「大丈夫――」
怒りを消すことなく、しかし落ち着いて一つ深呼吸を済ませた彼女は言う。かつての己を、死んでいった誰かを重ねた幼女に言う。
その声色は“個性”とも、与えられる予定だった名前とも反して、優しく。
「――ボクが来た」
ヒーローたちに向けた敵対の視線を覆い隠すかのように、高らかに告げられた。
同時に三人のヒーローが身構え、一拍遅れてオーバーホールが立ち上がる。
落ちた手を拾い上げつつ、自らの“個性”でもって己ともども分解・修復することで万全の肉体を取り戻す。
そんな彼の姿を見て、襲はいつもなら浮かべるであろう小生意気な笑みを浮かべず、能面のような顔のまま声を上げた。
「許可のない“個性”の不正使用じゃん? ちょうど役立たずが三人もいるんだし、ここで捕まっとけばぁ? オーバーホール」
「……ッ、犯罪者の分際で……何を抜かしやがる……!」
「その言葉、そっくりそのまま返したげるぅ。こっちはさぁ、オマエがこないだ“個性”使って人の片腕吹っ飛ばしたって、連合みんなで証言してもいいんだよ?」
血走った眼を向けるオーバーホールの圧力をさらりと受け流しつつ、襲はヒーローたちを軽く一瞥する。
しながら、「ねぇ?」と声をかける。
「ほら、ヴィランがあそこにいるよ? 見てないでさーあー? ……さっさと動けよ、ゴミどもが」
「「「……!」」」
憤怒に満ちた冷たい声だった。
しかしヒーローたちも、気圧されはしても引きはしない。それどころか表情を引き締めて、前に出る。
このタイミングで、オーバーホールが動いた。
「あっ、ちょ……!?」
「エリを返してもらうぞ……!」
「返す?」
猛然と、しかしスキのない動きで迫りつつ、手が伸ばされる。
オーバーホール、本名
ただ分解するだけでなく、任意で修復することもできる。凶悪な攻撃性を持ちながらも治療すら可能であり、非常に強力な“個性”である。マグネはこれによって、腕を分解されてしまったのだ。
一秒にも満たないわずかな時間で、大柄な人間の腕を吹き飛ばすのだ。しっかりと手のひらで触れてしまえば、即死すらあり得る。
だが究極、触らなければ効果を発揮できない“個性”でもある。ゆえに、潔癖症でありながらオーバーホールは戦闘となると相手に素手で接触しなければならない。
「なにそれ。おかしなこと言うなぁ、ヤクザくんは」
そしてそれは、フォースユーザーにとって最も御しやすい類の“個性”である。
己に迫る敵意や危機を、直近の未来を見ることができるのだから、触られなければそれで済む。
しかも今の襲は、ほぼベストコンディションと言っていい。油断もない。
ゆえに彼女は、一切動じることなく、最短最速の動きでオーバーホールの身体をあしらった。
「この子はお前のモノじゃないだろ!」
「ぐっ!?」
狙いすました攻撃を、あっさりとかわされた上に反撃まで受けたオーバーホールの身体が虚空に打ち上げられる。
もはや回避できない彼の身体に向けて、襲は勢いよく剣を振るった。狙うは上半身と下半身の両断。
「させないっ!」
しかしそこに、デクが割り込んだ。今の彼が制御できる限界、10%の出力でワンフォーオールをまといながら。
真横から飛び込んできた緑色の輝きが、剣の腹を殴りつけて軌道が逸れる。
剣はギリギリのところでオーバーホールの身体から外れ、そのオーバーホールはルミリオンによって引き寄せられた。
そうしている間にも、デクは続けて猛然と襲に挑みかかる。軽い、しかしワンフォーオールによる強烈なジャブを小刻みに繰り出して牽制しつつ、必殺の一撃を見舞うスキを窺う。
何せデクは、襲がフォースユーザーであることを既に見聞きして知っている。加えてフォースユーザーを相手取るために必要なことも、理解している。
ゆえに、動きはあえて不規則に、アドリブに任せて。一つの動きで、攻撃で、複数の意味を持たせることを意識して。
もちろんそれだけでは、フォースユーザーに対抗するには足りない。
だからその不足は、ウラビティが埋める。彼女は重力を消した瓦礫を投げ、襲の思考や集中を乱すことに努めるのだ。
襲自体に「
「ああもう……! オマエ邪魔だな……!」
「えっ!?」
しかし、それでも。次の瞬間である。襲がデクの隣にいた。
超スピードではない。何せ彼女は真横に飛んだのだ。その彼女が、デクの真横から飛び込んでくる。それはまごうことなき、
(――瞬間移動!?)
