夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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第49話 密談-クランディスティン・ミーティング-

 

 

 その場所は底が見えない程の、縦穴式の深い部屋であった。空間を操作しているらしく、理不尽なまでの広大さだ。

 此処の空気には、紙特有の匂いが混ざっている。古い紙の匂いから新しい紙に、様々な種類の紙の匂い。それらが混ざり合って、この部屋独特の空気を形作っていた。

 部屋の照明は薄暗い。見ると壁という壁が全て本棚になっており、棚の中には本がギッシリと詰まっている。

 此処は『時空管理局・本局』の奥に位置する 『無限書庫』 管理世界の書籍や情報の全てが集められてい る、次元世界最大のアナログデータベースである。

 

 正に管理世界の記憶そのものと言った所で、最新コンピューターの容量でも処理しきれない程の蔵書数を誇り、その数は日を追う事に更に増えて行く。

 

 その中でユーノは、無重力状態に保たれている室内に1人浮かんでいた。周りには彼を取り巻くように数冊の本がふわりと浮かび、独りでにページが捲られている。

 ユーノ独特の検索魔法である。こんな調子で彼は独り黙々と『闇の書』関連の情報を探しているのだ。此処に来て既に数日が過ぎている。

 

 リーぜ姉妹も出来る限り手伝ってくれるが、他の仕事もある2人は此方に掛りきりと言う訳にはいかない。基本ユーノ独りで探す事になる。

 『無限書庫』の情報量は確かに凄いのだが、あまりの量にお手上げ状態で、ほとんどが未整理状態だ。

 本来なら目当ての情報を得る為に、チームを組んで年単位の調査が必要とされている。

 

 それをユーノ独りでとは……無理難題を押し付けられたように思えるが、彼にはこの検索魔法がある。クロノはそれと彼の能力を見込んだのだ。

 

 ちなみにこの魔法は、書籍の中身を瞬時に読み取る事が出来る。これで下手なチームより効率的に検索が可能なのだ。

 本人の図抜けた捜索スキルに加え、遺跡発掘を生業にしている『スクライア一族』出身の ユーノなら、その年単位の行程を大幅に短縮出来る筈なのだが……

 

「おかしいな……?」

 

 ユーノは眉をひそめる。『闇の書』関連の情報が見付けられないのだ。

 行き当たりばったりに探している訳では無い。過去の出現記録から、年代や次元世界を割り出して効果的に検索を行っているのだ。

 既に何かしらの情報に行き当たってもおかしくない筈なのに、未だに『闇の書』関連を欠片も発見出来ない。

 何か不自然な気がした。まるで既に誰かが関連書籍を全て持ち去ったような気さえする。

 

「まさかね……」

 

 ユーノは一人苦笑を漏らした。いくら何でもそれは有り得ない。探すだけでも大仕事なのに、その上持ち出そうとすれば恐ろしい量になるだろう。とても現実的では無い。

 

「……疲れてるのかな……?」

 

 ユーノはため息を吐く。休憩して頭をシャキッとしようと一旦作業を切り上げた時、誰かが書庫に入って来た。

 

「調子はどうだい?」

 

 声を掛けて来たのはリーゼアリアだ。それともう1人、ユーノが見た事も無い青年が一緒に居る。二十歳前後の穏やかな表情をした青年だった。

 リーゼアリアは青年と共に、無重力状態の書庫内をフワフワ浮いてユーノの前に来ると、

 

「今日は助っ人を連れて来たよ」

 

「助っ人ですか……?」

 

 ユーノは意外に思った。人手不足の管理局にしては珍しい。リーゼアリアは青年を示し、

 

「この人、ユーノと同じように『無限書庫』の閲覧手続きに来てた民間の人なんだけど、此方の事を小耳に挟んで是非手伝いたいって。身許は確かだし、これはいいって思ってさ、クロノにも言ってあるよ」

 

 青年はユーノに礼儀正しく頭を下げ、

 

「『ヒビノ・ミライ』と言います。是非お手伝いさせてもらいたくて」

 

 青年ミライは、人懐っこい笑みを浮かべて手を差し出して来た。

 

「どうも、ユーノ・スクライアです」

 

 ユーノはその手を握って握手を交わす。何かほんわりした優しそうな人だなと思った。リーゼアリア済まなそうにミライに目をやり、

 

