銀河の片隅でジェダイを復興したい!   作:ひさなぽぴー

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幕間 此方もまた雛鳥

「――……ッッッッ!!」

 

 彼女の身体から赤い閃光が稲妻の如く溢れ出し、即座に収束。全力の怒りによって、ありとあらゆる力が人の限界をいくつもまとめて踏み越えた。

 と同時に、ある意味で純粋な感情一色に染め上げられたフォースが吹き荒れる。強すぎる心の動きに応じて暗黒面の力がたぎり、周囲一帯が薙ぎ払われた。木々が倒れ、石が飛び散り、砂塵が舞い上がる。

 

 そこはどこかの森だ。けれども彼女……死柄木襲の周辺は、まるで無理やり整地したかのように何もなく、平らにならされていた。

 

 ――できない!

 

 襲は心の中で叫ぶ。

 本当は思い切り声に出して、物理的に当たり散らしたかった。地面を殴りたくてたまらない。

 

 けれどそれはできない。してはいけない。

 これは宿題だ。先生からの。

 

 だから、覚えなくてはいけないのだ。怒りを我慢する、ということを。

 

 襲は怒りで握り締めた拳をにらむように見つめつつ、どうにかこうにか己をなだめすかして少しずつ手の力を抜いていく。焦らなくていい、と言い聞かせながら、ゆっくり、ゆっくり。

 そうしてたっぷり十分近くの時間をかけて、彼女は己の”個性”を鎮めきった。赤い光が、本当の意味で消失する。

 

 それを確認して、襲はため息をついた。そのまま背中からぱたりと地面に倒れ込む。見上げた空は彼女の心境には程遠く、憎らしいほど青く澄み渡っていた。トンビが鳴きながら飛んでいる。

 

「……あー、くそっ。むつかしい……イライラする……!」

 

 ぼやく襲だったが、実のところ単純に怒りを抑えるだけならそこまで難しくないと思っている。そもそもの話、状況に応じて怒りを制御することは、昔はそれなりに()()()()()()()のだから。

 

 ではなぜつい最近まで制御していなかったのかと言えば、制御する必要がなかったからとしか言いようがない。

 もう、()()()から解き放たれたのだ。()()()は滅んだのだ。理不尽に従わされる必要も、自分を抑える必要もなくなったし、外の世界の大体のものは無軌道な彼女にすら敵わないものが大半だったから。

 

 だから、やろうと思えばできた。身体が覚えていた。自転車や水泳と同じだった。

 

 ただ。

 

「……てゆーかさぁ。もしかしなくっても、超能力とボクの”個性”って相性超悪いんじゃ……」

 

 半目で空の彼方をにらみ、襲はひとりごちる。

 

 怒りをたぎらせれば、彼女の”個性”はそれだけ強くなる。彼女の「憤怒」は身体機能を全般強化するので、怒れば怒っただけフォースの出力も加速度的に上昇する。

 

 しかし、フォースの制御のためにはそれ相応の集中が必要になる。怒り狂っている最中にそれを行うのは難しく、ましてや最大出力で「憤怒」しているときなどはフォースの制御は最低限になってしまうのだ。その状態で、勢いの増したフォースをどうこうできるはずがない。

 

 もちろん怒りを抑え、”個性”もほどほどでフォースを使えばバランスよく二つの力を併用できる。だが、それは所詮絵に描いた餅。言うは易くとも、行うには難いのである。

 

 それに、最大出力で「憤怒」しているときに万全にフォースが扱えるのであれば、そのほうがいいに決まっているわけで。

 

 先生が出した宿題も、そういう意味なのだろうと襲は認識している。だからこそ、フォースと”個性”の併用を特訓していたのだが……これがまったくうまくいかない。

 なぜなら、怒った状態で集中など容易ではないから……というわけで、結局話は振り出しに戻るのであった。

 

 はあ、とため息をつく。そうして襲は、しばらくぼんやりと空を眺めていた。トンビの鳴き声が、降り注ぐ。

 

 その、トンビに。

 

「……えいやっ」

 

 彼女は手を向けた。

 途端、フォースによってトンビの身体が拘束される。今までとは明確に異なる鳴き声が降ってきた。

 

 ただ、それ以上の変化はない。トンビの身体に怪我が生じることはなく、ましてや首が締まることもまったくなかった。

 襲がどれだけフォース制御に意識を割いても、力を込めても、望んだ結果は起こることなく。

 

