【完結】我思う、故に我有り:再演   作:黒山羊

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我が亡き後に洪水よ来たれ

「全ての使徒の殲滅は成らず、しかしその魂はリリスの元にある」

「数多の狂いを経た今となっては、もはやこれ以上の状況は望めまい」

「時間はネルフの叛逆者に有利に働く。我々の補完計画を発動するならば、今をおいて他にない」

「左様。リリスはもはや堕落した。ならば我らはE計画による再生を」

「然り、我らの真なる福音(エヴァンゲリオン)による禊を」

「ああ、そうだ。我ら人間は赤き土にて原罪を雪がねばならぬ」

「「人類補完計画。今こそ全ての贖罪の時だ」」

 

 

* * * * * *

 

 

「国防省より入電! アメリカ、中国、ソ連より大陸間弾道ミサイルの飛来を観測! 目標ネルフ本部!」

「なんですって!? ——ッ、ATフィールド全開! ショックアブソーバーを最大出力で起動して!」

 

ミサトの指示により展開されるATフィールド。弾道ミサイルの弾頭が仮にN2爆雷であったとしても、ATフィールドによる絶対防御はあらゆる破壊力を拒絶する。

 

だがしかし、鳴り響く轟音と強烈な振動は、ネルフの職員たちを混乱させるには十分な異常事態だった。

 

「なんでミサイルが!?」

「国連が血迷ったのか!?」

 

口々に叫ばれる混乱の声。その中で、マヤの声が更なる警告を発する。

 

「クリフォトのファイアーウォールに複数の攻撃! コレは————!? ネルフ支部、ネルフ支部のMAGIコピーを通じてハッキングされています! 先輩、これって!?」

「マヤ、落ち着いて。クリフォトの迎撃プログラムは?」

「え、あ、ぶ、無事に作動しています!」

「なら大丈夫ね。————ミサト、敵は人類補完委員会みたいよ?」

「やっぱしか。————総員に通達! 総員第一種戦闘配置! 現在ネルフは人類補完委員会による攻撃を受けているわ! D級以下の職員は全員シェルターに避難して頂戴! チルドレンは全員エヴァに搭乗!万が一の時はATフィールドで本部の防御に参加して頂戴!」

「「「了解!」」」

 

窮地において輝く現場指揮官タイプのミサトの采配により、『命令』を入力されたことで烏合の衆になりかけていたネルフ職員は『エリート集団』としてのポテンシャルを発揮し慌ただしく現場が動き始める。

 

そんな中、発令所の椅子に腰掛けるリツコは、自身の膨らんだ胎に手を添えながら、近くのミサトに聞こえる程度の声でポツリと呟きを漏らす。

 

「委員会、いえ、ゼーレが動き始めたなら、それは彼らにとっての『補完計画』が始まったということ。……これからが正念場よミサト。まだこの状況は前哨戦にすぎないわ」

「ええ。わかってる。————保安部警備課職員に通達、各員B装備でプランF防衛陣地を構築! プランFに従い本部への侵入経路を隔壁で遮断!」

 

第18使徒リリン。ネルフに迫る正真正銘最後の使徒は、同族であるはずの人間だった。

 

 

* * * * * *

 

 

「ええ、我々としても寝耳に水でしてね。どうも人類補完委員会の暴走ではないかと。いやはや、こうして通信が可能なのもいつまでなのやらといった状況です。なにせ今もN2ミサイルがぶち込まれてましてね。そちらのエネルギーフィールドについては問題なく起動してますかね? ……ああ、それは良かった。まさに備えあれば憂いなし、ですな。……ええ。周辺諸国が全て敵だとしても、N2ミサイルが無限にあるとは思えません。攻撃が止み次第、我々も反撃に撃って出る予定です。そちらは……なるほど、戦自の陸上巡洋艦が。コックピットの問題は————ああ、それはよかった。ではまた。回線が通じていれば1時間後に」

 

ネルフに設けられたホットライン。それを通じて政府との連絡に勤しむのは、ネルフが誇る工作員、加持リョウジ。

 

