【完結】我思う、故に我有り:再演   作:黒山羊

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愛、屋烏におよぶ

シンジとのデート、その後の初夜、そもそもの告白のきっかけから、日々の睦言、そもそもアスカが実は初対面で一目惚れしていた事実。

 

あらゆるシンジとの関係性をリフレインされ、分析され、その際の感情までしゃぶり尽くされたアスカ。そして勇んでアスカを助けに来た結果それを一緒に閲覧する事になってしまったシンジ。

 

回収された頃には真っ白に燃え尽き、エクトプラズムを口から吐き出している彼らだが、精神汚染検査などの結果は白。

 

完全に心を暴くだけ暴いて発光を停止したアラエルは、しばし沈黙し、ネルフはその間に月軌道への攻撃案を考える事になる。

 

だがしかし、そんなものがそう簡単に思いつくわけもなく。

 

そもそも光の速さで攻撃しても、1秒と少しかかる距離。その間にアラエルは14kmも移動できるのだから、生半可な攻撃など当たるわけがないのだ。

 

一度、光速の数%まで物体を加速出来る超高威力のレールガンで狙撃自体は試してみたが、MAGIの並外れた演算能力を以ってしても結果は全弾ハズレ。まともな手段での撃破は絶望的と言える。

 

 

そして、そんな風に攻めあぐねているうちに、アラエルは再び発光し、ネルフの内部を探査したかと思えば今度はその焦点を、更衣室で待機していたレイに絞ったのだった。

 

 

* * * * * *

 

 

「……此処は?」

 

そんな呟きを漏らすレイ。その眼前に広がる光景は、レイにとっての日常だ。

 

童心に帰る、というのが正しいのかはともかく、サキエルとの母子ごっこに興じることで、リリスとしての長い生で抱えてしまった孤独感を埋める日々。

 

レイという肉体を得てからの人生は、暴言を吐いた結果絞殺されたり、エヴァンゲリオンの暴走のせいで死に掛けたりと碌なものではなかったが、それ故にここ最近の甘やかされ続ける日々はレイの今までの人生で最も充実していると言っても過言ではないだろう。

 

そんな日々をひたすらに引き出して眺めるアラエルの行動はアスカが受けた精神干渉と同一ないし同系統。

 

だが、その姿はアスカが見た朧げな幻影ではなく明確にヒトの姿をとっている。

 

しかし、それでも、その姿はあやふやだった。サキエルのような中性的なあやふやさではなく、マネキンのような無機質さ。『とりあえず人体を作ってみました』と言いたげなそれは、どうしても冷たい印象を受けてしまう。

 

だが、レイの記憶を覗くうちに、その不恰好なマネキン人体は、明確にディテールを増し始めた。

 

女性的、かつ魅力的に、胸を実らせ、尻を太らせ、ウエストは美しい曲線を描くその姿は天使のよう。

 

精神世界の内側でヒトの肉体を得たアラエルは、その赤い視線を、今アラエルと共に再生される記憶を見せられているレイへと向けると、彼女の元へと歩み寄る。

 

流石に使徒との直接接触はマズいとの判断なのか、後退りしようとするレイ。しかしその身体は思うように動かず、彼女は迫るアラエルによって、その胸元へと抱きしめられてしまう。

 

当然もがくレイと、首を傾げるアラエル。

 

すると意外にも、レイが抵抗の意思を見せてしばらくするとアラエルは素直に彼女を解放して、再びレイの記憶を精査する作業へと戻ってしまった。

 

リフレインするのは、女性体のサキエルに授乳されるレイの姿。大きな胸に吸い付いてご満悦なレイの脳内から安心感や幸福感などの感情を引き摺り出して眺め、先程自分に抱かれている時のレイの『困惑』や『恐怖』を引き出して首を傾げるアラエル。

 

やがてデータをアラエルなりに分析し終えたのか再度アラエルはその肉体を変形させた。シルエットのメリハリをより強調しつつも、肉付きを良く。総じて母性的な要素を増やし、髪も長く伸ばして、女性性を全力で押し出したアラエル。

 

加えて表情筋を獲得したのか、彼女は柔和な微笑みを浮かべて、先程のように迫るのではなくレイを手招きする。

 

「レイチャン、オイデ」

「私をどうしたいの……?」

「オイデ、オイデ」

「……」

 

まるでオウムの声真似の様な『ヒトの言葉に似た鳴き声』としか言いようのない声でレイを呼ぶアラエル。

 

同化しようとするでもなく、攻撃するでもなく、騙し討ちの気配も見られないその様子は、レイを非常に迷わせた。

 

