さらに時間は過ぎ。いよいよ作戦決行の日がやってきた。
この重要な日の朝……ヒミコはいじけていた。
「……うー、やっぱり一緒に行けませんか?」
「そうもいかないよ。君の変身だからこそできることはあって、それが求められる可能性が高いのは八斎會突入班のほうだ」
「ううー! 私はコトちゃんの隣にいるためにヒーロー目指してるんですよ。こういうとき一緒にいるためなのにぃ……!」
そういうことである。気持ちはわかるし、私としてもバックアップにヒミコがいてくれたほうが心強いのだが、役割分担が必要となればこれは仕方がないだろう。何せ、ヴィラン連合と死穢八斎會、より人数が必要なのは絶対に後者なのだから。
ヴィラン連合はそもそもが少数精鋭な上に、オールフォーワンという強力な後ろ盾を失っている。神野事件のとき、オールマイト以外にどうしようもなかったオールフォーワンがいない今、こちらも少数精鋭で――エンデヴァー事務所とナイトアイ事務所を中心にしたチームで、十分に対処できる。そう判断されたし、私も大丈夫だと思う。
翻って、 死穢八斎會は組織としての体裁を完全に維持している。それだけの構成員が存在するのだ。
そしてこの手の犯罪組織には、往々にして特有の統率が存在するものである。であれば、最大の敵はその他大勢。たとえ“個性”という力がはびころうとも、たとえ技術が進歩しようと、我々が人類である以上、最大の武器は数なのだから。
「うー……それでもヤですぅ……」
そう言っても、ヒミコは納得しない。私に抱き着いたまま、いやいやと首を振って丸まっている。
「……仕方ないな」
口にした通り、仕方ないので私は少し無理やりにヒミコと視線を合わせる。
「終わったら、好きにしていいから」
そして切り札を切った。
効果はてきめんである。何せヒミコは言われてすぐに、蕩けた表情を浮かべた。
「……はぁい♡」
その姿は、さながら獲物を前にした肉食獣のようであった。
……よう、というよりはそのものかもしれない。食べる、という比喩を使った場合、食べられる側に当たるのは大体いつも私なのだから。
さて、私は一体何をされてしまうのだろう。ぞくりと身体が震える。
ああ、身も心も期待してしまっているな。だからあまり切り札は切りたくなかったのだが。
まあ、幸い明日は日曜日だ。互いに大きな怪我がなければ、さほど面倒もなく帰れるだろう。だからこそ切れた札である。
「じゃあ、私はもう行くよ。フォースと共にあらんことを」
「うん、フォースと共に……あっ、待ってコトちゃん」
「ん?」
「ちゅ♡」
「!?」
振り返ったところで、不意打ちでキスをされた。集合場所ではないし早朝なので周囲に人はいないが、天下の往来だったのでつい狼狽してしまう。
が、ヒミコは悪びれることなく笑う。ぺろりと舌なめずりする様があまりにも妖艶で、その顔に見とれる。
「……んふふ、いってらっしゃいのキスです」
「……ああ、うん……そういうことか……」
苦笑を隠し切れない私だったが、納得はできた。
だがそういうことなら、ことが終わったときにただいまのキスをしたほうがいいのだろうな。やれやれ。
「……行ってくる」
「うん、いってらっしゃぁい!」
ともあれ、そうして私は少々慌ただしくも歩き始めたのだった。
***
一方その頃、渦中のエリをさらったヴィラン連合はと言うと。
「小さくっても女の子だものね、やっぱりキレイに着飾らなくっちゃ! 今日もきれいにしちゃうわ!」
「いやぁ、いっつもありがとねマグネ。どうもボク、こういうの苦手でさぁ」
「んもう、襲ちゃんだって女の子なんだから、もうちょっとおしゃれに気を遣いなさいよ! 磨けば光るのにもったいない!」
