かつての時代のそれと同じ機能を持った建物であるが、一つ違うところは“個性”を用いた職業訓練を目的とした場所であること。限定的に、労働における“個性”使用を認可する資格を獲得するための場所。つまりは社会的に有用な“個性”の持ち主が、多くいる可能性の高い場所。
「おや……こんな時間に客人とは珍しい、と思ったが。まさかこんな可憐なお嬢さんが一人でとは。どうかしたのかな? 親御さんは?」
そこにいた男は。黒い、非常に仕立てのいいビジネススーツを身にまとった男は、重音にそう声をかけてきた。
周囲に血や肉片、吐しゃ物などが散乱するというのに、昼下がりにティータイムでもしているかのような、普段の日常とまるで変らぬ状況にいるかのような、穏やかな声だった。
重音が抱えている血濡れの剣や無残な姿の死体など、まるで気にもしていない。そんな声色。けれどそこには、確かな力があった。
とはいえ、大人に対する不信感を、物心ついてからずっとずっと強く持ち続けていた重音だ。男の問いには答えず、回答らしい回答といえば、怒りだけが満ちた赤い瞳くらいのものであった。
「……そうか。よくはわからないけれど、色々あったんだね。大変だったろう……」
それでも男は気分を害した様子を見せず、穏やかに微笑んだ。
微笑みつつ、膝を折って視線を重音に合わせてくる。それは重音にとって、一度たりとて大人にされたことのない配慮だった。
「でも大丈夫だよ――僕がいる」
そうして男が放った言葉。
同じセリフだった。かつて重音がヒーローだと思った少女が言っていたものと、同じもの。ナンバーワンヒーローの決めゼリフ。
なら、こいつが。
そう認識した瞬間、重音は一気に距離を詰めて剣を振るった。狙いは正確に、首へ一直線。目にもとまらぬ早業だった。
だが確かに入ったと思った攻撃は、あっさりと受け止められる。
男の身体にではない。男の周辺にある何か、身体をまとうように出現した見えない何かが、刃を阻んでいた。
「きっとヒーローが憎いんだろうなァ。わかるよ……僕もそうだからね。つい最近も、
見えない何かを貫こうとしてぎりぎりと音を立てていた刃が、不意に抵抗をやめる。
本音を狙いすましたような男の言葉に、重音の心が待ったをかけたのだ。
それをも見透かして、男は笑う。あるいは嗤う。ニィ、と口元を歪めて。
「彼らはいつも、余計なことばっかりしてくれるんだよ。オールマイトなんてやつは、特にね。だからとても困ってる」
ヒーローではない。オールマイトではない。言外にそう言っているも同然な振舞いであった。
もちろんそれが真実だという証拠などどこにもなかったし、証明する手段もない。
ただ、なんとなく。重音はなんとなく、男の言葉が真実であると直感していた。
だから剣を下ろした。暗黒面に導かれるままに、それが正しいことだと信じた。
それでもまだ警戒を続ける重音に、男はさらに言葉を重ねる。
「ここで会ったのも何かの縁だろう。もし行く当てがないなら、僕のところに来てみないかい?」
……このとき男にとって、運がよかったことが二つある。
一つは宿敵との決戦の直前であり、全盛期と言っていい時期であったこと。
そしてもう一つは、重音がいまだフォースユーザーとしてはすぎるほど未熟であったことだ。
身に宿すフォースの量はこの星の誰よりも多くとも、ジェダイやシスのような体系立った教えを受けたことがなく、訓練も半ばであった重音である。心の内を隠すことに長ける上に、心の内を守る“個性”をも持つ男の本心を見抜くことは、重音にはできなかったのだ。
それでももし、このときの彼女に同時期の理波の半分ほどでもフォースの技術があれば、男の思惑に気づけていたに違いない。
だがそれは、もしもの話でしかない。
なぜなら。
「その恰好のままだと、身体に悪い。それに、お腹も減ってるんじゃあないかな? 大丈夫、無理に何かするつもりはないさ。嫌ならすぐに出て行ってもらっても構わない。だからね」
――
そう言って、手を差し出した……否、差し伸べた、男を拒むことは。
醜い死体と成り果てた蓄羽を、
「……ッ、ぅ、うう……!」
ああ、そうだ。そうだったのだ。
恨んでしまったけれど。
突き放してしまったけれど。
あの頃、あの場所で。身を寄せ合って生きていた、同じ境遇の子供たちは、確かに家族だった。
その家族をまとめていたのは、間違いなく蓄羽で。
外のことを知らない重音に、たくさんの知識を与えてくれた蓄羽は。地獄での生活しか知らない重音に、たくさんの希望を見せてくれた蓄羽は。