「私達が忙しくてあまり手伝えないから、せめてもと思ってね……魔力は無いけど、記憶力が凄いみたいで、きっとユーノの力になってくれるよ」

 

 彼女の心遣いにユーノは感謝し、改めてミライに頭を下げる。

 

「それでしたら是非お願いします。丁度困っていたんです……中々目当ての物が見付けられなくて……助かります」

 

「此方こそ……お願いしますユーノ君」

 

 ミライも笑顔で頭を下げた。しかし彼は挨拶を交わしながらも、ユーノが今言った事に関して考えを巡らせていたのだ。

 

(やっぱり……本局……いや管理世界の人達は、記憶操作の影響下にあるようだ……)

 

 謎の言葉を心の中で呟くミライであった……

 

 

 

 

「父さま……」

 

 『無限書庫』を後にしたリーゼアリアは、マスターである『ギル・グレアム提督』の元に赴いていた。執務室のソファーに腰掛けていたグレアムは、自らの使い魔をおもむろに見上げ、

 

「その青年に怪しい点は無いのだなアリア……?」

 

「はい……身許はしっかりしているようです…… 問題無いでしょう……魔力も無いですし、此方に取って不都合になる事はありません……毒にも薬にもならない人物です……協力する姿勢を見せるには打ってつけかと……」

 

 グレアムは重々しく頷くと、眼光鋭くリーゼアリアを見詰め、

 

「気を付けるのだぞ……特に孤門には……全てはこれからだ……」

 

「はい父さま……孤門はウルトラマンゼロさえ何とかすれば、全て片が付くと思っていますから……」

 

 リーゼアリアは主人の鋭い眼光に、その両眼に同じく鋭い光を宿して頷き返した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 海鳴市の中央繁華街に位置する大型デパー ト。賑わう店内の携帯ショップ前で、金髪の少女がそわそわした様子で中を伺っていた。

 フェイトである。 少し経ってから翡翠色のロングの髪をした大人の雰囲気を纏わせる美女、リンディが紙袋を持って出て来た。

 今日は前にクロノと話していた、フェイトの携帯電話を買いに来ているである。リンディはフェイトに歩み寄ると、微笑んで携帯の入った紙袋を渡してやる。

 

「フェイトさん、はいっ」

 

「ありがとうございます、リンディ提督……」

 

 フェイトは頬を薔薇色に染め、紙袋をひしっと抱き締めてお礼を言った。無論買ってもらったのは嬉しいが、何より自分への心遣いが嬉し かったのだ。

 

 あまり大っぴらに感情を表に出すタイプでは無いフェイトだが、その様子はプレゼントを貰って嬉しくて仕方がない、年相応の子供そのものだった。

 

 リンディに頭を下げると、待っていたなのはにアリサ、すずか達の所にいそいそと向かう。待ち構えていたアリサが早速、

 

「いい番号あった?」

 

「うん……」

 

「え~っ、何番?」

 

 はしゃぐなのはにフェイトは、早速箱から黒い携帯を取り出して見せる。なのは達は歓声を上げた。実に微笑ましい光景である。

 リンディは盛り上がるフェイト達を、ほっこり眺めた。その表情が母親のものになっている。

 

(フェイトさん妙に気合いが入ってるわね…… そんなに使いたかったのかしら……?)

 

 何時もより張り切っているように見えるフェイトを見て、リンディは可笑しくなってしまった。

 

 

 

 

 

 駐屯所のマンションに帰って来たフェイト は、夕食を済ませ自室に籠っていた。アルフは子犬モードでベッドで丸くなって寝ている。

 フェイトは無言で勉強机に座り、机の上の『バルディッシュ』と予備弾倉と一緒に置かれている、買ったばかりの黒い携帯電話をじっと見詰めていた。

 

 長い間穴が空くのではという程そうしていたが、ようやく決心が着いたらしく、携帯を手に取った。そして登録したばかりの番号キーを押そうとする。

 しかし指がボタンに触れる寸前、その手はピタリと止まってしまった。

 

「はああ~っ……」

 

 フェイトは携帯を持ったままため息を吐いた。決心したものの、いざとなると中々踏ん切りが着かない。椅子にもたれながら天井を見上げ、

 

