さて、その後について順を追って話そう。
まず地下にいた私たちだが、ルミリオンの治療に着手する間もなくビルが崩壊したのでそれどころではなかった。あとで聞いた話では、カサネが合流するや否や、トムラがビルを一気に崩壊させたらしい。
もちろんエンデヴァー以下ヒーローたちはこれを見抜いていたわけだが、硬度など関係なく触れるだけで破壊できる力だ。そして、ビルという大きなものに触れることを防ぐのは難しい。
何より、ビルが崩壊しているさなかに、その崩壊しているビルの中にいるヴィランを確保できるわけではなく。あちら側が終始籠城戦に徹していたこともあって、逃げられてしまった。
とはいえこれに関しては、ヒーローがダメだったわけではなく、相手が上手だったと言うべきだろう。ミスターコンプレスを名乗るヴィランが“個性”によってメンバー全員を玉に封じ込めた上で、カサネがコンプレスと共に瞬間移動することでその場を脱したのだ。これをどうこうするのは、それこそオールマイトでも難しいだろう。
そして逃走したヴィラン連合一同は、まっすぐに死穢八斎會の事務所へ向かった。その姿をヒーローや警察にあえて見せることで追手を呼び込み、それを八斎會になすりつけたのである。
ちょうどその頃、八斎會の事務所周辺ではオーバーホールが派手に暴れていた上に居合わせた大半のヒーローが負傷していたこともあって、エンデヴァーたちはヴィラン連合より仲間の窮地を救うことを選択せざるを得なかった。
ただ結果的に、合流したエンデヴァーたちの尽力により助かったものも多かったので、この件についてはよかったと思うしかないだろう。
「あばよヒーロー! 時代遅れな底辺どもの掃除、ご苦労さん!」
去り際オーバーホールの手を崩壊させ、心底楽しそうに言って身を翻したシガラキ・トムラの姿は、そこにいたものたちの神経をさぞ逆なでしたことだろう。
ヒミコが言うには、彼以外にも多くの連合メンバーが、それぞれの捨て台詞を口にしていたようなので(カサネに至っては腕を崩されるオーバーホールを録画しながら爆笑していたとか)効果は倍増だったろうなぁ。
この頃の私は、バブルガールを手伝って地下から脱出に成功したタイミングであり、八斎會の現場にはいなかった。いたなら逃走を阻止しにかかっただろうが……こればかりは仕方あるまい。
とはいえ、こちら側に負傷者はあれど死亡者はいない。その負傷者も、命にかかわるような重傷者はいないので、成果としては十分だろう。
その上で八斎會の主要メンバーは全員逮捕することができたのだから、作戦は成功したと言っていいだろう。
また、私とヒミコのマインドプローブにより証拠も揃った(フォースが準個性として認定されたので、フォースによる読心も証拠能力を認められるようになった)ので、オーバーホールの所業は白日の下にさらされた。
まあ、オーバーホールの目論んでいたことがことだけに、彼は法廷での判決を待たずしてタルタロスへ拘留されることになったのだが。社会への影響が多すぎるから、これについても仕方ないだろう。
それから別働で動いていたグラントリノたちだが、クロギリと同じ場所にとんでもない「化け物」がいたとかで大勢の負傷者を出したらしい。
なんでもMt.レディ以上の巨体を持った男ということだが、彼女のようにただ大きくなるだけでなく、その上で複数の“個性”を使ったというのだから恐ろしい。そんな中でも、クロギリだけでも確保できたのだからグラントリノの優秀さは疑う余地がない。
一方、今回の作戦最大の目的だったエリだが、無事に確保できた。できたが、彼女の“個性”が全員の想定をはるかに上回るものだったために、病院に一時隔離されることとなった。
道中での“個性”事故を警戒して、セントラルまでは移送されていない。それほどにとんでもない“個性”だったのだ。
そう、オーバーホールから聞き取った彼女の“個性”は、「巻き戻し」。対象にした生物の時間を戻すという、規格外にすぎるものである。
エリはこの“個性”が発現したとき、父親を消してしまったらしい。
比喩ではない。文字通りの消滅である。どうやら時間が戻りすぎた結果、子供も胎児も通り越して精子と卵子にまで戻ってしまったようだ。
「使いようによっては、人間を猿に
