さて、一時間後。私たちは問答無用でバスから降ろされた。みなは休憩と思っているようだが、そうではない。
実際、バスが停まった場所は休憩所ではなかった。ただのだだっ広いフリースペースでしかない。
だがそれを訝しむ間もなく、聞き覚えのない声が割り込んでくる。
「煌めく
「キュートにキャットにスティンガー!」
「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」
こちらが誰何するよりも早く、猫の要素を加えたファンシーな衣装に身を包んだ二人の女性が、口上を述べつつポーズを決めた。
個人的にだが、彼女たちの格好はズードリームランドにおける猫耳の装身具が思い出される。しかしあれとは異なり、彼女たちの衣装は立派なヒーローコスチュームだ。
なおデザインは同じだが、色合いは違う。つまり二人は同じチームに所属しているわけだ。加えて、固有のパーソナルカラーがあって、傍目にも区別がしやすくなっている。
と、考える私をよそに、ミドリヤが自発的に解説を始めた。ヒーローオタクの面目躍如である。
彼が語ったところによれば、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツとは、山岳救助を中心に活動する四人一組のヒーローチームであり、この道十二年になるベテランらしいが、実年齢に触れ得るためか、そこで彼の解説は青いプッシーキャッツ――ピクシーボブによって強制的に打ち切られていた。
一応補足すると、彼女たちはヒーローランキングで32位に位置するなかなかに人気、知名度の高いヒーローたちである。
現代のヒーローはチームで活動することが少なく、チーム名義でランキングに登録されているものはさらに少ない。プッシーキャッツは、そんなチーム名義で複数人で活動するヒーローとしては最高位のヒーローだ。なので、私も一応の知識はある。
……そんな彼女たちの後ろには、私と背格好が近い少年がいたが。こちらはヒーローではなく単に扶養家族のようだ。
お世辞にも懐いているとは言えないようで、ヒーロー二人を「バッカじゃねえの」とでも言いたげな顔と目で見ている。随分と早い反抗期のようだ。
だがしかし、である。彼女たちの紹介もそこそこに、訓練は始まった。雄英は本当、なんでも早速だな。
「あんたらの宿はあの山のふもとね」
『遠ッ!?』
赤いプッシーキャッツ――マンダレイが彼方の山を指し示した。
遠い。目測だが、直線距離でも二十キロくらいはあるだろうか。何もなければ二時間くらいあれば走り抜けられるだろうが……ロケーションは山のふもと、かつ森が広がっている状況である。最低でも倍以上はかかると考えるべきだろう。
そしてイレイザーヘッドの考えていることからして、実際の所要時間はさらに倍して考えたほうがよさそうだな。今が九時半ごろだから、夕方五時過ぎくらいか。
あくまで普段通り淡々と考えている私とは異なり、他のクラスメイトたちは全員顔色を悪くしている。あまりにも遠すぎる目的地を見た彼らは、まさか、と言わんばかりにイレイザーヘッドを見ている。
全員がわかっているのだ。イレイザーヘッドが何の目的もなく、意味もなく、こんな場所で降ろすはずがない、ということは。
しかし、それに気づいたところでどうしようもない。最初からそういうスケジュールになっているのだから、生徒としてはやれと言われればやるだけである。
まあ、どうにかできるのだとしても、気づくのが遅いのでどちらにせよ結果は変わらない。
「バス……戻ろうか? な? 早く……」
そう言うセロをよそに、イレイザーヘッドが不敵に笑う。
彼にならう形で、プッシーキャッツの二人もまた笑う。
「今は午前九時半……早ければぁ……十二時前後ってところかしらん?」
「ダメだ……おい……」
「戻ろう!」
「バスに戻れ! 早く!」
三人の笑みに怯えるように、バスへ向かい始めた面々を尻目に、私はただ備える。ヒミコも同様だ。
「十二時半までに辿り着けなかったキティは、お昼抜きね!」
「悪いね諸君。合宿はもう始まってる」
そうして誰もバスに辿り着けないまま、A組の面々は盛り上がった土の波に流され崖下へと落ちていった。あれはピクシーボブの“個性”だな。
なお私とヒミコはと言えば、フォースを駆使して跳躍し、土の波を回避してバスの上に着地している。ついでに、流されるクラスメイトの中からミネタをフォースプルで引き寄せていた。
「ふええ……た、たす、助かった……」
「いや、助かってはいないが?」
気の抜けた顔でミネタがほっとしていたが、そんなことをしている暇はない。