(……明日にしようかな……考えてみればウルトラマンのゼロさんと、モロボシ・ゼロさんが同じ人かもしれないって事は、私の思い過ごしなのかもしれないし……)

 

 などと弱気な事を考えていると、

 

「フェイト、何してるんだい?」

 

「ひゃっ!?」

 

 フェイトはいきなり声を掛けられ、思わず変な声を上げてしまった。起き出したアルフがベッドから降りて来て、挙動不審な主人に声を掛けたのである。

 ゼロの正体への疑問はアルフにも言っていない。流石に言い辛かった。明確な証拠がある訳でも無い。

 

「なっ、何でも無いよ……?」

 

 慌てたフェイトは、内心焦りまくって取り繕おうとする。アルフにはハッキリしてから話そうと思っていたのだから。

 彼女は慌てすぎのあまり、変なポーズを取ったりして動揺しまくりである。そして更に……

 

「あっ……」

 

 手に持ったままの携帯のキーをしっかり押してしまっていた。勿論今表示していたゼロの携帯の短縮ボタンを……

 

 

 

 

「おう判った。じゃあ明日な? 電話どうもな」

 

 そう言ってゼロは携帯を切った。丁度ゼロは、ザフィーラの散歩にトレーニングと偽って、『蒐集』に出掛けようと家の外に出た所である。

 

「管理局の黒い魔導師からか……?」

 

 ゼロの反応から察した狼ザフィーラは、ぼそりと訊ねた。

 

「ああ……此方にしばらくの間越して来る事になったから、挨拶がしたいんだと……」

 

 ゼロは一通りを説明する。明日街中のファミレスで待ち合わせする事にしたのだ。ただ随分フェイトの声が慌てていたような気はした。

 

「最近フェイト達とはアレだったからな……つい受けちまったが、不味かったかな……?」

 

 現在誤解が積み重なり、敵対してしまっているフェイトから連絡が来て、余程嬉しかったのだろう。つい勢いでOKしてしまったのだ。ザフィーラは少し考え込むと、

 

「……向こうはゼロの正体には気付いてないのだな……?」

 

「その辺は大丈夫だ。はやて直伝の説明をしておいたし、ウルトラマンと俺が同一人物だとは夢にも思ってない筈だ」

 

 ゼロは毛ほども、自分の正体を疑われているとは思っていない。ザフィーラはそこまで楽観視はしないが、罠ではあるまいと判断した。

 最悪疑われていたとしても、尻尾を出さない限り向こうにはどうしようも無いだろう。状況から判断するに、素知らぬ顔で普通に接する方が良いと思ったザフィーラは、

 

「どの道ここで下手に断ったら、却って不自然だ……なら普通に会って、話の一つでもした方が無難だな……念の為後を着けられないように気を配っておけば問題無いだろう……」

 

「そうか……判った。悪いな、その日は終わったら直ぐに合流する」

 

 ゼロはホッとして感謝した。先走った感があったからだ。このような機微にはまだまだ甘いウルトラマンの少年には、ザフィーラの冷静な判断能力はとても頼りになる。

 明日の方針が決まった所で再び歩き出す2人。と言っても、端から見ると犬の散歩をする少年である。ふと思い当たったゼロが、

 

「一応みんなにも言っておいた方がいいか?」

 

「……無用な心配を掛ける事も無いだろう……俺も黙っておく……」

 

 何となくザフィーラは、シグナム辺りに言うとややこしくなる気がしたので、無難にそう応えておいた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 次の日。フェイト・テスタロッサは待ち合わせのファミレスに、約束の時間1時間前にやって来ていた。

 窓際の席にちょこんと座り、そわそわと落ち着かない様子である。昨晩は目が冴えてあまり寝付けず、少し眠そうだ。

 それでもみっともない様は見せられないと、身だしなみには気を使っている。お陰で駐屯所を出る時、エイミィ達に少し怪訝な目で見られてしまったが……

 

 フェイトは改めて今日の目的を確認する。それは『モロボシ・ゼロ』と『ウルトラマンゼロ』が本当に同一人物かどうかを確かめる事だ。

 そして予想通り同一人物であったなら、苦境に居るゼロの力になりたいと思っている。

 自分が間に入って、管理局との話し合いの手助けなりが出来れば……そんな決意を秘めて、フェイトは此処までやって来たのだ。

 

