「……は?」
死柄木弔は、これでもかと言うほど目を見開いて、正面のトガの顔を呆然と見やった。
無理もない。トガの言動は明らかにヴィラン側のそれで、連合に入ると言っているも同然だったのだ。それがいきなり
周囲の面々も同様で、今しがたトガが口にした言葉の意味がわからず……それどころか、その発言自体あったのかどうかを疑うほどである。
この場の全員が沈黙してしぃんとする室内に、テレビから流れる謝罪会見の音だけがむなしくこだましていた。
だが、トガはこれらを気にしない。あっけらかんと口を開く。いっそ場違いなほどに、楽しそうな声が発された。
「みんなのこと、好きですよ。だって、誰も私のことおかしいって言わなかったのです。普通だって、思ってくれてるのです。だからウキウキしました。ウキウキトガです。嬉しい。最初からこんなに気の合う人と会ったの、初めてです。しかもこんなにたっくさん!」
「は……」
その態度がやはり拒否とは結び付かなくて、弔はほとんど反応もできないままでいる。
しかし、やはりトガは彼らの心境など気にしない。
「一度にたくさんお友達ができて、トガは幸せなのです。この二日間、とってもとーっても楽しかった!」
嬉しい、幸せ、楽しい。友愛に満ちた言葉がためらうことなく放たれる。
本音だ。本当に心の底から、トガはそう思っている。彼女は思ってもいないことは口にしないのだ。
そう、彼女は本気で、ヴィラン連合と一緒にいて楽しかったと思っている。この場所が、心地いいと思っている。ここにずっといられるなら、きっともっと楽しいだろう、とも。
何せ自分でも驚くくらい、しっくりきているのだ。まるで心の友であるかのように、気の合うものたちの集まり。それはまるで、最初から自分のために用意された居場所なのではないかと思うほどに心地よく、間違いなく理波の隣に比肩する。そう思うほどに、トガはヴィラン連合の面々が気に入っていた。
だから自然、笑顔が浮かぶ。にんまりと、口元が三日月を描いて犬歯が露わになる。
けれども。
ああ、けれども、答えは否である。どこまでも否である。
「でも私、一番の居場所がもうあるのです。絶対絶対、離れたくない場所があるのです。だから、みんなとは一緒に行けないのです」
なぜなら、既に彼女の中で答えは出ているのだ。それも、もう一年以上も前に。
「ごめんねぇ、弔くん。せっかく誘ってくれたのに、ごめんねぇ」
それでも、連合に集まったものたちの心情は、おおむね理解できてしまったがために。
きっと理波に出会っていなかったら、自分からここに来ていただろうと確信できてしまったがために、彼女は申し訳なさそうに眉をへにょりとハの字に歪めて謝罪の言葉を口にする。
「私、
――ごめんねぇ。
トガはもう一度、謝ると。
嘘偽りのない悲しい笑みを浮かべて、弔にぺこりと頭を下げた。
彼女のそんな姿に、ヴィラン連合はやはり誰も反応できない。
……弔はヴィラン連合というあり方を、ヴィランという生き方を、全面的に否定される形で拒否されることは想定していた。ヒーロー志望の人間を勧誘するのだ、それくらいはあるだろうと思っていた。その場合にどう対応するかも、決めてあった。
逆に、全面的に受け入れられることも想定していた。葛藤しながらも受け入れられることも、まあ想定内である。それくらい、今回の作戦は上手く行ったと思っていた。
だがしかし、である。
ここまであからさまな好意を持たれて、ここまではっきりとした理解を得られて、なお拒否されることは想定していなかった。
なぜって、連合のことをここまで好意的に見ることができるようなヴィラン気質の人間が、それでもなおヴィランになることを断固拒むなどあるはずがないと思っていたのだ。死柄木弔という男が、決して長くはない人生の中で見てきた人間の中に、そんなものは一人だっていなかったから。
だから、そんなことができる人間など、いるはずがないと思っていた。
だってそんな、それではまるで、ヒーローではないか!
