ハツメという少女は、確かにマスター・パワーローダーが評した通り病的に自分本位であった。言ってみればマッドサイエンティスト気質であり、それは体育祭での印象通りでもある。
ただ、「悪気なく周りに迷惑をかけ得る気質」の人間を伴侶としているからか、自分でも思っていた以上に交流は滞りなく済んだ。むしろ盛り上がったと言ってもいいだろう。もちろん私が機械とプログラム、双方に詳しいからということも否定はできないだろうが。
まあ、そんな私の知識も利用できる材料程度にしか考えていないようなので、パワーローダーの人物評を改める気にはならなかったが……少なくとも技術を悪用するつもりは――結果的に被害が出るとしても――ないようだし、知人として交流することに忌避感は覚えなかった。
そういうわけで、ミドリヤのコスチュームの件ではハツメと延々と盛り上がってしまったが、それに見合うだけのものは出来上がるはずだ。普段からシールド女史とやり取りをしている私がフルガントレットの詳細な情報を取り寄せることに成功したので、ミドリヤも色々と納得済みである。
ここで依頼人の要望を全面的に受け入れる辺り、間違いなくハツメは有能な技術者であろう。その上で自分の色を出そうとしているので、なおさらだ。まあ彼女の場合、それが不安要素でもあるのだが。
それはさておき、工房での用事はひとまず全員済んだ。チャイムも鳴って、放課後が近くなったので、我々は工房を辞することとなった。
その放課後。私はマスター・オールマイトの呼び出しに応じて、一人仮眠室へと足を運んだ。
扉をノックして、入室の了承を得て中に入れば、そこにはテーブルを挟んで置かれた椅子のうち、片側に二人で並んで座るオールマイトとミドリヤがいた。
オールマイトはトゥルーフォームである。一般的には秘匿されている姿を隠さないオールマイトに、ミドリヤがうろたえているが。
「えっ、お、オールマイト? いいんですかっ?」
「大丈夫だ緑谷少年、彼女は承知している」
「あ、そ、そうなんですか……」
説明を受けたミドリヤは、ホッとして胸を撫で下ろす。
そんな二人を眺めながら、私は概ねの状況を理解した。オールマイトに促されるまま対面に座りながら、声をかける。
「本日は、お二人の“個性”に関する話という理解でよろしいでしょうか?」
「えっ」
「そ、そのつもりだが……それもフォースかい?」
「この場においては単に推測ですね。そのための材料が集まったのはフォースによりますが、偶然も多々ありましたよ」
たとえば我が家のドロイドの名前とか、と説明すると、二人とも納得した様子でどこか遠い目をした。
フォースはもちろんなのだが、この二人は根本的に隠し事に向いていない性格なのだ。まあ、それについては触れずともいいだろう。
「……まあ、それじゃあ早速本題に入ろうか。……そのために、だが……増栄少女、君は緑谷少年の“個性”について、どこまで把握しているかな?」
どこまで、か。
ふむと小さく応じつつ、軽く顎に指を添えて、己の記憶をさらう。その記憶を整理しつつ、口にする言葉を吟味して。
「……“個性”の名前は『ワンフォーオール』。強大な力を行使するもの。強大すぎるために制御が難しく、自傷する危険性を常に孕む。そして……他人に分け与えることができる。ミドリヤのそれは、マスター・オールマイトから渡されたもの。こんなところですか」
そして箇条書きするがごとくに話した私に対して、ミドリヤが「大体あってる……」と顔色を悪くしていた。
「素晴らしい。よく気づいたね。……なら私たちが“個性”を秘匿していることも、理解してくれているね?」
「はい」
他人に分け与えることができる。その特徴は裏を返せば、やり方次第で力を奪えるということでもある。
そして、あれほどの力だ。無軌道に使われようものなら、とんでもないことになる。オールマイトが、そしてミドリヤが秘匿しているのも至極当然と言える。
「だがすべてでもない。間違っている点もある。……ということで、改めて説明させてもらいたいのだが……すまない。この件に関しては、増栄少女に拒否権はないものと思ってくれ。なぜかは説明がすべて終わったときに自ずとわかるはずだから」
「わかりました、よろしくお願いします」
オールマイトの強い言い方に、少し不審に思うところはあったが……彼という人間のことは信頼していい。
恐らく事情があるのだろう。彼がそうすべきと考え、今まで秘匿していた情報を私に開示しようと言うのだ。ならば信じるべきであろう。だから私は素直に応じた。
