銀河の片隅でジェダイを復興したい!   作:ひさなぽぴー

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10.鬼怒川重音:オリジン 下

 蓄羽(おきは)は、十歳のときにこの場所にやって来たと語った。それはつまり、普通の世界にそれだけ親しんでいたということで。

 そんな彼女との出会いは、地下から出たことのない重音に多くのものをもたらした。

 

 ただし、その多くはよくわからなかった。

 

 たとえば文字。意思疎通のための手段として人類が生み出した、情報を共有するための手段。

 しかし地下施設の被験体には無用のものであり、また筆記用具も代用になるものもここにはない。目で見てわかるものがない以上、概要も意義も理解できなかった。

 

 たとえば食べ物。味気ない、栄養価しか考えられていないカロリーブロック以外は口にしたことのない重音にとって、それはまったく想像の埒外のものだった。

 甘いとは、おいしいとは一体どんなものなのか、まったく想像もつかなかった。

 

 たとえばヒーロー。悪いヴィランを捕まえる、すごくてかっこいい人たち。ヴィランのことは一応理解できた(施設の大人は全員ヴィランだろうと思った)けれど、ヒーローはわからなかった。

 なぜなら、ヴィランが退治されているところなど見たことがなかったから。

 

 特にオールマイト。ヒーローの頂点に立つこの人は、どんな相手にも負けない、どんな困難にも挫けない、どんな人でも救けてしまうのだという人物らしい。

 けれど狭い世界で生きてきた重音には、そんな人間なんて想像できなかったし、いるとも思えなかった。

 

 ただ、オールマイトのことを誇らしげに語る蓄羽の姿は、重音にとってまぶしかった。憧れていると……将来は自分も立派なヒーローになって、みんなを救けるんだと……そう言う蓄羽は、暗い地下の檻の中では確かに輝いていた。

 

 まあ重音としては、そんなすごい人たちがいるならどうして自分たちはこんな辛い目に遭い続けなければならないのか、とも思ったのだが。蓄羽が楽しそうだったから、その疑問は口にはしなかった。

 

「大丈夫だよ! いつか必ずヒーローが救けに来てくれるよ! それで外に出れたら、一緒に遊びに行こうね! 約束だよ重音!」

 

 蓄羽はいつも、最後をそう言って締めくくった。締めくくって、笑う。自分も苦しいはずなのに。自分も痛いはずなのに。

 そうしたところをほとんど見せることなく、強がって見せた。

 あまつさえ、ここでは先達のはずの重音を心配する。そこは素直に、すごいと思った。

 

 だからヒーローのことはよくわからなかったけれど、すごい蓄羽ならなれるのかもしれないと思った。

 

 何せ蓄羽は、有言実行の少女だった。重音に宣言しただけでなく、実際に世話を焼いたのだ。

 処置を受け、憔悴した重音を甲斐甲斐しく介抱(道具どころか知識もないので、そう言えるかはさておき)し、物理的にも精神的にも近くに寄り添った。話題を提供して、あれやこれやと言葉を引き出した。重音が諦めないように、重音が死んでしまわないように。

 

 不思議な気持ちだった。うまく言葉にはできなかったけれど、蓄羽に優しくされるたびに胸の奥底があたたかくなる。

 だから二人でいることは、いつの間にか苦ではなく……むしろ一緒にいたいと思うようにすらなった。

 

 そしてそれは、あとからイーラ房に補充された子供たちにも行われた。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。怖くない、私がついてる。ほら、痛くない、痛くない……ほらね?」

 

 処置の影響で苦しむ子供にそうやって語りかけ、手を差し伸べる。そしてそういう“個性”なのか、された側は一時であっても本当に苦痛が和らいだ。

 

 それだけではない。蓄羽は率先して処置を受けるようになっていた。自ら手を上げ立候補して、他の子供より優先して処置を受けるのだ。

 もちろんすべてを引き受けることができたわけではないが、それでも他のものに処置が施される機会は目に見えて減った。人数は増えているはずなのに。

 

「だって、私が我慢すればそれだけみんなが苦しまなくて済むじゃない?」

 

 どうしてそんなことをするのかわからなくて、尋ねた重音に返ってきた言葉がこれだ。これには重音も心底驚いて、思わず「わけがわからないよ」と言ってしまった。

 

 けれどもその成果は明らかで、この頃イーラ房は鬼怒川一家と呼べるものになっていた。地獄めいた牢獄の本質は失わずとも、子供らしい賑やかさを多少なりとも獲得していたのだ。それはひとえに、自らが一身に痛みを受け止めようとする蓄羽のおかげである。

 