とはオーバーホールの弁だが、大いにあり得るだろう。つまり個性破壊弾とは、エリの“個性”によって人間を超常以前の人間に戻す代物だったわけだ。
そんな代物が、八斎會はもちろんヴィラン連合に一つも渡らずに済んだことは、エリの無事に次ぐ朗報と言っていいだろう。そういう意味では、今回の作戦は大成功だった。
ただ、エリのそれが“個性”であることには代わりない。つまり、イレイザーヘッドの「抹消」によって停止させることができる。
オーバーホールが言うにはエリは“個性”をまったく使いこなせないらしいが、イレイザーヘッドの近くにエリを置くことで制御訓練をつけるという方向で早くも話が進んでいるらしい。セントラルまで移らなかったのは、その辺りもあるのだろう。
エリが“個性”を完全に制御できるようになったら、きっと彼女はどんな怪我や病気でも治せる名医になれるはずだ。そんな「巻き戻し」を、デクたちは「とっても優しい“個性”」と評した。私も全面的に同意する。
これを聞いたエリは泣きながらも笑っていた。どんな力も、使い方次第。それを彼女が理解してくれたようで、何よりである。
ちなみに。
「……ところでこれはただの個人的な疑問なのですが、時間を戻すに当たって『巻き戻し』という命名はどういう意図なのでしょう? 一体何を『巻く』のでしょうか? もしや時間を戻す以外にも、何か効果があるのでは……」
取り調べの場でこう述べた私に対して、同席していた大人たちは例外なく一様に傷ついた顔をしていた。八斎會のメンバーすら例外ではなかった。
非常に申し訳ないことをしたとは思う。ただ、その場の全員が同じ思考をすると読もうと思わずともはっきり読み取れるという発見もあったので、私個人としては発言そのものを後悔してはいない。この点については、ジェネレーションギャップの一環として容赦していただきたいものである。
そして最後になるが。
この作戦があった日、私とヒミコはほとんど怪我もないということで後始末や取り調べに積極的に協力していたら、一日では終わらない量の仕事を抱え込んでしまい、ナイトアイ事務所で一夜を明かすことになった。当然、
そして寮に戻った日の翌日は月曜日であり、容赦なく授業がある。つまり、あまり夜更かしはできない。
おかげでヒミコに許可した「好きにしていい」は延期となった。
いやまあ、一応少しやることはやったのだが。それでヒミコが満足できるはずはなく。
「ねえコトちゃん? 週一回だとお互い満足できないっぽいですし、これからは週二回にしません?」
「……うん」
それどころか、私も不完全燃焼感を味わう羽目になり。
結果として、私たちの間にあった約定はそのように改訂されることになったのであった……。
***
恋仲の二人が、ほとばしる若い熱情を持て余している夜。マイトタワーを遠くに望む位置の山に、一人の少女がいた。
登山道からは離れた位置。関係者も来ることはないだろう山の中腹であり、つまり意図して人が近づくことのない場所である。
そこで白髪、赤目の少女……死柄木襲は、地面に突き刺さる剣の眼前で佇んでいた。
鍵をあしらった柄を持った、白銀の剣。その刀身を、彼女は複雑な心境を隠すことなく、うっそりと見つめている。
が、しばらくののち。彼女は深いため息とともに、さながら崩れ落ちるようにしてその場に腰を下ろした。
「……
そのまま、手入れなどされていないはずなのに一切かげりのない刀身を見つめる。ぽつり、とつぶやかれた言葉は、まるですがるような色を帯びていた。
「わかってるよ。柄にもないことしたなーって思うもん。ってゆーか、ボクもヒーローやってるなんて思ってなかったんだってば。ルミリオンに言われなかったら、たぶん気づかなかったんじゃないかなぁ」
言葉を向ける先は、言うまでもなくもうこの世にはいない人間だ。
「でも……しょーがないじゃん。だって、自分とおんなじようなことされてる子供がいたら……さ。そりゃ、蓄羽じゃなくても気になるでしょ。……気に、なっちゃったんだもん」
伏せるように半分閉じられた瞳が、白銀の刀身を直視する。鏡面の中の己もまた同じようにこちらを見つめていて、二人の襲の視線が交錯する。
「……だから……さ。わかったんだよ。誰かを守るって……救けるって、あんなに難しいんだな……って……。
