一触即発の空気の中、エリがおろおろとルミリオンと襲を交互に見やる。そこにあるのは、純粋な心配。二人を気遣う色だけがあって。
しかし問答を終えた今、論破されたヴィランがヒーローに対してすることは一つしかない。
「――うああぁぁぁぁッ!!」
赤い瞳で敵をにらみつけ、襲は吼えながら前へ飛び出した。全身を覆う赤い光が収束し、「憤怒」が全開となる。
踏み込んだ床は砕け、目にもとまらぬ速さでルミリオンに向けて剣が振るわれた。
フォースが深く染み込んだ刃は、「透過」されることを許さない。ゆえにルミリオンには、回避する以外に方法はなく。
しかし彼は下がることなく、あえて前に出た。剣を思い切り振るう腕に向けて拳を放つことで、攻撃そのものを中止させたのだ。
次いで一瞬だけ床に沈み、弾き出される反動を利用して膝を顎に向けて叩き込む。クリーンヒット。歯が折れる音が響き、血が噴き出た。襲は大きく上を向いてのけぞり、たたらを踏んで後ろに下がる。
だがその眼前で、ルミリオンは目を見張る。攻撃を受けた襲の歯が、即座に生え変わったのだ。
彼女が自己再生系の“個性”を持っていることは、事前に聞いて知ってはいた。その速度が常軌を逸したものであることも。
ただし、歯すらも治ってしまうほど強烈な超再生とまではほとんど思っていなかった。だからそれを実際に目で見た瞬間、ルミリオンは理解する。襲には勝てないと。
ルミリオンには、自らの肉体以外に武器がない。襲の超再生を上回るダメージを与える手段が、彼にはないのだ。
しかし、それで彼が焦ることはない。打ちのめされることもない。
確かに勝てない。だが、それは負けるということでは決してない。負けないことは、ルミリオンにもできる。
自分にできること、できないことを正しく認識し、相手の動きをよく見て次の行動を予測し、動く。それができるうちは、ルミリオンに敗北はない。
(サーたちが来るのを待つ!)
勝利条件が更改された瞬間だった。ルミリオンは意識を切り替え、まるでオールマイトかと思うような速度と力を見せる襲をいなしていく。
瞬間移動すらも組み合わせて、縦横無尽かつ息もつかせぬ連続攻撃が前後左右上下から絶え間なく繰り出される。これを「透過」と予測で紙一重でしのぎ続けるのだ。
もちろん、無傷では到底済まない。衝撃を殺し切ることは不可能で、何かあるたびに全身にびりびりと痛みが広がる。
距離を離してすれ違うだけでもそれだ。距離が近ければ、肌が焼けるほどの痛みと衝撃が届いて血が出る。一体どれほどの力があるというのか、万が一直撃を受けてしまったらどうなるのか、考えたくもない。
特にフォースウェポンの剣は天敵で、これだけは絶対に喰らえないからと重点的に回避するが、こちらも回避しきれるわけではない。次第にルミリオンの身体には、剣による切創も増えていく。
これに応じて血が飛び、広がっていく。見る見るうちに身体がボロボロになっていく。
やめてとエリは声を上げるが、襲はとまらないし、ルミリオンも決して引かない。
「消えろ! 消えろ消えろ消えろ!! ボクは!! オマエより強い!! エリは……エリは、ボクが、ボクが守るんだ!!」
溢れ続ける怒りに突き動かされるように、襲が暴れる。その姿が、かつての姉のそれと同じであると指摘できるものは、ここにはいない。
いないが。
「そうだね! 君のほうが強い! でも!!」
「ぐっ!?」
たしなめるものはいる。
精神状態と同じく不安定なフォースの未来予知と危機感知を超えて、予測をこなしたルミリオンが動く。血まみれの拳が、襲の腹部をえぐり上げる。
「
小さく浮いた襲の身体。次の瞬間、彼女の姿はルミリオンの背後にあった。そのまま、白銀の剣が振り下ろされる。
――読めているよ!