「私が君を引き上げたのは、君が尿意をずっと我慢していることに気がついていたからだ。用を足したら我々も行くぞ」
「鬼! 悪魔! リアル幼女戦記!」
最後の言葉は意味がよくわからないが、とりあえず全体的に罵倒されているらしいとはわかる。
だが、そんなことを言われる筋合いはないつもりだぞ。女になった今回の人生、男に比べて尿意を我慢できる時間が短いことに気づかず粗相をしてしまった経験が何度かあるのだ。この手の失敗はわりと心に来るものがあるので、助けられるなら助けたいと思っているんだぞ、私は。
「そういうわけなので、回避してしまいましたが。すぐに下に降りますので」
「……好きにしろ」
ともあれ、イレイザーヘッドには許可を取り、ミネタが用を足したのを確認して三人で崖下に向けて飛び降りたのであった。
「あ、理波ちゃんたち来た!」
「おーい、こっちこっち!」
ウララカとハガクレに迎えられた我々は、それよりも端のほうで山になっている土に目が向いた。軽いが敵意の残滓が感じ取れる。
「何かあったのか?」
「土でできた魔獣が襲って参りましたの。恐らくピクシーボブさんの“個性”ですわ」
「なるほど、仮想敵か。雄英がやりそうなことだ」
「一応、増栄くんたちが来るまでの間に、前中後の三チームに分かれて最短距離を一気に突っ切ろう、という話になったのだが、ぜひ君の意見が聞きたい。何かあれば、遠慮なく言ってくれないか」
イイダにうんと頷いたところで、全員の視線が注がれていることに改めて気づく。その中にバクゴーがいることが少々意外だ。
と、そんな思考を私の視線から読み取ったのか。バクゴーは目を怒らせて、不満を滲ませながら言った。
「テメェ俺を舐めてんのか? 誰がどう見ても、無理矢理連携させつつ持久力上げる訓練だろがこんなモン」
「そうだな」
思わず笑ってしまったが、カミナリが「頭のいいやつ同士で通じ合ってんなよ!」と言ってきたのでこの話は終わりにしよう。
で、私の意見だったな。
「まず、複数に分かれることには賛成だ。個々の能力差、向き不向きを考えれば妥当。最短距離で、というのも賛成だ。しかし、分け方は前衛、左翼、右翼、本陣にすべきだろう。それと移動のペースは緩やかに、されど一定を保つべきだ。そうしなければむしろ到着が遅れるぞ」
そう言いつつ、先程から考えていた到着時間に関する考察を語る。
すなわち、イレイザーヘッドたちが想定しているであろう到着時刻は十二時どころではなく。どうあがいても昼食には間に合わないだろう、という考察だ。
これを聞いて、多くのものが不平を口にしつつも納得する様子を見せた。だいぶ雄英のやり方に馴染んでいるなぁ。
「つまりこの訓練は単に体力だけじゃなくて、“個性”もいかに保ちつつ長距離・長時間の作戦行動ができるか。そのための心構えや身体作りが目的、ってことだね?」
ミドリヤの考察に頷く。
バクゴーはこれに「だから最初っからそう言ってンだろが」と吠えていたが、彼は言葉が足りないことが多いのだよな。天才肌の人間は得てしてそういう傾向があるが、すべての人間がそれでわかるなら苦労はしないのである。
「そのため道中は温存策を取りつつ、現れる魔獣とやらは、基本的に相手にしない方針が妥当だろう。もちろん逃げ一点集中ではない。最小限の消耗で、魔獣を行動不能にすればよい。そのための戦闘行動は必須と言える」
これはバクゴーには不本意なやり方になるだろうが、遭遇するすべての敵を倒して進むのでは効率が悪すぎるし、恐らく不可能だ。一人ではなおのこと。
彼もそこは理解しているのだろう。だからこそ、団体行動をよしとしているわけだ。期末試験のときから薄々感じていたが、彼も協力するということを覚えたらしい。いいことだ。
と、いう前提を共有したところで、細かいメンバー分けを行う。全員が様々意見を交わし合い、現状のベストと思われる構成で四つの部隊が出来上がる。
前衛はバクゴー、本陣はツユちゃん、左翼はイイダ、右翼はトドロキをリーダーとし、総指揮官はヤオヨロズだ。
接敵した魔獣にどう対処するかはそれぞれのチームリーダーの判断に任せつつ、全体の方針はヤオヨロズが決定する形である。
本陣に控える面々は索敵を行うショージとジロー、それに総指揮官のヤオヨロズを護衛しつつ、いざというときは遊撃として状況に応じた行動を取る。
総指揮官には私を推す声がいくつかあったが、これは辞退させてもらった。確かに私は少ないが従軍経験があり、指揮官として行動したこともある。その手の知識も、前世に学んでいる。実際、I・アイランドでははからずもそういうポジションになった。
