銀河の片隅でジェダイを復興したい!   作:ひさなぽぴー

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12.その後の二人

 春休み。私は自宅でライトセーバーを組み立てながら過ごしていた。

 相変わらず進行は緩やかだが、しかし確実に前進している。このペースなら、年度が完全に改まる頃には完成するだろう。

 このペースを維持できるのなら、だが。

 

「じゃーん! どうですかコトちゃん、新しいトガですよ! セーラー服なのです!」

 

 そう、私のすぐ横にはトガがいた。両手を広げ、これ見よがしのアピール。ひらりとスカートの端をひらめかせることも忘れていない。相変わらずよくやるものだ。

 

 私はそんな彼女をちらりと横目で見やり、言葉を返す。

 

「ああ……うん。ファッションのことはよくわからないが、君によく似合っていることはわかるよ。とてもカァイらしい。手が離せなくて、あまり見てあげられないのがもったいないくらいだ」

 

 ライトセーバーは武器ゆえに蛮用が可能だが、精密機械でもある。こと組み立て中などは、少し手元が狂っても組み上げることはできなくなる。フォースとの対話も必要だし、ただの機械いじりとは少々方向性の違う手間がかかるのだ。

 

 とはいえ、おざなりに答えたつもりはない。私はわりと本気で、セーラー服がトガによく似合っていると思って答えた。彼女はとても、見目がいい。

 

「えへへへへー、でしょうー? この高校にして正解でした!」

 

 そこは伝わっているようで、トガは照れた様子で嬉しそうにんまりと笑った。

 

 ……彼女は卒業式のあの日から、定期的に我が家にやってきている。表向きは前にも述べた通り、私の”個性”訓練の協力であり、友人との交流である。

 それなりの頻度であるため、我が家にもかなり馴染んでいる。私の両親……特に母上は、私が初めて友人を自宅に招いたことに感動していたので、いささか認識に差があるように思うが、それはさておき。

 

 母上の私への呼び方をすっかり気に入ってしまったトガは、お聞きの通り「コトちゃん」と呼んでくる。別に構わないのだが、心の距離の詰め方がバグっているように思えてならない……。

 

「……待て? 先ほどの言い方、もしかして制服のデザインで行く学校を決めたのか?」

「もちろん! だって、制服が可愛くなかったらやる気だって上がらないもん」

「あー……わからないとは言わないが、自らが通う教育機関を選ぶ基準としてはどうなんだ?」

「やだなぁコトちゃん、カァイイは正義なんですよ!」

「……私にはよくわからない世界だ……」

 

 ぐっと拳を握ってやけに熱く語るトガだが、この手の話は本当によくわからないので、これ以上コメントができない。

 

 そもそもジェダイにとって、必要以上に着飾ることは欲望の喚起に繋がる行為のため、基本的に禁則事項だ。

 さすがにジェダイ・カウンシルや共和国議会など、一定以上のドレスコードが求められる場所ではその限りではないが……そういうときでもジェダイは伝統的なローブが基本である。

 

「むー、もったいないです! コトちゃんはとってもカァイイんだから、もうちょっとオシャレするべきですよ!」

 

 ぷう、と頬を膨らませながら腰に手を当て、軽くにらむようにして私の顔を覗き込んでくるトガ。

 

 手元の細かい作業の邪魔なので、それはゆるゆると押しのけてどいてもらうが……まあ、言いたいことはわからなくはない。

 なにせ今の私の格好は、使い古した上に油汚れがそこかしこについたシャツと、同じく緩いズボンである。幼くとも女が好む格好ではないだろう。

 

 私は普通ではないので、別に構わないのだが。これで式典やら何やらに出席するつもりなら問題だろうが、時と場合はわきまえているつもりであるし。

 

「本当、その通りよねぇ。トガちゃんももっと言ってあげて。この子ったらぜんっぜんオシャレしようとしないんだから」

 

 と、そこに飲み物と菓子を持って母上がやってきた。トガが顔をほころばせる。

 

