理波が改めて法に触れる決意を固めていた、ほぼ同時刻。
合宿所近くの病院に搬送されている麗日、葉隠の下に、峰田が一人見舞いに訪れていた。
普段から助平であることを隠さない彼一人の来訪に、二人は警戒しかけたが……そんな二人から見ても、峰田は明らかに空元気だった。昨夜は眠れなかったのか、顔色がよろしくない。入院している人間に心配される始末である。
それは出張してきたリカバリーガールによって、半分ほど治癒が施された緑谷から見ても同様だった。入院患者ながらに二人の病室を訪れた彼は、峰田の様子に驚いた。
だがそれを指摘することは、誰にもできなかった。なぜなら、程度の差こそあれ全員が同じ想いであったから。
たった一人でヴィランに立ちはだかった友達に、すべてを任せることしかできなかった無力感。
自分がもっと強ければ、友達がさらわれることはなかったはずなのにという悔しさ。
それが身体の傷より、何よりも痛かった。
だから、だろうか。
自分だけではないことを、はっきりと確認できたからだろうか。
峰田は、覚悟を決めた顔で重々しく口を開いた。
「救けに行けるかもしれねぇんだよ」
『!?』
彼は語った。切島から、八百万が発信機をブラドキングに渡していたことを聞いたのだと。
それが正常に機能しているかはわからない。だがもし機能しているなら、追跡用のデバイスを八百万に創造してもらえばあるいは……と。
ごくりと、全員が喉を鳴らす。明らかなルール違反だった。
だが最初にこれに異を唱えたのは、意外なことに緑谷だった。
「き……気持ちはわかるよ。でも……でも、もうこの件は、その……プロに任せるべきじゃないかな……」
彼は麗日たちの病室に来る直前、リカバリーガールからかなり長く、強く、説教されていた。大半は身体を壊すようなやり方についてだったが、中には独断専行についても含まれていたのである。
病院に搬送される直前にも、相澤からかなりきついお叱りを受けた。だからこそ、緑谷は異議を唱えたのだ。
己の中でくすぶる正義感を、無理やりに押さえ込みながら。
そう、緑谷の顔は発言とまったくかみ合っていなかった。むしろ異議を唱える彼のほうが、率先して賛成したがっていたのである。
そしてそれは、誰の目にも明らかで。
何より、普段誰よりも最初に飛び出していく緑谷がそんなことを言うものだから、峰田はどうしても我慢しきれなくなった。
「んなこたわかってんだよオイラだって! でもよォ! 何にもできなかったんだよ!」
魂のこもった叫びだった。これに三人は、何も言えなくなる。
「目の前にいたんだ……! オイラのすぐ目の前にいたんだ! なのに、なのにオイラ、何もできなかった! しなかったんだよ! ここで動けなかったら……オイラ一生ヒーローになんてなれねぇんだよ!」
じわり、と峰田の目に涙が浮かぶ。
対する三人が、唇をかみしめた。
「なあ! まだ手は届くかもしれねぇんだよ! だから……!」
そして峰田はそこで一旦言葉を区切った。それから一瞬ハッとなり、改めて頭を下げる。
「……だから、お前らの手を貸してくんねぇか……! オイラ一人じゃ無理だ……だから、だから頼む……頼む……ッ!」
そうして、室内に重い沈黙が満ちる。
誰も動けず、口を開くこともできないまま、じんわりと時間だけが過ぎていく。
「……峰田くん……」
その空気を、最初に破ったのは葉隠だった。
「……やるじゃん! ちょっと……んーん、結構見直した!」
彼女はそう言って、透明な顔をぎこちなく、しかしにこりと綻ばせた。
「……行く。行くよ。行かせて!」
「葉隠……」
「……わ、私も……!」
次いで、麗日が声を上げる。
「私も行く……! 私……私、救けたい……!」
「麗日……!」
そんな二人に、緑谷は少し取り乱す。
「う、麗日さん……葉隠さん……!」
そして咎めようと口を開くが、しかし考えていた言葉が出ることはなく。
代わりに出てきたのは、
「僕も……行く……!」
そんな決意の言葉で。
何せ、思ってしまったのだ。頭ではダメだとわかってはいても。それでも、いてもたってもいられなくなってしまった。
手は届くかもしれないと言われて……思ってしまった。
――救けたい、と。