「お、ねえ、ちゃん……!」
確かに、姉だった。姉、だったのだ。
「うわああぁぁん……!!」
暗い夜の中、雲に紛れて輝く真円なる夜の女王を仰ぎながら。
今さらその事実に気づかされた重音は、このとき生まれて初めて、「悲しさ」「寂しさ」といった感情を持って泣いた。
***
重音はその後、男と共に二人で蓄羽を埋葬した。
場所は見晴らしのいい山の中腹。蓄羽の使っていた剣は墓標となり、彼女は彼方に見えるナンバーワンヒーローの事務所ビルを見つめる形で永遠に眠ることになった。
かくして男に保護された重音であったが、腹も満ちて心が落ち着くと、やはり男……というより大人に対する不信感を抱かずにはいられなかった。
男は親切だったが、常に何かを探るような目をしていた。じっくりと落ち着いて考えれば、当時の重音のフォースであってもそれを察するくらいはできたのだ。
特に信用ならなかったのは、彼が一番の友人だと紹介した丸メガネの年寄り。
「僕が知る限り、最も“個性”研究に詳しい僕の主治医だよ」
そう紹介された年寄りは、やけに優しげな顔や言動に反して重音の“個性”と謎の超能力――フォースに興味津々だった。
一応重音自身も、フォースについて何かわかることがあるなら知りたいと思って、地下時代を思わせる検査の数々に頑張って怒りを抑えて協力したが……得られるものは何もなかった。おかげで重音は、元から好きではなかったドクターのことが嫌いになった。
だから重音は、早々と男の下を離れた。それでも男は最初に言った通り、出ていく重音を引き留めたりすることはなく、むしろ資金や携帯端末、一般常識の補足を与えてから送り出してくれた。
そうして、蓄羽が教えてくれた世界を歩く。
初めて見る外の世界。初めて歩く外の世界。初めて聞く外の世界。
初めて、初めて、初めて。
何もかもが初めて尽くしの旅は、目的地のない流浪の旅であった。気分の赴くままに……あるいはフォースの直感に任せて。そんな旅。
その過程で、重音は見た。大の大人が、自分の都合だけを考えて子供を痛ぶる姿を。いわゆるヴィランの姿を、初めて見た。
子供を狙わないヴィランについては、我を忘れるほど激することはなかったが……それはそれとして腹は立ったので、やはり殺した。
そんなことをしていれば、当然警察に追われるようになってしまったが……警察のことをよく知らない重音は、これをヴィランと認識した。
厳密には少し違うようだとは思っていたが、自分を捕まえてどこかに連れ去ろうとするのでどっちにしろ敵だと判断したのだ。
だがフォースによる直感で追っ手を避けることは難しくなかったので、そんな生活が終わることはなかった。
そうしてしばらくして、世間を見つめる余裕ができた頃。重音はヒーローの心の声を聞いてしまう。
「もう大丈夫、助けに来たぞ!」『へへへ、やっと怪我人が出たぜ。これでもっと目立てる!』
装飾された言葉。その中に覆い隠された本音。それが、
「やあ、みんな応援ありがとう!」『チッ、うるせーなどいつもこいつも。こちとら急いでんだよ』
見える。聞こえる。感じる。
フォース。世界のありとあらゆるものと繋がる力。
それが虚飾を許さない。隠すことを許さない。
こんなものが、あの蓄羽が目指したものなのか。その失望は、同時に強烈な衝撃を伴っていた。それは騎士団で施されていた処置によるものとは、似て非なるもので。
……彼女の身体は、長きに渡る処置によってどんなことにも怒れるようになってしまっている。ようやく生まれた心の余裕が消し飛び、頭が、心が、怒りでいっぱいになるのにさして時間はかからなかった。
「クソッ、間に合わなかった! 遅れて申し訳ない!」『ああ、また救けられなかった! クソッ、俺はなんて無力なんだ!』
中には、本心から真摯に向き合っているものもいた。いたけれど。
「ヒーローはまだか!?」
「中にまだ人が! 子供がいるんだ! 誰か、誰でもいいから、早く!」
そういうものたちですら、いつも来るのが遅かった。いつもいつも、遅れてやってくる。自分のときと同じように。
救いを求める声がむなしく響く。そんな光景を、何度も見た。自分のときと同じように。
それらがあの日の家族たちのことを想起させて、気持ち悪くて仕方がない。喧騒から離れた路地裏で、幾度となく吐いた。
それがまた、彼女に怒りを与える。
「もう大丈夫! なぜって!? ――私が来た!!」『すぐに救ける! もう少しの辛抱だ!!』