アスカやシンジの例を見るに、この使徒は、使徒自身の何らかの目的を達成した場合、精神世界に捕らえた者を解放している。

 

その目的は、現在レイの目の前で起きた現象を見る限り、『ヒトの模倣』だと思われる。

 

そして、レイはこの使徒が得ようとしている何かを察して、使徒に歩み寄ることを決心した。

 

「貴方、愛されたいの? だから愛そうとしているの?」

「レイチャン、スキナダケ、ノンデイイヨ」

 

レイが近づけば、その胸に乳を滴らせるアラエル。明確に『母性を模倣したい』という方向性を感じるその行動に対して、レイはおずおずとその胸元に唇を寄せる。

 

「オイシイ?」

「……味、しないわ」

「アジ……アジスル?」

「……甘くなった」

「ウレシイ?」

「……わからない。怖い気持ちもあるもの」

「オッパイ、ウレシー?」

「……いつもは安心するの。優しいものに触れて、包まれたいの。孤独は寂しいもの」

「コドク……サミシイ、サムイ、ウレシクナイ……」

 

直接肌を重ねたことで、より明確にレイへと流れ込んでくる使徒の意思。そこにあるのは孤独であり、寂寥感であり、消滅への恐怖であり、そして、レリエルがシンジの心との接触で垣間見た『愛』なるものへの憧れだ。

 

だからこそ、レイは使徒の胸に『抱かれてやる』ことを選んだ。どこか痛々しく、レイを愛する真似事をする使徒に対し、同情の念を禁じ得なかったからだ。

 

「貴方と私は同じね。……1人は寂しいもの。愛を知れば今までよりもずっと」

「サミシイ。サミシイ。サムイ。イタイ。ツメタイ」

 

レイを抱きしめ、乳を吸わせる使徒の『ままごと』。そこにあるのは、哀しみを内に抱く2柱の人外の寄り添いであり、幼児の如き『心』をその内に宿した天使による母性の『まねごと』だ。

 

だが、幼児がままごとを通じてコミュニケーション能力を得るが如く、全ては模倣から始まる。

 

使徒の中に確かに芽生えた人間性の萌芽は、ヒトのココロを模した使徒の思考回路となって、緩やかに駆動を開始した。

 

 

* * * * * *

 

 

そうして、レイが目覚めれば、そこは医務室。ベッドで眠るレイの枕元にはサキエルの女性体が付き添っており、レイを通じて間接的にアラエルを観察していたのか、その表情にはどこか悩みの色が見て取れる。

 

「おはよう」

「ああ、おはようレイちゃん。アラエルはどうだった?」

「寂しがり」

「……なるほど。我々は元来孤独だからね」

「うん」

 

宇宙に浮かぶ寂しがりの天使。ヤマアラシのトゲが刺さらぬ様に地球から40万kmも離れても、孤独を埋めたくなる心は、地球に焦がれているのだろう。

 

だからこその、超遠距離シンクロ能力。ヒトの心に触れることで愛を知ろうとするその姿は、サキエルにとっては他人事ではない。

 

今や人格は熟成され、思考も明瞭になったサキエルだが、昔は自分もあのザマだったなとつい振り返ってしまうのだ。

 

と、しんみりしているサキエルは、ふと自分の胸を『むんず』と掴むレイの手に気が付いた。

 

「口直し」

「……おうち帰ってからね」

「早く帰りましょう」

「欲望に忠実すぎる……」

 

サキエルやレリエルが『生』に飢え、レイは『母』に飢え、カヲルは『楽』に飢える。

 

そんな中『愛』に飢えるアラエルは、果たしてどの様な結末に至るのか。

 

アラエルのシンクロ能力を阻害するATフィールドの構築を済ませているにもかかわらず、それを展開する事を躊躇うサキエルは『身内の依怙贔屓だな』と自身の身勝手を自覚している。

 

だがそれでもサキエルは『自身と周囲の生命を脅かさぬ限りにおいて』アラエルの渇望が満たされる様にと、つい願ってしまうのだ。

 

だが今は、アラエルにあてられていつもよりも寂しがりになってしまったレイの心の空隙を埋めるのが先決らしい。

 

「サキエル、早く帰りましょう。早く」

「手を引くみたいにおっぱい引っ張らないでねレイちゃん。普通の人なら千切れるからね? 靭帯が」

「早く」

「はいはい」

 

レイの暴挙を抑制するべく手を繋ぎ、家路を辿るサキエル。その姿はきっとアラエルが焦がれるものの、一つの形なのだろう。


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