのはいうまでもない。
「シンジ君も大変だな……あ、乳母の件は了解だよアスカちゃん」
「頼んどくわ。さてじゃあシンジ。話も終わったし部屋に行くわよ」
「え?」
「アンタは私のだってマーキングしとかないとまた使徒に盗られるかもしれないしね」
「え、何されるの僕」
「そりゃあナニでしょワンコ君」
「マリちゃん、女の子が
「アラサーがバレた今となっては私は無敵にゃ!」
「ダメな方向に開き直ってしまった……」
「————やっぱり、レリエルは僕とシンジ君の子なのでは? つまり僕がパパでシンジ君がママ……!」
「いや、カヲル、静かだと思ってたらずっとそれ考えてたの?」
真面目な話から一転、賑やかなカオスが発生するチルドレン宅。
レリエル出現によって巻き起こされた騒動が、緩やかに日常へと切り替わっていくその中で、人類補間計画は緩やかに進行していくのだった。