森の一角が、消失していた。爆破によって木々が跡形もなく吹き飛び、クレーターの様相を呈しているのだ。
だがそうしなければ、ジリ貧であった。この光景を作った爆豪勝己とて、不本意な結果だった。何せヒーローは、不用意に周囲を破壊してはならないのだから。こんなものは、到底完全な勝利ではない。
だから、というわけではないが。ともかく、爆豪は大きく舌打ちをした。構えを解くことはなく、警戒を緩めることもない。
一方、直撃の瞬間を遠巻きながら目の当たりにした青山優雅は、色々な意味で生きた心地がしなかった。
だがそれでも。
「おぇ……ッ、かはッ、げほッ、ふざっけんなよ先生……ッ! 便利だけど不便じゃんかコレェ……ッ!」
その腹には、風穴があいている。比喩ではない。彼女の身体を貫通して、その向こう側が見える穴がぽっかりとあいているのだ。
それでも襲は生きている。顔をしかめ、脂汗をかき、血反吐を吐きながら、ぎこちなく……しかし元気に当たり散らしながら。
だが何よりも目を引くのは、彼女の腹にあいた穴が、時間を巻き戻すかのように閉じていくことだ。焼け焦げて黒くすすけ、血にまみれた穴が今まさに、爆豪と青山の目の前で、痛ましくもおぞましい音を立てながら塞がっていくのである。
もちろん、時間は戻っていない。筋線維が、血が、臓腑が、肉が、皮が、次から次へと生成されているのだ。人はそれを、「超再生」と呼ぶ。
「ふざけんなはこっちのセリフだクソが……ッ!」
それを目の当たりにした爆豪は、確信と共に悪態をつく。
気づいていた。わかっていたのだ、戦闘開始からここまで、何度もぶつけたはずの爆破がほとんど効果を発揮していないことは。
そしてそれが、相手の防御力にはよらないということも。己の“個性”が通じていないわけではないということもだ。
だからこそ、爆豪は必殺技を直撃させるという選択をした。そうしなければ、襲の“個性”を限界に至らせることは不可能だと判断したから。
結果はおおむね予想通りと言えた。襲にダメージを与えることに成功し、“個性”を無理やり発動させたことで彼女は確実に限界に近付いた。
しかし、それほどのダメージすらごくわずかなうちになかったことにされてしまうとは。おまけに、襲は戦い始めたときほどではないが、まだ十分戦えるように見える。
想定していなかったわけではないが、これは最悪に近い。
「テメェ……
「ふん……ふふん、さあ、どーだろうね! あはは、ボクってばオマエらみたいな雑魚とは違ってちょぉっと他より色々頑丈だからさぁ、きゃぱしてぃ? が他の人より多いらしくってねぇ。二つかな? 三つかな? もしかしてもっとかもね!」
爆豪の指摘に襲が小馬鹿にするように笑みを浮かべ、それとほぼときを同じくして彼女の怪我が完治した。
見方によってはそれは、神のみ業のようにも見えなくはない、が。
「ば……バケモノ……」
ぼそり、とかすれた声で青山が後方からつぶやく。
彼の言葉通り、化け物と評したほうがより現実に即しているだろう。
「チッ、テメェも脳無ってことかよ……!」
一方、それでも爆豪が怯むことはない。極大の爆破を放ったあとの具合を確かめるように拳を開閉しながら、子供が裸足で逃げ出すような笑みを浮かべる。
気に喰わない。心底気に喰わなかった。
襲の“個性”が、あの煩わしい幼馴染のそれに似ている。身体能力を爆発的に向上させる効果、何よりその全身をいかずちのような光が覆うその見た目が、気に喰わない。
襲の超能力が、あの超えるべき壁のそれと同じ。触れることなく相手を吹き飛ばし、引き寄せる技。何より至近の未来予知による察しの良さが、気に喰わない。
そしてそれら二つの程度が、緑谷よりも理波よりも拙いことが、特に気に喰わない。超能力に至っては、明らかに力不足だ。雲泥の差がある。理波であれば、こうも簡単に何度も攻撃を当てさせてはくれないだろう。
おまけに、戦闘技術も稚拙である。ろくに身体の動かし方もわかっていない、本当にただ暴れているだけのような動き。にもかかわらず、身体能力の高さだけですべての動きが猛威となることが、気に喰わない。
