ありふれた日曜日の昼前。本来ならば人気などないはずのとある廃ビルの中で、複数の人間が屯していた。
その中でも一際目を引くのは、片腕を失った男。処置は施され命に別状はないが、痛々しさはどうしてもぬぐえない。
しかしそんな彼――もとい、彼女、マグネは今嬉しそうに顔を綻ばせていた。
理由は傍らに立つ仮面の男――ミスターコンプレスが持ってやっているスマートフォンの先から届く声だ。
『嘘は言わねぇ。明日の午後くらいまでには届けに行ける予定だ』
「ありがとう! さすが義爛、愛してるわ!」
『なーに、別に慈善事業ってわけじゃない。今後の付き合いを考えての、先行投資さ。金自体は貰うぜ?』
「それでもよ! 今後どうしようかと思ってたんだもの、お金で解決するなら安いものよ!」
『それもそうか、モノがモノだしな。……まあそれじゃ、完成したらまた連絡入れる。またな』
「ええ! 義手、楽しみにしてるわね!」
そこまで言葉を交わして、電話は沈黙した。コンプレスが電話をしまう。
と同時に、マグネはほっと息をついた。
そんな彼女と同じく、この場に集まったヴィラン連合の面々はほぼ全員が同じような反応をする。
「……よかった。マグネが片腕を失ったって聞いたときはどうしたもんかと」
その中の一人、爬虫類の身体を持つ青年、スピナーがまず口を開く。
「下手したら死んでたんでしょ? 片腕だけで済んでよかったじゃん、死んでたらただの犬死にだもんね」
続いて辛辣な物言いをしつつ、あからさまに胸を撫で下ろしたのはガスマスクを身に着けるマスタード。
「すまねぇマグ姉……俺があんな奴らを連れてこなきゃ……!」
自責の念に駆られるままに頭を下げるのは、全身スーツのトゥワイス。これら三人が、明確に安堵している顔ぶれである。
コンプレス、死柄木襲の両名は何も言わなかったが、それでもその視線や態度には間違いなく安堵の色がにじんでいた。
一方で、荼毘のみは関心を寄せるそぶりを見せなかったが、まったくの無関心というわけではない。視線はマグネのほうへ向けられており、周りが悟られない程度の音で鼻を鳴らした辺り、彼には彼なりの仲間意識があるのだろう。
「いいのよ、気にしないで。あれは私が迂闊だったんだもの」
「けどマグ姉……!」
「お。その感じだと、義手の目処は立ったみたいだな」
と、そこに扉を開けて入ってきたのはもちろんと言うべきか、死柄木弔だった。
彼は耳に当てていたスマートフォンを下ろしつつ、ごくごく自然に正面からマグネを見た。
「おかげさまでね。……とはいえ、きっと生身とは違うんでしょうね。重さとか、感触とか……色々と。前線に立つのはしばらく遠慮したいところ」
これに対して、マグネは肩をすくめて応じる。
ただ、字面だけ見たら軽い調子に見えなくもないが、その語調や顔色は明らかに不本意そうだった。
「……だから、極道くんのことは
そしてそれが、改めて言葉として表に出される。
弔はこれに明確な言葉では答えなかったが、しかし確かに頷いた。
「襲、出番だ」
「んぇ? ボク?」
不意に話を向けられた襲が、赤い瞳を丸くしてきょとんとする。
「オーバーホールに繋ぎを取ってやろうとしたんだ。そしたら……忙しいからかけ直せって言うんだぜ。しかも本人じゃないと来た。失礼な話だよなぁ。でも……」
彼女に対して、弔は顔に着けた手の下でにたりと笑った。
「仕方ないとは思ってるんだぜ、これでも。何せ、後ろのほうが騒がしかったから……。ありゃなんかトラブってる」
「ぷぷー、ざまぁ」
襲が放つ端的な嘲笑に、弔も激しく同意する。
「だから襲。お前、追加でちょっかいかけて来いよ。いい感じの技、できたんだろ?」
「……なぁーるほどぉ?」
続けられた命令に、襲もまた弔と同じような笑みを浮かべた。
……本来であれば、ここは渋々ながら死穢八斎會と手を組むはずである。しかしこの世界において、ヴィラン連合の弱体化は最小限に近い。マスタードは逮捕されず、マグネも負傷はすれど死んでいないのだ。