 しばらくの時が過ぎ、じっと座っていたフェイトは流石に緊張して同じ姿勢でいるのに疲れ た。ホゥ……と姿勢を崩して背伸びをした時である。

 

「おおっフェイト、もう来てたのか? 悪い待たせたな」

 

 見上げた先に、着ぶくれ気味のゼロの姿があった。気が付くともう時間で、フェイトの姿を見付けてやって来ていたのである。

 思いっきり油断した姿を見られてしまったフェイトは、顔が熱くなる程赤面してしまった。固まってしまった彼女を見て、ゼロは不思議そうに首を傾げている。

 このままではいけないと、フェイトはグルグルする頭で必死に考え、何とか言葉を絞り出す。

 

「いえっ……そんな事無いです。1時間しか待ってませんかりゃっ!」

 

 馬鹿正直に待っていた時間を言ってしまい、おまけに思いっきり噛んでしまった……

 

 

 

 

「悪かったな……もう少し早く来れば良かったよ」

 

 対面の席に座ったゼロは、ドリンクバーのオレンジジュースを飲みながら、気さくにフェイトに話し掛けた。

 

「いえ……私が勝手に早く来てしまっただけなので……」

 

 フェイトは苦笑を浮かべ、照れ臭そうに応える。此処に来るまで緊張しっ放しだったが、さっきのやり取りで気持ちが軽くなっていた。

 色々やらかして却って開き直ったようでもある。これならと口を開こうとすると先にゼロが、

 

「此方にしばらく居るんだって? 色々有ったみたいだな……」

 

 染々とした様子で聞いて来た。フェイトはごく自然に、

 

「母さんが亡くなったので、今はアルフと一緒にある人達の所でお世話になってます……此方にはその関係で……」

 

 言ってしまってから、しまったと思った。例え相手が知っていたとしても、最初にこんな自分の重い話をしてしまったと後悔したが、ゼロは特に引いた様子も無く、

 

「……大変だったな……その……大丈夫だった か……?」

 

 ぶっきらぼうな言い方だったが、その言葉は温かみの籠った心から気遣うものだ。フェイトにはその言葉が、此方の事情を全て知った上での言葉に聞こえた。彼女は微笑んで、

 

「大丈夫です……と言ったら嘘になるんでしょうけど……支えてくれる人達が居てくれるし、母さんの為にも頑張ろうと思います」

 

 しっかりとした口調だった。『ヤプール』の事件から数ヵ月……色々なものを乗り越え、周りの助けもあり、このように笑えるようになったのだろう。ゼロは感慨深かった。

 

(人間は逞しいな……)

 

 つくづくそう思う。彼女ら人間は、助けを乞うだけの弱い存在などでは無い。前に向かって歩いて行く強さを持っている。

 それにウルトラ兄弟達も、自分も何度助けられた事か。 嬉しくなったゼロは、その感情を表に出さないように苦労しながら近況を尋ねた。

 

「周りの人達は良くしてくれるか?」

 

「はい、みんなとっても優しい人達です……」

 

 答えたフェイトの語尾が、少しトーンダウンしたようだった。それに気付いたゼロは、

 

「何か気になってる事があるのか?」

 

「あっ……いえ……」

 

 フェイトが歯切れの悪い返事をすると、彼女のおでこにゼロの人指し指が当てられていた。

 

「えっ……?」

 

 意味不明のゼロの行動に戸惑うフェイトに、ゼロは少し真面目な顔を向け、

 

「何でもかんでも独りで抱え込むと、ロクな事にならねえぞ?」

 

 悪戯っぽく笑うと、フェイトのおでこを軽くコツンと弾いた。デコピンである。

 

「あうっ?」

 

 フェイトは軽く顔を仰け反らせて、小さく呻く。勿論全然痛くない。その反応が面白くて、ゼロは少し吹き出してしまった。

 

(まったく……はやてと言い、フェイトと言い……抱え込む奴が多いな……)

 

 そんな感想を持つが、自分もそのタイプなのにはまだ自覚が足りないようだ。

 フェイトは顔を赤くして、おでこを押さえている。図星を指されて恥ずかしくなってしまっていた。しばらくもじもじしていたが、意を決して顔を上げた。

 

「……その……お世話になっている人に……養子にならないかって言われてるんです……」

 

