銀河の片隅でジェダイを復興したい!   作:ひさなぽぴー

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20.アップデート

 さて、その後のことを語ろう。神野の悪夢、あるいは神野事件と呼称されるに至った事件の、その後について。

 

 まず、死傷者の数はまだはっきりしていない。何せ、時間を追うごとに怪我人の数は増え続けている。このため、具体的な数値をいまだに確定させることができないでいるのだ。

 今のところ死者はほとんどいないが、怪我人の数が凄まじい。まったく喜べない状況である。街の一角がほぼ完全に消滅したので、無理からぬことであるのだが。

 

 その被害者の中には、ナンバー4ヒーローのベストジーニストや、ナンバー32ヒーローのワイルド・ワイルド・プッシーキャッツも含まれている。

 ベストジーニストは腹に風穴をあけられており、長期の活動休止。プッシーキャッツもまた、さらわれていたラグドールが”個性”を発動できなくなった――恐らくオールフォーワンに奪われたのだろう――影響で活動見合わせを余儀なくされた。

 

 そしてオールフォーワンだが、翌日にはもうタルタロスへ投獄された。タルタロスに投獄されている犯罪者の大半は、判決……特に死刑が執行された場合に世間へ与える影響が大きすぎるがゆえに、刑が確定しないまま投獄されている。ステインもそうだったし、オールフォーワンもそれに該当したというわけだ。

 

 そんなオールフォーワンの逮捕について、国や警察は「とびきり甘く採点して痛み分け」と評価していた。大元は捕らえたものの、トムラたち実行犯はほぼ捕まえられなかったからだ。

 おまけに脳無については相変わらず何もわかっておらず、連合のメンバーの中にも身元がわからないものがいる。私は負けだと思うが……まあ、それについては深くは言うまい。

 

 私が気にする点は、一つ。私が手を貸した結果、オールマイトがオールフォーワンを圧倒したために、国や警察の上層部にいまだ「オールマイト健在論」を盲信するものが存在することだ。

 

 何かあっても、オールマイトが何とかしてくれる。彼がいる限り、問題はこれ以上大きくならない。

 

 そんな、よく言えば楽観的。悪く言えば現実が見えていない人間が一定数いるのだ。オールマイトの弱体化をそもそも知らない民衆に関しては、大半がそうであろう。

 

 この件についてはオールマイトも思うところがあるようで、今後の身の振り方も含めて、オールマイトに頼らない体制作りを主張するものたちと近々話し合いをするつもりらしい。

 知りすぎてしまったことへの口止めついでにちらりと聞いた話では、私がオールフォーワンに語った「オールマイトはもっと早く後進に道を譲るべきだった」という言葉に思うところがあったようだ。まだワンフォーオールが使えるうちに改革を進める、とのことである。

 

 彼が言うには、元々もう五十分くらいしかヒーロー活動ができない状態にまで追い込まれていたというから、遅すぎると思うが……それ以前に、そんな状態でよくもあれほどのことをやり続けていたものだ。無茶にもほどがある。

 

 ちなみに、話ついでに彼はヒーローではない己の姿……体育祭の前、職員室で見かけた極限までやせ細った即身仏のような姿も見せてくれた。これが本当の姿であり、ゆえにトゥルーフォームと呼称しているようだ。

 

 ただ、その姿については既に知っている。初めてトゥルーフォームを見たときのことと共に、フォースで見れば同一人物であることは丸わかりだと告げれば、彼は顎が外れるのではないかというくらいの大口を開けて固まってしまったが。

 

 ともかく、制度改革については私としても今後気にしていく所存だ。

 

 それとヒミコだが、ミドリヤたちによって警察に送り届けられ、事情聴取などの諸々で二日近く拘束されていたらしい。

 彼女が解放されたとき、私は既に武装を解除していて実家に戻っていた。戻らざるを得なかったとも言うが。

 

 ともかくそうして彼女も一旦実家に戻されたが、そんな経緯だったので彼女と直接顔を合わせる機会はなかった。テレパシーやフォースプロジェクションで会話はしていたが。

 