そんなオールマイトが語ったところによると、「ワンフォーオール」は分け与えられるのではなく、譲渡できるのだという。力の一部を切り取って与える、のではない。力そのものをすべて受け渡す、という仕組みらしい。
「私がもうヒーローとしてあまり長く活動できないのは、もちろん怪我の後遺症や年齢のこともあるが……何より、既に私の中にワンフォーオール本体がないからに他ならない」
彼はそう言って、胸元に手を当てた。まるで大切な宝物に触れるような、とても繊細な動きだった。
「私の中にあるのは、残り火……いずれは完全に消え、無個性に
「……なるほど、あの戦いの最中でグラントリノが危惧していたことはそれですか。単に戦えなくなるのではなく、力そのものを失うことへの」
「その通りだ。……とはいえ、私としてはオールフォーワンとの戦いですべて出し切るつもりでいたんだけどね。それが今なお力を残していられるのは、君のおかげだ。改めて、お礼を言わせてほしい。ありがとう」
そしてオールマイトは頭を下げた。これについて問答をするつもりはないので、素直に受け取る。
「さてそんな私の、残る活動時間だが……一日におよそ
話を戻してそう言うオールマイト。
私はこれに対して、思ったより短いと思ったのだが……これに一番大きく反応したのは、なぜかミドリヤだった。
「えっ?」
彼は困惑している様子だった。その内心には、信じ難いという感情。
だがそれは、「オールマイトがもうそれだけしか動けないこと」に対するものではない。むしろ……。
「え、あの、オールマイト?
まさかと思った私だったが、そのまさかだった。思わずオールマイトに目を向ける。
彼は私たちに順繰りに頷きつつ、最終的には改めて私に目を向けた。
「そう、まさにそれだ。その件で、増栄少女を呼んだんだよ」
「というと?」
「実は神野事件の直前、私の活動可能時間は一日に一時間二十分くらいだった。ところが事件の翌日は一時間五十分ほど動けた。三十分ほど伸びていたんだ。
あれから少し時間が経って、また目減りしつつあるが……それでもこれは本来あり得ないはずなんだ。残り火は所詮残滓、減ることはあっても増えることはないはずだからね。
けれどそのあり得ないことが起こった。そしてなぜかと考えたとき……思い当たるものが一つあった」
「……私の増幅ですか」
「その通りだ」
私の応えに大きく頷いたオールマイトは、こちらに身を乗り出してきた。
「君に、もう一度聞きたい。あのとき、君は私の何を『増幅』したんだい?」
あのときは、確か。
「……『若さ』。それから『ワンフォーオール』を」
答えながら、私はおおよそのところを察した。ミドリヤも同様だろう、大きく目を見開いて私を凝視している。
「……やはりか。どうやら間違いなさそうだ。つまり、君の“個性”によってワンフォーオールの残り火に燃料がくべられた……そういうことなのだろう」
「で、でもオールマイト! そんなこと、あるんですか? 増栄さんの“個性”は永続と一時の二種類があって、でもあのときオールマイトが復活していられたのは確か三分程度で、それはつまり使われたのは一時増幅のほうということで……!」
「ミドリヤの指摘に同意します。私の力……一時増幅は、一瞬で増え一瞬で消えます。何日も日をまたいでまで影響を残し続けることは不可能なはずです」
二人でオールマイトに言い募る。
だが彼は、これを予想していたのだろう。落ち着いた様子で、人差し指を立てて見せた。
「そうだね。そこで一旦、別のほうへ話を向けたい。ワンフォーオールそのものについてだ。ワンフォーオールは特殊な成り立ちを持つ“個性”でね……実は二つの“個性”が合わさって生まれた“個性”なんだ」
彼の言葉に、ミドリヤが何かに気づいたらしい。彼は大きく、また短く声を上げて、硬直してしまう。
「……そう、二つの“個性”。ワンフォーオールの元になった“個性”は……『“個性”を譲渡する“個性”』。そして――」
――「力をストックする“個性”」さ。
この言葉に、私も驚いて硬直した。
「この“個性”を、今に至るまで私を含めて八人の人間が受け継いできた。オールフォーワンという巨悪に立ち向かうために、力をひたすら蓄え続けて……そして私の時代、この“個性”は究極のパワーを発揮する増強系“個性”として完成に至った。
けれどね、ワンフォーオールの超パワーは副次的なものなんだ。本来の効果は、あくまで力をストックすること。力を貯めて受け継ぐ……それがワンフォーオールの第一義で、私たちの超パワーはあくまでその貯金を切り崩しているようなものなのさ。まあ、その貯金は四十年かけてもほとんど切り崩せないくらい、やたら有り余ってるわけだが」