「緑谷ぁ……!」
感極まった様子で抱き着いてきた峰田を受け止めながら、固い笑みを浮かべる。
「……で、でもその、まずは八百万さんに聞いてからだよ。ほら、八百万さんがデバイス創ってくれなかったら、そもそも追跡も何もできないわけだし……」
この言葉に、他の三人はそりゃそうだと軽い羞恥心を覚えて頭をかいたのであった。
それでも、気は逸るばかりだ。誰からともなく、彼らはいかにしてトガを救うかを話し合い始めた。
戦闘はできない。その許可は既に解除されており、仮免許すら持たない学生の身では絶対にしてはならない。
ゆえに、戦闘無しでどう救けるか。それが議題の中心であった。
……それでもなおこの世界線の緑谷は、本来より少しだけ冷静だった。もしも本当に行くことになったら、自分はストッパーに回ったほうがいいかもしれないと、そう思うだけの余裕があった。
何せここまでの学生生活中、本来よりも圧倒的に怪我の頻度が少なかった。マスキュラー戦で負った怪我の程度も本来より軽く、目の前でクラスメイトをさらわれたわけでもない。
だから彼は、少しでも戦闘の可能性が出た時点で、三人を引き戻そうと考え……それから、もしそうなったときに自分にそれができる自信がないことに気がついて、苦笑するしかなかった。
緑谷出久。ワンフォーオールの九代目。平和の象徴オールマイトの後継者。
多少世界が変わろうと、彼は結局のところ、どうしようもなく
***
不本意ながら、ヒーロー活動を認可された翌日の夜。
私はジェダイ装束を身にまとい、神奈川県横浜市の神野区に来ていた。場所はもちろん警察署である。
そこには、十人以上のヒーローが居並んでいた。しかもオールマイトを筆頭に、エンデヴァーやベストジーニスト、エッジショットと言ったランキング一桁のヒーローが揃っている。そうそうたる顔ぶれと言っていいだろう。
「……なぜこの小娘がいる? タマゴもタマゴ、一年生ではないか」
そんな中、エンデヴァーがぎろりと横目に私をにらんだ。
「彼女には国から直々に許可が下りている。仮免許ではあるけど、既に彼女はヒーローだ」
これに対して、ツカウチ氏が苦々しい表情で答える。事情を先に知らされているオールマイトも似たような顔だ。
一方、今ここで初耳となった面々は全員がぽかんとした顔を見せた。
「バカも休み休み言え塚内」
その中から最初に復活した小柄な老爺……グラントリノが言う。
「冗談であったらどれだけよかったことか……」
だがそれに対する応答に、グラントリノは今度こそ驚愕の顔を浮かべた。他のメンバー(警察官も含む)も同様である。
次いで私に視線が集中する。なので、私は懐からヒーロー仮免許証を取り出して掲げて見せた。
「……免許の種類? “準個性”、だと……?」
「増栄少女……おっと、今はジェダイナイト・アヴタスだったな。彼女は“個性”とは異なる超能力……フォースというものを扱える。それを用いてのヒーロー活動を許可する、ということさ。まだ世間には公表されていないが……要するに国は彼女をテストケースとして、“個性”ではない能力も“準個性”と定義づけて管理しようとしている、というわけだよ」
エンデヴァーのいぶかしげな声に、オールマイトがなんとも言えない顔で答える。
Mt.レディが、思わずと言った様子で「マジで?」とこぼした。
「……待て。確か彼女は、まだ十歳ではなかったか?」
「まもなく十一歳になります」
信じられない、という顔で言ったベストジーニストに割って入る。
彼は「違うそうじゃない」とでも言いたげに唖然とした。
「……国は何を考えているんだ」
「まったくだ……正気か?」
ギャングオルカとエッジショットが、渋い顔で首を横に振っている。
他の面々も同様だ。ヒーローだけでなく、この場にいる警察官のほぼ全員が、私の参戦をよく思っていないことがうかがえる。
彼らの反応に、私は少し安心した。彼らは実にまっとうな大人だ。正しい感性を持っている。やはり大部分のヒーローや警察官は、みな立派なライトサイドの住人なのだな。
彼らのような人がもっと増えればいいのだが……いや、それはそれで、光明面が薄く引き伸ばされてジェダイのような末路を辿るだろうか?