 ただ、どうも両親がヒミコを外に出したがらないらしい。聞くところによると、あまり仲がよろしくない親子ではあったものの、さすがに一人娘がヴィランに誘拐されたことについては思うところがあったようなのだ。

 

「ちょっとだけ、仲直りができたのです」

 

 夜。彼女はテレパシーでそう言って、はにかんだ。

 

 どれだけ血の繋がりが強かろうと、不仲になるときはなる。生来ウマが合わない場合はどうしようもない。だから無理して親に合わせる必要はない。

 けれども、せっかく血を分けた親なのだ。仲がいいことに越したことはないとも思う。

 

 だから彼女と直接顔を合わせて話がしたかったが、私はヒミコが家族との時間を過ごしたほうがいいと判断した。そういう時間が、彼女には必要だろうと思ったのだ。

 

 一方私は許可を得てあの場にいたので、特にどうということはなかった。母上は、私の巣立ちが早すぎることに寂しそうにしていたが。

 

 なお元ヒーローの父上は心配しつつも労ってくれたし、細かいことがまだわからない年齢の妹に至っては目を輝かせて「おねえちゃんみたいなヒーローになる!」と両の拳を握って宣言する始末。それはダメだというのが当人以外の家族全員の総意であるが、本人の意思は尊重すべきであるし悩ましいところである。

 

 その妹についてだが。久しぶりに会うからか、寝ても覚めても私にずっとべったりで、ヒミコと話す時間をだいぶ削られてしまった。

 まあ、実家にいるときくらい家族を優先にすべきだろうし、私としても妹を邪険にするつもりなど欠片もない。かわいい妹である。

 

 ともあれそういうわけで、私たちは合宿が何日も早く終わってしまったため、予定より早く帰省し家族と穏やかに過ごす日々を送っていた。

 まあ、神野事件の影響もあって、私たち雄英の生徒は相変わらず不要不急の外出を控えるように言われている。だから穏やかにならざるを得ないとも言う。

 

 そういう形で事件は一応の終結を見たが……事件の影響はもう一つ。

 それが夏休み明けからの、雄英の全寮制移行である。

 

 突然の話に聞こえるが、状況を考えれば致し方ないだろう。確かに合宿ではほとんど被害者は出なかったし、神野事件も一応は解決した。

 

 だが、今後平和の象徴は形骸化していく。雄英はオールマイト本人が教鞭を取っているのだから、それを理解しているのだ。彼が今後どうするかについても、知っているはずなのだ。

 だからこそ、そうなったとき社会が動揺するだろうと正確に予想できる。それに備えて、生徒の安全を確保するため全寮制に移行するのである。

 少し動きが早いが、遅いよりはいいだろう。雄英の敷地内なら、下手に手を出すことはできないしな。

 

 ……と、いうのは表向きの話。それとは別に、存在するのではないかと危惧されている内通者を見極めるため、という目的もある。そうでなければ、どこにも開催地を明かしていなかった合宿所を襲撃されるなどおかしい、というわけだな。

 

 まあ内通者については、他人から”個性”を奪えるオールフォーワンの存在を知った今となっては、いないのではないかとも思うが。あの男であれば、内通者など使わなくとも情報を抜き出せても驚かない。”個性”ではないが、私もコンピューターを駆使すれば同じことができるわけだし。

 

 もちろん内通者がいないと断言できるわけではないので、学校側はやきもきし続けることになるだろう。生徒を疑わなければならないので、まっとうな教師であればつらいだろうが……状況が状況だ。仕方あるまい。

 

 しかし、ここで問題が一つ。

 

 全寮制の説明のために訪れたイレイザーヘッドたちに聞いたところ、寮で与えられる部屋は一人につき六畳一間だという。

 けれども、今私たちが雄英近くで借りている部屋は、八畳二間六畳二間の合計四部屋で構成されている。六畳一間など、四分の一にも満たない。つまるところ、足らない。

 しかしない袖は振れないので、何を持っていくか、何を持っていかないかを考え持ち物は厳選しなければならなくなったのだ。

 