「デクくん! 大丈夫!?」
「だ……っ、いじょうぶ!」
同時に、襲の肘がデクの鳩尾に叩き込まれた。彼はそのまま態勢を崩し、せき込みながら斜め後ろへ数歩たたらを踏む。彼の身体をウラビティがとっさに受け止めた。
一方、そんな彼らに構うことなく、襲は前へ踏み込んだ。踏み込んで――同時にオーバーホールの眼前に現れる。今の彼女の狙いはあくまでオーバーホールであるらしい。
「ッ!?」
「どりゃあ!」
「待ったぁ!」
そのまま唐竹割りに剣を振り下ろす襲に、ルミリオンが割り込んだ。ここまでのわずかな攻防で、早くも襲の動きを見切って攻撃を置きに来たのである。
だがそれすらも、フォースユーザーには読めている。
「……! 本物のワープってか……!」
刹那、再び襲の身体が瞬間移動した。次に現れたのは、オーバーホールの真後ろ。
しかし、ただ真後ろに出現したのではない。向きが逆になっていた。すなわち、オーバーホールの背中と相対する形で。
ただし、振り下ろす途中だった剣の動きはそのままだ。すると当然、無慈悲な刃は躊躇なくオーバーホールの頭を――
「……っ!」
――叩き切る、直前。
腕の中のエリが、ひどく怯えた表情で身体を縮こめて顔を背ける様をフォースで感じ取った襲は、剣をとめた。
ギリギリである。既に刃は、オーバーホールの頭皮にまで到達していた。薄皮一枚とはいえ、刃に食い込まれた皮膚からはかすかに血が漏れ出る。
「……何が嫌なの? コイツには散々、ひどいことされてきたんじゃないの?」
その姿勢のまま、襲は心底不思議そうにエリの顔を覗き込んだ。
「ひ……っ、だ、でも、ぁ、ぅ……ご、ごめんなさい……」
エリに対する殺意は、微塵もない。しかし、いまだにオーバーホールへの殺意は全開でもある。それを境遇ゆえに感じ取れてしまうエリは、怯えたまま襲を見た。
が、そこまでだ。いまだ幼いエリには、抗議するだけの度胸はなかった。尻すぼみに声が消えていく。
しかし、彼女が言わんとしたことは伝わった。なぜなら襲は、フォースユーザーだから。目の前の非フォースユーザーの思考を、この至近距離で、ましてや接触している状態で読み取ることはたやすいことだ。
もちろん読めるとは言っても、技術がない襲には、幼い子供の思考ですら正確に読み込むことはできない。そのための人生経験もない。
それでも、伝わってくるものはある。子供であるがゆえの、極めてシンプルでプリミティブな感情。それが襲の脳裏に届いて焼き付いた。
――イヤだ。
理屈ではない。厳密な理由もない。
ただ、目の前の誰かが死ぬということが、目の前の生命が無理やり失われるということが。それが、イヤだ。どうしようもなく、受け入れられない。
それが見えた瞬間、襲の頭はちくりと痛みを覚えた。
怪我や病気によるものではない。エリと同じ年頃の自分に、彼女と同じように人を許すことができたかを思わず考えてしまったのだ。そう、失ってしまった大切な人と同じように、人を許すことができたかを。
だから生まれからして違うのだと、突き付けられたような気がして。
「……っ、わかったよ。ボクが悪かった。ごめんね、怖くしちゃった」
その意味を理解したくはなかったが、理解してしまった襲は舌打ちをしながらも剣を引いた。
引きつつ、態勢を整えなおして手を伸ばしていたオーバーホールの身体を全力でフォースプッシュする。
「がは……っ!?」
彼はビルの壁に激しくぶつかり、血を吐いた。
そんなオーバーホールを目にもくれず、襲は剣を引いた動きを利用してくるりと身体の向きを整えつつ、瞬間移動を加えて後ろからルミリオンの首に剣を当てる。
が、ルミリオンも負けてはいない。彼は全身に「透過」を発動すると、地面の中に落下してこの場から逃れた。
「んぅ?」
彼はそのままオーバーホールの隣に出現すると、復帰したデクともども改めて身構える。
ウラビティは少し迷ったが、血を吐いたオーバーホールに手を貸していた。一応、彼はまだ、かろうじてヴィラン扱いできない。
「……ふぅーん? そこらへんのよわよわな紛い物じゃないってコト? 面倒だなぁ……」
彼らにうっそりと目を向けながらも、襲は剣を下ろした。切っ先がアスファルトに触れて、甲高い音を立てる。
次に何が来る?
