「使徒とヒトの融合。そのバリエーションがこうも立て続けに現れるあたり、使徒はヒトとの共存方向にシフトした、と見るべきでしょうね」
「ハッピーエンド、ってことで良いのかしらねこれ」
「生存競争の結果、滅びを運命づけられてしまった者の最後の足掻きなのかもしれないわね。ヒトの遺伝子にネアンデルタール人の遺伝子が混じっている様に」
そんな会話を交わすのは、リツコとミサト。立て続けに現れた変則タイプの使徒は、カヲルことタブリスと同様にヒトとの共存を選択した。
シトとヒト。その境界が曖昧化する中で、シンジとアスカがほぼ使徒と化し、エヴァもまた人造の使徒としての力を存分に有している。
深い情報こそ知らないが、ミサトとてこのネルフで暮らしている以上『ヒトの世界』が此処を起点に変わりつつあることを肌身に感じていた。
そこにリツコがこの日持ってきたのが、MAGIを駆使して裏取りを行った『裏死海文書』の復元資料と人類補完計画の全報告書バックアップ——ゲンドウが保管していたものを拝借した——である。
そこに記載された『使徒襲来の予言』によれば、攻め込んでくる使徒は15体。今までネルフが遭遇した使徒は14体。
つまり、資料が正しければ残すところあと1体を討伐ないし捕獲すれば、人類の勝利は確定するというのである。
その最後の使徒『アルミサエル』がいかなる手を使ってくるのかは不明だが、一筋縄ではいかない相手だということは、ミサトもリツコもしっかりと認識している。
「最後の足掻き……なら、次もまた『仲良くしたいやつ』だったとしても油断は禁物ね」
「そうね。ヒトとの同化方法は、レリエル、アラエル双方ともに異なっている……最後のアルミサエルが『どうやって』ヒトと同化するのかには注意する必要があるわ」
「襲来が予言された使徒は全部で15体……サキエル、シャムシエル、ラミエル、ガギエル、イスラフェル、サンダルフォン、マトリエル、サハクィエル、イロウル、レリエル、バルディエル、ゼルエル、アラエル、アルミサエル、タブリス……でも本当に次で最後の使徒なの? 予言なんてものを鵜呑みにして良いのかしら?」
「そこに関しては信用しても良いと思うわよ? 詳細な行動はともかく、各使徒の特徴は概ね一致しているもの。……ただ」
「ただ?」
「使徒が全て無力化されたあと、ゼーレがどう動くのかには注視しておくべきでしょうね」
そう言って、考え込むリツコが見つめるのは、『人類補完計画』。
ヒトを単一の完全生命体へと合一させるこの計画に固執しているゼーレが、使徒殲滅の後に何も行動を起こさないとは考えにくい。
「対人戦も有り得る、と見てるわけ?」
「そうね。ルイス君や加持君が随分と手を回してくれたおかげもあって日本でのネルフの地位は磐石。でも世界的に見ればゼーレの影響力は今もなお強大よ。富と権力と宗教を押さえている連中が本気で何かを企んだなら、私達は後手に回る事しかできないわ」
「で、うちは射撃訓練はしたことあっても、対人戦の経験が無い子達ばっかり、と」
「警備部はともかく、事務方の部署だとミサトと加持君、あとルイスくんかしらね」
「ああ、そう言えばルイスくん格闘訓練凄かったわね」
「私は的当てが精一杯だから守ってもらわなきゃね。……シンジくん達は、戦えないでしょうけど、同時に死にもしないはず」
「あの子たちにはエヴァとATフィールドがあるもんね。いざとなったらエヴァに引きこもって貰えば、あの子達だけでも生かせるはず」
「流石に人間相手に子供を戦わせるわけにもいかないものね」
そんな予測をミサトと話し合いつつも、リツコは実の所それほど対人戦の心配はしていない。
心配なのは対エヴァ。計画ではエヴァンゲリオンの『建造予定』は13体。
手元にある5機を除いた9体が現れれば、使徒襲来の如き大決戦になることは必至だ。
委員会のエヴァンゲリオンが如何なる機能と装備を持ち合わせて居るのかは不明だが、サキエル曰く『ロンギヌスの槍の複製品』が存在することは確実。そんな化け物兵器をエヴァに装備されてはたまったものではない。
そんな問題の数々に向かうリツコの悩みは多く、しかし彼女が悩むその度にお腹から伝わる優しげな生命力が彼女の心を癒してくれている。
このままでは妊娠依存症になってしまうのでは、と若干危機感を持ってしまうほどに心地よいそのエネルギーに、リツコは感謝するように膨らんできたお腹を優しく撫でるのだった。
* * * * * *
ところ変わってネルフの射撃訓練場。『気晴らしに行きたいにゃあ』というマリの要望で、チルドレン達は射撃訓練という名目のもと、ぶっちゃけレクリエーション気分で銃を撃ちにやってきていた。
何しろ銃だ。シンジも色々紆余曲折のある人生を送ってはいるがまだまだ中2の男の子。ピストルに興味がないと言えば嘘になってしまう。
だが、実際に手にした拳銃の重さに、シンジは早くもビビっていた。
「うわ、本物だ。鉄で出来てる……」
「何馬鹿な事言ってんのよシンジ。散々パレットライフルもプロトンビームも撃ってるじゃない」
「そうなんだけどね。生身で触るのは初めてなんだよ」
シンジがおっかなびっくり触っているのは、ベレッタ92。映画でもよく見るスマートでカッコいいオシャレな自動拳銃だが、左利きと右利きのカスタムが簡単にでき性能も良好な為、加持の手引きで生産設備がネルフ内に作られているのだ。
そんな本物の拳銃、というそのリアリティはシンジを戦慄させているがその一方でアスカやレイはロマンある兵器を手にして早速標的を撃っている。
銃器に関して言えば、レイとアスカのネルフ叩き上げ組は訓練済みなのだ。
彼女達が扱うのは、ネルフの新武装の一つ、光線銃だ。その正体は、サキエルの光線機関に銃のガワをつけたもの。罷り間違ってもまともな銃ではないし、正体を知っておりサキエルの味方なら、ATフィールドを張れたり銃口から光の杭を伸ばし近接武器としても使える危険物体である。
チュイン、チュインと独特の音で放たれるビームと、直撃を喰らって吹っ飛ぶ標的。その威力はどう考えてもオーバースペックだが、プラ製の外装の中身は生体パーツ故に重さは骨付き鳥もも肉ぐらいしかないチート武器である。
しばしの逡巡の後に、本物の銃を撃つ自信がなかったシンジは、レイ達と同様に光線銃の訓練に臨むのであった。
一方で、マリやカヲルのようなゼーレで仕込まれた組は、機関銃を気持ちよくぶっ放して居る。
「私、結構すごい改造人間のはずなんだけどにゃあ……お姫ちんと居ると霞む霞む」
「ブローニングM2を2丁拳銃ならぬ2丁重機関銃しているのはそのせいかい?」
「スーパーマン気分をたまには味わいたいのにゃ。……で、なんでカヲルは6P62なんか撃ってるのにゃ? 室内で対物アサルトライフル撃つのはネルフだから許されるけど正気じゃないのにゃ」
「見た目が変だから面白いかなってね」
「おっとこのこ〜」
『おっと、道路工事現場かな?』的な音を撒き散らしながらストレスを発散する彼らは、破壊の限りを射撃場で尽くすが、施設に組み込まれているサキエル細胞がそれらの被害を完璧に再生させている。
斯くして、硝煙と共に吹き飛んだマリのストレスは、この日660発を記録した。