「そうなのか……?」

 

 ゼロは意外な話に少し驚きながらも、多分リンディの事だろうな、と見当を着ける。直接顔を合わせたことは無いが、テレパシーで話した感触で、誠実な人間だとは感じていた。

 

「その人の子供になるのが嫌なのか?」

 

「いえっ、そんな事は全然無いです! 優しい し……何時も私を気に掛けてくれるし……中々決められないのに、待つって言ってくれるし…… その人の息子さんも良くしてくれるし……」

 

 最後の方はほとんど呟きに近かった。ゼロは俯いてしまったフェイトに、静かに問う。

 

「なら……何で悩む……?」

 

「それは……」

 

 口ごもるフェイトだったが、少年の見守るような温かな眼差しに、この人になら聞いてもらいたいと思った。ウルトラマンゼロに、プレシアの記憶を見せてもらった時の記憶が甦る。

 あの時は母の本当の気持ちに号泣して余裕が無かったが、あの時の彼もこんな眼差しをしていたような気がする。

 疑惑が確信に変わりつつあった。フェイトは素直に本心を吐露していた。

 

「……私だけ……幸せになってしまっていいのかなと思って……」

 

 一旦口に出すと、解れるように胸に溜め込んでいた事を吐き出していた。

 

「母さんも姉さんも、リニスも死んでしまったのに……私だけ生きてその家の子になるなんて、裏切りのような気がするんです……馬鹿な事だとは分かってるんですけど……

それに養子になったら、テスタロッサの姓を捨てなきゃならないかもしれないし……それも……」

 

 哀しい事だが、それがリンディに中々返事が出来なかった理由だった。

 姉にあたるアリシアは僅か5歳で事故で亡くなり、魔法の先生で親代わりだったリニスは、フェイトが魔導師として完成した時に、プレシアとの契約を終え消滅した。

 プレシアは『ヤプール』に身体を乗っ取られた挙げ句、全てを奪われて無惨に殺されてしまった。

 

 そんな中で残された自分だけが、果たして幸せになっていいものかという後ろめたさ。そして死して尚自分を守ってくれた母の姓、テスタロッサを捨てる事になるかもしれない事が彼女を躊躇わせていたのだ。

 どうしてもその想いは拭えなかった。すると……

 

「いいんじゃないか……? フェイトが幸せになってもよ……」

 

 黙って話を聞いていたゼロが、ポツリと言った。

 

「えっ……?」

 

 フェイトは顔を上げてゼロを見た。少年は少女の目を澄んだ目で見詰め、

 

「いいんじゃないか……幸せになってもよ……お袋さん達は、フェイトがずっと独りで不幸だと喜ぶような人達なのか……?」

 

「いいえっ!」

 

 フェイトは頭が千切れそうな勢いで頭を横に振り、全力で否定する。そんな彼女にゼロは、とても温かな笑みを浮かべ、

 

「だろう……? だったらフェイトがそんな哀しい事思ってると、却ってお袋さん達に怒られちまうな……そうだろ?」

 

「はい……」

 

 ハッとしたフェイトは頷いていた。自分が自虐的な考えに凝り固まると言う事は、亡くなったプレシア達を却って侮辱する事になる。ようやくその事に思い至った。

 人は周りで立て続けに不幸が起こり続けると、奇妙なバランス感覚が働く事がある。周りが不幸なのに、自分が不幸で無いのはおかしいという、妙な感情が湧いてしまう事があるのだ。

 フェイトは知らぬ間に、そんな感覚に嵌り込んでいた。心の罠と言うべきものに。しきりに反省する少女にゼロは、

 

「姓の事も1人で悩むより、リンディさんとトコトン話してみろよ……話すのは大事だぞ……俺は親とのコミニケーションが足りなかったから、こんなに捻くれ者になっちまったからなっ」

 

 少々おどけて自分を指差す。冗談めかしているが、実感が籠っているように聞こえる。フェイトは晴れ渡るような笑顔を浮かべた。

 

「分かりました……私の気持ちも全部聞いてもらって、沢山話してみようと思います。ありがとうございました……何かモヤモヤが晴れた気がします」

 

 深々と頭を下げていた。また助けてもらっ た……フェイトはそう思ったが、そこで肝心な事を思い出す。

 