 そんな彼女との生活は、重音にとってようやく経験した人間らしいやり取りで。成長の遅れていた彼女の情緒は、少しずつ、しかし遅れを取り戻すかのように、みるみる発達していったのである。

 

 ただ、情緒が発達するということは、すなわち重音の“個性”が十全に機能するようになることとほぼ同義でもある。加えて、処置が進むにつれて感情の振れ幅も大きくなり、重音は少しずつ肥大する己の凶暴性を抑えきれず、何度も蓄羽と殴り合いをするようになった。

 

 けれども蓄羽はそれを嗜めることはあっても、理不尽に抑え込もうとはしなかった。怒りが過ぎ去ったあと、後悔する重音を知っていたから。自らの凶暴性を恐れる重音を知っていたから。

 だから蓄羽は、殴られても笑っていた。許してくれた。

 

「大丈夫、痛くないよ。怖くないよ。苦しくないよ。大丈夫、傍にいるよ。ずっと一緒だよ、重音!」

 

 つまり精神的にはともかく、重音の身体が壊れることなく踏みとどまっていられたのも、 蓄羽がいたからで。

 

 だから蓄羽は、確かにこの頃、イーラ房におけるヒーローだった。それは重音ですら、認めるしかないほどに。

 

 だが、そんなすごいヒーローだからか。

 世界は、運命は、蓄羽に力をもたらした。

 

 フォース。この世界のあまねくすべてと繋がる力。この施設を運営する、銀鍵騎士団が求めるもの。

 蓄羽はこの力に覚醒したのだ。

 

 騎士団は狂喜した。遂にイーラ房から覚醒する者が出たと。

 

 そして覚醒個体となった蓄羽は、イーラ房から解放された。依然として逃げ出せない地下ではあったものの、個室を与えられ、生活水準は劇的に向上したのである。

 

 結果、強引に蓋をされていた地獄の窯は開いた。慣用句としての仕事を休もうという意味ではなく、文字通りに地獄が表に出てくるという意味として。

 

「この方式、この道具、この薬、この順番で処置を施したイーラ二号が目覚めた。であれば、次は再現性の確認だ」

「これでイーラ組の覚醒を安定化させられればいいのだが」

「なに、どっちみちやってみなければわからんのだ。そういう話はやってからだ」

「では一号から順番に試していきましょうか」

 

 再現実験が、一斉に行われたのだ。

 ただでさえヒーローを取り上げられたばかりだというのに、それまでヒーローが引き受けていたありとあらゆる責め苦のほとんどが、短期間で一気に襲ってきたのである。子供たちに耐えろというほうが無理な話であった。

 

 かくして、イーラ房はほぼ全滅した。死の間際に大きな怨嗟を残して。

 

「いたい、いたい!! いたいよぉ!!」

「やだやだやだ!! やめっ、あっ、あああぁぁぁ!!」

「ぎいいぃぃぃ!? ぐッ、ぐるじい、やめて、やめてぇ!!」

 

 痛かった。怖かった。苦しかった。

 

 そして、何より。

 

 ヒーローは、救けに来てくれない。

 

「どうして? どうして!? どうして!!」

「救けて! 救けてよぉ!!」

「なんで? なんで来てくれないの!?」

「どこに行っちゃったの!?」

「蓄羽ちゃん!」

「蓄羽ちゃん!」

「蓄羽ちゃん!」

 

「――――ウソつき!!!!」

 

 ……追い詰められたものは、自分を助けてくれなかったものではなく、助けようとしてくれる、してくれたものの救済の不完全さを憎悪する。人間とは、そういう要素を持つ生き物である。

 

 もちろん、重音も恨みを覚えた。怒りを抱いた。

 けれども、唯一蓄羽以前を知っていた重音は折れず、生き残った。絶望の底というものの深さを知っていたから、備えることができた。耐えることができた。

 

 そして生き残れたからこそ――重音もまたフォースに目覚めた。

 死んでいく、死んでしまったものたちの恨みつらみ、何より怒り。それらを背負って、怒髪天を衝きながら。

 

 目覚めたばかりのフォースが、暗黒面の力に染まって吹き荒れた。大人たちを吹き飛ばし、設備を破壊して。

 長く抑圧され続けていた怒りは重音の自我のほとんどを飲み込んで、すべてを破壊するだけの獣となした。

 

 もっとも、ろくな食事もしていない、技術もない子供の暴走では、力を持つ大人を滅ぼすことはできなかった。

 結局重音は、緑色の光を身にまとう騎士団の幹部に気絶させられた。騎士団に大したダメージはなく、何事もなかったかのように()()は続いた。

 

 変化があったとすれば、重音と蓄羽の関係だ。二人は別々の個室に分けられ、常に顔を合わすことはできなくなった。

 

