ぴくり、と顔の筋を少し動かしながら、トガが立ち止まる。これに合わせて、峰田も足を止めた。
「ど、どうかしたのかよ?」
「……峰田くん……」
見上げてくる峰田の名を呼びながら、トガが軽く身構える。
「……ヴィラン連合が、来ちゃったのです」
「……は!?」
そして放たれた言葉に、硬直する峰田。
「そ、それって、アイランドとかでやってた探知で……?」
「はい」
「確実なやつじゃん! なんでだよ!? 万全を期したはずじゃなかったのかよォ!?」
「まー黒霧さんの“個性”ならどこにでも出てこれるってことでしょーね」
早速取り乱し始めた峰田に、肩をすくめるトガ。
「……だから、早く逃げよ? まだ来たばっかりで、この辺にはいないみたいなので」
「お……おお! そうだな! それがいい!」
だが、次の瞬間である。
悲鳴が。
二人分。
「――……っ!?」
「? 今の……」
聞こえた。
「お茶子ちゃん! 透ちゃん!」
「おいトガ!? 逃げるんじゃなかったのかよォ!?」
***
森が揺れる。木々がなぎ倒される。
同時に、チェーンソーとドリルの音が響き渡る。
だから気づけた。だから動けた。
「……ッ、かがめ八百万ッ!」
「きゃっ!?」
同じ組となった八百万の前に躍り出た切島は、既に自らの“個性”を発動していた。
硬化。全身を金属にも劣らぬ超硬度のものへと変ずる力。
それを発動させた切島の身体に、猛烈に回転するチェーンソーが叩きつけられた。不快な金属音と共に、火花が飛び散る。
「ぐう……っ!」
凄まじい膂力で行われたそれに、切島の身体は耐えられず吹き飛ばされる。だが、致命傷は完全に回避した。
「切島さん!」
「だ……大丈夫だ……! 俺ァ硬さじゃ誰にも負けねぇ……!」
しかし、身体の一部は欠けていた。それだけ凄まじい攻撃だったのだ。
そしてそれは、攻撃の主にとっては渾身のものでもなんでもなく。
ただ日常の何気ない動作の一つであるかのように、再度チェーンソーが振るわれる。
「そんな……これって……!?」
「USJにいた……! 脳無……!?」
それは、脳がむき出しになった異形。それぞれに武器がついている腕のような触手を複数、背中から生やしている異形だ。
「ネホヒャンッ」
脳無。ヴィラン連合が擁する、生物兵器。
それが、うつろで意味を持たない鳴き声を上げながら、切島と八百万の前に迫っていた。
***
「痛ぁい!?」
きびすを返し、元来た道を戻ろうとしていた青山は、隣にいた爆豪に突然蹴り飛ばされて悲鳴を上げた。
彼はそのまま森の茂みの中へ突っ込み、地面を転がる。
「いきなり何するのさ……ッ!?」
そうして、なんとか立て直して顔を上げた彼が見たものは。
暗い森の中でも、不思議と存在感を放つ剣。赤い閃光をまとった少女によって振るわれたそれは三日月を描くように空を切り裂き、次いで周囲に突風を巻き起こして見せた。
直後、爆発が起こる。爆豪の“個性”だ。迷うことなく一直線に、少女に叩きつけられる爆発。
入った。青山にはそう見えた。
しかし、それは簡単に回避される。まるでそれが来るとわかっていたかのように、あっさりと。
少女――死柄木襲が、にたりと笑う顔が。文字通りの返す刀で爆豪を切り裂こうとするヴィランの顔が、青山にははっきりと見えてしまった。ヒッ、と息が漏れる。
「オマエらはお呼びじゃないんだよ……ほらぁ、さっさと死んじゃえッ!」
「ハッ、てめぇがな!」
猛烈な爆発が巻き起こり、襲を襲う。それを防ぐために剣を引けば、剣を吹き飛ばすような位置関係で。
