この場の戦いは、ピクシーボブの身体が突如としてすさまじい速度で引っ張られていったところから始まった。
フォースによる危険察知や先読みは、主に自らへ迫る危機や向けられている敵意に反応する形で行われる。そのため私は、彼女が引っ張られることに気づくのが遅れた。
急いで彼女にフォースプルをかけたが、それでもあれこれ並行している中では空中で制止させるだけで手いっぱいであった。
とはいえ彼女もプロである。一瞬取り乱したが、引きずられるのがとまればすぐさま冷静に周囲に気を配ることができていた。
このおかげもあって、次に襲ってきた青い炎も“個性”によって見事に防いでいた。足元から盛り上がった土――もちろん彼女の“個性”だ――がかろうじて彼女を守り切ったのである。
土の壁によって炎だけでなく、ピクシーボブを引っ張る力も途切れたらしい。彼女はその場に降り立ち、まさに猫のような身のこなしで他のメンバーの近くにまで戻ってくる。
「来たか!」
これに応じる形で虎が声を上げ、マンダレイともどもそちらに身体を向ける。
「あーらら、バレちゃった。さすが、プロ名乗るだけはあるってことかしら」
そんなプッシーキャッツたちに応じたのは、男の声。身長と同じくらいの長さの、布に包まれた何かを肩にかついだ男である。それが森の中から現れた。
彼の隣には爬虫類のような身体の青年と、身体の大半の肌が焼けただれた黒髪の青年が並ぶ。
中心に立つ男の顔は、見覚えがある。確か指名手配されていた。マグネ、というヴィランネームも与えられた、かなりの犯罪者であるはず。
他二人は初めて見る。しかし少なくとも黒髪の青年は、要注意かな。爬虫類の青年のほうは、逆に大したことがなさそうだが。
「ご機嫌よろしゅう、雄英高校! 我らヴィラン連合開闢行動隊!」
私の思考をよそに、次に口を開いたのはその爬虫類の青年である。両手を広げ、自分たちを見せつけるようにして声を張り上げた。
「我々は見定めに来た! 君たちが、果たしてヒーローの器たるかどうか! ステインの示した『正しきヒーロー』に相応しい存在であるかどうかを!」
さながら演説するような彼の物言いに、実際にステインと対峙したことのあるイイダが顔をしかめる。
「ステイン……!? あてられた連中か……!」
なるほど言われてみれば、爬虫類の彼が顔に巻いている包帯はステインのそれによく似ている。
あてられた、とは言い得て妙だな。ステインの姿を模倣しているが、そこに青年自身の思想はまるで感じられない。見た目も含め、文字通りあてられた輩だろう。
だが当人は、イイダの言葉にどこか嬉しそうに口端を歪めた。
「ああ、君! そこのメガネ君、そう君だよ! 君は合格だ! ステインが問題ないと認めた君には、ひとまず今は手を出さないと約束しよう!」
「はあ……?」
イイダのみならず、周りの大半の人間が何をバカなことを、と言いたげに顔をしかめる。
しかし青年はこれを意に介さず、イイダから視線をずらした。他のクラスメイトたちにだ。
と同時に、背負っていた剣……いやあれは剣ではないな。多種多様な刃物を雑多に、そして乱雑にひとまとめにした虚仮威しだ。見た目だけはそれなりにインパクトがあるが、それだけである。
ともかく彼はそれを引き抜き、イイダを無視する形で我々生徒に切っ先を向けてきた。
「だが他の連中はどうかな? ……おっと、申し遅れた俺はスピナー。ステインの夢を紡ぐものだ!」
そうして名乗った彼の隣に、黒髪の青年が並びなおす。
「同じく、荼毘」
情熱的なスピナーの言葉に対して、ダビと名乗った青年のそれはひどく端的で、また冷めていた。まるで感情がないような言葉。
しかしそこには、スピナーにいやいや付き合っているという様子は見えない。単にダビがそういう性格なのだろう。……あるいは、彼の心に瑕疵があるようにも見えるが、それはともかく。
問題はそこではない。
「そして私はマグネ。私は別に紡がないけど。ま、ともかくよろしくね?」
記憶通りの名を表明した男でもない。
問題は、
「――トドロキ、我々の後ろに氷壁を!」
「! ああ!」
『うわぁっ!?』
そしてそこから繰り出される、特大の青い炎だ。
「なんだ、バレたか」
溶かされた氷壁。水となって崩れるその向こうから、ダビの姿が現れる。
「何バレてんだよ、俺」
「仕方ないだろ。例のチビは未来が見えるんだろ?」
「それもそうか」
「で? そのチビを抑えるはずのプッツン女はどこだ?」
「俺が知るかよ」