そう考え、身構えつつも口を開こうとしたデクたちだったが……しかし、彼らの思考に反して襲は剣を背負っていた鞘に収めた。
「え……?」
「優しいこの子に免じて、今日はここでおしまいにしてあげる。感謝してよねぇ」
襲はそんなことを言いながら、エリを改めて抱きかかえなおした。それまで剣を振るっていた手が、顔や態度とは裏腹に優しくエリの頭をなでる。
「ま、待て! その子をどうするつもりだ!?」
「オマエらには任せておけないから、連れて帰るんだよ。どうするかはそのあと考えるけど」
「んな……っ!」
「ふざけるな……! エリは俺のものだ……!」
ウラビティの手を振り払い、身体を起こしたオーバーホールが地面に手を伸ばす。
だがその直前で、彼の身体が持ち上がった。そのまま首から空中に吊り下げられる。慌ててウラビティが身体を支えるが、重力の影響がなくなっても首が締まる圧力自体は弱まらない。
「が……っ、はっ、ぐ、ぐぁ……!?」
「いい加減にしろよ……。この子はお前のモノじゃない……って言っただろ……!」
掌が、オーバーホールに向いていた。
フォースグリップ。闇の力で、触れずして首を絞める暗黒面の技。
本来なら、見様見真似どころか又聞きなどでは到底使えないはずの技が、無尽蔵と見まごうほどに溢れ続けるフォースの物量によって、強引に実現されていた。
「そもそも娘ですらないくせに、オマエ何ほざいてんの? ……んん? へえ……? なんだ、組長の孫なの? やっぱりオマエ、何にも関係ないじゃん……よくもまあ、ぬけぬけと言えたもんだね?」
それを放つ手の奥には、金色の瞳が爛々と輝いていた。
「その手を離すんだ、死柄木襲!」
彼女をとめるために、再びデクが飛び出す。
「いいよ、離してあげるぅ!」
「きゃっ!?」
「ごはぁッ!?」
しかし彼の動きを見たと同時に、襲はフォースグリップをかけていた手を振り抜いてオーバーホールを地面に叩きつけた。
ウラビティが振り払われ壁にぶつかると同時に、オーバーホールの身体からは骨がへし折れる音が響き、アスファルトに軽くクレーターのように人型のヒビが入る。
次いで彼女は上を向き――消えた。
「また消えた!」
「上だ、デク!」
空振りとなったデクも、隙を窺っていたルミリオンも、険しい表情で上に目を向ける。
そこには、空中を自由落下する襲の姿。腕の中には変わらずエリの姿もあって、突然の視界の変化に戸惑いながらも落下の勢いに怯えてぎゅっと目を閉じている。
しかし襲はもはやヒーローたちなど気にもしておらず、落ちていることも気にした様子はない。ただ顔だけは先ほどと何も変わらないまま、淡々とスマートフォンを片手で弄っていた。
そして次の瞬間。
「じゃあね、バイバーイ」
襲はそう言い残すと。
スマートフォンの画面――そこに映し出された弔たちの姿を赤い瞳で見つめながら。
エリごとこの場から瞬間移動して、消え。
消えた地点を、デクの蹴りがむなしく通過した。
「覚醒」と言っても、暗黒面の奥に踏み込んだだけで別に一気にステータスが上がったとかではないです。シスとダークサイドの深淵は別の概念なので。
なので今回の襲がやたら強いのは、フォースグリップのくだりで書いたようにあくまでフォースの膨大な物量によるゴリ押しです。平時を普通のダム放水だとしたら、今回は全開で放水してるような感じ。
もちろん前章の幕間で書いた通り特訓はしてたんで、神野時間当時より強くなってることは間違いないんですがね。
なおその来歴同様に詳細を説明する暇がなかったのでここで語りますが、襲の三つ目の個性は、「視界に入れたところに瞬間移動する」というものです。見ている範囲にしか移動できないので、どんなにがんばっても地平線以上の移動できません。
ですが彼女は訓練を重ねることで、瞬間移動を使った際に身体の向きを変えられるようになってます。これを使って、瞬間移動を連発して全方位から連撃するというのが、弔に言っていた新しい技です。
さらに新しい技はもう一つあって、それはリアルタイムの映像を見ればそこに距離を完全に無視してそこに瞬間移動することです。だから弔には念押しして配信をさせたわけですね。
ただ、こちらはフォースと個性の悪魔合体が仕事した結果。理波がカメラ越しに増幅を発動できるように、襲も同じようなことができるようになったわけです。まあ、これは増幅の概念に対する発動に比べるとだいぶ難易度低いんですが。
なお「見えてるところにワープする個性? それってライブカメラでも使えたりする?」と指摘したのはマスタードな模様。