……ずっと、ずっと思ってたんだけどな。ヒーローなんて、いらないって。あんな連中、いなくったっていい……ボクのほうがうまくできる、って。……そう、思ってたんだよ。でも……」
言葉が途切れる。そのまましばらく、襲は顔も伏せて口を閉ざしていた。晩夏の夜山に、気の早い虫たちの声が響く。
沈黙の中で、彼女は言葉を選んでいた。それを聞くものはここにはいないけれど。それでも、今から言うことは、間違えたくない。そう、思ったから。
だから、色々と悩んで。言葉を決めた。
「でも……違う……んだよ、ね……? 誰かを救けるって、すごく難しくて……誰にでもできるような簡単なことじゃなくって……。だから、失敗することだってあって……それは誰でもそうで……。だから……」
顔が上がる。現れたのは、独りぼっちの子供の顔。広い世界のただなかで、導どころか支え合う誰かすらいない迷子の顔だった。
そんな顔で。襲は改めて、鏡面に映る自分の
「だから……だから、ねぇ、蓄羽……。その……あの……。……ごめん……。あのとき……恨んじゃって……ごめん……」
それは、弔いであった。
それは、襲という在り方を切り崩す行為であった。
「……っ、ごめん……ごめん……!」
だが、一度口にしたら、もうとまることはなく。とめることなど、できるはずもなく。
「ごめん、なさい……お姉ちゃん……!」
襲の目から玉のような涙があふれて、一つ、二つ、三つ……と次々にこぼれていく。乾いた土に、黒い痕跡が増えていく。
彼女はそのまま、夜が更けるまで涙を流し続けた。
しかし、それでも彼女の中にある怒りを洗い流すことはできず。
「……ねぇ、お姉ちゃん。どうして? どうしてボクたちばっかり、奪われなきゃいけなかったんだろ?」
むしろ、周囲にこべりついていた不純物が消えたことで。
「ねぇ、なんで? どうして、この世界にはこんなに理不尽ばっかりあるの?」
彼女の根幹をなす怒りが、姿を現した。
「仕方なくない! 仕方ないはずあるもんか! そうでしょ!?」
表出したのは、社会そのものへの怒り。世界そのものへの怒り。
瞳が変わる。色が変わる。赤から金へ。
だから闇は夜と共に、親し気に少女の手を取った。
彼女はその手を握り込む。握り締めて、離さない。
「じゃあどうする? どうすればいい? 何をしたら、ボクたちは奪われないでよくなるの?」
いや。
離せない。
「……一度全部壊すしか、ないんじゃないの?」
なぜなら、彼女は光をほとんど知らないから。
人間は、知らないものを選ぶことはできない。彼女が正しい教育を受けられなかった以上、人生の師と呼べる出会いに恵まれなかった以上、それは必然で……ゆえに彼女がその選択をしたのもまた、必然であった。
ただし、まったく知らないわけでもなく。
「……あ、いや、ダメか。それやったらエリが困るし……んんんー……」
他者の真似であろうと、わずかな期間であろうと、誰かを必死に守ろうと奮闘した日々は、微かではあるけれども確かな光を闇の中に芽吹かせていた。
それはある意味で、襲が冷静に怒れている証でもある。だが同時に、連合……特に死柄木弔の思想に反する思考でもあるのだが。
襲はそれに気づいていないし、指摘するものもここにはいない。フォースは黙して語らず、ただ静かに見つめるだけだ。
「ダメだ、なんにも思いつかない! あーもー、保留! はあ、未来のボクに任せよ……」
ゆえに彼女は、しばらく考え込んでいたものの、明確な正解を導き出せず頭を抱えて背中から地面に倒れ込んだ。手も足も投げ出して、南天した月を仰ぐ。
襲はそうして寝転がったまま、目を閉じる。そうして、深く考えることを一旦放棄した。
ほどなくして、彼女の意識は眠りの内へと落ちていく。
そんな彼女に、一つ。
『大丈夫、ちゃんとヒーローできてたよ。カッコよかったよ、重音!』
かすかに声がかけられた。
だが、襲がそれを認識することはなく。
この日彼女は、今は亡き家族の前でそのまま一夜を過ごしたのだった……。
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EPISODE Ⅷ「ヴィランの覚醒」――――完
EPISODE Ⅸ へ続く
予告通り、八斎會側はカットです。
おおむね原作通りに展開が進み、しかし死傷者は原作より少なかった。
そして最大の違いとして、個性消失弾がヴィラン連合に渡らなかった、という理解でOKです。