 そして最大の変化は、蓄羽のありよう。

 

 気絶から覚め、諸々の検査を済ませ、フォースに覚醒して初めての戦闘訓練で。

 蓄羽と対峙した重音が見たものは、憔悴しきったかつてのヒーローの姿だった。あまりの変化に、殺してやろうとまで思っていた重音の身体からは赤い光が霧散した。それくらい、ひどいものだった。

 

 蓄羽は重音と顔を合わせ、開口一番に謝罪した。

 ごめんなさいと。そんなつもりじゃなかったと。ぼろぼろと涙を流しながら。そのまま膝から崩れ落ちて、重音の足にすがりつく。

 

 言葉の意味がわからず、唖然とする重音。だがその脳裏に、よぎるものがあった。

 互いにフォースに目覚めたからこそ、感じることができたもの。相手の感情と、その由来。それが一気に重音の頭の中に流れ込んできたのだ。

 

 それは、蓄羽が感じた子供たちの怒り。恨みによって強まり、死によってさらに深まったもの。

 

 先んじてフォースに目覚めていたからこそ、蓄羽は離れた場所にいながらそれをすべて知覚してしまっていたのだ。

 

 ――自分は良かれと思って。自分はみんなを守りたくて。救けたくて。

 ――救けることができたと思っていた。ヒーローになれたと、そう思っていた。

 

 それなのに。

 なのに。

 

 必死に守ろうとした子供たちは、あっさりと死んでしまった。負の感情だけを残して。

 

 まだ幼い子供の心は。ひたすらに貯め込み続けていた少女の心は。必死に虚勢を張って、明るく振舞っていただけのヒーロー志望の少女の心は、かくして砕けた。

 すべてが無駄だった。無駄どころか、逆効果だった。そんな後悔だけを残して。

 

 ただ、それを目の当たりにした重音にはもう、蓄羽を殺してやろうとは思えなかった。ヒーローの末路があまりにも哀れすぎて。

 

 けれども、許してあげようとも思えなかった。蓄羽が希望を見せなければ、あんなに苦しい、あんな嫌な想いはしなくて済んだはずだと、そう思ってしまうから。

 

 その心境が、フォースによって伝わったのだろう。蓄羽の身体から力が抜けて、がっくりと崩れ落ちた。

 

 こうしてこの日から、蓄羽は生きているだけの屍になった。重音と顔を合わせる機会もどんどんと減っていき、最終的には失敗作の烙印を押されることになり。

 育ちかけていた重音の情緒は成長が止まり。心には怒りと憎しみと、わずかなしこりが残った。

 

 もしかしたら、人はそれを後悔と呼ぶのかもしれない。

 

***

 

 月日は流れ。

 フォースと“個性”、そして戦闘の訓練をひたすら繰り返させられていた重音の生活に転機が訪れる。

 

 完成個体へと至り、色欲(ルクセリア)の幹部名を与えられた青年が、施設の存在、銀鍵騎士団の存在を世に明らかにしたのだ。これにより、騎士団はヒーローたちによって制圧されることになる。

 

 フォースによってそれを察知した重音は内側から行動を起こし、施設全体の破壊と大人たちへの復讐を目論んだ。

 ただ、長年ここで暮らしていた彼女ではあったものの、知っている範囲は全体のごくわずかだ。とりあえずあちこち走り回ってみたものの、なかなか思うような結果は得られなかった。

 

 そんなときだった。重音は懐かしいフォースを感知した。

 蓄羽のフォースだ。しばらく会っていなかったし、彼女の気配を感じることもなかったから、とっくに死んだものと思っていた。

 

 しかし久々に感じた蓄羽のフォースは、明らかに普通ではなかった。

 

 何者かと戦っている。それは間違いない。ただ、そこにある乱れに乱れたフォースは、闇と光を高速で行き来するフォースは、素人でもわかるほど明らかにおかしい。

 

 少し躊躇した。それでも、なんとなく気になって。

 重音はそちらに足を向ける。今なら、あの日抱いた心の違和感に、答えが出るような気がして。

 

 けれど、彼女がそこで見たものは、

 

「クソッ! ここでもトリガーかよ! 人の心がねぇのか……!」

 

 数人のヒーローと、正面から戦う蓄羽だったものの姿だった。

 

 乱れに乱れた長い髪は、長年の処置によるストレスで重音同様真っ白。栄養も足りていない身体はすっかり細くなっていて、肌もまた蝋のように白い。

 一方で、全身からあふれる血だけは目が痛いほどに赤く。間違いなく彼女の身体は、まだ生きていた。

 

