1.おかえり
九月最後の日曜日。私はサポート科の生徒に混じって、サポートアイテムの資格試験を受験していた。
ヒーロー仮免許のとき同様、送迎のバスで試験会場と行き来したのだが、それなりに顔を知られている私が同乗していることに様々な声が寄せられたのは仕方がないことなのだろう。
ただ、初対面の人間に対して、撫でるなどして猫かわいがりするのは人と愛玩動物の区別がついていないのではあるまいか。さすがの私も辟易とさせられた。
こういうことがあり得るから、目立ちたくないのだ。いや、体育祭のことならあれはもちろん意義のあることではあったのだが。
これで機械に関する有意義な話ができたならよかったのだが、私が便乗したのは一年生用のバスだったこともあってか、そういうものはなかった。一年生ではそんなものなのだろう。ハツメが突出しすぎた存在だったのだ。
そのハツメだが、どうやら違うバスに乗っていたようで、顔を合わせることはなかった。残念である。
いやまあ、帰りのバスには当たり前の顔をして私がいるほうのバスに飛び込んできたのだが。
随伴の教師に色々と言われていたにも関わらず、すべて無視していたのはさすがと言うべきだろうか。とりあえず、十分な意見交換はできたしその間不用意に接触してくるものもいなかったので、私としては満足ではある。
「いつでも工房へお越しください! 私のドッカワイイベイビーをお見せしましょう!」
「ぜひ」
そんな会話を交わしつつ、私は彼女と別れた。
ちなみに当たり前のようにヒミコが試験に同行したがったのだが、これに関しては受理されるはずもなく。
「合格祝いに、ケーキ用意しておきますからねぇ!」
結局彼女は、そんなセリフと共に送り出してくれた。
私の不合格を一切疑っていないところは、ご愛嬌だろう。いや、実際何事もなく合格したが。
これで今後、装備の更新に他人を頼らずに済む。それにサポートアイテム作成のためというお題目があれば、造る機械に“個性”由来の技術も流用できるので、単純にできることが広がったとも言える。
前者はともかく、後者は素直にありがたい。私にとってこの星は基本的に技術水準が低いのだが、一部の技術は銀河共和国を上回るからな。
今一番目をつけているのは、メリッサ・シールド女史の圧縮小型化技術だが、他にも見るものは多いのである。
それ以外でも、大型機械や建物の建造速度がとてつもなく早いこともこの星の特徴だろう。今私たちが使っている寮棟も、全校生徒分が揃うまでに要した時間が一週間程度しかかかっていないのだから、尋常ではない。
今後は大型の機械も造っていきたいので、社会として建造が早いというのは本当に助かる。どこに頼むかという問題はついて回るが。
「……ケーキか。どんなものが出てくるのだろう」
ともかくそういうわけなので、帰りのバスを降りた私はヒミコのセリフを思い返して思わず笑みを漏らした。楽しみである。
だがそれとは別に、楽しみなこともある。
「ボクがっ! キラメキと共に帰ってきたよ!☆」
寮の玄関をくぐると同時に、独特のポーズを取ったアオヤマ(“個性”を使っているようで、比喩ではなく光っている)が出迎えてくれた。そう、今日遂にアオヤマが戻ってきたのである。
「やあアオヤマ、久しぶりだな。
「おかげさまで、
わかるものなら意味の分かる言葉と視線を交わして、私たちは微笑み合う。つまり、そういうことらしい。
彼も、という表現については、雄英を離れた際のカバーストーリーが「遺伝性の病気」を根拠にしているので、家族全員がしばらく病院にいたことに由来する。もちろん本来の意味はそちらではなく、アオヤマ自身の安全性の話だが。
それとは別に、心のほうは大丈夫かなと思って少しだけ心の中を覗いてみたが……うん、どうやら問題ないようだ。本人も随分と力強く断言していたし、本当に大丈夫なのだろう。少なくとも今は。
彼については、一応彼を告発したのが私ということで、今後どうするかの大まかな話は聞いている。
それによると、オールフォーワンがタルタロスに拘留されている現状は、ひとまず雄英に戻して元通り授業を受けさせてよいとなったらしい。
ただ内通者であったことは覆せないし、どうやらアオヤマ本人はともかく、その両親は万が一オールフォーワンが脱獄した場合情報をあちらに提供する可能性が非常に高いらしい。それほど強烈に、オールフォーワンに対する恐怖を与えられてしまっているようなのだ。