どちらを選んでも、不利になる状況。それを強いた。激しやすい性格に見えて、正確に状況を把握できる爆豪だからこそのとっさの妙技。普通の人間であれば、間違いなく何かしらを捨てなければ大ダメージを受ける状況。
だがしかし、そう。死柄木襲は普通の人間ではない。
「ざぁーんねーん……でしたぁーっ!」
「ぐうッ!?」
赤い閃光。同時に、突き出される手のひら。
極小の生物によってもたらされる神秘が、斥力を生み出し爆豪の身体を襲った。彼は爆風もろとも吹き飛ばされ、地面に勢いよく転がる。
転がりながらも、起き上がることができたのは彼だからこそ。途中で小さい爆破を起こして身体を跳ね起こすと、踊るようにして立ち上がって見せたのだ。
そうして改めて襲と正面から対峙した爆豪の顔には、確かに危機感が漂っていた。
「てめぇ……その力は……」
「? ああ……そっか、そーだよねぇ、知ってるよねぇ。あのチビと同じクラスだもんねぇ……体育祭ぃ、
「……ッ!!」
手の中で、小刻みに爆発が連続する。
怒りが爆豪の中を支配……しない。全身を駆け巡ったが、しかし支配には及ばない。
怒りながらも冷静に。冷静ながらも怒りを忘れずに。
超えると定めた相手からの助言を踏まえ、努めて行われているそれは、シスの極意とも言えるもの。
しかし本来であれば、フォースはバランスの取れた状態を最良とする。そこに善も悪も、光も闇もなく、二つの感情による均衡もまた同様である。
そうして均衡は調和を。調和は安定を。安定は盤石を生むのだ。
シスはその上で、盤石を踏み砕いて攻撃を行う。だからこそ彼らは限界を超えた攻撃力を発揮し、結果として己の身すらも破壊する。ゆえに彼らは暗黒面と呼ばれる。
しかしそうしないのであれば。
均衡状態を維持し続けることができるのであれば。
フォースは光明も暗黒も関係なく、純粋に最大限の恩恵を約束する。
「死ねぇッ!!」
「あははっ、そっちが死んじゃえばぁ!?」
先ほどとは真逆のやり取り。
かくして、戦いは加速していく。
***
恐らくはバクゴーのものと思われる爆音が不規則に響いてくる中、マンダレイの“個性”である「テレパス」によって、ヴィラン連合の襲来と戦闘許可は遅滞なく全員に通達された。これで森の中にいるB組の面々は、自衛手段を得られたわけだな。
そうこうしているうちにも、我々生徒はイレイザーヘッドとプッシーキャッツの虎によってマタタビ荘へ避難するように誘導される。
私はそうしている間にも索敵を続けつつ、森の中にいるB組の面々を救助するために出撃したマスター・ブラドキングに敵の位置や動きをテレパシーで伝えていた。同じようにして、森の中の生徒たちが敵に遭遇しないよう、細心の注意を払いつつテレパシーを続ける。
既に敵と遭遇してしまった……あるいは敵の動きが速すぎて遭遇を回避できなかったものもいるのは悔しい。なんとかして彼らを無事に生還させなければ。
そう思いながら、集中し続けていたからか。
ミドリヤが血相を変え、列から離れて行くのに気づくのが遅れた。
「緑谷くん!? 待ちたまえ、どこへ行くんだ!」
イイダが制止の声を上げるが返事はなく、ミドリヤの身体が森の中へ消える。
私もそちらへ目を向けたが、既にミドリヤの姿は視認できなくなっていた。
「どうした飯田!」
と、そこにイレイザーヘッドがやってきた。
「相澤先生、緑谷くんが一人で森の中へ行ってしまって!」
「……は?」
これにイレイザーヘッドは信じられない、と言いたげに目を見張った。私も同感だ。
だが、ミドリヤはかくも短絡的な男だったか? 私が知る限り、むしろ彼は冷静に分析を重ねて対処するタイプのはずだが。
もちろん、彼の気持ちもわからなくはない。戦闘力を持たない五歳児が一人、ヴィランの近くにいるなど危険すぎる。助けに行くべきだろう。