それでも襲が稚拙であるがゆえに。
何より未来予知と身体強化を同時に使いこなす相手との戦闘経験が、恐らく今の日本の誰よりも多いがゆえに、爆豪は彼女を追い詰めることができた。代わりに、周囲の木々への配慮は一切できなかったが。
逆に襲のほうは、今までとは打って変わって爆豪への興味をほとんど失ったように振舞った。
「
ただ、爆豪をもてあそぶようにぺらぺらとしゃべり始めた口を唐突にとめて、明後日のほうに顔を向けた。その耳に、剣を持っていないほうの手の指をあてがいながら。
その姿に、爆豪はますます怒りを募らせる。
「クソガキがぁ……! よそ見してんじゃねぇぞコラァ!!」
そうして爆破を放った……が、それは襲が放ったフォースプッシュによって蹴散らされる。
「グッ!?」
「爆豪くんッ!?」
今までで一番の威力だった。爆風のみならず、爆豪の身体をもとらえたフォースプッシュにより、激しく吹っ飛んでいく爆豪。
その反対側……つまり技をかけた側である襲の顔は、直前までと打って変わって怒りに満ちていた。
その身体に、赤い閃光はない。ないが……しかし、今の彼女は“個性”を使っていないわけではない。
0%か100%。それが彼女の
すなわち今の彼女は――。
「うぅるっさいんだよ、ざぁこ。ボクは今、マジでガチに頭に来てるんだ……!」
――100%だ。
「ああもう……ッ! こんな雑魚ども相手に苦労させられるし、誰も殺せてないし、そもそもあのチビのとこまで行けてないし! それでもう撤収とかほんとありえないんですけどぉ!? コンプレスのバカ! 早すぎるんだよバカ! ついでに弔もばああーーっか!!」
にもかかわらず、襲は語彙力のない罵倒をしながら爆豪たちに背を向けた。そのままずんずんと地面を踏み鳴らすようにして遠ざかっていく。進む先にあるものすべてを、子供の癇癪で圧し潰しながら。
「ま……待ちやがれ……ッ! このガキ……ッ!」
やがて爆豪が戻ってきた頃には、既に襲の姿は夜闇の中に消えていた。
爆豪も、青山も知らない。
既にヴィラン連合の目的は達成されたことを。
何より――既にヒーロー側は負けているということを。
***
時間は少しだけ遡る。
一人でムーンフィッシュを引き受けることを選んだトガは、理波の姿のまま改めて怒りを募らせていた。
麗日と葉隠は、彼女にとって特に親しい友達だ。理波に続いて、己を受け入れてくれた大切な人たちだ。
そんな二人を傷つけようとした目の前の男に。実際に傷つけ、腕を斬り落とそうとした目の前の男に、怒るなというほうが無理な話であった。
対峙すればするほど際限なく、怒りが湧き上がってくる。まるで終わりが見えない、それこそ火山が噴火するように次々とあふれ出るそれを……しかしトガは抑えようとは思わなかった。
もちろん、だからといって殺そうとは思っていない。麗日と葉隠にとめられたからだ。
二人の治療を優先したのも、見るに堪えない男の相手より友達の命のほうが大事だと思ったからだ。そう思えるくらいには、トガという少女は人を思いやれる子だった。
麗日と葉隠の二人は生粋のヒーロー志望で、実際ヒーローに相応しいとトガは思っている。自分よりよほど相応しいと思っている。
そんな二人に、嫌われたくはなかった。法に定められたどんな罰則よりもそれが嫌で、怖かった。
だから今も、ムーンフィッシュをぶちのめしてやろうとは思っているが、ぶっ殺してやろうとは思っていない。
そう、
いずれにせよ、トガは今、ムーンフィッシュをできる限りの暴力で蹂躙してやりたくて仕方なかった。心身双方の奥底からとめどなくあふれる赫奕とした怒りが、すべての元凶に叩きつけてやれと叫んでいた。
そして。
歴史が変わり、性格が少し変わってはいるものの。
トガ・ヒミコという少女は本質的に、思ったことはそのまますぐに実行するたちであった。その根幹は、この世界線でも結局のところ変わっていない。
だから十数回の攻防ののち、麗日と葉隠が完全に周辺からいなくなったことをしっかりと確認して、トガは大きく息を吸い込んだ。