「えーめんどくさい、ボクは最低限でいいよ。ねぇ、エリもそう思わない?」
いずこかの廃ビルの中にて。ある程度生活環境が整えられた一室で、ふかふかのソファに座るエリを囲んで、襲とマグネがにぎやかに言葉を交わしていた。
そのさなかでも、マグネの手は止まらない。片腕は義手になったが動きに淀みはなく、元々手入れがされていなかったエリの髪を丁寧に整えている。
そのエリの服装は、脱走時とは違っている。世間の目から逃げ続けているからこそ資金不足な連合の、懐事情を無視して購入された子供服。ハイブランドのものではないが、二束三文の安物でもない……そんな代物で、エリの身体は飾られていた。
まだ残暑が残る時期なのに長袖、タイツと肌を覆い隠すもので徹底されているのは、エリの手足の傷がまだ治っていないからだ。女心を理解するマグネの配慮である。
「よ、よく、わかんない……」
まあ、当のエリの態度はいまだにぎこちないのだが。
それについては、三人を遠目に眺めるヴィランたちのぶしつけな視線と濃厚な血の臭いに怯えているからであって、同性の襲とマグネにはとりあえずだいぶ気を許していた。
もちろんマグネを同性と認識するまでは一悶着あったが、そこはそれ。マグネも伊達にこの道でずっと生きているわけではない。エリがまだ偏見の育っていない子供ということもあって、わりと短時間で理解を得ることに成功していた。
一応連合の男どもを擁護しておくと、彼らは別にエリを邪険にしているわけでもなければ、珍しい見世物を見ている感覚というわけでもない。むしろオーバーホールの所業に多くのものが憤慨し、積極的にエリを構いに行くものすらいた。
筆頭はトゥワイスで、次点でコンプレス。彼ら年長組は、初孫かと言わんばかりにとにかくエリに甘かった。そして距離感をつかめないまま構おうとして、怯えられるまでがセットである。
スピナーもエリには優しかったが、節度はあったのでトゥワイスたちを白けた目で見ていたし、マスタードも同様だ。
なおマスタードの場合は、口を開けば皮肉ばかりだが、態度はあからさまにエリのことを気遣っているためマグネからはひどく生暖かい目を向けられていた。
ただ、荼毘については例外だ。彼はエリのことなど気にもしておらず、弔も同様だ。まあ、その弔は今は不在だが。
「……そうかもしれないわね。でも、まだわからなくても大丈夫よ。これから少しずつわかるようになっていけばいいんだから」
「そうそう。……まあ、最初は初めてばっかだから色々とびっくりすると思うけどさ。ボクも通った道だし、なんとかなるなる」
「……うん。ありがとう……お姉ちゃん」
ただ、それでもエリの襲に対する態度は明らかに一線を画していた。
やはり襲がエリが経験したあれこれに対して、共感できる唯一と言ってもいい存在だからであろう。同じような境遇だったからこその特殊な親近感が、二人の間にはあった。
襲のほうも、ほぼ無意識のうちにエリをかまった。ずっと傍にいて声をかけ、エリがオーバーホールに言われ続けていた洗脳的な刷り込みを否定し続けた。
それはまるで、かつて自分を守り救けようとした少女の行為をなぞるようで。なぜそんなことをしているか以前に、そうしていること自体に襲は気づけていなかったけれども。
それでも結果として、エリは大人相手でも素直に会話ができるくらいには精神が回復していた。
とはいえ、問題がないわけでもない。
「まあ、何かあったらボクがなんとかするからね。オーバーホールもヒーローも、全部ボクがぶっ殺したげるから、安心していいよ」
「…………」
襲の価値観は結局のところ、救われなかった元被害者のそれであり、ヴィランのそれである。だからこそ、彼女の言葉にエリはわずかに表情を曇らせた。
(……どうして……?)