しかし、わかるからといって今回の彼の行動は一切褒められない。
これは感情とは別の話なのだ。一人の勝手な行動が……特に統率者の命令を無視して動いてしまえば、全体にほころびを生むかもしれない状況なのだから。
「マスター。ミドリヤはコータを助けに行ったようです。恐らくコータの居場所を、自分以外知らないからと」
そして私の説明に、イレイザーヘッドは乱雑に頭をかいた。
「……あんのバカ。ただでさえ人手の足りてないときに勝手に動きやがって……!」
お前はオールマイトじゃないんだぞ、と締めくくったイレイザーヘッドの顔は、ひどく渋い表情に染まっていた。
「相澤先生、人手が足りないなら我々生徒も戦ったほうがいいのではないでしょうか!?」
「イイダに同意します。私なら、施設にコスチュームもあります。私は万全に戦える」
そう言いつつ、私が前線に出るべきではないとわかっているし、するつもりもないのだが。
「……ダメだ。さっきの戦闘許可はあくまで自衛のため。お前らを前線に出すためのモンじゃねぇ。特に増栄……お前のことだ、今も広域を索敵しつつ情報をあちこちに伝えてるな? 最年少で資格もないお前にそれだけの負担を強いてるだけでも俺は教師失格なんだ。これでさらに前線に出すのはどうしても許可するわけにはいかねぇんだよ」
「先生……しかし!」
イイダが言い募るが、私はイレイザーヘッドの考えには納得している。
それに、自衛云々とは別に、私は行かないほうがいい。イレイザーヘッド流に言うなら、非合理的なのだ。私が前線に出ることは。
彼が言った通り、私は今も並行して、脳無と遭遇してしまったらしいキリシマとヤオヨロズのところにブラドキングを誘導している。また、ヴィランたちを避けて引き上げるよう、B組の面々も誘導している。これらはそれこそ、脳無との戦闘中には絶対に不可能なことだ。
だから私は、戦いに行くわけにはいかないのである。
「……!?」
そのさなか、私はまったく同じ気配が
敵の“個性”か。
後者だとしたら、状況は最悪に近い。あらゆる敵が無限に出てくることになる。
それをイレイザーヘッドに伝えたところ、彼は渋かった顔をさらに歪ませて、舌打ちを漏らした。思わず、と言った様子だった。
「……増栄、緑谷はどこだ? どっちに向かってる?」
「あちらです。あの方向にまっすぐ。そこにコータがいます」
「わかった。……プッシーキャッツの皆さん! 俺は洸汰くんを保護するために少しこの場を離れます。それまで生徒たちを頼みます」
「任せておけ!」
「了解!」
「イレイザー、あの子をお願い!」
イレイザーヘッドの言葉に三者三様の返答をするプッシーキャッツ。
それを確認したイレイザーヘッドは、最後に我々A組のメンツをちらりと一瞥する。
「……飯田。ヴィランがここまで来たら……委員長として、全体を統率しろ。増栄、絶対に無理はするな。くれぐれもプッシーキャッツの皆さんの邪魔にならんように。わかってるな? 過度な戦闘は控え……」
「はい、あくまで自衛に徹すること、ですね? 了解いたしました!」
「了解」
そしてイレイザーヘッドは、私たちの答えを聞くと同時に駆け出して行った。
彼と入れ違いに、ジローとトコヤミが戻ってくる。どうやら二人は問題なく無事のようだ。出発してほとんど間もないから、それだけ余裕があったのだろう。
そんな二人をこちらへ誘導するプッシーキャッツの面々だが、マンダレイは他の誰よりも緊張の面持ちだ。血縁であるコータが心配なのだろう。あるいは今、まさに彼へテレパシーを飛ばしているのかもしれない。