同時に怒りと共に湧き上がる己のフォースを見つめなおして、確信する。
何の根拠もないが、そう確信したのだ。
ぎらり、と瞳が金色に輝く。赤い縁取りが鈍く煌めき、暗黒面が身体の隅々にまで浸透する。そうして湧き上がる衝動に、身を任せる。
ジェダイを自認する理波の姿でありながら、全力で暗黒面へ舵を切った瞳で正面を鋭く見据える。
「肉~~! にくめんんんん! あの子たちの肉は僕のものだああぁぁ!」
「あなた、うるさいです」
歯刃が迫る。しかしそんなものには意も介さず、トガはムーンフィッシュを痛罵した。
今は小さなトガの手が、するりと前に向けられる。激情に震える手のひらが、正確にムーンフィッシュを捕捉した、次の瞬間。
――雷鳴。
連続していかずちがいななき、激しく空気を打ち据えた。
青白いいかずちが、暗黒のいかずちが、トガの手のひらから迸ったのだ。
フォースライトニング。怒りに身を任せた稚拙極まりない――ダース・シディアスが見れば鼻で笑うだろう――ものであったが……しかしそれは確かに、暗黒面の使い手が至る一つの極致である。
夜闇を切り裂いて放たれたそれが、ムーンフィッシュの身体に直撃した。
「ああああがあああああぅあああああ!?」
ただの電撃とは一線を画する破壊の力が、ムーンフィッシュの全身を襲う。ただ痛いだけではない衝撃が彼の身体を駆け巡り、伸びていた歯刃をズタズタに破壊していく。
それは全身が痙攣し、体内のありとあらゆる要素に痛みだけが残る、悪意しかない一撃だった。
そうしてムーンフィッシュは砕けた歯をまき散らしながら、フォースライトニングの衝撃で彼方へと大きく吹き飛んでいく。当然のように木々をなぎ倒していくその様は、さながら砲弾のようであった。
やがてフォースライトニングを終えたとき。そこには、ただただ破壊の痕跡が一直線に、太く、禍々しく残るのみであった。
「……はあっ、はあ……っ、はあ……!」
それをもたらしたトガが、ぐったりとその場に膝をつく。その姿は、とうの昔に元に戻っていた。ライトニングを放っている最中からして既に、である。
何せ、究極とも言える奥義を初めて使った。何の遠慮もなく、一切の加減もなしに。それはさながら、短距離走のやり方で長距離を走るようなものだ。
ましてや、怒りで限界を超えてしまったのだ。ゆえに消耗もまた極めて激しく、“個性”のほうが保たなかった。
そのため、やり遂げたはずの頭はこの状況に対して、何よりもまず「怒りに全部任せたらダメだなぁ」と思い至っていた。
実際、それは正しい。他にやりようはあったのだ。トガ一人ならともかく、理波に変身していたのだから。取れる手段はいくらでもあった。
にもかかわらず、最も破壊的で、最も相手を痛めつけられる技を即決した。それは間違いなくやりすぎで、短絡的であった。
なるほど、ジェダイが負の感情を戒めるわけだなぁ……なんてことをぼんやりと思うトガ。
だがそんな彼女に、早速己の短絡さを省みるときがやってくる。
「……!」
それが潜んでいることに、今の今まで気づかなかった。
それが近づいてきていることに、今の今まで気づかなかった。
そして気づいたときにはもう遅く、仮に遅くなかったとしても身体が動かなかっただろう。
「……あーあ……やっちゃったなぁ……」
トガは最後にそうつぶやくと、己に行使される仮面の男の“個性”に身を委ねた。
第三試合、引き分け。
第一試合、トガちゃん勝利。けれど。
ちなみにトガちゃんのライトニングを、パルパルが鼻で笑うだろう、と書いたのは威力がどうこうではなくて精度と心構えの問題。いや威力もパルパルから見るとお粗末なんだけど。
シスはよく負の感情を用いると言われているけど、彼らはあくまで「用いる」のである。
なので怒りに我を忘れて振り回され、衝動で行動するのはシス的にも下の下。今までも地の文でちらちら書いたけど、怒りながら冷静を維持できることが肝要なのです。
己はあくまで主体。怒りを乗りこなし、使いこなしてこそ一流のシス。