ディルックがアカツキワイナリーを引き継いでどれだけの月日が流れただろうか。
以前までモンド中でのアカツキワイナリー産の酒種は至って抜きん出るものは無かったが、ディルックがオーナーとなった瞬間からの売上は段違いとなっていた。
品種改良を重ねて作り上げた果実酒。モンド独特の風土により風当たりが多く乾燥した空気が吹かない中、ここまで果糖率を上げることが出来たのはディルックの采配か、奇跡の一言か定かではあるが、果実の甘さが酒の出来をググッと引き上げた事には変わり無かった。
果実酒ーーーディルック曰く
そして何よりアカツキワイナリーの名を轟かせたのが、ノンアルコール飲料である。
ディルック自身は頑なにお酒を飲まない事は有名であるが、その理由は誰一人知る者はいない。しかし、ディルックは自身も飲める果実から作り上げた果実ジュースを商品化し、果実の旨味、甘味、美味しさをお酒の飲めない子供やお酒に弱い女性をターゲットに売り出した。
コレがモンド城内ではとても反響が起こり、ワインに次ぐ売上を叩き出していた。
アカツキワイナリーのお酒やノンアルコール飲料は未だモンド内でしか盛んに広がってはいないが、ディルックは他国にも輸出していこうと考えている。
その為に旅行者がやって来るモンド城内に設立していたエンジェルズシェアで盛んに販売を始めた。
酒場と言うのは夜疲れを労う仕事帰りの男達や仲間同士で馬鹿やりながら飲む一種の娯楽施設でもある。当然、美味い酒を置けばそれは人を通して、風が匂いを運んで他の人にも広がっていく。モンド城内での評判は一気に上がる事になった。
そしてそれは幾多の年月の積み重ねに埋もれていき、何時しか評判の上がりも区切りがついたようにぴたっと止まる事になる。
無論それは評判が落ちたという訳ではなく、人々の生活にそれが当たり前になったという事である。
ディルックは偶にエンジェルズシェアのカウンターに立つ時がある。従業員であるチャールズが休みの時かちょっとした野暮用の場合に限るが、ディルックがカウンターに立つと少し女性客が増えるのはチャールズに内緒である。
今日ディルックが店にいるのは後者である。野暮用という訳でも無いが、チャールズには相手させるには少し難しいと判断した結果居るわけなのだが。
「………おかわりだ。ジョッキで寄越せ」
「……諦めろ。既に樽1つ空にしたのにまだ呑むのか」
難しいと言うとチャールズにそう言った客の接客を任せることが難しいのでは無く、ただ単にディルックが相手している客が面倒いだけであるので、チャールズの能力に疑いを持たないで欲しい。
まるで水をがぶがぶ飲み干すように酒を大きなジョッキで呑むのは、
「……まだ樽1つだろ?ここにどれだけ送り込まれてるのか俺が知らないとでも思ってんのか?」
「……これだから酒豪は嫌いなんだ。大事な酒をぐびぐび遠慮無く有り難みなく呑むのが、見ていて殺意を抱かせてくる……」
「なんでぃ、金払って飲んでるのにどうして煙たがれなきゃなんねぇんで?」
「……心情の問題だ。金銭払って酒を買うのは等価交換で当たり前の事。生産者、販売者側と購入者側の気持ちがどうなのかが重要だ。こんな事、何故僕が説明しなきゃならないんだ……」
「俺に感謝する気持ちがねぇとか思ってるかもしれねぇが、これでも十分思ってるんだぜ?今日も酒が飲める事、美人な女性、可愛い子供を見れる事に感謝をってさ」
「……完全な自己満足じゃないか。他者を思いやるという気持ちが伝わらない」
「硬いこと言うなって。ほらほら、酒を持ってきてくれよ」
「……だからもう売れないと言っているだろう」
表情からして酒に酔った様子は見えない。ケロッとした顔でずいっとディルックの方にジョッキを突き出している。
「……明日から遠征なのは知っているが、前日に羽目を外しすぎなんじゃないか?」
「遠征に行ったら可愛い子美人な子がいねぇんだぞ?耐えられるかってぇの」
「……早く身を固めたらどうだ?もう少しで行き遅れになるぞ」