だが、あまりクラスで私一人の発言権が大きくなる事態は避けたいのだ。なぜなら、確かにこういう状況で元本職が指示を出す確実性はあるものの、場合によっては私に対する依存を起こしかねないからである。
全員がヒーローを目指しているヒーロー科においては、それは避けるべきだろう。ましてやこれは訓練なのだから、経験できるうちにしておくべきだ。
あとそもそもの話、このメンバーではほぼ唯一治療行為が可能な私は余計な消耗をするわけにはいかない、という理由もある。これはヒミコも同様だ。決して指揮に自信がないわけではないぞ。
「ああそれと。最後になるが、こうなることは想定していたので、食料は持ち込んでいる。大半は菓子類だが、休憩時はこれをみなで分けよう」
そして私は最後にそう言いながら後ろを向いて、背負っていたカバンをみなに見せる。ヒミコも同様に。
すると、大きな歓声が上がった。
うむ、多少なりとも補給があるだけで、そして嗜好品があるというだけで、士気は保てるというのはどこの星でも変わらないな。
そう、私たちはバスから降りるときに、カバンを一緒に持ってきた。イレイザーヘッドは気づいていたようだが、中身には気づいていないようで咎める素振りは見せなかった。中身を知っていたら、あるいはとめられたかもしれないな。
……実のところ、ここまで本格的な行軍をすることになるとは思っていなかったのだが。それでもカバンの中に菓子類がやけに多いのは、まあその、そういうことであるからして。
そもそもおやつに金額制限がなかったのだ、大目に見ていただきたい。
「それでは皆さん、参りましょう!」
『おぉーーっっ!!』
何はともあれ、ヤオヨロズの号令で私たちは進み始めた。
訓練は始まったばかりである。
***
ようやく見えてきた建物に、誰かが歓声を上げた。それに応じるように、駆け出していくクラスメイトたち。
私が敵なら、この場にこそ罠を設置しておくが……どうやらその手のものはないらしい。それでも私が殿から動かず、いつでも飛び出せるように心身共に身構えていたのはもはや習性であろう。
ともあれ、私たちは目的地に到着した。まず出迎えたのは、ピクシーボブ。
「よーく来たにゃん。思ってたよりだいぶ早かったねぇ」
彼女の言葉に、アシドが非難の声を上げた。ハガクレやカミナリ、キリシマといった普段から賑やかな面々が彼女に続く。
「プッシーキャッツの合理的虚偽つきー!」
「そうだそうだー!」
「どうあがいても三時間じゃ無理な設定だったっしょコレェ!」
「やりすぎッス! 死ぬかと思ったッスよ!」
口々に放たれる怨嗟に、ピクシーボブは堪えた様子もなくきゃらきゃらと笑った。
「いいねいいね、戦いながらここまで来たわりにみんな元気! にしても、私の土魔獣をあそこまでスルーされるなんてにゃー。戦闘面のチェックがあんまできなかったのはちょっと困ったけど……それだけ判断を誤まらなかったってことだもんね。ホントいいよ君たち!」
笑って笑って、それから鞭のあとの飴とばかりに褒めてくる。
彼女の内心を読む範囲では、六時過ぎまでかかると思われていたようだな。それを
「戦闘面で特に目立ってた君たちには、三年後のためにもツバつけとこーっと! 有望株!」
「うわっ!?」
と思いきや、いきなり文字通り唾を吐き始めたので、標的になったバクゴーやミドリヤ……前衛で特に活躍していたものたちは派手に退がった。
唾をつける、という慣用句があることは知っているが、それを実際にやるものがあるか。
「マンダレイ……あの人あんなでしたっけ」
「彼女焦ってるの。適齢期的なアレで……」
イレイザーヘッドもそれについては疑問だったのか、気怠げにしながらも少々引いた顔でマンダレイに問うていた。
適齢期的なアレ……つまりは結婚に関してだと思うが……私などは、それほど結婚がしたいならヒーローを辞めればいいのではと思ってしまう。
何せ、ヒーローという職業は家庭を築くことにはまったく向いていないと思うのだ。プライベートはほぼないに等しいし、下手を打てば世論に袋叩きにされる。最悪殉職だってあるのだ。
これで収入面が他の追随を許さないならまだしも、それはヒーローの中でも上澄みだけ。金欠にあえいでいるヒーローは案外多い。収入に関する信用問題で言えば、ローンを組めないものもそこそこいるのではないかな。
他にも挙げればきりがない。ゆえに、ヒーローは家庭を作るにはあまりにも向いていない、不安定な職業と言わざるを得ないだろう。
「適齢期と言えば……」
「と言えばて!」
まあ、それでも気にするものはいるのだろうな。ミドリヤの言葉に過剰反応するピクシーボブは、そういう人種ということか。
