「文字や絵というのは素晴らしいな。過去のリリンの得た情報を出力し保存できるとは」
「インターネットに直結すれば電子データで諸々引っ張って来れるよレリエル」
「それができるのは自由意志を司るタブリスか、ラミエルを喰ったサキエルぐらいのものだろう。私には不可能だ。それに私は本が気に入ったぞタブリス」
「『はらぺこあおむし』を抱えている姿だけを見れば可愛らしいのに喋ると台無しだな君は」
そんな事を言いつつも、レイクローンズのお下がりのひよこパジャマを装備したレリエルを膝に座らせているカヲル。
なんだかんだで『まぁアダムだった頃に子供達の面倒を見る事はなかったからね』とお守りを引き受けている彼は、むしろ面倒を見られる事に至福を感じているリリスことレイよりはよほど生命始祖らしい行動をしていた。
ではさて、一応親である筈のシンジは?
その答えは、アスカにたっぷりマーキングされた事による腰痛と腎虚……ではなく、彼は現在、約定通りレリエルが出産時にシンジの肉体に残した『S2機関』の慣熟に勤しんでいるのだ。
もちろん、シンジの遺伝子を取り込んだレリエルから受け渡されたその機関は問題なくシンジの身体に適合しており、暴走する事はない。
ただ、人の身で無限のエネルギーを得てしまった彼は、ざっくり言うと『アメコミヒーローみたいな事』になってしまっているのだ。
流石にドアノブを握り潰したりはしていないが、『本気で握れば確実に潰れる』というなんとも言えない直感が働いているし、ATフィールドの出力も今までとは桁違い。
結果、シンジは現在出来ることと出来ないことの把握の為に屋外訓練場で訓練に明け暮れている、というわけだ。
では残るチルドレンは? といえば彼らは彼らでそれぞれやることがある。
マリが行っているのは、自分の乗機であるエヴァンゲリオン3号機の改造。
そもそもマリという改造人間は、エヴァ技術と遺伝子工学の粋である。強靭な肉体を有する彼女にとっては、通常のエヴァの『ヒト型』という姿は少々面白みがない。
そこで、彼女の乗る3号機は現在、サキエルの協力のもと大幅な骨格改造を受けていた。
「可愛い猫ちゃんにしてほしいにゃあ」
「どう見ても顔が厳つすぎるからヒョウじゃないかな?」
「えー、それだとピンク色だしピンクパンサーじゃん……アリだにゃ……」
「アリなのか」
「ニヒルでクールなマリにお似合いじゃん?」
「何かおっしゃいましたかな
「にゃにお〜!? ……まぁ、冗談はともかく、どうよサッキー、マリの3号機ちゃんは」
「体長40mのヒョウとして申し分ない強さに仕上がってるんじゃ無いかな。あと肩のウェポンラックを応用してプロトンビーム砲台にしてるのは素直にエグいと思う」
「尻尾につけたプラズマカッターはどうかにゃ?」
「尻尾というのが大変えげつなくて良い。結構尾長があるからオールマイティに使えそうだよね」
「うんうん。あとは四肢に対人用のオゾン噴射器でも仕込んどくかにゃ」
「対人想定ね……マリちゃん的にはありえると思うかい?」
「まぁサッキーが防いでくれるとは思うけどにゃ。対策しないのは違うでしょ。未来ある若者に人殺しをさせるわけにもいかないしさ」
「マリちゃんはみんなのお姉ちゃんだもんねえ」
そんな会話を交わす2人が想定しているのは、ゼーレによる『軍事攻撃』だ。日本こそネルフが掌握しているものの、その他の国家はほぼ完全にゼーレの支配下にある。当然ながら国家には軍事力というものがあるため、それを使ってゼーレが攻め込んでくる可能性は十分に存在しているのだ。
「僕も侵入者用のトラップとか考えておかないとなあ」
「サッキーあれ仕込もう、前からビームが網状に迫ってくるやつ。バイオハザードみたいな」
「あー……やろうと思えばできるし仕込んでおこうかな」
「あとは壁からマイクロ波出して侵入者をチンするとかどうかにゃ」