思考が乱れる。怒りがむくむくと鎌首をもたげ、弔の心を支配し始める。
だがそれをなんとか押し込めながら、彼は掠れた声を上げた。
「なん……っでだよ……!? 生きにくいだけだろうが、こんな社会……! なんでそんなところにこだわる……!? なんで……ッ!」
顔を上げたトガは、そんな弔に笑いかける。どこか困ったような……しかし先程までの笑みとは明らかに異なる笑み。
ずっと手にしていたトランプの束を、後ろで
端的に言って、それは――
「ホントですよね。生きにくいです。生きやすい世の中になってほしいものです。……でも、いいんだ。別にいいの。だーい好きな人の隣にいれたら、それだけで。
――愛に生きる女の顔だった。
「……ッ!!」
いっそ砕けろとでも言うかのように歯をかみしめて、弔の怒りは限界に達する。
だが、彼はそれを制御下に抑えようと努めた。怒りのままに当たり散らすのは妹分のやることだと、あんな無様な姿を見せてなるものかと、必死に少ない冷静な部分を総動員して。
沈黙が流れる。つけっぱなしのテレビに映る記者会見から、トガの傷害疑惑を持ち出して攻撃的に質問を繰り返すマスコミを、警察庁の発表を盾……いや剣にしたイレイザーヘッドの冷たい言葉が流れてきた。
「あなたは愛に殉じる道を選んだのね。……ふふ、いいんじゃなぁい? これぞ女の本懐だわ」
そんな中、最初に口を開いたのはマグネだった。彼……もとい、彼女の口調、顔、目はいずれも凪いでいて、どことなく羨ましそうな色を帯びていた。
彼にこくりと頷くトガは悪びれることなく、むしろ誇るよう。
だが次いで口を開いた荼毘とマスタードは、辛辣だった。
「いや……バカだろ」
「まったくだよ……何考えてんの? その気がないならさぁ、乗るフリでもしとけばいいのに」
「いやぁ、俺はアリだと思うぜ? 彼女はどうやら、道を選ばされたわけじゃないらしい。自分の意思で、ヴィランの道を
これをなだめたのは、ミスターコンプレス。誰にも言っていない、誰も追求しないが、彼もまた内に秘めた己の理想に邁進する男だ。抱く想いの形は違えど、方向は違えど、種類は違えど……だからこそ、トガのそれを理解できた。
そしてそんな仲間の会話を聞き流しながら、弔はなんとか話を続けられるくらいには冷静さを取り戻すことに成功した。
それでも苛立ちは隠せず、彼は爪を立てて首筋をがりがりとかきむしる。
「クソ……! クソ……ッ、クソッ、シミュレーションゲームって難しいなぁ……! わかり合えたのに拒否られるとか、クソゲーじゃないか……!」
彼の様子に、これまでひたすらに静観を貫いていた黒霧が慮るように視線を向ける。
だが苛立っていても、弔はしっかり思考を回せていた。彼はもう、四月当初の彼ではない。
そう、彼も成長している。彼もまた、一人の生徒なのだ。
「……チッ! 仕方ない。ヒーローたちも調査を進めてるって言ってたしな……時間制限付きのシミュレーションゲームはここまでだ」
そして今、彼はまた一つ成長した。
己の手に余る事態が起きたとき、己ではどうすることもできない状況に陥ったとき。自らの力不足を素直に受け入れ、仲間に、先生に、頼ることを選べるほどに。
「……先生。力を貸せ」
そんな彼の呼びかけに応じて、部屋の隅に置かれていたディスプレイから反応が飛んでくる。
サウンドオンリー、と表示された画面から男の声が響き渡る。低い、低い、しかし蠱惑的な魅力をたたえた声。
『……良い、判断だよ。死柄木弔』
これを聞いて、トガは今こそ潮時だと判断した。
フォースがさざめく。共鳴する。刹那、距離は一切の意味を失い、するりと
彼女は
「お前ら……とりあえず、そいつは拘束しておけ。こうなったら何が何でもこっちに来てもらうからな……!」
「トゥワイス、やれ」
「はァ俺!? 嫌だし!」
「……と言いつつやるのか……」
