トガちゃん大好きなんですけど、彼女の魅力を半分も引き出せていない己が恨めしいぞォ・・・!
「仲良くなれば監視なんてしなくても済むだろ? それに何かに悩んでいるなり、憎んでいるなりするなら、向こうからそれを開示してくれるかもしれない。こっちからそこに踏み込めるタイミングが来るかもしれない。まだヴィランになっていない相手なら、それで悪の道に行かないように留め置ける可能性があるじゃないか」
なにゆえに?
そう問い返したところ、返ってきた答えがこれである。
「罪を犯したヴィランを捕まえるのがヒーローの仕事だが、彼らには何かしら罪を犯す理由がある。その多くには、やむにやまれぬ事情があったりするもんだ。なら、その理由になりそうなことがあったら、事前に摘み取ってやるのもヒーローの仕事だと俺は思うんだよ。で、そういうのは健全な人の繋がりがあれば、解決するものが多いからな」
――だから俺は、積極的に檀家さんと仲良くするんだよ。
そう付け加えて、父上はにっと笑った。
父上が元プロヒーローであることは知っていたが、よもや今現在でもそれに準じたことをしていたとは。
父上が言うには、人の心に寄り添い、その闇を救い上げ、道を踏み外さないように支えること。それこそが、宗教家のあるべき姿なのだという。それはヒーローにとっても重要なことだと。
その観点で言えば、トガのケースは暗黒面から引き戻すこと自体はできずとも、凶行に走らないように引き留めることはできる可能性が高いのだとか。少なくとも、今はまだ。
もちろん、そのためには彼女が何を考えていて、どのような欲求を心の内に隠しているのか、一定以上の確度で知る必要はあるが。
しかしだからこそ、仲良くなるのだと、父上は改めて結論を言った。そうすれば、相手のことを知ることができる。相手のことがわかれば、取れる選択肢が増える。さらに、言い方は悪いかもしれないが、情で縛っておくこともできるようになるかもしれない、と。
特に、何らかの理由で今の生活に息苦しさを覚えているような……今の社会に馴染めないでいるような、普通になれないからこそ罪を犯すタイプには、それが効果的なのだと。
……情で犯罪を起こさせない、こちら側に引き留める、という考え方は、正直目から鱗であった。確かに、起きた犯罪を取り締まるよりは、最初から罪を犯させないほうが効率はいい。犯罪件数など、少ないほうがいいに決まっている。なるほど、であった。
もちろん、一度距離を縮めるからには、一生友人としてやっていく覚悟、何より彼らが罪を犯したときは責任を持ってとめる覚悟が絶対に不可欠らしいが。
そこは当然であろう。ある程度仲良くなったからさようならでは、あまりにも不義理すぎる。
「これは俺の個人的な意見なんだがな」
「?」
そうやって話を聞く中で、父上は珍しく自分の過去について少し語ってくれた。今までとは異なり、つぶやくような声だった。
「寺の息子だったからかな。俺は、ヴィランも助けられるヒーローになりたかったんだよ。罪を犯した人間が、みんな絶対悪だなんて思いたくなかったんだ。実際、調べてみれば生まれつき社会に馴染めない少数派で、社会からあぶれてしまったからこそヴィランにならざるを得なかった人たちはそれなりにいる。貧困が理由の人も、育ちに問題があった人だって。
もちろん、悪だと断じるしかないような人だっていたけどね。でも、そういう人たちを含めたすべての人を助けたかった。彼らの心を救って、平和な世界を実現したかった。他ならぬお釈迦様のようにね」
しんみりとした語り口に、私は口を挟まずただ耳を傾ける。
「だけど、生まれ持った気質や環境で悪になるしかなかった人であっても、戦わなければならないときは必ずある。助けようとして手を差し伸ばして、裏切られることだって。
……それでも、そういう人でさえ助けられる、どんな人でも助けられるのがヒーローだって、子供の頃は無邪気に信じていたんだ。……実際のヒーローは、そんな理想的な存在じゃ決してなかったけどな」
そう言って、父上はやけにわざとらしく自嘲した。