「ずっと気になっていたんですが、その子はどなたかのお子さんですか?」
それをスルーできるのだから、ミドリヤが図太いのか繊細なのかよくわからない。
「ああ違う。この子は私のいとこの子だよ」
ミドリヤに答えたのは、マンダレイであった。
彼女は猫の手状のグローブをはめた手を動かし、少年を手招きする。
「洸汰、ほら挨拶しな。一週間一緒に過ごすんだから」
だが少年……コータは反応しない。三白眼を隠そうともせず我々を睨んでいる。どうもヒーローという人種に随分と隔意があるようだ。
これを人見知りしていると取ったミドリヤは、自分もそういうところがあるくせに、できる限りにこやかに微笑みながらコータに近づいていく。
「えと、僕、雄英高校ヒーロー科の緑谷。よろしくね」
そして手を差し出したのだが……。
瞬間、敵意をはっきり感じ取った私は、フォースプルでミドリヤの身体をコータから引き離した。
その直後、それまでミドリヤのいた場所……特にその股間周辺を、コータの拳が通過する。
「わっ!? ま、増栄さん?」
「……チッ」
急に引っ張られたせいでバランスを崩したミドリヤだったが、さすがにすぐ体勢を整えていた。
だが彼が困惑する傍らで、コータはあからさまに舌打ちをしている。完全に狙ってやっているな。そのまま何も言わずに背を向けて離れようとするので、私は彼の身体も引き寄せることにした。
「うわっ!?」
そうして彼を手中にすると、こちらに身体ごと向き直らせて目を合わせる。
「コータとやら。今君がやろうとしたことは犯罪だ、それを見逃すわけにはいかない」
「な……んだお前!? 関係ないだろ! ヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねぇんだよ!」
どうやら反省する気はないらしい。素直に謝るなら何もする気はなかったが、これはお灸をすえたほうがよさそうだ。
「関係ならばある。我々はヒーロー志望だ。犯罪者を前にプロヒーローが動かないならば、我々が捕まえるしかないだろう」
「はぁ!? なんで俺が……」
「違うとでも? 君は先ほど、明確な害意を持ってミドリヤを攻撃したな。それは立派な傷害罪だ。今回は未遂に終わったが、その場合でも暴行罪や脅迫罪に問われることはあり得る」
「な……っ!?」
どうやらこの少年、随分と賢いらしい。私の言葉をほぼ正確に理解している。
同時に、そんなつもりはなかったと思っている辺りは子供だなとも思うが。
ただ、その思考の裏に垣間見える感情……彼が我々に敵意ある視線を向け続けていた理由には、同情の余地もある。そこは汲もう。
しかし、だからといって人を害していい理由にはならないのである。
「いやいや、何もそこまで言わんでも……子供なんだしさぁ」
「いいや、言わせてもらう。子供だからこそ、間違っていることは大人が正さなければならない」
「う、ま、まあ、それはそうかもだけど……」
カミナリが割って入ってきたが、私はこれを断固拒否する。
周りから「大人?」という疑問が漏れ聞こえていることについては、聞かなかったことにさせてもらうが。
「第一、狙い通りに股間を強打されていたら最悪の場合、ミドリヤから生殖能力が永遠に失われていた可能性だってある。君も男なら、その痛みは理解できるだろう?」
私は元男だ。それがどれほどの苦痛かはよくわかる。
いや、女でも股間は急所なので、どちらがいいとか悪いとかは関係ないのだが。それはそれとして、瞬間的な痛みの数値が男のほうが上であることは事実だ。
「すいません俺が悪かったです!」
「いや、君の謝罪は必要ないのだが」
そしてなぜかカミナリに謝られてしまったが、それはさておき。
「あー……その、ごめんね? 私からもちゃんと言っておくから、ひとまずは……」
「そうだよ増栄さん。僕はなんともなかったし……」
ミドリヤという直接の被害者がそう言うならば、私からはこれ以上は何も言うまい。
「……わかった」
私はコータをマンダレイに引き渡すと、クラスメイトの中に戻る。
「コトちゃんが久々にジェダイしてる」
「……ジェダイをするとはどういう日本語なのだ?」
そこでは、生暖かい目をしたヒミコがくすくすと笑っていた。
原作初めて読んだ時からずっと気になってるんですけど、仮にもヒーローならいきなり人様の金玉ぶん殴った子供のことはその場で叱らないといけないと思うんですよ。それが扶養している子供ならなおさらでは?
いやまあギャグシーンの扱いだろうし、そこツッコむのも野暮かなとも思うんですが。
理波ちゃんはその辺りの判断がシビアなので、まあこうなります。