そんな彼との情報交換の為に、サキエルは彼の背後で電話が終わるのを待っていた。

 

「……加持君、政府は?」

「まぁ知っての通り無事だ。君のATフィールドが国土全域をカバーしているからな。だがあちらにもやはり飛んできているそうだ。ゼーレのやつ、列島ごと俺たちを消し飛ばすつもりらしい」

「割と意味が分からないな……ゼーレにとってもガフの間は重要な筈では?」

 

そう呟いて首を傾げるサキエルの疑問は至極真っ当。リリスのガフの間を吹き飛ばしてしまえば、人類に待つのは輪廻の停止による破滅だ。

 

出生率の緩やかな下降などで未来が閉塞しつつあるとはいえ、種として終わった訳ではない人類。それに自らトドメを刺しにかかるなど狂気の沙汰である。

 

そもそも、ガフの間を使ってヒトの魂を補完し、完全生命体に至るのがゼーレの目的だった筈。それを前提からひっくり返すゼーレの行動には、サキエルが『意味不明』と断じてしまうのも無理はない。

 

だがそこに加持がふと意見を述べた。

 

「……もしかすると連中、リリスとアダム以外で補完計画を無理矢理発動するつもりなんじゃあないか?」

「エヴァ量産機かい? いや、しかし仮にカヲルの魂の複製を使ってもエヴァでは————いや、待てよ? まさか連中、ガフの間を介さずエヴァンゲリオンを依代にするつもりか!?」

「おいサキエル。エヴァを依代にってのは?」

「エヴァンゲリオンが魂の無い器なのは知っているだろう? それ故にエヴァンゲリオンはヒトの魂を喰らう。シンジ君の両親やアスカちゃんのお母さんの様にね」

「そりゃあ知ってるけどな……」

「ではこう考えた事はないかな? 『何故エヴァンゲリオンは腐らないのか』と。魂がない肉体というのは即ち死体だ。腐ってもおかしくないとは思わないか?」

「言われてみりゃ確かにそうだが……」

「ヒトは死ねば腐る。使徒も死ねば腐る。エヴァンゲリオンは腐らない。その理由は単純。エヴァンゲリオンは『神の死体』だからだ。アダムとリリス。生命始祖の複製たるエヴァは、神の聖体であるが故に腐らない。そしてそれはつまり————エヴァンゲリオンに魂を宿せば人造の神を作り得る、ということだ」

「……人類補完計画のうちの1つ、E計画だな?」

「ああ。しかし本来の人類補完計画では、エヴァンゲリオン1体に乗せられる魂はせいぜい2つか3つ。それも魂の近しい存在か、深く魂の通じ合った存在でなければならない。しかし、おそらく今ゼーレが行おうとしているのは、そのタガを外す行為だ」

「エヴァンゲリオンにありったけのヒトの魂を乗せるってことか!?」

「ロンギヌスの複製と、エヴァを操る核となるカヲルの魂の複製、そしてS2機関があれば可能だと思う。ロンギヌスコピーのアンチATフィールドをS2機関を積んだエヴァンゲリオンで増幅すれば、リリスほどの規模でなくても補完は開始される筈だ。そしてエヴァンゲリオンが魂を収奪するほどにそのアンチATフィールドの出力は跳ね上がる。欠けたヒトの魂がアダムの魂の複製を核に完全な魂へと近づくからね」

「なるほど……とするとそのうち外の連中も『攻撃どころじゃなくなる』か」

 

その加持のセリフに頷きで返したサキエルは、溜め息と共に予測を告げる。

 

「おそらく今景気良くN2をネルフに打ち込んでいるのは『効かないことを知っている』が故だ。我々には効果がなくとも、魂を集め始めたばかりのエヴァンゲリオンには効果覿面だろうからね」

「俺たちは目眩し兼ゴミ箱かよ」

 

苦笑する加持と、釣られて苦笑するサキエル。

 

冗談の様なゼーレの一手は、人類を強引に次のステージへと押し上げようとするものだ。

 

望むと望まぬとに関わらず、この戦いが終わった頃には、もはや昨日までの地球は無くなっているだろうことは想像に難くなかった。


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