前と後ろで、会話する二人のダビ。
この姿に、周りがにわかにざわつき始める。
敵が増えていることは事前に説明しているが、ダビが二人いて、それが炎を扱ったということは、恐らく「増える」のはまた別のヴィランの“個性”。
クラスメイトはみな雄英に受かるだけのことはある俊英であり、この予測に多くのものが辿り着いたのだろう。現状はかなり悪い、ということに。
しかしそれはともかく、今はここを乗り切るしかない。
プロは三名。これで四人のヴィランを相手取る。しかもうち二人は広範囲に炎をまき散らせるタイプ。
これは明らかに分が悪かろう。鍵となるのはピクシーボブだが……。
「!? お、おいあれ……!」
「火事ね……!」
周囲の森から、火の手が上がった。思わずそちらにちらりと目を向ければ、炎を背にする形でキリシマとヤオヨロズがB組の三人と共に戻ってきた。
だがカミナリとツユちゃんは彼らとは別のほうを向いて声を上げている。つまり火は複数個所で発生しており……深く考えるまでもなく、ダビの仕業だろう。
となると、彼の炎に対抗し得るピクシーボブはそちらに手を割く必要性が出てくる。他に大規模な消火活動を代行できる“個性”の持ち主がいないのだ。今はラグドールが向かっているようだが、彼女一人ではこの規模の火事を消すのは不可能と言っていいだろう。
やはり先手を取られたことが痛いな。しかもその一手で、同時に複数の選択肢を叩きつけられた。
……と思っていたが、ヴィラン連合の四人は少し意外そうにしている。思っていたよりもだいぶ早い、と言いたげに。
これに私が内心で首を傾げたが、そういえば先ほどから何度も爆発が聞こえていた。つまり、
だが無理もない。何せ彼が今対峙しているのは、あのカサネなのだから。
***
爆豪勝己と死柄木襲の戦いは、余人がほとんど介入することができぬほどの激しさでもって行われていた。
爆破の“個性”は遠慮なく使われており、大きな音と衝撃、それに爆風が森の中を吹き抜ける。もちろん周囲の木々は悲惨なことになりつつあるが、そうしなければ襲の猛攻をしのぐことはできないのだから正当防衛であろう。
何せ襲の身体は、“個性”のみならずフォースによっても強化されている。そこから繰り出される攻撃は圧倒的の一言で、当たるどころか近くを通るだけでもダメージになり得る。
最初の攻防だけでそれを見抜いたからこそ爆豪はずっと全力であり、文字通り生きるか死ぬかの瀬戸際にあった。
今もまた、襲の斬撃によっていくつかの木が哀れにも斬り倒された。だが、空気砲とも言うべき衝撃がそれに続く。これがまた厄介で、見えない上に範囲が広く、威力も相応にあるのだからたまらない。
爆豪は空中を縦横無尽に飛び回り、何度も攻撃を叩き込んできたが、その大半は牽制以上の意味を成していない。フォースによる未来予知、先読みがあるからだ。
しかし、彼にはフォースユーザーとの戦いの経験がある。その多くは訓練中の小競り合いのようなものだが、体育祭のそれは本気のフォースユーザーとの全力の戦いだった。
その経験は間違いなく活きていて、だからこそ爆豪は苦戦しながらではあるが、襲に攻撃を当てることに何度も成功している。襲の動きが素人丸出しであったことも、それを後押ししていた。
何より、戦いに没入するかのように集中すればするほど、
それでも。
「……ッ、ああもうっ! ちょこまかとうっとーしいなぁ!」
「チ……ッ!」
攻撃の直後に、狙いすましたような攻撃が振り落とされる。空中、しかも攻撃を放った直後という明確なスキを狙われたことに、爆豪は舌打ちを隠せない。
その攻撃は、横合いから飛んできた青い光線によって一瞬だけ静止させられたことで回避が間に合った。それでも腹が立つことには変わりなかった。
全力で怯えていて逃げることもままならなかったくせに、動けても逃げきれないと開き直ってからはかなり的確な援護をしてくる青山に腹を立てているのではない。一人では危ういであろう場面は何度かあったのだ。己の弱さに腹を立てることこそあれ、青山にそれを向けるべきではないことはわかっている。
では何が爆豪を苛立たせているかというと。
「ったくさーあー!? 雑魚なら雑魚らしく、さっさと死んじゃえばいいのにコバエみたいにさあ!」
「ハッ! 雑魚はどっちだクソガキが! 未来予知ができるくせして何発も喰らってる雑魚は! アア゛ン!?」
そう、ここまでの攻防で爆豪は既に相当な回数の攻撃に成功している。