オールマイトはそう言い切って、拳を握って見せた。静かで、穏やかな言動。けれどそこには、間違いなく時代を背負った男の迫力があった。
「……ということは、まさか」
「その通り。君の“個性”が増幅する際、残り火はそのエネルギーを吸収しストックしてしまったんだ。それが本来の機能だし、残り火とはいえワンフォーオールはワンフォーオールだから、当たり前と言えば当たり前なんだろうけどね」
「ストックしたエネルギーの本質が“個性”そのもののエネルギーなのか、増幅によって増えた力そのものなのか、増幅の燃料になった増栄さんの栄養なのか……どういう原理なんだろう……不思議だ……! それに増栄さんの“個性”だけがそんな結果を生んだのは一体どういう……」
オールマイトの言葉に考察を始めたミドリヤをよそに、私は恐らくフォースの影響だろうなと考えていた。
何せ私の“個性”は、フォースによってありとあらゆるものに効果を及ぼすことができる。若さなどという概念をも対象にできるのだから、ワンフォーオールに直接エネルギーが伝わっても何もおかしくない。なぜならフォースは、この宇宙のあまねくすべてに存在するのだから。
それで行くと、
「うん、そこはわからないから、ひとまず置いておくよ。重要なのは、使い方次第でワンフォーオールそのものを強化できてしまうという点だ」
「それの何が問題なのでしょうか? 強化できるのであれば、それに越したことはないと思いますが」
「うん……普通はそうなんだけどね……」
私の言葉に応じたオールマイトは、一旦区切った。そして一息ついてから、ちらりとミドリヤを見た。
その意味がわからず、首を傾げるミドリヤ。
「……この際私のほうはいいんだ。最近は引退を視野に入れて動き始めているし、本当なら私は神野ですべて出し切っていたはずだしね。最悪引退までの時間を引き延ばすにしても、今まで使い続けてきた力だからよほど無茶をしない限り私は問題ないはずだ」
彼を優しい目で見つめながら語るオールマイト。その内心にあるものは、ただ一人の人間を案ずるものであった。
「……ワンフォーオール自体を強化することで、ミドリヤがどうにかなってしまう、ということでしょうか?」
しかしこのままでは話が進みそうにないので、私は率直に問うた。
いきなり話題に上がったミドリヤはきょとんとするが、オールマイトは一転して真剣な険しい顔になった。
「ワンフォーオールはね……強くなりすぎたんだよ。鍛えていない人間が継承することが不可能になってしまっているくらいにね」
「あ……っ、そ、そうか……! 鍛えていない人間が受け継いじゃったら、身体がワンフォーオールの力に耐えられなくて爆散してしまうって……!」
「なんだって?」
思わず声を強くしてしまったが、無理からぬことだろう。ミドリヤの発言は、それだけ聞き捨てならなかった。
彼は語る。自分がワンフォーオールを受け継いだのは、オールマイトに見出されてから約十ヶ月後。雄英一般入試の当日のことだったと。
ではそれまで何をしていたかと言うと、ひたすらに身体作りに励んでいたらしい。それはもちろん、ヒーローになるためには筋肉諸々の身体機能が必要だからだが……同時に、ワンフォーオールを受け継ぐための器作りでもあったという。そうしなければ“個性”そのものの力に肉体が耐えきれず、身体が内側から爆ぜて死んでしまう可能性が高かったから。
だとすればなるほど、強くなりすぎたという表現は誇張でもなんでもない。ただの事実だろう。
そして身体に合わない力が器を……つまり所有者の肉体を破壊してしまうなら、私にこの件で拒否権がないというのも当然だろう。
「それだけじゃあない。この懸念はワンフォーオール以外にも付きまとうと思うんだよ。デイブが“個性”を増幅する研究をずっとしていたから、この分野には少し知識があってね……デメリットのある“個性”の場合、そのデメリットすら強化してしまいかねない」
そしてそう言われれば、私に否があるはずもない。かのデヴィット・シールド博士の名前を出されたなら、なおさらだ。
「そういうわけだから……増栄少女。君に話を聞かないと拒否する権利はないと言ったのは、そういうことだ。
君には今後、
重々しく告げられた言葉に、ミドリヤがごくりと唾を呑む。
しかし、だからこそ私は即座に頷いた。
「承知いたしました。お約束します、みだりに使うことはいたしません」
この即答に、一周回って驚いたのかオールマイトは目を丸くする。
「……いいのかい? あれは君の切り札の一つだと思っていたが」