エリには、よくわからなかった。襲が、オーバーホールとヒーローを同列に扱っていることがわからなかった。どちらも唾棄すべき悪だと断じていることが、理解できなかった。
小さくうつむき、エリはマグネが髪を整え続けている頭に意識を向ける。
思い出すものは、オーバーホールから逃げたとき。優しく抱きしめてくれたヒーローの手だ。名前も知らない彼の手は、それまでエリが経験したどんな手よりも優しくて、温かかった。そんな経験は、初めてだった。
もちろん、襲も同じように触れてくれる。扱ってくれる。
けれど……けれど、そう。同じなのだ。エリにとっては。
自分を救けてくれた人と、救けようとしてくれた人。どちらも、彼女の中では同じ分類で。
なのに、その二人は対立している。殺し合おうとしている。それが、どうにもわからなくて。だから――
「――さあ、できたわ。ほらエリちゃん、どう?」
そのとき、マグネが手をとめた。そして一際優しく話しかけながら、手鏡を渡してくる。
エリは促されるままに手鏡を受け取り、中を覗き込んで……目を丸くした。
「……? あの……これ……わたし……?」
「そうよ? 他に誰がいると思った?」
「……ほんとう?」
「やだもうこの子ったら……どれだけ心を殺されて生きてきたの? おまけに新しい髪型試すたびに毎回これって、あの極道くんマジ許せないわ」
自分の姿すらろくに見たことがなかったエリにしてみれば、髪も服も整い着飾った自分など今まで見る機会のなかったものだ。鏡の中の人物を自分と認識できず、不安そうに首を傾げるばかり。
それを見て、マグネは己の中でオーバーホールに対する怒りが燃え上がるのをはっきりと感じて、一瞬目を鋭くした。
「かわいいなぁ。エリ、かわいいよ!」
そんな彼女をよそに、襲はエリを抱き寄せた。そうして、二人で一緒に鏡に映り込む。
銀板に並ぶ二人の姿は、共に白髪、赤目で。こうして並んでいると、確かに姉妹に見えなくもない。
とはいえ顔の作りは異なるため、初見でも血の繋がりがあると思うものはあまりいないだろうが。
「……ほんとう?」
「うん、よく似合ってる。すごいよ、とぉっても」
育ちが悪いために、襲は語彙力があまりない。特に褒めるとなるとそれが顕著になる。今も褒めてはいるのだが、その物言いは貧相だった。
しかしエリはまだ幼く、同じく劣悪な環境で育っている。そんな彼女には、こういう奇をてらわない言葉のほうがよく通じた。
「……えへぇ……」
思わず、と言った様子でエリが小さく笑った。保護されてから一週間以上が経った今、彼女は少しずつだが笑えるようになっていた。
その頭を、襲は満足げに撫でる。撫でながら、取り出したスマートフォンで笑顔のツーショットを写真に収めた。
「そうだ、エリ。やってくれたマグネにお礼は?」
「あ……う、うん。……あの、マグネ、さん。きょうも、ありがと、ございます」
「どういたしまして。ふふ、これくらいのことでいいなら、いつだってやってあげるわ」
そう言うとマグネはサングラスを下にずらし、上目遣いにぱちりとウィンクをする。
彼女のお茶目な仕草に、エリはほわあ、と口を開いた。
穏やかな時間。しかしそれは、突如として破られた。
いきなり扉が、蹴破るほどの勢いで開け放たれたのである。
いや、ほどのというものではない。実際、蹴って扉が開け放たれた。
下手人は、手の飾りを身体のいたるところに着けた男。死柄木弔である。その身体には、いくつかの返り血が付着していた。
扉が開く音で大きく身体を震わせたエリは、さらに弔の姿を見た瞬間襲の後ろに隠れてしまう。
これを受けて、襲はぎろりと弔をにらんだ。
「あのさぁ、弔さぁ? もっと静かに入ってこれないわけぇ? 頭の中腐ったぁ?」
「……移動するぞ」
だが弔は、襲の言葉を無視した。苛立つ様子を隠すことなく、襲と同じような仕草で彼女をにらむ。
「これで三回目だ……! 何回場所変えてもサツどもが寄って来る……なあ襲、そのガキ絶対何かされてるだろ?」
「はぁ~? 言いがかりはやめてほしいんですけどぉ? 証拠はあんの、証拠はぁ」