その中で、かつて姉が憧れたナンバーワンも見た。
確かに彼は、本物だった。一蹴りで空を飛び、拳の一振りで天候すら変えて。声が途切れるより早くやってきて。どんな相手も一撃で沈めて見せた。
なるほど、本物だ。蓄羽が憧れたのも、わかる気がした。その姿には、確かに彼女の面影が見えたのだ。
けれど。ああ、けれども。
それでも、とっくに怒りに呑み込まれていた重音がオールマイトの勇姿を見て、最初に抱いた想いは憧れや感謝などというものではなく。
「……ッ! それだけの力があるなら……! どうして、どうしてボクたちを見つけてくれなかったんだよ……! どうして……! もっと早くオマエが来てたら……! お姉ちゃんは死ななくてよかっただろ……!」
彼女の胸に去来したものは、自分たちは救けてもらえなかったという、自分たちは見つけてすらもらえなかったという、どうしようもない怒りだった。
胸の、心の、頭の奥底から、マグマのごとく湧き上がってくる猛烈な怒り。命を薪にして他の感情すべてを燃やし尽くし、思考をも焼き尽くす赤い憎悪。重音の心身は、それを生み出すばかりであったのだ。
この怒りの源泉が、果たして持って生まれたサガによるのか。それとも、処置によって施された肉体改造によるのか。
それはもう、誰にもわからない。
わからない。重音にもわからない。
けれども、重音がこのとき、オールマイトという存在に対して明確な怒りを、殺意を抱いたことは、変えようのない事実であった。
その強すぎる憤怒は、あの日
だからこそ。
「やあ、久しぶり。外の世界はどうだい?」
ある日、
「外がこんななんて思わなかった……! あり得ない、なんでどいつもこいつも、平気な顔してヘラヘラ笑ってられるんだ……! ボクは、ボクたちはあんなに死にそうな目に遭ってたっていうのに!!」
あらわにして、そして。
「あいつら……ッ、あいつらなんなんだよ!? 全部、全部、何もかも終わってから味方ヅラして来やがって!! どうして! どうしてもっと早く!! もっと早く、来てくれなかったんだ!! ふざけるなああぁぁぁぁッッ!!」
赤い光は瞬時に身体に吸い込まれ、極点に達した怒りによって劇的に強化されたミディ=クロリアンが大量のフォースをまき散らす。
闇一色の、どこまでも昏い邪悪なフォースが、破壊力を伴って周囲を次から次へと打ち据える。
そんな重音を目も鼻も失った顔で眺める男は、しかしフォースで傷を負うことはなく。そよ風の中に佇むような静けさで、重音に頷き返した。
「いいんだよ」
そして、男は言った。穏やかに、しかし力強く。
「いいんだよ、心の赴くままに動いてしまっていいんだ。僕は君のすべてを肯定するとも。――さあ、君はどうしたい?」
「全員ッ! ぶっ殺してやるッッ!!」
赤い瞳が男を見据える。昂る感情によって揺らぐようにも見える色彩の中で、フォースもまた陽炎のように立ち上っていた。
「ああ、いい子だ。実に素晴らしい」
返事は、劣らず昏い含み笑いと、緩やかな拍手であった。
その後、少女には男から新たな名前が贈られた。
しかし無遠慮に起こされた音に分別などはなく、同心円状に吹き荒れるそれは、この世のありとあらゆるものに
死を悲しむことはない。別れを告げるような、殊勝な感情など持ち合わせない。弔いなど、彼女の前では何の価値もなく。
ただ怒りのままに、すべてを無に帰そうとするもの。
ゆえに、
かくしてこの日、死柄木襲はこの世に生まれた――。
フォース君「テコ入れしたライトサイドがだいぶ育ってきたわ。バランス整うまであと少しやな! 楽しみにしてるやで!」
フォース君「ファッ!? トリガー!? お前地球お前どんだけバランス乱すアイテムあるんや!? なんやねん”個性”ってええ加減にせぇよ!」
フォース君「ええ……なんか勝手に自滅しよった……こわ……。ダークサイドも減りすぎてもうたし、どないしよ……」
フォース君「いい感じの生き残りがおるやんけ! 全力でダークサイドの奥までご案内するやで!」
フォース君「光と闇のフォース量がいい感じに拮抗したやで! ヨシ!」
なお数年後のフォース君
「ファッ!? 変身のしすぎでフォースに目覚める!? お前地球お前どないなっとんねん!? テコ入れしなきゃ(使命感」
「……なんや、光も闇も両方持っとるやんけ! ならヨシ!(テノヒラクルー」
さらに約一年後のフォース君
「ま、まっとうな手順で覚醒した……だと……!?」
「しかも既に両方に通じてる!? やるやんけ地球!」