だが、きっとそれが、父上の原点なのだろう。宗教家の一族に生まれて、それでもヒーローを志した根本は、きっと。
元より、父上は光明面の極みのような気配がする人であった。もしも彼がフォースユーザーであれば、まさにジェダイマスターに相応しいと言えるほどに。これほど光明面に寄った内面の持ち主は、そうそういるものではない。
その確信は、父上の言葉を聞いてより強くなった。
「そういうわけでな。俺はその女の子のことも、助けられるなら助けてやりたい。まだ何かしたわけじゃないんだろ? それなら……なあ?」
そして、どこか困ったような笑みを浮かべながら、父上は私に言った。
彼の目指していたものは、確かに理想がすぎるかもしれない。現実では、きっとできなかったことのほうが多いだろう。あるいは、絶対に不可能という可能性だってある。
しかし、確かにそうだったらいいなと、素直に思える理想であった。
罪を起こさせないと一口に言うが、力でもって抑止するわけでも、内心の自由を縛って抑止するわけでもない。
相手の心を救うことで、抑止する。それで犯罪を減らせるのなら、それはなんと平和的で、調和に満ちた方法であろうか。
「はい、私もそうしたいと思いました」
だから私は、自分でも不思議なくらいするりと、そう答えたのであった。
***
しかし世の中ままならぬもので、なかなか件のトガに近づくことができないまま月日は過ぎて行った。やはり、学年が違うということは、接点を作りづらい。
しかも私が通う中学校は三年生とそれ以外で校舎が違うため、ただ一人の会ったこともない人間と会うために入るのも難しかった。
そうこうしているうちに、あっという間に卒業式の日がやってきた。
……言い訳のように聞こえるかもしれないが、父上から話を聞いて私がなんとかしようと思ったのは、二月頭だ。そこから卒業式まで一か月もなかったため、本当に機会がなかったのである。
まあ、それはさておきだ。
私は一年生だが、飛び級して来年度は三年生となる予定のため、その日は他の二年生に混じって卒業生を送る側の席にいた。
式自体は、特筆すべきところはなかった。トライアルに合格したジェダイが、昇格する際に執り行われる儀式のようなものもなかったので、私としては拍子抜けであったが。
ともあれ、今日が最後の機会だからなんとか都合をつけなければと考えていた私は、卒業式がすべて終了したあとはトガに声をかけるべく片付けの手伝いもそこそこにそっと会場から抜けていた。
だがそこで、トガの様子が急変した。暗黒面の帳が急拡大したのである。
それをフォースで感じ取った私は、元々彼女を探していたこともあって、急行することにした。
幸い、私の身体は”個性”とフォースの合わせ技により、余人を圧倒的に上回る身体能力を発揮できる。トガが何か事を起こすよりも前に、彼女の前に立つことができた。
「?」
いきなり現れた私に、小さく首を傾げるトガ。その仕草は小動物のようで、見目の整った少女であるトガがやれば、とても愛らしい。
しかしその顔に浮かぶ笑みは普段以上にわざとらしく、「普通に埋没しているように見える仮面」は明らかに外れかけている。
その仮面は、最悪外れても構わない。だが、覚悟だけはさせてはならない。
覚悟……そう、闇の中に自ら呑まれる覚悟だ。自らの意思でそれをしてしまえば、もはや彼女はこちらに戻ってくることはないだろう。であれば、なおのことここで引くわけにはいかない。
「トガさん。何をしようとしていますか?」
「……?」
「その隠し持ったカッターナイフとストローで、何をしようとしていますか?」
「……っ」
トガは私の指摘に、反射的に身体を硬くする。
しかしすぐに取り繕ってみせた。彼女がそれなりに動揺したからこそそうだとわかったが……私に前世の経験がなかったら、見抜くことが難しかっただろう。
それほど完璧に近い擬態だった。そこから、いかに彼女が己を殺し偽ってきたか、その期間の長さが窺える。
だからとて、ここで見なかったことにするなどあり得ないが。
「なんのことです?」