だがルミリオンは迷うことなく床を蹴り、ぐるりとその場で横に回転。その勢いでもって、剣の腹をかかとで蹴り飛ばした。
インパクトのタイミングをずらされた上に、攻撃の真横から与えられた衝撃によって、襲の手から剣を取りこぼれる。
もちろんそれはフォースプルによってすぐさま手元に戻されるが、その瞬間攻撃がなくなることは事実。そしてそれだけの時間があれば、ルミリオンが一息入れるには十分すぎた。
「死柄木襲! 君は強い! でも強い
「うるさい……! うるさい、うるさいうるさい!!」
ふらつきながらも構え直したルミリオンに、襲が吼える。
そうして、過去最速最大の唐竹割りが、ルミリオンに振り下ろされた。
「ダメぇ!!」
エリがそれを静止しようと今までで一番の大声を上げるが、襲はとまらず。
しかしそんな彼女の攻撃は、横合いから一瞬にして現れた橙色の光刃によって防がれた。
***
危ないところだった。もう少し遅れていたら、あるいは私の“個性”が瞬時に効果を発揮するものでなかったら、ルミリオンは殺されていたかもしれない。
まあ彼のことだから、なんとかしたのではないかとも思うが……遠目に見ても今の彼は満身創痍であり、万が一は十分あり得た。ならば手を出さない道理はない。
とはいえ、距離はまだ少しある。急いでルミリオンと合流しなければ。
「ミリオ! 大丈夫か!」
「サー……!」
「チ……ッ! 邪魔するなぁ!!」
ナイトアイが、超質量ハンコを投げながら走る。
それは当たり前のようにカサネによって弾き返されたが、こちらには私がいる。ライトセーバーを振るって、帰って来たハンコをさらに弾き返した。
走りながらそんな応酬を数回やったところで、ルミリオンの下に到着する。私はそのまま足を止めず、カサネの前に立ちはだかった。
「またオマエか……! オマエがいっちばん邪魔!!」
「それは恐縮だ」
お互いに迷いなく、得物を振るい続ける。ライトセーバーとフォースウェポンがぶつかり合う独特の音が、何度も断続的に響き渡る。カサネの攻撃は瞬間移動が組み合わさっているため、非常に変則的で予測しづらいが……フォースがあれば難しくはない。
そうして豪雨のような猛攻が続く中、私はソレスの型を忠実になぞって少しずつ攻撃を加えながら、カサネの瞳を注視する。
どうやらミドリヤが言っていた、「金色の目」にはなっていないようだ。彼の証言を聞いたときは心底驚き、危機感を抱いたものだが……ひとまず、今のところは暗黒面の深淵にはいないと見ていいだろう。
とはいえ、一度至ったことがあるなら、比較的容易にそこに踏み込むことができるものだろう。油断はせず、着実に。詰将棋を進めるように、私は戦いを続ける。
まあ、どれだけセイバーで切ってもすぐに回復してしまうのだが。バクゴーから聞いてはいたが、どうやらカサネにはUSJ事件の脳無クラスの超再生があるらしい。
厄介だ。せっかく出力を上げても、これでは割に合わない。どうやら出力増幅はここぞというときだけに絞ったほうが良さそうだ。
「……! エリから離れろ!!」
だが、今のカサネの優先順位は何よりエリに重きが置かれているようだ。バブルガールとセンチピーダーがエリに近寄ろうとした瞬間、カサネの身体は私の前から消えた。
彼女はそのままエリの身体を抱きかかえると、さらうような強引さで私たちから一気に距離を取る。
「はあ……ふう……くそ……っ!」
「お姉ちゃん……もう、もうやめようよ……!」
「……ッ!」
当のエリが、腕の中からカサネをたしなめる。すると直後、カサネの心の中で怒りが爆発したのが見て取れた。
だが、どうやらその様子は今までと異なるようだ。怒りの対象が、私たちではない。
もちろんエリでもない。あれは、自らに向けての怒りだ。私はそれを、ここ半年ほどでとてもよく見慣れている。
カサネはその怒りを抑え込まず、解放する。だが狂えるほどに怒っているにもかかわらず、カサネのフォースが安定していく。
これに呼応するかのように、カサネの瞳の色が変わっていく。赤い瞳が、中心からじわりと黄金へと変じていく。やがてさほど時間をかけず、赤い縁取りの金色が私たちを見据えるに至った。
「……! お下がりください」
改めてカサネに対峙すべく身構えるナイトアイたちを押しとどめ、私は先頭に立つ。
「あれはフォースの暗黒面、その深淵に立っている証。あの状態に至ったダークサイダーを、非フォースユーザーが相手取るのは極めて困難です」
「……っ! 仕方ない、か……!」
歩を進め、ライトセーバーをアタロに構え直しながら、私はカサネから顔を逸らさず見据える。