……私も、先ほどから定期的にヒミコにテレパシーを飛ばしているのだが。何度やっても返事はない。
正確に言えば、返事はなくとも強い怒りは伝わってくる。激怒と呼ぶのもおこがましいほどの憤怒である。
彼女がそこまで怒髪天をついているということは、彼女の近くにいるウララカとハガクレに何かあったのだろう。それが何かはわからないが、同時に敵の気配も近くにあるので、原因はそういうことだろうな。
問題はその敵の強さである。現時点で脅威と明確に言い切れるものは脳無とカサネだが、それ以外にも手練れがいてもおかしくない。あるいは全員か。
いずれにせよ、ヒミコは二番手で出発した。それも一人ではない。何事もなくこちらに戻ってくるにしても、もう少し時間がかかるだろう。
「……無事でいてくれよ、ヒミコ……」
イイダが陣地を固めるように指示を出し、初日の行軍のような配置を作ろうとしているところを尻目に。
私は思わず、そうつぶやいていた。
***
「あーあ、行っちゃった。あのさぁ……脳無? と、マスキュラーとムーンフィッシュはまあ置いとくとしてもだよ? 仮にも現場指揮官が、真っ先に最前線に突っ込んでくのってどうなんだろうね?」
「あら、そういう指揮官もいるわよ? 襲ちゃんはそのクチね。確かに何かあったとき士気がガタ落ちするけど……強い指揮官が最前線で活躍する姿は、味方にとって心強いものよ」
「そうかなぁ? 僕にはただの私怨に見えるけど?」
「ま、そうとも言うわね」
ガスマスクの少年の言葉に、女言葉の巨漢は肩をすくめる。
「彼女はステイン唯一の弟子。だが、本当に彼の薫陶を受けていたのかどうか……見せてもらおうじゃないか」
それに続く形で、爬虫類の姿をした青年が口を開く。ぎょろりと動かした瞳の先は、暗い森があるだけだが……彼には最初に飛び出していった連合の副指揮官の姿が見えていた。少なくとも気分の上では。
「「行くぞ」」
彼の後ろから、焼けただれた肌の青年が二人。言いながら出てくる。
その背後には、彼らとまったく同じ姿の青年……と、全身スーツを纏った男。
「せいぜい派手に暴れて来いよ、
「言われなくとも」「わかってる」
三人もの同一人物の会話を節目に、彼らも動き出す。
逆襲は、始まったばかりだ。
青山優雅、再び。
いや、あれなんですよ。色々考えた結果、爆豪の相方を彼にするしかないなって判断した結果なんですよ。
まさか当初の考えに反してこんなに登場させる機会があるなんて・・・と思ってましたが、どうもボクはああいう我の強い我が道直進系のキャラが好きらしいです。
と、いうことをテイエムオペラオー育てながら思いました。今後ももしかしたら青山の出番が増えるかもしれません。増えない可能性も十分あるけど。
それと荼毘が増えてるのは原作同様トゥワイスの個性ですが、原作と異なり増やす数が増えています。
ただしこれは、一応原作設定に準拠したものになります。
トゥワイスの個性「二倍」は、一つから最大二つを増やすというものです。
二倍と言いつつも1を2という倍の値にするのではないので、対象となるオリジナルを含めると全部で三つまで増やせるわけです。
まあその設定が開示されたのは時系列で言えば十二月で、八月頃の合宿編では一人しか増やしていないし、二人増やせるなら最初からやらない理由がないので、たぶんこの段階ではそこまでできなかったんじゃないかとは思います、が。
成長したからできるようになったという描写は一切ないので、本作ではこの時点でもできるものとして考え物語を進行させます。あらかじめご了承ください。
合宿編の段階では堀越先生もそこまでトゥワイスの設定を練り込んでなかったんじゃないか、というのは禁句だよ☆