「おほん……君たちの懸念はもっともだ。しかし彼女は、敵にさらわれたトガ・ヒミコの存在を感知できる。加えて、今この瞬間も会話ができる。おまけに“個性”を用いれば治療も施せる。そしてその治療も、リカバリーガールも太鼓判を押すほどの腕前。参戦を断るには、年齢は理由として弱いと上は判断したんだよ」
と、ここでツカウチ氏が話をまとめる。それでも顔は苦々しいままだ。よほど思うところがあるのだろう。
「……だが、最前線には出させないつもりだ。彼女に発行されたのは仮免だし、ジーニストも言った通り彼女はまだ十歳。本来であれば大人が守るべき子供なんだからね」
彼はそう締めくくったが……まあ無理だろうな。
何せ敵はヴィラン連合だけではない。オールマイト、グラントリノ、そしてツカウチ氏が、連合の後ろに控える黒幕の存在を強く強く懸念している。
ちらりと見えた限り、その黒幕の名はオールフォーワン。オールマイト、そしてミドリヤの“個性”「ワンフォーオール」と一繋ぎに語られる言葉を名に冠した人物ということを考えれば、まず間違いなくオールマイトに匹敵する巨悪であろう。
そんな人物を相手に、戦力となり得る人間を完全に後ろに下げたままということはあり得ない。
そもそもの話、敵方には強力なフォースユーザーであるカサネがいるのだ。ヒミコが言うには先生(恐らくはオールフォーワン)のところで
……まあ、今それを口にしても揉めるだけだ。時間は有限であるから、これについては何も言うまい。何せカサネが戻ってきたら、ヒーローや警察による包囲や突入のタイミングを感知されてしまう。
「治療までできるのか……」
「なるほどな……」
「前に出さないなら、まあ……」
周りもひとまず、この話は終わりにしようという雰囲気が漂い始めているしな。
「……あー、ちなみにアヴタス。今トガさんはどうしているのかな? 無事だといいんだが」
と、ここでツカウチ氏から問いかけが来た。
彼に応じるため、私はヒミコに声をかけ……そして眉をひそめた。
「……ヴィラン連合のメンバーと、トランプをしているそうです」
『……は?』
そして私の言葉に、再びこの場の全員がぽかんとした顔を見せた。
私としても、あまり喜ばしくない。
いやまあ、ヒミコの性格を考えれば
何せ彼女は今、ネットワーク上で炎上しているのだ。過去に同級生を殺そうとしたヴィラン予備軍である、として。
裏取りの取れていない、ネットワーク上のただの噂でしかないのだが……発端が二か月近く前のことであり、その始まりの書き込みも同日中に削除されているというのに、まるで不死の怪物のように何度も何度も現れている。
もちろんそのたびに削除はされているのだが、昨日の昼頃からその勢いが劇的に増した。結果対処が間に合わず、劇的に拡散し始めたというわけである。
質の悪いマスメディアは既にこれに便乗し始めており、ヒミコへの、さらに言えば雄英への風当たりは非常に厳しい。
タイミングからして、間違いなくヴィラン連合による策略だろう。この世論を用いて雄英の評判をさらに落としつつ、あわよくばヒミコをヴィラン側に引き込もうという魂胆と見た。
しかしこの件、実のところただの噂と断じることができない。何せ当時のヒミコには人を積極的に殺すつもりはなかったものの、未必の故意は確実にあったのだ。
つまり、噂自体はすべてが間違いというわけではない。これが厄介だ。真実の混ざった嘘、噂ほど面倒なものもそうそうない。
そんな状況で、暢気にヴィラン連合のメンバーと遊んでいる。これは世間からあらぬ疑いを持たれても、文句は言えないだろう。
まあこの件については、私が動くまでもなく警察のほうが動いているので、大丈夫だろう。私からも証言を出している。
それでも心配なものは心配だが。
実を申せばこの物語を書き始めた当初、トガちゃんがさらわれることは決まっていたものの、救出に行くメンバーがどうなるかはまったく考えていませんでした。
でもまあ原作沿いに書く予定だし、なんとかなるでしょと思ってEP6まで来たところ、要所は原作沿いでもイレギュラーである理波の影響は小さいけれど確実に広がっており。
このままだと、切島くんや轟くんが原作のように我を忘れるほどの情熱でもって、トガちゃんを助けに行くほど関係を深めているかというとそこまでではない状況になってたわけです。
そこで白羽の矢が立ったのが、まさかの峰田でした。関係性で言うとそこまで深いわけではないけど、一方的にクソデカ矢印を向けている彼なら百合の間に挟まる男の存在を匂わせればこう動くに違いないと確信できたのです。
かくして肝試しのトガちゃんの相方は峰田となりましたとさ。
ありがとう峰田。ありがとうグレープジュース。君のエロスがこの作品を停滞の危機から救ってくれた。
君が、君こそがこの作品のヒーローだ・・・!
いやホント、何がどう繋がって来るかわかんないね。
だから創作ってやめられねぇんだ。