周囲に闇のフォースが広がり始めている。自らのフォースで場の制圧をし返しながら、深淵に踏み込んだにもかかわらず動きをとめた襲を注視する。
その荒ぶる心の中に、強い強い葛藤が見えた。
核にあるのはどうやら、自分ではエリを救うことができない、という理解か。それを認められない幼くも猛々しい獣性を、フォースを纏った怒れる理性が押しとどめている。
ああ……ダメだ。このままでは、カサネは完全に覚醒してしまう。自らの意思で、望んだときに暗黒面の力を十全に引き出せるようになってしまう。それは看過できない。
できないが……しかし、けれども。
ここでカサネを倒してしまったら、きっとエリが救われることは永遠にないだろう。それくらい、エリの中にあるカサネの存在は大きい。ことここに至って、私は動くに動けなかった。
と。
そんなさなか、カサネの懐で音が鳴った。どうやら携帯電話らしい。
「はあー……っ!」
直後、カサネは大きく息をついた。
ため息のような雰囲気ではない。自らの中にためにため込んだ、不純物をすべて放出するような。そんな息であった。どうやら答えが出たらしい。予想通りの答えが。
金色に染まったままの瞳が、ぎらりとルミリオンに向く。
「……オマエ……名前は?」
「……ルミリオン」
これに対して、ルミリオンは身体を支えていたナイトアイから離れる形で立ち上がり、真正面から応じた。
両者の視線がぶつかり合い、絡み合う。
着信を告げる音が場違いなまでに明るく奏で続けられる中、二人はそのまましばらく黙ったまま視線を交わし続けていた。
「……オマエ、言ったよね。ボクには……ヴィランじゃできないやり方できるって。……見せてみろよ」
その沈黙を破ったのは、当然というべきか、カサネである。
彼女は剣を収め、懐から携帯電話……スマートフォンを取り出しながら、こちらへ近づいてくる。警戒を深め、身構える私たち。
「見せてみろ……! 弱くっても、エリを守れるんだって……! 約束しろ! ボクよりうまく、エリを守るって!」
「お、お姉ちゃん……?」
エリが困惑した声を上げて、カサネの顔を見た。
ある意味当然か。エリは今、カサネによってルミリオンに差し出されているのだから。
「ああ、約束する。この子がもう二度と悲しまないように、ずっと笑っていられるようにしてみせる!」
力強い返答が、地下の空間に響き渡る。満身創痍の状態だというのに、どこからそんな声が出せるのだろう。
対して、カサネが笑った。にやりと、獰猛に。さながら暗黒卿のように。
言ったな? やれるものならやってみろ。できなかったら殺す。そう書いてあるようであった。
彼女はその顔のまま、ルミリオンの腕の中にエリを託して後ろに下がる。
もちろん我々はその瞬間を狙ってカサネを捕まえようとしたが、瞬間移動ができる相手となるとそれは困難であった。
「ま……まって、まってよお姉ちゃん……」
「ごめんエリ……バイバイしなきゃ。ずっとそばにいたいけど……ボクじゃエリのこと、守り切れないみたいだから。……ごめんね、本当に……」
次にカサネが現れたのは、通路の奥の奥。同じく瞬間移動ができなければ追いつけないほど彼方に現れた彼女は、そこからエリに向けて手を振っていた。その顔はどこか穏やかで。
しかし目は、依然として赤い縁取りの金色のままであり。セーバーの刀身を伸ばしながら突きを放ってみたが、案の定それは最小限の動きで回避されてしまった。
「まって! もう、もうあえないの!? ヤだよ……そんなの、そんなの……!」
そんな彼女に、悲しげなエリの声が突き刺さる。ルミリオンの腕の中で、彼女が手を伸ばす。
ナイトアイたちは既に駆け出している――
「会いに行くよ! 絶対! だから……いい子にしてるんだよ、エリ!」
――が、彼らが追いつくよりも早く、自らの眼前にスマートフォンの画面を掲げたカサネは、泣くのを堪えるような崩れた微笑みと共に、この場から掻き消える。
そうしてカサネが見えなくなったとき、エリの手は既に引っ込められていて。
ルミリオンの腕にしがみついた彼女は、口元をぐっと横一文字に結んで泣くのをこらえていたのであった……。
【朗報】ナイトアイ、無事【生存】
なおルミリオンの怪我は満身創痍と書きましたが、原作でオーバーホール相手に無個性で凌ぎ続けたあとよりは軽傷です。
フォースユーザー相手に下手に攻めると返り討ちにあう。古事記にもそう書いてある。
彼はそれを身をもって知っているので、ひたすら合流の時間を稼ぐことに徹していたのでなんとかなった感じ。
そもそも状況からして、エリちゃんを後ろにかばいながらではないってのも大きいですね。