ゆえにこそ、弔は大人しく手を組むことを良しとしなかった。嫌いな相手には、全力で嫌がらせをする。師が師なら弟子も弟子であった。
「俺たちはやりたいようにやるだけだ。そうだろ?」
とはいえ、それがヴィラン連合という組織の根幹。
だからこそ、この場の全員が不敵な笑みを浮かべて頷く。
「……おっけー、わかったよ。今回ばっかりは弔に全面賛成だし? ボクも試運転したかったし、丁度いいや。あのクソダサマスク、ぶった切ってやる」
その中で、襲はくすくすと笑いながら剣を担いだ。鞘に収められたそれを肩に乗せ、窓際へと歩み寄る。
彼女はそこで上半身をひねって振り返った。
「弔、例の仕掛けだけはちゃんとやっといてよぉ? やれてなかったら……一生恨むから」
「おお怖い怖い……冗談だよ、任せとけって」
これに対するおどけた返しに、襲はふんと鼻を鳴らすと外に目を向けて。
――次の瞬間、その場から消えていた。
彼女が出動したことを確認した弔は、手にしていたスマートフォンをネットワークに繋げて室内を映し始める。
画面に映るものはもちろん室内だが、それだけではない。ライブ配信になっている。もちろん不特定多数が閲覧できない設定だ。
弔はその、視聴人数の増えない配信をするスマートフォンを手近な机に置く。
置いて……そのまま放置した。一切気にかけることなく、仲間との会話を始める。
かくして熱のない機械の瞳が見つめる中で事態は静かに、しかし確実に、じわじわと動き出した。
***
同日、やや時間は下って。
ある街の隅のほうで、死穢八斎會の若頭であるオーバーホールは、
と言っても、別に敵対しているわけではない。死穢八斎會は警戒対象とみなされているものの、具体的に何か事件を起こしたわけではない……と思われているからだ。ヒーローは、証拠もなしに動くことは許されない。
ではなぜオーバーホールがヒーローと向き合っているかといえば、関係者がヒーローの腕の中にいるからだ。
それはエリと呼ばれる、五歳ほどの幼女だった。額から一本のツノが生えているが、それは問題ではない。
何せ靴どころか靴下すらなく、両腕は包帯で覆われている。長い白髪には手入れの痕跡などかけらもなく、赤い瞳にはただ怯えの色だけがあった。明らかに尋常ではない。
そんな幼女が、ぶつかってきたのだ。ヒーローが見過ごせるはずもない。
そしてそのヒーローの名は、ルミリオン、デク、ウラビティと言った。
「この子に何をしてるんですか?」
デクが問う。その傍で、オーバーホールの視線からエリを守る位置にウラビティが立つ。
たとえ目の前にいる相手が、今インターンをしているナイトアイ事務所が探っている人間だとしても。
それを相手に察知される可能性があったとしても。何より敵対する可能性があったとしても。
彼らが志すものが体現すべき在り方は、怯えた子供をやり過ごすわけがないから。
ルミリオンは、今はまだ直接的な敵対は避けるべきと考え、そうなるように話を動かそうとしているが……他の二人はそこまで先を見据えて動くことはまだできない、ということもある。ルミリオンは表面上はにこやかにしつつも、内心ではどうしたものかと頭を悩ませていた。
そうこうしているうちに、オーバーホールがため息をつく。口先だけではこの頑固なヒーローたちを煙にまけないと理解したのだ。
とはいえ、オーバーホールも力以外のものも利用して今の立場を築いた男だ。ただ単純な暴力に訴えるような短慮はしない。
彼はいかにも仕方ないと言いたげに肩をすくめると、路地裏へとヒーローたちを誘う。恥ずかしい話で、人目につくようなことは避けたいと告げて。
ヒーローたちは、これに対して覚悟を決めて続くが。
オーバーホールが着けていた手袋を外しつつ、殺気を見せたことで事態は急変する。それまで怯えるだけだったエリが、覚悟を決めた顔でデクの腕の中から飛び出したのだ。
その変化を理解できず、デクとウラビティは手を伸ばす。