「先生が言ってただろ……疑わしきは罰するだ。そいつは置いていく。ヤクザの手に戻らなきゃそれでいい」
「はあ!? ふざけてんの!?」
「ふざけてんのはテメェだろうが! 一人で何もできねぇガキなんざ、足手まといにしかならねぇんだよ!」
「だからボクたちで守るんじゃないのさ!? 連合の仲間じゃん! 血も涙もないわけぇ!?」
「テメェがそれを言うのかよ……? テメェこそ、やけにそのガキに入れ込んでるよなぁ……? 妙な情でも湧いたか? あぁ?」
「はァン? おいオマエ、言葉は選べよ? やんのか? あ?」
「その言葉、リボンでぐるぐる巻きにして返してやるよ……表出ろ、コラァ」
「はいはいストップストップ、それまでよ」
そのままどんどん互いに近づきあい、罵りながら眼前で互いにガンを飛ばし合う二人の間にマグネが割って入った。
「あのねぇ、二人ともそろそろいい歳なんだから。子供の前でそんな大人げないケンカなんてやめなさいな、みっともない」
返事は二つの舌打ちだった。
とはいえ、二人とも周囲から注がれている呆れる視線は自覚できたらしい。互いに身体ごと視線を逸らして、ひとまずこの場は停戦となった。
「……今回はサツの数が多い。ヒーローどももかなりいた。ガチで来るぞ」
「かーマジか、カチコミかよ」
「はーあ、朝っぱらから元気だよね、あいつら。嫌になっちゃうな」
「マスタード朝弱いもんな。ウケる。無理すんなよ」
「……どうするんだ、リーダー」
荼毘の昏い瞳を受けて、弔はすぐに応じる。にらむように視線を返しながら。
「生き埋めにしてやろう。んで、そのあとはトレインだ」
「?」
「生き埋めはなんとなくわかるけど、電車がなんだって?」
「あーミスター、この場合はゲーム用語だな」
「どういうことだ、スピナー?」
「逃げた先にいるやつに、追手を押し付けるってこと。オンラインゲームじゃ稀によくある迷惑行為だ」
「ははあ、なるほど?」
スピナーの説明に、エリ以外の全員が薄ら笑いを浮かべた。
「極道くんに全部まとめて押し付ける気? やだわぁ、リーダーったら恐ぁい」
「こっちは迷惑受けた側だろ……やられたらやり返すのが礼儀ってもんだ」
おどけるように黄色い声を上げるマグネに、弔は白い歯をむき出しにして獰猛な笑みを返す。
「襲……そのときはテメェにも嫌とは言わせないからな」
「……ボクは」
「籠城戦だ。ギリギリまでは付き合ってやるよ……俺は優しいからな。けど、それ以上はダメだ」
「…………」
その笑みのまま、弔は襲を視線で射竦める。
それでも襲は納得できず、うつむいた。そんな彼女に、エリが心配そうに目を向ける。
「……わたし……じゃま……?」
「……ッ、そんなわけない! わけないだろ!」
襲はそのまま、エリを抱きしめる。
「大丈夫、絶対、絶対守ってみせる……絶対……!」
そしてそうこぼした彼女の言葉は。
まるで、自分に言い聞かせているかのようだった。
ククク、ここでの女子トークのためにマグネを生存させたとは誰も思うまい。
そして6歳児への接し方がわからず、から回るヴィラン連合のおじさんたちでした。
彼らについてはともかく、原作のエリちゃんが回復に時間がかかったのは、一度保護されかけて連れ戻されたときに助かることを諦めた(作中ナレーションで明言されてる)のもかなり大きいと思ってます。
本作では諦める前に助かったのに加えて、自分になにくれと世話を焼いてくれるお姉さんが自分の経験をよく理解してくれているので、ある種の仲間意識もあって少し早く回復しつつある感じです。
まあ、今のところヒーローに対する考え方が致命的に違うんですけどね。
ああそうそう。「食べられる側になるのはいつも大体私」発言についてですが、誇張0%の真実です。理波ちゃんは根っからのネコ。これだけははっきりとお伝えしておきたかった。
でも自分だけがしてもらってばっかりなのはパートナーに申し訳ないし、パートナーにも気持ちよくなって欲しいから、たまにはタチに回ろうと一生懸命がんばっているのです。
なお二回がんばる間に八回は散々に蕩かされる模様。