 私はそんな母上に顔をしかめるが、この件に関しては母上は明確に私の敵である。

 なぜなら、母上が私に着せようとする服の大半が、あまりにも飾りの過剰な豪奢なものであり、私の精神的にも戦闘や訓練に不向きという意味でも、着たいと思わないのだ。これに関しては、感性が合わないと言わざるを得ない。

 

「ですよね! ほらコトちゃん、お母さんもこう言ってるし、もうちょっとだけオシャレしましょうよぉ」

「断る。第一、そこに資金と時間をかけている暇はないんだ。……それに、そもそも我が家は私の”個性”のせいで、ただでさえ食費がすごいことになっているんだぞ。無駄遣いは慎むべきだろう」

「……あんなこと言ってますよお母さん!」

「はあ……もう、この子はいい子なんだけど、いい子すぎるのも問題よね……」

 

 解せない。

 

 しかしここで下手に抗弁すると、より面倒なことになると過去の経験から私は知っている。

 なので、母上とトガが私を着飾るという話で盛り上がる様子を尻目に、ただ黙して作業に没頭することにした。これは時間の効率的な取捨選択である。

 

「はあー……コトちゃんはカァイイなぁ。ちんまくてカァイイ」

 

 と、そうこうしているうちに、いつの間にか母上は退室したらしい。一人になったトガが、後ろから私の身体を抱きすくめてきた。

 彼女はそのまま私のうなじ辺りに顔をうずめると、すんすんと鼻を鳴らす。

 

「いいにおい。血の匂い……」

「……それは君が頻繁に私から血を吸っているからだろうに」

「うん、私好みの匂いになったのですよ」

 

 くふふと妖しく笑うトガに、私は苦笑する。

 

 最初のうちは、顔を合わせるたびにカッターナイフであちこちを切り刻まれていたものだ。傍目には、完全に猟奇殺人の現行犯だったろう。今でも犬のような嗅覚に優れた生き物からすれば、私は常に血の匂いを漂わせる危険人物に映っているだろうな。

 

 ともあれ、今の位置関係では見えないが、今のトガがまとう雰囲気は直前までとは違う。母上と談笑していたときとは打って変わって、はっきりと暗黒面の気配がするのだ。

 それだけわかれば、彼女がこれからどうするか、今何をしたいのかはわかる。

 母上は一度飲み物などを持ってきたら、あとは基本的に顔を出さない。つまり……ここからは、誰も邪魔をしない。

 

「いい? もういいよね? チウチウするね?」

「どうぞ」

「いただきまぁす!」

 

 そうして彼女は、私のうなじにかみついてきた。

 

 タイミングも完全にわかっていたので回避は容易いが……私はこれを受け入れる。

 トガが今、曲がりなりにも表社会の中で生きているのは、こうやって定期的に内なる欲求を発散できているからだ。しかし、そんな彼女も進歩している。

 

 何せ、吸う前にちゃんと許可を取る。おまけに私から血を吸うに当たって傷つける量が、少しずつ減ってきているのだ。傷をつける箇所も、外からはわかりづらい場所に変化した。最近などは、血がにじむ程度にかみつくくらいで済む日もある。おかげでこの最中でも他のことができる。

 私には彼女の心境の変化を見透かすことはできないが、それでも……いや、だからこそ、少しずつ前進しているのだと信じたい。

 

 そう思いながら、私は己の身体に触れて”個性”を発動させる。対象は、私自身の自己治癒能力と造血機能。これによって、私につけられた傷は早々と完治するし、多少血を失おうがすぐに血液量も回復できる。

 この際、どこをどういう風に、どのような意図を持って、どれくらいの量、増幅するかを意識する。そうすることで、”個性”のいい鍛錬になるというわけだ。

 

 ……人知を超えた速度で傷が癒えていく光景は、今でも信じがたいと思う。共和国時代、驚異の治癒能力を持つバクタ溶液(SFでお約束の、全身浸かるタイプの医療ポッドに入ってる液体)でさえ、もっと時間が必要だったはずだが。まったく、”個性”というものは末恐ろしい。

 