なので、そうならないことが一番ではあるが、もしもそうなってしまったときは本人たちが意図していないダブルスパイとして使ってしまおう、というのが警察上層部の判断らしい。こちらから流す情報を絞ることで、オールフォーワン側の行動を誘導しようということだな。
そうなったときのために、アオヤマの両親は何も知らされていないままだ。もしも万が一のことがあった場合、彼らは今まで通りオールフォーワンから求められるままに雄英の情報を息子に要求するだろう。
その場合、アオヤマには相応の精神的負担を強いることになるが……彼は既に覚悟を固めている。さらに向こうへ行く覚悟を。大丈夫という判断は、そこも含めてだ。
……まあ、そんなことがそうそう起こるとは思えないが。何せタルタロスの中では、“個性”を使おうと思っただけでも即座に銃口が向けられる。さすがのオールフォーワンでも、あそこから脱獄することはできないはずだ。
もちろん彼には多くの信者がいるらしいので、外からの手引きで脱獄する可能性は十分にある。そうならないためにも、秩序を守る側である我々は今後も気を引き締め、一層の努力を続けなければならないだろう。
「おう! 増栄も帰ってきたな!」
「これでやっと、A組全員揃ったねぇ!」
と、そこにキリシマとアシドがやってきた。
二人にうんと頷きながら、手招きされるまま談話スペースへ移動する。
そんな私たちを、ホールケーキを載せた盆を手にしたヒミコが出迎えた。
「コトちゃん、おかえりなさぁい!」
「うん、ただいま。連絡は入れたがこの通り、無事受かったよ。このケーキが?」
「いぃえぇ、これは青山くん用のですよ。ほら!」
ヒミコはそう言って盆をテーブルの上に移すと、載せられていたホールケーキのチョコプレートを見えるように向きをこちらへ変えた。
と同時に、周囲にいたクラスメイトたち……特にカミナリやミネタと言った面々が、クラッカーを鳴らす。放たれたテープが向かう先は、アオヤマだ。
『退院おめでとう!!』
そして、ほぼ全員がアオヤマに向けてそう声をかけた。
ケーキのチョコプレートにも、「青山くん退院おめでとう」と書かれている。なるほど、アオヤマの退院祝いでパーティを開こうというわけか。
バクゴーさえいる――引きずってこられたようで顔も内心も不本意そうだが――ので、本当にクラス総出のお祝いだな。
「……メルスィ・ボークー☆ 本当……本当に嬉しいよ、ありがとうみんな!☆」
すぐ隣で、アオヤマがまるで歌劇か何かのような気取ったポーズを取りながら、声を上げた。
彼は普段からリアクションが大きいが、今回は特にオーバーリアクションだ。その心の中は、感動でいっぱいになっている。
「なに、これくらいどうってことはないさ!」
「そうだよ、僕たち友達じゃないか!」
「青山くんいなかった間のノートはみんなでばっちり取ってあるから、安心していいよー!」
「実技のほうも、いつでも記録を見られるようになっておりますわ」
「解説なら我々喜んで引き受けよう」
「おいおい、真面目な話もいいけど早くケーキ食べようぜ!」
「それもそうだ! あ、飲み物入れるよ、何がいい?」
「切り分けるのはトガにお任せですよぉ」
ほとんどノンストップで、誰かが何かを口にする。そこにあるのは純粋な善意ばかりで、誰も一切疑っている様子はない。
だからこそ、アオヤマには響くのだろう。彼はどうやら堪え切れなかったらしく、口元を押さえて顔を逸らしてしまった。その目に光るものを私が指摘するのは、野暮と言うものなのだろうな。
「え、青山どうした!?」
「ちょま、もしかして泣いてる?」
「……っ、いや……っ、もう……! 本当……本当、君たちって人は……」
「大袈裟だなー、これくらいのことで」
そう言って笑うのはセロだが、そこに嫌味な色は一切ない。彼は本当に、これくらいのことで感極まるなんて大袈裟だと思っている。彼にとっては、この出迎えは大袈裟でもなんでもないのだ。
アオヤマ一家入院の話はあくまでカバーストーリーであり、実際は誰も健康を害してはいないのだが。それはもう、この際どうでもいいことだろう。
他の面々も似たようなものだ。ああもう、本当に彼らはどこまでも光明面の住人だよ。私も嬉しくなってしまう。
