「ーーーだぁぁああああぁあ!!!!!!」
モンド城に悲痛を含んだ雄叫びが響き渡った。誰も彼もが声の主を睨むが、それを見て何かを察すると微笑ましい笑みを浮かべながら立ち去るだけだった。
視線の中心、そこに居るのは群衆から数個飛び抜けた背丈の筋骨隆々とした大柄な男が頭を抱えて叫んでいた。ガチャガチャと両肩につけたプロテクターのような鎧の一部を鳴らしながら顔を顰めて目の前の女性を睨みつける。
「………なんでっ、なんでなんでっ!!俺はもう限界だっ!!お前も分かっているだろうっ!?俺にはもう耐えられない!!」
必死の表情を浮かべる男。体格とは裏腹にひり出したその悲痛の表情は見ていて痛々しく感じる。
しかし、それを良しとしないのは目の前の女性、西風騎士団団長のジンであった。
「………騎士団は今人員不足。使える者を使わないのは宝の持ち腐れだ。しかも貴方は隊長の席に座る者。積極的に行動しなければ部下に舐められてしまうだろう?」
「そんな事言ってんじゃねぇーよ!!第一、既に舐められてんのに今更取り付く島なんてあるわけねぇだろぉ!!」
男の上、そこにはぺろぺろと右耳を舐めるアンバーの姿があった。いつの間に、と驚く事だろうが今はそんなことを追求している場合では無い。いい加減降りろっ、とアンバーを言葉と裏腹に優しく下ろした男は再びジンに目を向ける。
顔を赤めているのはジンも不出来な部下に怒りを感じているだろうと察する男だが、それでも反論し続ける。
「……なぁ、ジンよぉ。限界なんだよォ……、身体が欲してるんだよォ……」
「っ、………だ、駄目だ。貴方は隊長としての責務を果たせ。何より、最近飲み過ぎだ」
「そんな事言わないでくれよォっ!!ここ一週間は飲んでなかったんだぜェ!?今までの分しっかり腹休め出来てるだろぉ!?」
「出来てるわけ無いだろ!!」
男の反論に一喝するジン。ここまで食い付いてくる男に周りは不快な表情を向ける………かと思いきや、何か面白いものを見ているような、微笑ましい笑みを浮かべ、ギリギリと嫉妬の目を向けるといった様々な表情をしているだけだった。
「……なぁリサさん。あの男、誰だ?」
「……ふふっ、あらあら非常食ちゃん。アレに興味津々ね」
「オイラは非常食じゃない!!………だって、あのジン団長に反抗してるんだぞ?オイラじゃなくとも知りたくなるもんじゃないのか?なぁ、蛍?」
「……っ、え、うん。そうだね……」
「あらあら、可愛い子ちゃんは予兆が出ちゃったわね。仕方ないわ、それが天性なんだもの」
「?天性?」
「まぁそれは本人は絶対に認識出来ない完全不可視のパンドラの箱。私達が女である事を恨むしかないわ」
「????何を言ってるんだ?」
「非常食ちゃんにも分かるわ」
「だからオイラは違うぞ!!」
的を得ない曖昧な表現しかして来ないリサにパイモンは首を傾げるしか出来ない。蛍はじっとジンと男の茶番劇のようなやり取りを見つめるだけだった。
「あの男はレオルフ。西風騎士団訓練官長兼今回の遠征の隊長を務めてた男よ」
「訓練官長?西風騎士団の訓練所の監督みたいな感じなのか?」
「まぁそんな感じね。と言っても、訓練所なんて西風騎士団には無いから、専らフィールドワークなのだけれど。新兵君達を1人前にするために戦いのコツや野宿、見回りの統計をしているわ」
「……見た感じ脳筋そうだな。でも、ジン団長と随分親しそうだぞ」
「ジンはレオルフの後輩と言うのが大きいかしら。色々あるけど、ジンとレオルフは先輩後輩の関係よ。………今はね」
「?なんか言ったか?」
「いいえ何も?……さ、いつまで経っても話が進まないから、あの二人を何とかしましょ」
「……オ、オイラ食べられたりしないよな?」
「……普段非常食扱いされて否定してるんだから、自分でそんな考えしたらダメでしょ」
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迂闊だったと下唇を噛み締める。
こんな悲痛の表情を浮かべる先輩を見たかった訳じゃなかった。もっといつもの感じで適当にあしらって終わるはずがこんな事になってしまった。
ごめんなさい、レオ先輩。私はそんな表情を浮かべて欲しくは無かった。
確かにいつもより遠征は長く、先輩は前日にディルック先輩の元にお酒を飲みに行ったのは知っているから、これは予想だにしなかった。
「……ジンっ、頼むよ!!俺はもう限界だ!!呑みたくて仕方ないんだ!!」
ある意味先輩はお酒中毒者だ。何度か一緒に飲みに行った事もあるから分かるが、先輩は本当にお酒に強い。酔えば人によって突然何かをしでかすことが多いが、先輩は一度もそんなこと無かったしそんな話題も私の耳には入ってこない。………寧ろ私と間違いを起こして欲しい。