「隠しても無駄ですよ。私にはあなたの大まかな思考がわかります。そう……あなたは今、無性にサイトウの血を吸いたいと思っている。首を切り裂いて、ストローを当てて、『チウチウ』と」
「……っ!?」
この至近距離で、一度動揺したからにはフォースは簡単に通じる。普段はフォースといえどここまではっきりと心の奥底を見通せるわけではないが、今見せた動揺はその不可能を一瞬とはいえ可能にした。
だが、この指摘を受けたトガは確かに再度動揺した。……確かにしたのだが、今度は一瞬でそれを鎮めてみせた。
と同時に、表情の抜けた顔で猛然と襲いかかってくる。その手では、カッターナイフが窓から差し込む光で鈍く煌めいていた。
そしてそれを振るう挙動に一切の迷いはなく、完全に獲物に狙いを定めた猛獣のそれであった。仮面は、もはや完全に外れてしまったと見ていいだろう。
だが、まだ間に合う。彼女はまだ、誰も手にかけていない。
そして私はジェダイ。ごくごく直近の未来予知はお手の物であり、特にフォースユーザーでないものが相手となれば、絶対的なアドバンテージがある。
ゆえに私も、最小限の動きでトガに応じる。放たれる刃を戦いの術理によってセンチ単位にさばき、身体を泳がせる。
と同時にその手をひねり、フォースと共に床にねじ伏せた。
「あ……っ、ぐ……!?」
「残念ですが、私にそうした攻撃は通用しません」
「は……っ、な、して……!」
「できません。離したらあなた、私はもちろんサイトウのことを害しに行くでしょう?」
言いながら彼女を拘束する。傍目には、私のどこにそんな力があるのかと首を傾げる状態だろう。
しかし感情が高ぶっているからか、トガもかなりの力を振り絞っている。恐らく同年代の、技を持たない人間では即座に投げ出されるだろう。
「あなたがやろうとしていることは犯罪です。それを見過ごすわけにはいきません」
「……ッ、私の……っ! 私の何がいけないって言うの……!? 私はただ、普通に生きてたいだけです……!」
鋭い視線が、わずかに私に届く。この星の現状、下手したら本当に視線だけで人を殺せそうな視線だ。
しかしここでこう言うということは、やはり彼女は社会の普通から黙殺されてしまった人間なのだろう。どうしても同情の念を覚えてしまう。
だが深く考えるまでもなく、このまま行けば彼女は犯罪者一直線。見過ごすわけにはいかない。
とはいえ、ただ頭ごなしに否定するだけでは、ここで彼女の行動をとめたとしても、いずれまた同じことが繰り返されるだろう。必要なことは、再犯の芽を摘むこと。いい意味で次に繋がるようにすることだ。
だから私は、言葉にフォースを乗せて話しかける。これで言葉は、力を持つ。額面以上の説得力が乗る。
「……なら問いますが。あなたはサイトウから血を吸うに当たって、当人の同意を得るつもりがありましたか?」
「何言って……っ!」
「なかったですよね? だから犯罪だと言ったのです。たとえどんなことであっても、相手から同意をもらうことは必要なことです。愛を交わすための最たる行為に性交渉がありますが、それとて相手の同意がなければ強姦という犯罪なのですから」
「……あ」
トガの目が丸くなった。その発想はなかった、と言いたげな目である。
なかったのか……。いやしかし、どうやらまだなんとか冷静さを残していたようだ。説得をするには今しかあるまい。
私はフォースを乗せた言葉を続ける。
「恋愛は……と言うほど、私に経験はありませんが。しかし知識の上では、恋愛というものは何より両者間の感情のやり取りであり、それは双方向のものだと聞いています。ならば、好きな相手だからといって、なんでもやっていいわけではないのでしょう? そこに加害行為や求愛行為の別はないと思いますが」
そこにそう続けたところ、トガは視線を落として黙り込んだ。
しばしそうして、何やら考えていたようだが……。
「……でも、だって、人の血を吸いたいって、普通じゃない、らしいんです。同意があっても。おかしいですよね、私はこんなに
「私は別に構いませんが……まあ、大多数の人はそう思うでしょうね」
「……?」