(ゼロさんの力になろうと思ってたのに、何時の間にか私の悩みの相談に乗ってもらってる……何やってるんだろう私……)

 

 当初の目的と大きくズレてしまっている事に、赤面し深く反省するのであった。

 こんな調子では駄目だと思ったフェイトは、こうなれば正面から行こうと決意する。

 身を半ば乗り出して、ジュースをまだ美味しそうに飲んでいるゼロの目を、真っ直ぐに見詰め切り出した。

 

「ゼ……ゼロさんっ、あのう……何か困っていませんか?」

 

「へっ……?」

 

 ゼロは間抜けな声を出してポカンとする。フェイトは自分の話の切り出しの下手さに、内心ガッカリしながらも、

 

「ひょっとして誰かに脅されたり、酷い目に遭わされたりして、どうしようもなくなってないですか……? 悩みがあれば……わっ、私なんかで良ければ聞きます……いえ聞かせてください!」

 

 滅茶苦茶な問いだったが、今まであまり他人と接した事の無い彼女にとっては、これが精一杯だった。それでも自分なりに考えたのである。

 それでも一応ポイントは突いている問いだ。つまりゼロに『私はウルトラマンゼロが貴方だと気付いている』 と匂わせたのである。

 本人ならば、此方の言っている意味が判る筈。フェイトは何かしらの反応が有ると踏んでいた。

 

 その場を一瞬沈黙が支配する。周りの親子連れの声やカップルの発する喧騒が、妙に大きく耳に入った。 フェイトは自分がひどく緊張しているのを自覚する。

 息を呑んで答えを待った。ゼロはしばらく無言だったが、ようやく口を開く。

 

「ありがとよ……気持ちだけ貰っておくぜ……」

 

 苦笑すると、身を乗り出していたフェイトの頭をポンと叩いた。不自然な様子は全く無い。フェイトは拍子抜けしてしまった。

 

(全然反応が無い……?)

 

 目の前の少年は至って普通だった。全く動じていない。何故嘘や隠し事が下手なゼロが、平然としているのか?

 答えは簡単である。自分の正体が疑われているなど、まるで気付いていないのだ。フェイトが今言った事も大袈裟ではあるが、純粋に彼女の善意から出た言葉だと受け取ってしまったのだ。

 少々情けないが、鈍い故の勝利と言った所である。

 

 実はこの辺り、ザフィーラの計算通りと言えた。守護の獣は疑われている可能性も有る事を、ゼロに全く話していない。

 隠し事が下手なゼロに取り繕わせるより、素で話させた方が却って安全だと判断したのである。どうやら読みが功をそうしたようだ。

 

 フェイトは全ては自分の思い込みだったのかと思ったが、どうも釈然としない。首を捻っていると頭に突然声が響いた。

 

《フェイト、聴こえるかい?》

 

 アルフからの思念通話だ。何か有ったらしい。

 

「すいません……ちょっと……」

 

 フェイトは着信があった素振りをして断りを入れ、席を立つと少し離れた位置に移動し携帯を掛けるふりをする。

 

《どうしたのアルフ……?》

 

《一応伝えておいた方がいいと思って……さっきウルトラマンゼロの姿が、監視装置に捉えられたんだよ!》

 

「えっ……?」

 

 思わずフェイトは声を漏らす。こうなるとウルトラマンゼロと彼は別人と思わざる得ない。決定的だった。

 

《じゃあ、直ぐにそっちに戻るよ……》

 

《あっ、でも直ぐに見失ったんだけどね……だから今の所は、別に戻らなくても大丈夫だよ。それにフェイト今はゼロと一緒なんだろ?》

 

 ゼロに電話した時にはアルフも話している。 誤魔化せないので彼女には会う事を言ってあるのだ。疑惑の件まではまだ話していない。

 

《ううん……一応戻るよ、何があるか分からないし……》

 

《分かったよフェイト》

 

 思念通話を終えたフェイトは、テーブルに座っているゼロを見る。ホッとした反面、残念だという想いが入り交じった、複雑な気持ちになってしまった。

 

(……やっぱり私が勝手に、思い込んでただけだったのかな……?)