しかしルミリオンはそれを押し留めた。証拠がない。疑惑だけでは、子供を親から引き離さない。それが日本の法律だ。
何よりルミリオンは察していた。殺気を見せることで、オーバーホールがエリに、エリ以外の人間が死ぬのだと確信させたことに。そういうことが日常的に、周囲で行われていることも。
だから、エリは自発的にヒーローから離れたのだ。自分のせいで、誰かが死んでしまわないように。
優しくも悲壮な幼いその決意に、気づいていてもなお何もできない。世間では華々しく喧伝されるヒーローの、超えられない現実的な壁だった。
「いつもこうなんです。すみません、悩みまで聞いてもらって。ご迷惑をおかけしました」
そんな現実に歯噛みするヒーローたちを尻目に、オーバーホールは悪びれることなく言い放つ。
そうして彼は、「お仕事頑張って」とだけ言い残すと、エリの手を引いて背を向けた。
「――ふざけるな」
そこに。
次の瞬間、小柄な人影が
そしてその人影は、出現しながら剣を抜いていた。鞘走るような無駄のない一閃が、オーバーホールの腕を跳ね飛ばす。
「――ッッ!? がああぁぁッッ!?」
突然の激痛と喪失感に、オーバーホールが悲鳴を上げる。さらに一拍遅れて、その身体に蕁麻疹が生じた。
だが下手人はそんなこと気にしない。その人物は、あまりにも突然の出来事に動きが遅れるヒーローたちを嘲笑うかのように、フォースをみなぎらせてオーバーホールの身体を吹き飛ばした。直線を描く勢いで吹き飛び、アスファルトの上を激しく転がるオーバーホール。
「ふざけるなよ……」
そしてそこで、ようやくその人物は口を開いた。
「ふざけるなよ……! ふざけんじゃない……! この子が何をしたって言うんだ……なんでそんなことができる……! お前は、お前も!
そう、彼女の名は。
「そんな……!? 死柄木襲……!? どうしてこんなところに!?」
ぽつりとデクがこぼす。
そう、彼女は。
鍵をあしらった白銀の剣でヒーローたちを牽制しつつ、空いた手でエリを抱き寄せる少女の名は、死柄木襲と言った。
その身体に、赤い光はない。しかし重い剣を微かにも振るわせず静止させる様は、間違いなくその“個性”が全開になっていることの現れである。
「お前らもふざけるなよ……! なんで救けない! なんで手を離した!?」
そして彼女の怒りは、ヒーローたちにも向けられる。
「ヒーローなんだろ!? この子の悲鳴が聞こえなかったのかよ!? この子の傷が見えなかったのかよ!? 耳も目も、腐ってんのか!?」
怒髪天をつく、雄たけびのような声が物理的に周囲を打ち据える。フォースが込められた怒声は、明確な威力と説得力を持って、ヒーローたちを襲う。
その直後にヒーローたちの内心を垣間見て、襲は再び声を荒らげた。
「やっぱりそうだ……お前らは、お前らは! いつも! いつもいつもいつもいつも
怒りは収まらない。それを証明するかのように、襲が一際大きく声を張り上げると、先ほどまでよりさらに強い衝撃が音を伴って周りを破壊する。アスファルトにもビルの壁にもヒビが入り、軋み始める。
だが、そんな中でもただ一つ。襲の力が、暴力が及ばない場所があった。
彼女の腕の中で、理解を超える出来事の連続に呆然としていたエリにだけは、一切の影響はなく。
それは無意識といえど、一時的とはいえど、死柄木襲が銀鍵騎士団の目指した地点に完全に至ったことの証であり。
かくしてヴィラン連合の死柄木襲――あるいは、銀鍵騎士団のイーラは。
エリの様子とオーバーホールの言動から己の原点を思い出してしまった彼女は、
ヴィラン連合、ヤクザと決裂するの巻。
そして次回からはじっくり3話かけて、いかにオーバーホールが襲の心の地雷原でド派手にタップダンスをしているかを描写していきます。
というわけで、ここからヴィランアカデミア一部先取り編になります。先生以外はオリキャラしか出ませんので、ご注意くださいとあらかじめ申し上げておきます。
どうぞなにとぞご容赦をば。