先輩もいい歳だ。ディルック先輩とお話をしていたが、そろそろ身を固めるべきだと私は思う。………ちなみに私もそろそろ縁談を持ち込もうかと実家から言われているので、レオ先輩を両親に紹介しておいた。先輩は平民上がりであるから、貴族にあまり良い印象は抱いていないから受け入れられるのか心配だが、先輩と私の中だ。きっと受け入れてくれる筈だろうと自負している。
「……いいから、動いてくれないだろうか?こんな事をしている場合でも、早く終わらせてお酒を飲めるのでは無いのか?」
「……そうやって言って、すぐ俺を動かそうとする……。先輩はそんな風に育てた覚えはねぇぞ」
「先輩を制御する為に身につけたものですので、敢えて言いましょう貴方から学びました」
「こんのクソアマァ……。口達者になりやがってぇ……」
………あぁ、悔しがる先輩も素敵でごほんごほんっ。
これも先輩の技量の賜物と認識して欲しい。私は両親と貴方以外から何かを学んだという事は絶対有り得ません。ディルック先輩は別です。悔しいがディルック先輩はレオ先輩の弟子である為先輩の動きを自分なりにアレンジしているので、一種の発展として参考に見ているだけなので。
「兎に角、私は他にやる事があります。先輩もどうか私のお願い、聞いていただけませんか?」
「……いま、お願いっつったか?」
「はい」
食い付いたっ!!
「……じゃあ今夜付き合え。てめぇの金で酒飲みまくってやる」
「……仕方ないですね、先輩。分かった、今日中に今言った事が出来ていれば考えよう」
「……フッ、覚えたぜその言葉!!絶対終わらせてやるからなぁ!!」
……あぁ、先輩っ!!どうしてそこまでチョロインですか!!お酒が絡んだら本当に貴方はチョロくなる!!そんな所が可愛いっ!!いいっ!!とてもいいっ!!
今日は本当に期待!!今度こそ酒豪である先輩を酔わせて既成事実を作る!!作ってみせる!!あぁ先輩っ、素敵ですその体!!ゴツゴツした身体がとてもそそります!!カッコイイっ!!イケメン!!ダンディー!!女たらしとお酒好きを除けば私の好みどストライクな先輩!!あぁ素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵っ!!!!!!先輩のいきり立った大剣で私を貫いて欲しいっ!!密着させて貴方を感じたい!!濃厚な時間を過ごして身を重ね合いたい!!あぁ先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩ぃぃぃぃぃぃぃ!!!!
「………っ、頑張ってくださいね(既成事実のため)」
「……はっ、誰に物言ってんだてめぇ。
……先輩っ(ズキューン)
猛ダッシュで走り去る先輩。砂煙を上げながら走り去る先輩を見つめながら、こちらに近付いてくる足音の方に目を向ける。
さて、先輩が居なくなったところで……。
「……アンバー、何をしている?」
「えー?なんの事?」
私の後ろに立つのは、狂気の眼差しでこちらを見るアンバーだった。
「……なんの事とは分からないのか?自分が今手にしているものを」
「んー?私の弓と矢だけど?何かおかしい?」
「いや、1つもおかしいことは無い。何も間違ってない」
「えへへー、そうだよね………」
ギリギリとしなる弓、ギュッと力強く握られた矢。いつ発射されても確実に私に致命傷を与えてくる角度。
いつの間にか静寂だけが包んでいた。風が静かに吹き抜け、より鮮明にアンバーの見えない姿をイメージさせてくる。
動かない。まだ動かない。
待つのは嫌いではない。最も、弓を扱うものは狙い撃つために絶好の機会を伺うために狙いを定めて待つが、私はその標的になっている。それが分かっていて待つのはある意味私よりもアンバーの実力が下であると示していると同断。
動かない。まだ動かないーーー。
アンバーの元素は炎。私の元素は風。元素の有利さはほぼ互角。互いのレンジから見ればアンバーに軍杯が上がる。
動かない。まだ動かなーーー。
ーーー殺気が貫いた。
同時に剣を抜刀、振り向きざまに弓矢を風で吹き飛ばす。
同時に、アンバーとの距離を詰め、互いの急所に狙いを定めて得物を突きつけた。
「………おししょーに色目使わないで。お・ば・さ・ん」
「……万年発情期のメスガキ風情が先輩に近付くな」
乙女の修羅場は切って落とされる。蒲公英と赤兎の譲れない戦いが始まった。
尚、リサ達が止めに入るまで続いた模様。
被害多数
ジン、アンバーの太ももに頬ずりしたい(切実)