とはいえ、内通者として彼らを裏切り続けていた自覚があるアオヤマにとっては、眩しすぎるだろう。真実を知らされてはいないが、それでもここまで無邪気に復帰を喜んでもらえるなんて、絶対に思っていなかったのだろうなぁ。
ただ、だからこそ固まる覚悟というものもあるわけで。
「……メルスィ、本当に……それしか言葉が見つからないよ……☆」
アオヤマはぐいっと目元をぬぐうと、深呼吸もほどほどにポーズを取った。既にその顔に憂いはなく、いつもの……そう、いつも通りの表情だけがあった。
「うん☆ みんな、改めてヨロシクね!☆」
そしてそう宣言した彼に、あちこちから同意する声が一斉に上がる。
と、その中で、ハガクレがぽんと手を叩いた。
「……あ! せっかくだからさ、みんなで写真撮ろうよ!」
「それは素敵なアイディアね、透ちゃん」
「うん、やろうやろう!」
「いいねー! さんせー!」
これにみなが同意して、アオヤマを取り囲む形でそれぞれの距離を縮める。
「そういうことなら……14O、カメラを頼めるか」
「
私は寮に常駐させているサーヴァントドロイド、S-14Oを呼び寄せてカメラを持たせた。
彼女はカメラの設定を手早く整えると、これまた手際よく私たちに呼びかけながらレンズを向ける。
「オイコラ半分野郎! 引っ張んな!」
「一人だけ距離を取ろうとしないなら離すぞ」
「テメェらが無理やり連れてきたんじゃねーか! ぶっ殺すぞ!」
「いーじゃん爆豪、こういうときくらい!」
……そんなやり取りもあったが、最終的にバクゴーも渋々ながら折れた。彼の吼えまくる様だけを狙って、14Oが高速連写モードでシャッターを切ったのである。
そんな写真を何百枚も撮られるよりは、一枚でさっさと終わらせてしまおうという判断だろうな。手前味噌で恐縮だが、我がドロイドながらまったく賢い。
「デハデハ皆サン、ハイちーず」
『イエーイ!』
かくしてこの日、私のデジタルフォトフレームに新しい写真が追加された。
寮の談話スペースで、アオヤマを中心にクラスメイト全員で集まっている写真だ。そこには笑顔ばかりがあって、陰鬱な気配は一切ない。神野事件があったとは思えないくらい、晴れやかなものであった。
それは私も例外ではなく。満面の笑みとは言わないが、それでも確かに写真の中の私は笑っていた。最愛の人と腕を組んで、身を寄せ合う顔は幸せであふれている。
写真の中のそんな自分を見て、つくづく思う。随分と遠いところまで来たな、と。
しかし後悔はない。むしろ、ここに来てよかったとすら思う。この半年ほどの間の出来事は、それだけ有意義なもので満ちていると確信しているのだ。何せ、得難い友がこんなにも大勢いるのだから。
まあ、それはそれとして。
「コトちゃん。はい、あーん」
「あーん。……うん、おいしい。ありがとう、ヒミコ」
「えへへぇ、どういたしまして」
やはり、私にとっての一番は彼女である。
彼女謹製合格祝いの特製ケーキ、ミルクモンブランは、かつて雄英近くのレストランで食べたそれより見栄えは少し劣ったが、味は上回る。少なくとも、私はそう思った。
青山くんのバレ、当初の予定だと合宿襲撃編で明らかになる予定だったっていう裏話読んで目が点になりました。
もしそうなってた場合、本作のような展開は絶対不可能でしたね。34巻までバレを引っ張ったのは、単純に物語の面白さを追求した結果でしょうけど、それはそれとして二次創作してる側としても、バレタイミングが今でよかったなって・・・。
ともあれそんなわけで、お待たせしましたEP9始まります。
今回は本編13話+幕間3話+閑話1話と、ちょっとバランス悪めの構成。
当初の予定ではA組B組対抗戦編まで含めて一つにしようと思ってたんですけど、話数がエグイことになりそうだったので急遽文化祭編だけにした結果です。
まあその分お話に余裕を持たせられたところはあるので、何事も善し悪しですね。
あとメタ的な話をすると、ヒロアカのストーリーライン的に学校行事みたいな学生らしいイベントでクラスメイトと和気あいあいできるのはここが最後なのでね・・・ここで尺をそれなりに使いたいなって・・・。
・・・改めて書くとすげぇな。一応は日本の学校が舞台の少年漫画で、14巻分以上もの間青春云々ほぼ抜きのシリアスが休みなく続いてるって。
まあでもそういうことなので、シリアス入る前に嵐前の静けさ的な感じで、今章は理波とトガちゃんのイチャラブたっぷりでお送りいたします。どうぞお楽しみいただければ幸い。