 

 そうは思いつつも急用が出来たので、おいとまする事をゼロに告げる。

 

「すいません……呼び出しておいて……」

 

「なあに気にすんな、車には気を付けて帰れよ? アレは危険だからな」

 

 申し訳なく思い頭を下げるフェイトに、ゼロは特に気にもせず屈託なく笑う。

 フェイトは車で念を押されて、子供扱いされたと感じ少し不満だったが、この人が辛い目に遭ってないと分かっただけでも良かったと思った。

 

「では失礼します……今日はありがとうございました……」

 

「じゃあなっ」

 

 表に出た2人はその場で別れ、それぞれの目的地へと向かう。ふとフェイトは帰り際に引っ掛かるものを感じた。

 

(何だろう……?)

 

 一旦立ち止まり、違和感が何かをしばらく考えてみる。先程のゼロとのやり取りの記憶を手繰ってみた。

 

「あれっ……?」

 

 ようやく違和感の原因に思い当たったフェイトは、小さく声を上げていた。

 

(私……リンディ提督の名前出したかな……?)

 

 振り返ると、既にゼロの姿は何処にも見当たらない。

 

「……やっぱり私……提督の名前を一度も言ってない……」

 

 間違いなくリンディの名前を口にしていない。なのにゼロは知っていた……

 冷たい北風が、金髪をなぶるように巻き上げ た。フェイトは困惑してその場に立ち尽くしてしまった……

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「たっだいまあ~っ」

 

 数日後、駐屯マンションに、エイミィの元気な声が響いた。買い出しを終えて帰って来たのである。フェイトとアルフは、丁度来ていたなのはと一緒に出迎える。

 キッチンで食事の仕度を始めたエイミィを手伝おうと、フェイトとなのはも集まった。エイミィは袋から取り出したカボチャを、フェイトに軽く投げ渡そうとするが、

 

「あっ……」

 

 ものの見事にフェイトは受け止めそこね、カボチャを床に転がしてしまった。

 

「ごめん、ボーッとしちゃって……」

 

 慌ててカボチャを拾い上げる。その様子を見ていたなのはは、ビーフジャーキーを貰ってご満悦の子犬フォームアルフに、こっそり念話で、

 

《フェイトちゃん、ここの所ちょっとボーッとしてますよね? やっぱりウルトラマンさんの事気になってるんでしょうか……?》

 

《この間1人で出掛けてから、ああなんだよねっ、多分……おおっと、後は本人に聞いとくれっ》

 

 アルフはニヤニヤして、途中で答えるのを止めてしまった。

 

《ええっ? 何の話ですか?》

 

 なのはとアルフがこっそり見当違いな話をしている横で、エイミィが周りを見回している。リンディも他のクルー達の姿も無いようだ。

 それについてはフェイトが答える。どうやら整備を終えた『アースラ』に武装追加が済んだようで、リンディ達は『本局』に出向いたようだ。 武装追加の件を聞いたエイミィは表情を引き締めた。

 

「武装ってえと……『アルカンシェル』か……あんな物騒なもの……最後まで使わずに済めばいいんだけど……」

 

 心配そうな様子である。アースラの追加武装はかなりのものらしい。フェイトも名前だけしか聞いた事が無い。クロノも不在で、戻るまではエイミィが指揮代行を任される事になったようだ。

 

「責任重大っ」

 

 子犬アルフの冷やかしに、エイミィはフェイトが持ったままだったカボチャを撫でながら、 おどけた口調で、

 

「それもまた物騒な……まあ……そうそう非常事態なんて……」

 

 カボチャを受け取るのと同時だった。赤い警告灯と共に、非常事態を告げるアラーム音が部屋に鳴り響いた。

 

「!?」

 

 唖然とカボチャを床に落としてしまうエイミィだったが、直ぐに気持ちを仕事モードに切り替える。伊達にアースラでリンディ、クロノに次ぐ指揮権を持たされている訳では無い。

 

「フェイトちゃん、孤門さんに連絡を! 直ぐに此方に来てもらって!」

 

「うんっ」

 

 フェイトは孤門を呼び出す為に、携帯を取り出した。

 

 

 

つづく

 

 

 





 砂塵渦巻く異世界。三度相まみえるウルトラマンゼロ達八神家と、ウルトラマンネクサス達アースラメンバー。そして遂に奴らが……

 次回『死闘の始まり-ドーンオブ・バトル-』
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