 とりあえず、ベッドをそのまま移すのは少し難しい。何せ、今使っているものはダブルベッドなのだ。入るは入るだろうが、それだけでスペースが取られてしまう。

 

 あとベッドで思い出したが、一人一部屋となると、ヒミコと一緒に寝られなくなる。それも困る。私はもう、彼女なしでは眠れない身体にされてしまっているのだ。

 ……まあそれはヒミコもそうだろうから、恐らく二人して夜は無断で部屋を抜け出すことになる気はする。

 

 それから気になるのは、防音設備だな……。

 いや、機械を動かすときの騒音対策だよ。決して声量の話ではない。うん。本当だ。少しはあるかもしれないが、そちらはあくまで念のためだ。うん。

 

 ともあれそういうわけで、八月中旬から寮生活が始まる。なので私たちは借りているアパートの整理のため、これまた予定より少し早く帰省を終えることにした。

 泣きじゃくる妹に感化されて涙ぐみながらも実家を出て、ヒミコと共にアパートに向かう。

 

 道中、あまり会話はなかった。

 夏休み中に会話する機会をあまり持てなかったのだが、しかし本当に面と向かって話したいことは、公共の場でするには少々……いや、結構恥ずかしい。

 下手に会話を始めてしまったら、私はヒミコがさらわれたことで抱いた感情の数々を抑えきれる自信がなかったのである。

 

 だから手はずっと繋いでいたものの、賑やかに会話をすることはなかった。ただ身体を寄せ合って、穏やかに過ごしていた。

 

 しかしアパートに辿り着き、ドロイドたちの出迎えを終えたあとは、もう私たちを縛るものは何もない。

 

 だから、私は彼女に思い切り抱きついた。今までずっと我慢してきた気持ちを……彼女がさらわれてからずっと、抱いていながら抑えていた気持ちを思い切りさらけ出す。

 

「コトちゃん?」

「おかえり、ヒミコ」

「……うん、ただいまコトちゃん」

 

 リビングで、私たちはどちらからともなく笑い合った。

 

 私は次いで、ヒミコの身体の向きを変えると、今度は跳び上がって正面から抱きつく。

 

「……ん」

「ちゅ……んむ……」

 

 そうして、私たちは口づけを交わした。

 

 肌に触れるヒミコの感触が、幻ではない、確かにここにある彼女の存在感が、私の心を満たしてくれる。

 それを恥ずかしいことだとは思わない。私は、私はやはり、この女性のことが――。

 

「……コトちゃん、あのね?」

 

 一通り互いの気持ちをぶつけ合ったあと。

 一段落つけて、ひとまずソファに腰を下ろす。私は彼女の膝の上、またぐ形でだ。そうして、正面から軽く向かい合った状態で話を始める。

 

「わかっている。君に()()()()つもりがあることは、合宿のときに聞いたからな。あんな事件のあとだ、今日辺り()()じゃないかとも思っていたよ」

「……てへ。バレちゃいました?」

「君のことだ、私がわからないわけがないだろう?」

 

 悪びれた様子もない彼女に、私は笑う。

 笑って、私の思うところを口にする。

 

「だから……まあ、なんだ。私は……うん。私は、構わない。覚悟はできている。だから君が望むなら……私は、喜んでこの身体を君に捧げよう。好きにしたまえ。でも……」

「コトちゃん……!」

 

 すると、彼女は感極まりながらもそのまま勢いよく首筋に噛みついてきた。ぴりりとした痛みと共に、それとは異なる独特の感覚がゆるりと全身に広がっていく。

 やがてそれは、いつものように全身に浸透した。触覚が全面的にむき出しになったような、不思議な感覚に支配される。

 

「ん……っ、ま、待て、ヒミコ……」

「ヤ! 待たないのです! だって、もう私、ずっとずっと待ってたんだもん……っ!」

 

 ちう、と血を吸う音が鳴る。首筋を、ヒミコの舌がぞろりと舐めた。ぞくぞくと身体が震える。

 