「……ダメじゃん! ああもう、なんでうまくいかないんだよクソが!」

 

 失敗に苛立ち、制御が緩む。結果、トンビは拘束から逃れ、混乱しながらも大慌てでこの上空から離れていった。

 

 うっかり怒りを露わにしてしまったことを反省しつつ、襲はそれを見送る。完全に視界からトンビが消えたところで、掲げていた手を地面に下ろした。

 

「くっそー……! こっちも全然だ……! あのクソチビも金髪女も()()()にいなかったくせに、どうやってあんなに使いこなせるようになったんだよ……!? 銀の鍵があればこんな苦労しなくて済むのに……!」

 

 空をにらみながら、ぶつくさと不平を口にする。

 

 そんな彼女の脳裏にあるのは、二つ。合宿襲撃直前に感じた探るフォースの感覚と、 幼女にべったりな金髪女がムーンフィッシュを完封したと言うコンプレスの証言だ。

 襲はそれらの技を、”個性”ではなくフォース……彼女が言うところの超能力によるものだと直感した。根拠はなかったが、答えを導くフォースに気づかないままではあったが、とにかく襲はそう確信した。

 

 と同時に、ならば自分でもできるはずだと思った。そしてやってみて、まったくできない自分に激怒した。

 

 襲にもプライドというものはある。地獄で生き残ったというプライドだ。

 

 いつも誰かが泣いていた。絶望だけがそこの支配者で。自由なんてものは存在せず、非人道的な実験によって次々に子供が()()されていく理不尽な世界。それが彼女にとっての世界のすべてだった。

 そんな場所で過ごしていた自分が、どう見てもそこらの一般家庭でぬくぬくと生まれ育ったであろう連中より劣っているなんて思いたくなくて、認めたくなくて、腹立たしいことこの上なかった。

 

 それでも最終的には、先生を助けられなかったのは自分の力不足のせいだと。フォースの扱いで劣っていると、渋々ながらも認めたからこそ、襲は特訓に励んでいる。”個性”とフォースの併用は当然として、それとは別にフォースそのものの扱いについても特訓しているのだが……こちらも結果は芳しくない。

 

 何せフォースの件で襲が参考にできるものなど、かつての組織の教義以外にないのである。そんなものには頼りたくなかったが、他に手段がないので仕方なくその記憶を思い出そうとしたが……これは逆効果も持っていた。

 

 なぜなら、フォースに関する記憶を掘り起こそうとすればするほど、自らが経験してきた地獄も一緒に思い出さなければならないから。そこで失ったもののことも思い出さなければならないから。

 

 ()()を脳裏に浮かべた瞬間、必ず終わりを意識してしまう。自分がそこから解放されたとき、という意味の終わりではない。大切なものを失ったとき、という意味の終わりだ。

 

 そうなれば、我慢などできるはずもなく。

 結果、それも怒りに繋がるため、”個性”ばかりが勝手に伸びていく。フォースのほうの成長が遅く、二つの技術の差が縮まるどころか広がる一方であることには、さすがの襲も多少なりとも焦りを感じていた。

 

「……はあ……」

 

 ただ、どれほど心が苦しかろうと、()()を忘れようとは思わない。そんな思い出があるからこそ今伸び悩んでいるのに、それでも忘れたいと思ったことはなかった。

 

 ()()は間違いなく、襲にとっての傷だ。しかし傷であると同時に、大切なものでもあった。

 

「……あーっ、もうやめ、やめやめ!」

 

 不意に首を振る。と同時にフォースを使い、襲は仰向けに寝転がっている状態から身体を跳ね上げ一気に立ち上がった。

 

 さらに、その一瞬の間に離れたところに手を向けフォースプルを使う。

 引き寄せられてきたのは、白銀の剣だ。鍵をあしらった握りは地獄を生き抜いた証であり、七大罪の冠名を与えられた証でもある。

 

「行き詰ったときは、別なことして気分転換だよねぇ!」

 

 そうして襲は、剣をがむしゃらに振り回す……ことはなく。懐から取り出したスマートフォンでインターネットに接続すると、動画サイトを開いた。

 

 履歴画面からアクセスした動画は、旧時代の遺産とも言うべきもの。いまだ”個性”が存在していなかったころに、集客半分記録半分で撮られた西洋剣術研究家の動画。剣と振るうための技を、最低限ながら解説つきで次々に披露するものだ。

 