 しかし、目は左右それぞれが明後日のほうを向いていて、口からはだらしなくよだれがこぼれている。何より()()()()()()()が、あまりにも特異で。彼女は明らかに正気ではなかった。

 

 それでも身にまとうフォースはあまりにも大きく、その手にしっかりと握られた白銀の剣は、優れた冴えを見せてヒーローたちを寄せ付けない。

 

 本人はもちろん、騎士団の人間たちも知る由はなかったが、フォースによって彼女の“個性”は通常よりも強化されている。

 そこに加えて、囮にするために理性を弱め”個性”を強化する違法薬物(トリガー)を投与された結果が、その姿の理由であった。

 

 失敗作だからできる所業である。ヒーローたちはここまでの道中に、こういうものを何度か対峙していた。だからこそ、彼らは憤る。

 

「マモル……マモル……! コンドコソ、コンドコソ……タスケル……!」

 

 それでも、蓄羽はうわごとのようにぶつぶつとつぶやき続けている。かつて己が目指していたものたちに、刃を向け続けながら。

 彼女の背後には、イーラ房。檻の向こうでは、怯えた子供たちが身を寄せ合って、外側を見つめていた。

 

 守ろうとしている。自我を失ってなお、壊されてしまってもなお、彼女は確かに、誰かのために動こうとしていた。

 

 その姿に、まぶしいと思った在りし日のヒーローの姿が重音の脳裏をよぎる。

 

 そんな蓄羽を。

 

「ええい、これ以上は無理だ!」

 

 ヒーローたちは。

 

「ああ、このままではこちらがやられる!」

 

 覚悟を決めて。

 

「やむを得ないか……!」

 

 攻撃した。

 ことここに至っては、死んでしまっても仕方がない。そんな意図をもって。

 

「――――ッッ!!」

 

 瞬間、重音の思考は怒りによって塗りつぶされた。

 

 なぜ怒りがそうも荒ぶったのか、彼女にはわからない。わかるだけの知識も経験もなかった。

 

 ともかく、彼女はこのとき確かに、怒りの完全なる支配下に堕ちた。

 

「オマエら……ッ! 全員……ッ! 全員ぶっ殺してやるッ!」

 

 その後、何がどうなったのかは覚えていない。

 気がついたときには二本の剣と、事切れた蓄羽の身体を持って、月下の森を歩いていた。

 

 いや、覚えていないというのは語弊がある。記憶はあるのだ。

 ヒーローたちをフォースで蹴散らし、床に落ちた蓄羽の剣を拾い上げた。鍵があしらわれた柄を壊れても構わないとばかりに握り締め、全力で振るった。

 

 そう、彼女はこのとき、明確な殺意を持って剣を手に取り、実際に人を殺めたのだ。

 

 だからだろうか。

 血飛沫が舞い、肉片が飛び散った。それらを浴びながら、執拗に人を殺した。そのことに対して、途方もない快感を覚えて歓喜した。

 

 そんな記憶が、感触と共に確かにあった。

 

 あったが、しかしそれを自分がやったという実感がない。まるで演劇を見る観客のような……自分ではない自分を見ているような。

 そんな、思考と心の距離感だけがあった。どこか浮ついたまま、暗黒面のフォースに導かれるまま、重音は森の中を歩く。

 

 歩いて、歩いて、歩き続けて。

 そうして、辿り着いた先に。

 

 ()はいた。

 




個性「貯蓄」
鬼怒川蓄羽の個性。色んなものをため込むことができる。
ワンフォーオールの元になった、「力をストックする個性」のほぼ上位互換。取れる対象は幅広く、感情をも貯め込むことができる。
このため、感情を利用してフォースに目覚めさせようとしていた騎士団に目を付けられ、被験体として誘拐された。

応用性に富む個性であり、鍛えれば「攻撃や怪我を負うタイミングで発動することでダメージをため込み、疑似的にノーダメージにできる」「怪我や病気をため込むことで疑似的に対象の治療ができる」「ため込んだダメージなどを敵に放出して押し付ける」「体力をため込んでいざというとき全力を出し続ける」「スピードをため込んで対象の動きを止める」「ため込んだスピードを放出して高速で動く」「浮力と推進力をため込んで空中を移動する」「自分以外のものにもため込めるようになる」と言った高い汎用性を持つ可能性を秘めていた。

蓄羽はもっぱら怪我や痛み、負の感情などを肩代わりすることに使っていた。
フォースの相乗効果で許容量が増えてより多くのものを肩代わりするようになったものの、一回の貯蓄で取り込む量も増えた。

最期は、「個性は代を経るごとに強力になっていきいずれ人類はそれに耐えられなくなるだろう」という某ドクターの個性特異点説を証明するかのように、個性より先に肉体が限界を迎えた。
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