多くは直接的な殴る蹴るであり、勝負を決めるほどのものではないが……逆に言えば、決勝打になり得る一撃もいくつかは当てている。
にもかかわらず、襲はぴんぴんしている。爆豪のあらゆる攻撃が、まるで効いていないのだ。
いや……正確に言えば、攻撃を当てた直後は効いている。殴打であろうと蹴撃であろうと、そして爆破であろうと、襲は攻撃を受けたらほぼ必ず痛がるそぶりを見せ、実際に怯んで見せる。出血だってあるし、骨が折れる音すら聞こえた。
しかしそれは長くは続かず、なんなら現状、彼女の身体にダメージの痕跡は一切残っていないのである。こんな状態で、舌打ちをしないでいられる人間などそうはいない。
「チッ……! めんどっちーなぁもう!!」
「テメェがなぁ!!」
襲の身体を覆う赤い光の規模が増す。次いでその光が身体の中へと浸透していく。どれだけやっても爆豪をとらえきれない苛立ちが、襲の“個性”を後押ししたのだ。
これこそ彼女に施された
そうしてギアの上がった彼女の動きに、しかし爆豪もまた追随する。
戦闘がうまくいかないことに腹を立てているのは、何も襲だけではないのだ。
もちろん、それで爆豪の“個性”が強くなることはない。ないが……明確な格上との戦いは、これが初めてではない。むしろ慣れたものだ。
だから態度や内心に反して、爆豪の思考は冷静さを保っていた。
そしてそれゆえに、そんな彼の中の冷静な部分は、攻略の糸口を見つけていた。
襲の“個性”が怒りに応じて強化率が上がる増強系の“個性”であることは、既に見抜いている。そして今、その出力が上がってさらに動きがよくなったことも、わかった。
けれども、どこか襲の動きはぎこちない。最初からではない。大きな攻撃を命中させるたびに少しずつ、だ。
最初はろくに戦闘技術を持っていない、子供のケンカ殺法だからだと思っていた。
しかし違う。そんな単純な話ではない。もっと根本的な、
「……ッ!」
「そこォ!」
「あーーーーっっ!! イライラするぅぅ!!」
ほら。
今もまた、襲は一瞬、身体が強張った。全身を引き絞り、攻撃をしかけようとした瞬間だった。
それはまるで、しばらく身体を動かしていなかった人間が、一応はリハビリを終えたもののまだ完全とは言えないときのような。
爆豪の優れた頭脳は、襲のこの挙動が“個性”の反動であると見抜いていた。驚くことに、どれほどダメージを与えても治ってしまう強力な“個性”を併せ持つようだが……しかし、強力すぎるのも考え物だ。何せ、どんな些細な怪我でも治してしまうらしいようだから。
そしてどれほど強力なものであろうと、限界というものはある。ならば、このまま押し続ければ。
先に限界を迎えるのは向こうだ。
ゆえに爆豪は、笑い続ける。物心ついたときから憧れ続けている、ナンバーワンにならうように。
そうして、フォースユーザーでも防ぎきれない飽和攻撃はあるという経験則に従い、一気に攻勢に出る。
体育祭の決勝戦での反省を組み込んだ攻撃。この合宿のさなかに編み出した、出来立てほやほやの技。
「
「あっつ!? こんの……ッ! ふっざけんなよゴミカスがァ!!」
何度も連続して行う爆破ではなく、複数同時に放たれる爆破。器用に、かつ複雑に折り曲げた指を組み合わせて行うことで、文字通り散弾銃のような爆撃を飛ばす技だ。
もちろん、襲の力であれば剣を振り払うだけで防げてしまう。しかし、何回も連続すれば話は別だ。
面を制圧する攻撃を、あちらこちらから連続して放たれればいずれは限界が来る。ただの連続攻撃でも飽和させられることは証明済みだ。それよりも対処の難しい攻撃であれば、その限界は早いものだ。
ゆえに、爆豪は襲のスキを作り出すことに成功した。
「ヘソ野郎! 撃て!」
「……っ、青、山! だよっ!☆」
さらに、襲の身体がまたしても強張ったスキを見て、ネビルレーザーをダメ押しに添えて。
それは剣によって防がれてしまったが、これでいい。この瞬間を、待っていた。
「
「うがああぁぁっっ!?」
かくして、特大の爆撃が襲の腹部に直撃した。
第二試合:ラグドールを抜いたワイプシVSマグネ、スピナー、ダブル荼毘
第三試合:何かに目覚めつつある爆豪feat.逃げきれないと悟って開き直った青山VS晴れて個性二つ持ちになった襲
ファイッ!
書いてて改めて思ったけど、超再生って痛覚も自我もクソもないうえに、不調とか無視して動けるだけの身体能力がある脳無が持ってて初めて真価を発揮する個性よね。