 襲はしばらく、それに没頭する。さほど長くはない動画を、繰り返し何度も確認する。

 満足するまでそうしたあとは、スマートフォンを放置して一心不乱に剣を振るう。目で見た動きをなぞるように、自らの身体に染み込ませるように。

 

 動きが少しずつ、洗練されていく。それはフォースの制御とは異なり、明確な成長だった。

 

「……うん! やっぱボクには身体動かすのが性に合ってる。小難しいこともできなくはないけど、向いてないんだなぁ」

 

 ひとしきり動いて、彼女はひとりごちる。身体を動かして汗をかいたその顔には、敵対したことのあるヒーローサイドの人間が見ても別人と思いかねないほどの笑みが浮かんでいた。

 

「……んぅ?」

 

 と。

 

 動画を映していたスマートフォンが、着信を告げる音を奏で始めた。

 やることが一段落し、気分転換も済ませて珍しく怒りを一切抱いていない状態の襲は、それを素直に引き寄せて応答する。

 

「なーにー?」

『お、今日は一発で出たな。珍しいこともあるもんだ』

 

 画面に表示されたのは、仮面で顔を覆ったシルクハットの男。背景はどこかの廃工場か何かのようで、古びた配管や元のわからない廃材が転がっている。

 

 男……ミスターコンプレスを見て、襲は小さく首を傾げた。

 

「コンプレスぢあーん。何の用ー? 定時連絡の時間にはまだなってなかったと思うけどぉー? くすくす、時間わかんなくなっちゃったぁー?」

『荼毘と連絡がつかねーんだけどさ、襲ちゃん何か知らねーか?』

「はぁー? あんなヤケド男のことなんて、ボクが知るわけないじゃん。でもどーせあれでしょぉ、ステイン先パイ好き好きマンだしぃ、どっかで社会のゴミでも燃やしてんじゃなーい?」

『それはそう。……ったく、しゃーねーなあいつは。義爛にも聞いてみるか』

「……ってゆーかさぁ、そんなことのために電話してきたわけぇ? 一人でも捕まったら全員が危ないって言ってたの、どこの誰だったかなぁー? ねぇー?」

『もちろんそんなわけないでしょーが。弔が一旦集まりたいって言っててよ。で、おじさんが幹事やらされてるってワケ』

 

 やれやれと言いたげに手を広げ、肩をすくめて見せるコンプレス。

 

 彼の言葉に、襲はそれまで見せていた小馬鹿にするようなニヤついた顔を引っ込めた。

 

「……弔が? ふーん……なんか面白いことでも思いついたのかな。ん、まあわかったよ。一応覚えとく」

『一応じゃなくてちゃーんと覚えといてほしいんだけどな……ま、細かいことが決まったらまた改めて連絡するから』

「りょーかい。がんばれがんばれー♡」

『わーいちっとも心のこもってない声援、ありがとさん。そんじゃなー』

 

 同じく心のこもっていない礼を最後に、通話が切れた。

 

 切れたあとのスマートフォンを人差し指で支えながら器用にくるくると回しつつ、襲は改めて空を見る。

 抜けるように青い空は、どこまでも果てしなく遠かった。

 

 襲の特訓は、続く――。

 




はい、というわけで今回の幕間はヴィラン側、襲でした。
彼女もまた成長し切っていない雛鳥であり、合宿での失敗を省みて特訓をしているというお話。それとちょびっとだけ彼女の過去にも言及を。
ちょっと露骨かなとも思いますが、次登場したときにいきなりパワーアップしてるよりはこのほうがまだ自然だろうと判断した次第です。
まあフォースのほうは、簡単には伸びないんですけど。数千年の積み重ねがあったジェダイとシスですら、フォースのすべては解明できていないのです。先達がほぼいない襲がその秘奥に近づくのは容易ではありません。
なお仮に銀の鍵を入手できたとしても、()()()()()()()()()襲ちゃんには使いこなせない模様。

と、そんな感じでEP7「雛鳥たち」はこれにて本当におしまいです。
次のEP8の公開まで書き溜めますので、それまで今しばらくお待ちください。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

ああそれと、アンケートへの回答ありがとうございました。
比率で言うと読みたい人のほうが多いようなので、スターウォーズメインの閑話は各方向で改めて検討しようと思います。
まあ、時系列的に劇場版2作目のあとになるので、書くとしてもだいぶ先のことになるんですけどね!

スターウォーズメイン、ヒロアカサブの長編閑話って読みたいです?

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