というわけで、EP8はこれにて区切り。
ただ、最初に書いた通り幕間が二つあります。
そちらもお楽しみいただければ幸い。
そしてヴィランアカデミア先取り編ということで、簡易プロフォールをようやく公開です。
【挿絵表示】
鬼怒川重音/死柄木襲(年齢不詳)
Birthday:不明
Height:136cm
好きなもの:チキンラーメン(ふやかさずにバリボリ食べるのが好き)、リンゴ(最近好きになった)
THE・裏話1
敵側のオリキャラ。
EP2の初登場時の後書きにも書いた通り、物語をフォース的にマイナスの状態から始め、ゼロ以上に持ち上げることで結果的にはプラスとするために生まれたキャラクター。
そして、主人公の介在により変わるヒーローとヴィランの戦力差をある程度ならすために生まれたキャラでもある。それは否定しません、純然たる事実です。
ただ、なんのバックボーンもないフォースユーザーだと確実に浮くし、読者の方の反感を買うことはわかっていました。
なので、なるべくヒロアカ世界に溶け込めるように、それでいて理波とのかかわりを持たせつつ原作ストーリーに馴染めるように、バックボーンをしっかりと(それこそ下手したら理波以上に)練り込んだ結果、めちゃくちゃ悲惨な生い立ちの女の子が誕生しました。反省はしていない。
キャラメイクの過程で、理波というフォースによる転生者をこの世界に存在する事を許容させるための理由づけもできたので、後悔もしていない。
そういうわけで、今章がどちらかというと襲メインの物語になっているのは偶然でも成り行きでもなく、彼女を出すと決めた当初からの予定通り。
弔が成長するヴィランとして原作ヒロアカで描かれているからこそ、襲もそれにならい成長するヴィランあれかしとメイクしたのですが、そのきっかけはエリちゃんにすると最初から決めていたのでこんな感じのEP8になったわけです。
まあ、襲がメインになってるシーンが想定より多くなったのは事実なんですけども。
とはいえそのすべてを最初から出すわけにはいかなかったので、襲が出るエピソードで見かける否定的な感想には「わかる」「ですよね」「ワイトもそう思います」と思いつつも、どうかオリジン回までついてきていただけないでしょうか損はさせませんのでと祈りながら執筆してました。
EP2から約一年。あそこで読むのを辞めた方に対して、もったいないことしましたねと言えるだけの結果を出せたでしょうか。出せたのであれば、書き手としてこれ以上の喜びはありません。
THE・裏話2
ひさなさんはな、歳の差カップルが好きでな(温度差
というわけなので、いつかやれたらやりたいですね。そういう欲もちょっと込みでのキャラ造詣なんですよね、実は。いや何がとは言わないですけど。
まあやれるとしたらエピローグか、全部終わった後のおまけ番外編とかですかね。さすがに6歳児とそういうことするのは、ちょっとね。いや何がとは言いませんけど。
・・・最大の壁は、生い立ちが生い立ちなだけに襲にその手の知識が一切ないことですね。年上の側が何も知らない無知シチュ・・・? 誰得なんだ・・・?
いや、何がとは言わないんですけどね。
THE・補足1
襲本来の個性、「憤怒」最大出力時の効果量は、ワンフォーオールのおよそ15%ほどです。
ここにフォースによる身体能力強化を組み合わせることで、ワンフォーオールの30%ほどにまで引き上げることができる、と規定しています。
なので諸々全開にしたときの襲は、普通に腕を振るったりするだけで空気砲を放てます。
まあ、本人がそこらへん気づいていないので、意識して使われることはないですが。憤怒100%中は、そこらへんの判断力も落ちますしね。
今章の覚醒によって理性を切らさずに怒れるようになったので、今後は十全に使えるようになる可能性はありますが。
THE・補足2
物語的に襲のプロフィールを知る者なんていないし、それを知る手段もないので一様に不明にしましたが、作者的には一応決めてあったりします。
2月14日生まれ、18歳という設定。
つまりエリちゃんとは12歳違う。ヤバい。いや何がとは言わないですけど。
まあエリちゃんの個性があれば年齢差はあってないようなもんだし、ヘーキヘーキ。いやカップリングの話ですよ。