 そうやって治っていく傷に、トガの吸血は勢いを増す。まだ行かないで、もう少しだけ、もっと、と言いたげに。それがむず痒く、私は少し身動ぎした。

 

 やがて傷が治り、血が出なくなったところで一回とカウントし、ひとまずはおしまい。最初の日、トガが際限なく血を吸おうとしたので、以降区切りをつけるために設けた私たちのルールだ。

 

「…………」

 

 そうして区切りがついたところで、トガが少し顔を上げる。その頃には材料が尽きていて、私もセーバーの製作を打ち切っていた。

 だから、自然と私たちは至近距離で顔を突き合わせる形となる。そして蕩けた視線と、切なく上気した顔が向けられた。

 

 ……吸血のときはいつもそうなのだが、終わった直後の彼女はあまりにも淫靡に色づいていて、男には見せられないように思う。はふう、と名残惜しそうに漏れる吐息はなまめかしく、いまだ花の開き切っていない歳頃の少女とは思えない妖艶さだ。

 肉体的には女であり、ジェダイとして精神修練を積んだ私でなければ、大変なことになっているのではないだろうか。

 

「ありがとう、コトちゃん」

 

 そして彼女はそんな状態のまま、花がほころぶように笑うのだ。全幅の信頼を込めた、油断し切った笑みである。

 だからなのか、級友らといたときよりも楽しそうに笑っているように見える。少なくとも私には。

 

 ……まあ、その笑顔は大抵の人には気色悪いにやけ顔に見えるようだが。これは個性の範疇だろうと私は思う。無論、原義の意味でだ。

 

 それに、彼女がこうやって笑う頃にはもう、暗黒面の気配は薄れているのだ。消えはしないが、これくらいなら、その辺りに行き交う人間にもまとっているものはいる。

 ならば今の彼女を悪人だと、誰が断じることができようか。

 

「んふふ」

「? どうした?」

 

 にまにまと笑いながら、トガが身体を預けてきた。そのまま私たちは抱き合った状態となり、私の肩には彼女の頭がこてんと乗った。

 

「気づいてました? ()()()()()()()()()()

 

 そんな状態で、彼女は私の眼前に三つ編みを差し出してきた。

 

 言われてみれば確かに、トガの髪型が変わっている。以前までは肩甲骨くらいまで髪を伸ばしていたが、今は肩に触れる程度までとなっている。

 その髪を、一本だけ三つ編みにしてサイドに流してある。これは……この髪型は。

 

「……私に合わせたのか?」

「はい!」

 

 にまりと笑うトガ。

 

「……私のこの髪型はパダワン特有のもので、いずれ切り落とすつもりなのだが」

「は? そんなのぜんっぜんかわいくない! ダメですよコトちゃん、そんなことしたら!」

「ええ……髪型などどうしようが私の自由だろうに……」

「うー……じゃあ、そのときは私も切り落とします!」

「……好きにしてくれ」

「はい、そうします!」

 

 元気に宣言するトガ。相変わらず、やたらと思い切りのよすぎる少女である。

 まあこういうときの屈託のない顔は、血を吸っているときやその直後に見せるものとは違って本当に歳相応のものなので、私としてもついつい受け入れてしまいがちなのだが。

 

「ふふ」

「今度はなんだ?」

「楽しいなぁ。楽しいねぇ、コトちゃん」

 

 と思えばこれである。彼女は思考が独特というか、たまに過程を吹っ飛ばして、私には理解が追いつかないことを言うときがある。

 しかし、そんな彼女を受け入れるのだと決めたのは私だ。理由もなく無碍にするわけにはいかないし、するつもりもない。

 

 だから、

 

「……そうだな」

 

 私も、笑ってそう応じるのだ。

 

 願わくば、彼女のこれからがフォースと共にあらんことを。

 




EP1、もうちっとだけ続くんじゃ。
具体的には3話くらい。

誰かパダワンスタイル(ただし主人公同様、髪の長さは肩にかかる程度であるものとする)な髪型のトガちゃん描いてみてくれないかな・・・。
絶対カァイイと思うんですよね・・・。

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