「それは否定しませんが……元々曖昧なものを増幅するとなると、燃費が悪いのです。個性因子ではなく“個性”そのものを対象にするとなると、たった一分の増幅でもかなり消耗しますから。進んでやりたいとは思うものではないのですよ」
「そうか……。うん、君が理性的な子で助かったよ。ありがとう」
「感謝されることではありませんよ。友人を殺めてしまう可能性があるのであれば、誰だって控えるでしょう。それに、治療のために使ったり、単に腕力を底上げしたりする分にはいいのでしょう?」
頭を下げるオールマイトを制して、私はそう言った。
これに対して、ミドリヤがはにかむ。オールマイトも緊張を解いたのか、にこりと微笑んだ。
「もちろんだとも。“個性”そのものでなければ、問題はないはずだ」
「でしたら大丈夫ですね。よかった、これからも私は友人たちの力になれる」
「増栄さん……その、いつも本当にありがとう」
ミドリヤはそう言うと、感極まった様子でくしゃりと顔を崩す。
私はそんな彼に、「どういたしまして」と笑みを返した。そうして、二人で笑い合う。
室内に、穏やかな空気が漂い始めた。それまでの緊迫した気配は、霧散している。
だがそれを確認して、私はふと思い立って釘を刺しておくことにした。
「しかしミドリヤ。たとえ非常時であっても、君からワンフォーオールの増幅を求めるなんてことはしないでくれよ?」
「えっ、しないよ!? 好き好んでそんな危ないことするはず……」
「あるだろう。胸に手を当ててよく考えたまえ。個性把握テストに始まり、最初の戦闘演習、USJ事件に体育祭、それに何よりマスキュラー戦を思い返しながらだ。君は自分を犠牲にすることに対して、いささかたりとも躊躇しなかったじゃないか。私はあり得ると思っているぞ。それこそオールフォーワン級の敵と対峙したとき、君にワンフォーオールを増幅しろと言われても私は驚かない」
「うっ……!」
胸を押さえて、ミドリヤがのけぞった。心当たりしかないはずだ。むしろこれでないと言おうものなら、私は本気で怒っていただろう。
ちなみにオールマイトは口元を隠しつつ、顔を思い切り逸らしていた。こちらも心当たりしかないのだろう。似た者師弟だ。
「……返す言葉もございません……」
「誰かのために命を賭けられる君の心根は、とても尊いものだ。私が君を尊敬する所以でもある。だが誰かを助けるために君が犠牲になったら、残された家族や私たち友人は喜べるものも喜べないんだ。コータのようにな。だから、無理はしないでくれ。一人で飛び出す前に、頼ってくれ」
「うん……気をつけます……」
そしてミドリヤは、そう言ってしおらしく身体を小さくした。
ここまで言えば、さすがに非常時でも迷わず命を使おうとはしないだろう。まあ、そんな状況に接する機会などそうそうないだろうがね。
……ちなみにこの後、オールマイトの“個性”を回復させることはしない、ということで我々は正式に合意した。増幅のコストとなるものが私の栄養であり、やりすぎた場合どうなるかをデータの上でも実体験としても理解している二人は、私の健康を害してまでするべきことではないと判断したのだ。
何より、ほぼ全力の全能力増幅に近しいコストを費やして得られる効果が、わずか三十分ほどの延命(しかも時間経過で目減りする)では割に合わない。
私としても、慣れているとはいえそう何度も頻繁に栄養失調に陥りたくはない。オールマイト自身も既に引退を念頭に置いて動いていることもあり、彼らの主張にありがたく頷かせていただいた。
一応、最終手段としてそれしかないのであればやぶさかではない、とも答えたが……そんなことは起こらないと願いたいものだ。
イチャつかない回でした。
ちょっとした考察回でもあり、久々の「フォースと個性の悪魔合体」回でもあります。
感想欄で「今デクが持ってるOFA本体を増幅したらパァンしそう」とか「OFAを増幅したら多少エネルギーが残るのでは」と指摘されたとき、久々に「貴様ッ(作者の心の中を)見ているなッ!」と思いました。
あとそれとは別に、いくつか前振りを。
「フォースと個性の悪魔合体」は、ずっとタグに入れている通り本作において地味にめちゃくちゃ重要な要素なので、今後も覚えておいていただけると幸いです。
いやまあ、デクくんへの「やるな」は皆さんお察しの通り、「押すなよ、絶対に押すなよ」みたいなもんですが。
スターウォーズメイン、ヒロアカサブの長編閑話って読みたいです?
-
読みたい
-
あるならまあ読む
-
あんまり気が乗らない
-
いらない