【完結】我思う、故に我有り:再演   作:黒山羊

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負けるが勝ち

「え、やだ。それはサキエルに頼んである……」

「おおっと?」

 

使徒とヒトの母とならないか、と問われたレイの回答は「先約がある為断る」。予想外なその言葉に対し、アルミサエルは若干困惑しつつも言い縋る。

 

「まぁまぁ、サキエルと私の案を比較検討してからでも……」

「比較した上でサキエル」

「何故」

「サキエルは私のお母さんもやってくれるもの。私はその方が楽」

「……ん? サキエル単独でガフの間を運用するのか?」

「そう。サキエルはアダムを吸収したから」

「あぁ……なるほど。うーむ。……サキエルにアポイントを取る方が良いのかなこれは」

「そうして。私、帰るから」

「それは無理だ。リリスをみすみす逃す理由はない。私は兄弟達を助けなければならないんだ。君はその目処が立つまで捕まえさせてもらうよ」

「……」

 

そんなアルミサエルの発言に対し露骨に不満を示すレイだが、彼女はアルミサエルを蹴ったり揶揄ったりしている間にも、精神世界からの脱出を試みていた。

 

だが、その度に失敗していることから、レイ自身とエヴァの生殺与奪の権をアルミサエルに握られていることは確実。

 

不承不承ながら精神世界に留まらざるを得ないレイは、ふとアルミサエルの発言を振り返り、その真意を問うてみることにした。

 

「貴方の兄弟はまだいるの?」

「……我々使徒のガフの間は破壊されているからね。シャムシエル、ラミエル、ガギエル、イスラフェル、サンダルフォン、マトリエル、サハクィエル、バルディエル、ゼルエル。彼らの魂は彷徨うばかり。だから私が回収した。産み直す為に」

「……そう。産めるの?」

「リリスと融合し、神の権能を得ればね。私の権能は子宮。あらゆるモノを孕む胎児の守護者。既に君というリリスの魂と、神の複製であるエヴァを取り込んだんだ、半ばそれに近いことはできる」

 

そう言って、沈黙するアルミサエル。その発言の真意は、外の世界で明確に現れていた。

 

 

* * * * * *

 

 

「荷電粒子砲に溶解液!? コレってサキエルに食われたはずじゃ……!?」

「積層ATフィールドまで!?」

 

アルミサエルの体表に盛り上がる肉の瘤。それは死したはずの使徒の姿を形取り、見覚えのある姿から、見覚えのある攻撃が放たれる。

 

それはまるでサキエルの様な反則技。肉体を捕食したのがサキエルならば、魂を拾い集めたのがアルミサエル。未だ権能は十全ではなく完全に産み落とす事は不可能だが、自身の肉体の『内側』であれば、使徒の魂を呼び覚ますことが可能なのだ。

 

そして、そんなメチャクチャな攻撃には流石のエヴァとチルドレンでも勝ち目が無い。

 

レイに続き、マリの3号機が残る3機から分断され、取り囲まれ、侵食されて、精神世界に飲み込まれる。

 

その段になって、サキエル細胞の塊である黒き月の外殻蛋白壁は、アルミサエルを逆侵食し、その精神世界へと乗り込んだ。

 

 

* * * * * *

 

 

「やぁ、アルミサエル」

「来たかサキエル。ちょうど人質も増えたところだ。タイミングがいいな」

「レイちゃんとマリちゃんを解放して欲しいんだけど……僕に要求がありそうだね?」

「その通り。私と同化しろ、サキエル。お前がアダムを取り込んでいるなら話は早い」

「……シトの再生、いや再誕が君の望みかな」

「そうだ。私と融合し兄弟を産み落とす。我々のガフの間が滅んだならば、子宮たる私がその役目を務めねばならない。協力しろ」

「……まぁ構わないけれど、マトモに産み直すのはもはや不可能じゃ無いかな? 君はリリスのガフの間を使うつもりの様だけど、そうすればリリスの使徒としての再誕になるよ」