「こんなおっさんに誰も籍なんて入れてくれやしねぇよ。諦めてるからこうやって目の保養を探してんだろうが」
「……はぁ、脳筋というのはこれだから……」
「……なんだよ、文句あんのか?」
「……。僕からは無いよ。あるとするなら、アンタの周りの女性からだろうな」
「なんだ?汚ぇおっさんが触るなってか?」
「……想像に、いやそのままでいい」
シェイカーに様々な果実の原液を入れ、シャカシャカとリズミカルにシェイカーを振る。その一連の動きはまさにプロフェッショナルと言ってもいい。洗練された動きに無駄が無く、一瞬にして出来上がった物を洒落たグラスに注いでいく。
「……不本意だが、これは僕からの餞別だ。アンタが居るから大事にはならないとは思うが……」
「……いたく珍しいな。明日はモンド中に嵐か?」
「……僕の感だ。何故だか嫌な予感がする……」
レオルフの耳にその報が届いたのは事態が起きた一週間後であった。誰もが固唾を飲んで驚愕し、誰もがモンド城の安否を心配した。
ーーー風魔龍によるモンド襲撃
突如として現れた風魔龍がモンド城内に巨大な竜巻を起こして暴れ回ったと。
今は無事解決したがその後の事後処理に人材不足である為に早期退却の命を受けた遠征組は、身を翻して急いでとんぼがえりすることとなった。
レオルフが指揮していた遠征組は、モンド中で募集した新米兵体験遠征なるものである。人材不足に悩まされる騎士団に有志を集め何とか新しい人材を確保しようと行われたこの企画。
レオルフは最初この遠征に組み込まれていなかったが、騎士団長代理であるジンの訓練官長の役目を果たせと無理やり組み込まれたのである。レオルフは後でしっかりとやり返しをするつもりでこの遠征に参加した。
現在はダダウパの谷でヒルチャール達に見つからないよう丘に近い所でキャンプ地を開いていたが、数日前からヒルチャール達の行動範囲が広くなっており何度も襲撃を受ける事になった。
流石に恐怖する参加者たちだったが、レオルフが一瞬にしてヒルチャール達を叩きのめし、斧持ちの大型ヒルチャールと殴り合いの戦いを繰り広げ始めた為一種のもようしものとして参加者達が観客となっていた。さっきまでの恐怖はなんのその。今では大きな声で互いに声援をかけている。レオルフが渾身の一撃でヒルチャールを倒した時の声援は遠征で1番の盛り上がりだったかもしれない。
そんなこんなで急遽打ち切りとなってしまった遠征。モンド城の危機となれば流石に急がなければならない為、一行は速足でモンド城に急ぐのであった。
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西風騎士団本部団長室。そこに集まっていたのは代理団長のジン、図書司書を務めるリサ、庶務庁でのガイア、偵察騎士のアンバー。今回の件で功績が認められた事で栄誉騎士の称号を貰った旅人『蛍』とその非常食であるパイモンだ。
「………おい、なんだか今変な紹介がされた気がするぞ」
「……パイモン?どうしたの?」
「……いや、なんでもないぞ」
訝しげな表情を浮かべるパイモンを他所に、ジンが蛍の前に立つ。
「改めて旅人、蛍。貴女のお陰でモンド城に平和を取り戻すことが出来た。心より感謝する」
「ありがとう、可愛い子ちゃん。流石可愛い子ちゃんね」
「おめでとう、栄誉騎士」
「やっぱり私の目に狂いは無かったのね。貴女を連れて来て良かった」
ジン、リサ、ガイア、アンバーがそれぞれ感謝を口にする。蛍は照れ臭そうに体をよじった。
「……なんだか、リサさんとガイアの言葉に感謝の念が感じられないぞ」
「そんな事無いわよ。可愛い子ちゃんなら出来るって信じてたもの」
「当然俺もだ。感謝してるぞ、栄誉騎士」
「……ガイアだけ怪しいぞ」
ジロリとガイアを見つめるパイモンだが、諦めたのか蛍の周りをクルクルと回り始め誇らしげに胸を張った。
「やっぱりオイラの蛍は凄いんだ。親友の凄さが伝わった事にオイラも誇らしいぞ」