「ち、ちが……待たせるつもりはなくて……んっ、あう、ただ……その前に、今、君に……ん……っ、後悔したくないから、君にどうしても言っておきたいことがある、だけで……」

「……言いたいこと?」

 

 そこでヒミコはようやく吸血をやめて、顔を上げた。その口元が、私の血で濡れている。新鮮な血によって、てらてらと光る唇がなんとも淫靡だった。

 

 はふう、と一息つく。けれど、治療は施さない。

 そんなことよりも、私は改めてヒミコに向き直ることを優先した。

 

 彼女の頬に両手を添えて、互いの額を軽く当てる。互いの視線をしっかりと絡める。

 

「……ヒミコ」

「なーに?」

 

 早く()()を始めたくてうずうずしている彼女に、私は口を開いた。

 彼女がさらわれてから、ずっと言おうと思っていたことを伝えるために。今まではっきりと口にしたことがなかった想いを、告げるために。

 

「……好きだよ。好き。好きだ。君が……君のことが、大好きだ。……他の誰かではもう、ダメなんだ。愛している、ヒミコ。ずっと……ずっと、私と一緒にいてほしい」

 

 ヒミコの美しい金色の瞳が、一際大きく開かれた。そこにまず、驚きが浮かぶ。

 

 けれどすぐさま歓喜と幸福が続き、満面の笑みがその顔に花開いた。

 

「うんっ! 私も! だぁーい好きっ!」

 

 そしてその顔が、ためらうことなく私の顔に寄せられた。唇と唇が、何度も重なり合う。

 

 今までで最長の口づけだ。ゆえに息継ぎを繰り返して……その合間に、お互いに何度も「好き」「大好き」と繰り返す。

 

 そのまま、どれだけ口づけを続けていただろうか。口づけに留まらず、舌を口の中に押し込まれて舌と舌が何度も絡み合って、呼吸がままならなくなる。少し頭がぼんやりとし始めた、そのとき。

 

 ようやく満足したのか、ヒミコが顔を離してくれた。だが何度も舌を絡めあったせいか、唾液が銀色の糸を引いて二人の口を繋いでいる。

 ヒミコはそれを、愛おしそうに見やる。

 

 そうして彼女は、荒い息をつく私の顔を抱くようにして……同じく乱れた自身の息を整えることなく、私の耳元で吐息混じりにささやいた。

 

「死んでもずぅっと、来世でもずぅっと、一緒だよ……コトちゃん……」

「う……ん、ずっと……ずっと、一緒……一緒だ……ヒミコ……」

 

 全身が震えた。反射のようだった。

 瞬間的で、規模の大きな身体の動き。今まで吸血の際に近いものは何度も……それこそ数えきれないほどあったが、最大の反応だったと思う。

 

 けれど不快ではない。むしろ真逆の感覚で……不思議と、この一瞬の震えを手放し難いと思った。

 

 ――もっと。

 

 思わず、そんな言葉が頭に浮かぶ。

 けれど、それは不要であった。

 

 ヒミコが、再び私に口づける。次いで、首筋に口をあてがう。

 

 ――ちう、と音が鳴る。

 

 そうして私は、改めてこの身のすべてを彼女に委ねた――。

 

 

EPISODE Ⅵ「連合の逆襲」――――完

 

EPISODE Ⅶ へ続く




(すべてを読むにはわっふるわっふると書き込んでください)









いや冗談ですよ大丈夫です。明日23時前後にちゃんと続き投稿します。
ただし今回ばかりはマジでR18なので、明日の投稿は別枠になります。
そしてR18のリンクを全年齢向けのこの作品に貼るわけにはいかないので、みなさんタイミングを推し量ってボクのマイページからアクセスしていただければと思います。

そういうわけなので、一応この作品としてはEP6はここで区切りということになります。
明日幕間を別枠で投稿しますが、それはそれとなってしまうのでここに書きますが・・・明日からまた書き溜め期間に入ります。
EP7のストックが仕上がり次第また投稿するので、それまで今しばらくお待ちくださいませ。

※幕間投稿しました。念のため言いますが、18歳未満の人は見ないようにね!

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