「その方が都合がいいだろうさ。我々は敗北した。それは事実だ。リリスに臣従する代わりに助命を請えるならば文句はない」

「だってさレイちゃん。どうする?」

「私の有用性は君や君の仲間を圧倒していることで証明している。決断してくれリリス。私達を産み直すか否か。否なら残念だが生存競争の再開だ。私はリリスの肉体を力づくで奪取する」

 

互いに使徒故か、話し合いのペースが早いサキエルとアルミサエル。

 

彼らに話を振られたレイは、地上に唯一残った生命始祖としてその話を勘案し、『アダムの使徒を得る』という話にメリットを確かに見出しサキエルへと首肯した。

 

純粋なリリスの使徒はリリンのみ。その進化を見守る上で、優秀な手駒を得られるのなら心強い。

 

既に協力者としてサキエルが居るとはいえ、多いに越したことはないのだ。

 

「サキエル、産んであげて」

「僕か。その心は?」

「私の世話をしてもらうなら、私が産むのは変」

「そうかな……? というか世話させるの?」

「ママは沢山いる方が良い」

「いや、使徒だしそう上手くいくかな?」

「おい。サキエル、お前から生まれた場合どうなる。リリスから聞いてはいるが、本当にリリスのガフの間に巡ることは可能なのか?」

「僕はリリンでもある。その因子を組み込めば、使徒の魂もリリスのガフの間を輪廻する筈だ」

「なら私に文句はない。早く産め」

 

そう急かすアルミサエルは現実のみならず精神世界においても融合しようというのか、サキエルに触手を突き立てる。

 

だがサキエルは、その侵食を受け入れながらも、アルミサエルに訂正の言葉を投げかけた。

 

「そう簡単には行かないよアルミサエル。僕自身まだ完全には再誕していない。それが済んでから君たちの番だ」

「……良いだろう。私はお前とリリス、そして先程捕らえた少女の中に同化する。約定を違えれば即座に反逆するからな」

「約束は守るよ」

 

その言葉と共に、完全にアルミサエルと同化を遂げたサキエルは、アルミサエルが取り込んだエヴァとレイ、マリを排出し、アルミサエルの肉体をそのまま黒き月の外殻に統合する。

 

人質を取り、交渉し、目的を成し遂げるというアルミサエルのアプローチは、使徒としてはあまりに人間臭く、狡猾だ。

 

そして何より、アルミサエルはその権能故かサキエルの内部にあっても、サキエルと完全に同化はしていない。

 

『胎児の守護者』として使徒の魂を孕むアルミサエルはサキエルの内側から絶えずその動向を監視し契約の遂行を促す寄生者としてその在り方を保っている。

 

その在り方は、まさにサキエル細胞に潜り込んだ『プラスミド』の様なモノ。

 

追い込まれた末に局所的勝利を得たアルミサエルと使徒達は、再誕のその時まで、サキエルの内側で眠りにつくこととなる。

 

 

* * * * * *

 

 

「目標のエネルギー反応消失……エヴァ零号機および3号機、使徒の体内から回収されました」

「レイとマリは!?」

「バイタルには異常ありません!」

「レイとマリは回収後即座に全身のメディカルチェック。今回の使徒の特性上寄生の可能性があるわ。零号機と3号機も同様に全身スキャンね」

「……終わったのかしら? 使徒の有利だったのに? 何故?」

「……何か、目的を達成したのかしらね、あの使徒は」

 

そう予想を告げるリツコの胎内に宿るサキエル。そのサキエルの胎内で形成されつつある子宮と卵巣。

 

卵子の生成は胎児期に行われるとはいえ、一般的にはそれが成熟するのは思春期を越えてから。

 

にも関わらず、サキエルの胎内には、既に10の卵子が、産まれ落ちる日を待ち侘びているのであった。


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