「シンプルにエグいけど悪くないね」
アレしようコレしよう、と楽しげに提案しながらもマリやサキエルの表情は真剣だ。『使う機会が無ければ良いなあ』と思いながらも、ネルフ本部の防衛設備や対人装備を積んだ獣型エヴァを準備する彼らは、今後に訪れるゼーレの攻勢を確信しているのだった。
* * * * * *
その一方で、アスカとレイは訓練場で汗を流していた。お互い防御はATフィールド前提のルール無用の残虐ファイトである。
アスカの格闘は妙な言い方だが『お行儀の良い』格闘技のエッセンスを感じる動き。一方でレイは我武者羅に急所攻撃を連発する獣めいた動き。
相変わらずレイは脳筋さんの節があるが、彼女は割と猪武者めいた部分があり、フリースタイルで使徒と戦わせた場合『N2弾頭ミサイルを担いで使徒にタックル』とかやりかねない子である。
そんなレイとアスカの戦いが起こっている原因は、2人が抱いた危機感にあった。
レリエル曰く『パパに関しては既に私という先駆者も居るしサキエルやタブリスも注視している。加えてパパはS2機関を獲得した。アラエルやアルミサエルが接触してくるのならば、その対象はママかリリスだろう』とのこと。
その意見に一理あると思ってしまった以上は、何も対策をしないわけにもいかず、さりとて何をして良いのかも分からず、2人はこうして戦闘訓練に没頭する事になっているのだ。
そうして戦いまくることしばし。流石に疲れてお開きとなった彼女たちは、訓練室横の休憩所で『次の使徒はどんな奴か』という敵戦力分析……とは名ばかりの雑談に興じていた。
「私達に自分を産ませようとする使徒?」
「レリエルと一緒って事? うーん。それは嫌よね。アタシ、シンジの子供以外産みたくないもん」
「私は産めない身体だし大丈夫」
「いやレイ、アンタよりシンジの方がよっぽど産めない身体でしょーが」
「……盲点だった」
「いや何でよ。……んー、逆に使徒が人間の子供を産んじゃう、みたいなパターンもあるのかしら?」
「それだと使徒が女の子?」
「げ、それは嫌ね。絶対シンジ狙いじゃない。今のナシ」
「使徒はリリスの知恵の実を狙っている……ヒトの魂を取り込む使徒は?」
「うわ、ありそう。それ1番やばいんじゃないの? その流れだと逆に人に自分の魂植え付けてくる使徒とかも居そうだし……」
「私は魂が強いから平気」
「レイあんた、さっきから自分は関係ないです〜って感じでアタシをターゲットにしようとしてない?」
「バレたのね」
「よっしゃもう一試合行くわよ!」
「……疲れた。良い子はそろそろおねむの時間」
「まだ15時前でしょうが!?」
「じゃあおやつの時間だから、私、おっぱい飲みに帰る……」
「だまらっしゃい。行くわよレイ!」
アスカを揶揄った結果、当然の報いとしてズルズルと引き摺られていくレイ。
ツンケンしているように見えて素直で良い子なアスカと無口で無表情な割に中身は割と『おもしれーやつ』なレイのコンビは、斯くして再び拳を交える事になる。
* * * * * *
そして、視点は再びチルドレンの家。
「なぁタブリス。次はこの3匹の山羊のがらがらどんをよんで欲しい」
「仕方ないな……何回目だいコレ」
「サキエルとタブリスと私のようで割と好きだ」
「誰が中ぐらいの山羊のがらがらどんだって?」
「あはは! 撫で回すな! 何だコレは、発作的に笑いが出るぞ!? あはははは!」
「くすぐられてても可愛げがないなぁ君は。幼女なのに。やっぱり声が太いのが良くないんじゃないか?」
「そうか? 低音の方が距離減衰や隔壁減衰を受けにくくて便利だと思うのだが」
「そんな理由で選んでたのかい、その声……。まぁ良いや、絵本だっけ? ほら、膝に座りなよ。読みにくいだろ?」
「よろしく頼むぞ!」
そんな会話を繰り広げるカヲルは、かなり真面目にお父さんをしているのだった。