私の言葉に、トガがぐりんとこちらを向いた。両者の位置関係から、完全に向けられてはいないし、ここまでしてもまだ私の全身を視界に収められたわけではないだろうが。
「……いま、なんて?」
「大多数の人はそうでしょう、と」
「じゃなくて! その前です!」
「私は別に構いませんが」
「それ!」
みしり、と骨が軋む音がした。私の拘束を、無理やり引き剥がそうとする音だ。
それでもトガはいとうことなく、ただ私に目を向けることに集中していた。いや、それ以外のことは気にならなくなっているのか。
「いいの!? チウチウしても!?」
「それがあなたなりの愛情表現なのでしょう? いきなりされるとか、喉を切り裂かれるとか、そういうのは勘弁願いますが……順序立てて場所を選んでいただければ、いくらでも」
トガの目が、さらに丸くなった。先程と似たような経緯とはいえ、そこにある感情はかなり方向違いだろうが。
しかし、私には彼女を引き止める方法がこれしか思いつかなかったのだが、てき面のようだ。そこまで血に飢えていたというのだろうか。それほどまでに抑圧されていたのだろうか。
私には、彼女の気持ちを正確に推し量ることはできないが……きっと、それはつらいだろう。……あるいは、私にそう思われることも、彼女にとっては余計なお世話かもしれないが。
「そこまで多いかはわかりませんが、好きな人にされるなら……と受け入れてくれる人もいると思いますよ。その……痛いのが好きだという人も、少数ながら世の中にはいるらしいですし」
「ほんとう?」
「直にこの目で見たわけではないので断言はしかねますし、私がそうだとも言いませんが……ただ、あなたが悪事を働き、何人もの罪のない人たちを殺める未来を防げるのなら、私は多少斬られようが血を吸われようが気にしません」
そしてそう言うと、トガは目に見えて嬉しそうな顔をした。
「そんな人、現実にいるんですか。そっか……そっかぁ!」
そのまま彼女の顔が上気する。まさに恋する乙女という表現が似つかわしい、花のような顔になる。
……花、というにはやや壮絶ではあるが。しかし、これがきっと彼女の本当の顔なのだろうな。
そう思った私は、彼女の拘束を解いた。すると、彼女はすぐさま身体をよじらせながらもくるりと回り、私と正面から向かい合う形になる。
「わあ、カァイイ!」
「はあ、それはどうも。あなたも……とても、かわいいと思いますよ」
「本当!? よかったぁ……よかった! あ……そうだ、私トガです!
「マスエ・コトハです」
「マスエさん! ありがとねぇ、私もうちょっとがんばってみます!」
「……告白しに行くんですか? ええ、健闘を祈っています」
「うん! じゃあ、バイバイ!」
そしてトガは、最初からは考えられないくらいの気安さを見せながら、飛び出していった。その直前、フォースプルでカッターナイフを回収しておく。念のためだ。
なんというか、嵐のような……というか、コロコロと顔を変える少女だった。破天荒というか、支離滅裂というか。思わずため息が漏れる。
だが、私がついたため息はそういう理由のものではない。
私にはわかるのだ。ここ最近彼女になんとかして近づこうとしていたからこそ、彼女が想いを告げようとした相手に、「そういう気」がないことが。
振られるであろうことがわかっていながら、いけしゃあしゃあと「健闘を祈る」などとうそぶく己に軽く自己嫌悪を覚える。
「……私も行くか」
結末は想像できる。なればこそ、まだ終わっていないとわかっている。
だから私は直前に抱いた気持ちを押し込めると、トガを追って部屋を出た。
ボクの作品では別作品でも仏教関係者が主人公の精神面に大きな影響を与えていますが、偶然でもなんでもなくこれはボクが仏教系の学校に通っていた影響が大きいです。
まあ、ボクにとって仏教は哲学って認識なんですけどね。
それはともかく、トガちゃんが一般人としての生活を捨て、蓄電した日に介入です。
彼女が素直なのは、主人公の声にフォースが乗ってることに加え、トガちゃんがまだ完全にはヴィランになってないからですね。
もう本当に限界寸前のところで、「私斬られてもいいですけど」ってやつが現れたから、ってのもある。