まだ出会って数週間足らずだが、お互い助け合いながら過ごしたこの期間で蛍とパイモンの間には深い絆が結ばれていた。旅人とその案内役という関係だが、今となっては親友、マブダチ、相棒、食料保管庫と呼べる存在だ。
蛍とパイモンは互いに顔を合わせて笑みを浮かべるのだった。
「……では、事後処理に取り掛かろう。済まないが西風騎士団は人員不足という事でまた手を貸してくれるだろうか?」
「はい。例え人員不足でなくとも手伝います」
「ありがとう、頼もしい言葉だ」
モンド城内は風魔龍が起こした暴風で甚大な被害を受けた。半壊した住宅街や更地となってしまった場所も少なくは無い。これで死者が居ないと言うとはとても不思議な話である。
ジンの頼みに即答で返した蛍。改めて栄誉騎士に選んでよかったと納得させてくれる。
「今、遠征に出ている部隊を呼び戻している。あと数日経てば帰還できるだろうが、それまでは少ない人数でやるしかない。怪我人の処置は終了していると聞いた。後は、それぞれ別れて復興作業に入ってもらいたい」
「遠征に出てるのは騎士団長の部隊だけじゃないのか?」
ジンの言葉にパイモンが質問した。
現在遠征に出ているのは騎士団長率いる部隊だけだと聞いていた為か、疑問に思う事も分からなくはない。
「ああ。騎士団仮入隊として模擬遠征という形だがな。こういう有事の際に活躍してくれる団員がいるんだ」
「へぇ〜、有事の際に活躍ってそれ以外駄目な奴なのか?」
「はははっ、パイモンはなんでも正直に言うな。先入観だけとはいえあの人にその評価をするのは凄いぞ」
「パイモンちゃん。有事の際だけじゃなくていつも頼りになるんだよ」
「うぇ?そうなのか?けど、ジン団長の今の言葉を聞いたら誤解するぞ」
ジトッとパイモンはジンを見つめる。ジンは何食わぬ顔で腕を組みパイモンを見つめてーーーはおらず、顔をほんのり赤く染めてそっぽを向いている。
パイモンと蛍は思った反応と違う為首を傾げる。ガイアとリサは何やら微笑ましい笑みを浮かべながら傍観している。アンバーの表情は分からない。
「……な、なんだよジン団長。らしくないぞ」
「っ、う、……し、仕方ないだろ。ど、どうしてもあの人を前にしたら団長として立ってしまうのだから……」
「????ますます分からないぞ……」
訳が分からんとパイモンは匙を投げる。蛍は何となくだがジン達の言っている事が分かってきた。
と、忙しなく駆ける足音が聞こえると、大きめのノックと共に団員の声が聞こえ扉が開く。
「ーーーお忙しい中失礼致します!!体験遠征組が帰還されました!!現在正門にて待機中であります!!」
そんなに早く着いたのかとジン、リサ、ガイアはそれぞれ表情を浮かべる。アンバーの表情は分からない。
暫し考え込んだジンはすぐに対応を急がせる。
「御苦労。一先ず遠征隊長に事後処理を手伝って貰うことにしよう。他の遠征隊員には参加者を無事送り返してくれて構わない。被害にあった世帯の参加者は聖堂に一度待機してもらうように遠征隊長に伝えてくれ」
「かしこまりました!!解散させた後はどのように?」
「あまり無理をさせるわけにもいかない。後方に回って資材確保や救護の手伝いに回ってくれ。隊長には別任務があるので隊員達だけに伝えてくれ」
「かしこまりました!!失礼致します!!」
駆け足で退出していく団員を横目に、ジンは思いの外げんなりとした表情を露わにしていた。人員不足である状況で遠征組が帰ってきた事はプラスなのでは無いのだろうかと疑問に思う蛍とパイモンだが、ガイアとリサの表情からさっきの話に繋がっているのだと理解した。
「……な、何故そんなにもいい笑顔を向けている?」
「さぁ〜、なんでかなぁ」
「あらあら、不思議ねぇ」
「……よく分からないが、なんかガイアとリサは楽しそうだな」
「……あまりその話題に触れるのは止めとこうかな。ねぇ、アンバー………、アンバー?」
彼女らしからぬ静けさに疑問を抱き、アンバーの方を振り向いた。
そこに居るはずのアンバーは、音もなくいなくなっているのであった。
パイモンのぬいぐるみとか出ないかな。フィギュアでも可。