荼毘の投げやりな言葉にトゥワイスがすんなり従い、スピナーがどこか疲れたような声を出す。
そうして、拘束具を手にしたトゥワイスがトガの前に来た。
「ごめんなトガちゃん……俺は悪くねぇ!」
「うん、わかってるよ仁くん」
――だから、そんな彼にトガはにっこりと笑いかけると。
「悪いのは……きっと、トガのほうなので」
いつの間にか、後ろ手に持っていたトランプの束は消えていた。代わりに姿を見せたのは、想い人のそれとまったく同じ形状をした、機械仕掛けの騎士剣。
「……え?」
「は?」
「えっ」
「な……」
「お?」
「アウチッ!?」
橙色の輝きが閃く。特有の音を響かせながら、力強い一撃がトゥワイスの手を打ち据え、拘束具を手放させた。
ひらり、ひらりと刃が躍る。ゆらり、ゆらりとトガの身体が揺れる。
しかし直後に身体が沈み、刃は後ろへ、空いた左手は人差し指と中指を立てて前へ。
ソレス。守りを重視する、ライトセーバーの型。その基本の形に身構えた。
「ごめんね! ちゃんと受け身してね仁くんっ!」
「でええぇぇっ!?」
そして、トゥワイスへフォースプッシュがかけられる。彼の身体はなすすべもなく吹き飛んでいき、酒瓶が並ぶ棚へと激突した。
「バカな!? 一体どこから武器を!?」
「言ってる場合じゃないわよスピナー!」
「へぇ……あれがライトセーバーか……」
「荼毘は分析してる場合じゃないだろ!?」
「お前もな、マスタード!」
そうして、連合の全員が戦闘態勢へ移行した。
が。
「SMAAAAASHッ!!」
「今度はなんだぁ!?」
次の瞬間壁が吹き飛び、原色のコスチュームを身にまとった巨漢がダイナミックに突入してきた。
彼によって砕かれた壁だったものたちが、勢い任せに周辺に吹き荒れる。その様はさながら弾幕のよう。
しかも、その一部はトガが次々にライトセーバーではじき飛ばしたことで、完全な不意打ちとして数人の鳩尾に叩き込まれた。中でも、慌ててガスマスクを着用しようとしていたマスタードは防御を失念していたのだろう。気絶してしまった。
「黒霧! ゲート……」
それでも弔はなんとか動き、指示を出そうとするが……。
「先制必縛――ウルシ鎖牢!!」
巨漢……オールマイトに続いて突入してきたシンリンカムイの必殺技によって、全員の身体が拘束される。
彼の技は……というより身体は、木だ。ゆえに、炎を生み出せる荼毘がすぐさま燃やそうとした。
「逸んなよ。大人しくしといた方が……身のためだぜ」
「がッ!?」
だがこれも、阻止された。文字通り目にもとまらぬ速度で突入してきたグラントリノが、その速度のまま荼毘の頭に強烈な蹴りを見舞ったのである。
これにより、荼毘もまたこうべを垂れて沈黙した。二人目のノックアウトだ。
「さすが若手実力派だ、シンリンカムイ! そして目にもとまらぬ古豪グラントリノ!」
一瞬の攻防を見極め、オールマイトが立ちあがる。全身に力を込めて、立ちはだかる形で。
「もう逃げられんぞ、ヴィラン連合……何故って!? 我々が――来た!!」
最強が、仲間を引き連れてやって来た。
ボクはシークウェルトリロジー(EP7~9)については思うところがある口なのですが、それはそれとして見どころがないわけではないとも思っています。
というか、一瞬一瞬のワンカットであればプリクウェルやオリジナルにも匹敵するところはかなり多いんじゃないかなーくらいには、見ていて感心しました。
個人的にはベンとレイの遠距離セーバー手渡しはまさにその筆頭だと思っていて、フォースという不思議な、しかし過去六つの作品によって描写されつくして神秘性を失いかけていた能力が、再び神秘のベールが包まれた名シーンだと思うのですよ。
これはボクも書きたいと思っていたのでようやく書きたかったシーンの一つに辿り着けて嬉しいです。
・・・まあ、だからといってボクのシークウェルに対する評価が劇的に回復するわけではないんですけど。