月日は流れ、あっという間に年度末が近づいてきた。
私自身の訓練はもちろんだが、あの日はからずもフォースセンシティブとなったトガのフォース訓練も順調と言える。
彼女は九月の末ごろにアナキンを正確に認識できるレベルに達し、晴れてフォースユーザーとなったのだが、そこから更に驚異的な集中力を発揮した。かなりの早さで使いこなせるようになっていき、二月の中頃には実戦で使用できるレベルまで仕上げてしまったのである。
これには私もアナキンも驚いたが、アナキンいわく
『変身によってコトハのミディ=クロリアンと遺伝子的に同質のものを得るに至ったからか、二人のフォースは同質だ。だがコトハのフォースは光明面に強く偏っている。トガは暗黒面に。
そしてフォースはバランスを取る傾向があるから、二人の同質ながら正負別のほうを向いているフォースがバランスを取ろうとして、トガ側のフォースが引き上げられたのではないかな』
とのこと。
つまり、私とトガはどうも人工的なフォース・ダイアドの可能性が高いようなのである。
フォース・ダイアドとは、物質的にはまったくの別存在でありながら、フォース的に同一の存在のことを言う。両者のフォースは同質であり、これによって両者の間には特別な絆が発生する。
予言の中に存在しながら、長らくそのような存在は確認されていなかったので、私も詳しいことは知らない。だがアナキンが言うには、私たちの死後……帝国も瓦解したあとの時代で、アナキンの孫とパルパティーンの孫がこの関係に至ったという。
その二人は何光年離れていようと意思疎通を可能とし、それどころか手持ちのものを互いの手元に転移させるなど、フォース的にも驚愕に値する様々な超常現象を発生させたとか。
戦闘においても、両者は互いのフォースを増幅させるなどしたそうで、予言に「選ばれしもの」とされたアナキンにも匹敵する特異な存在のようだ。
もし私とトガもそういう関係になっているとしたら、それはジェダイ的には名誉なこと……と、喜んでいいのだろうか?
いや、これが自然的に生じた関係であるなら素直に光栄に思っていただろうが。何せ人工的なものであるからなぁ。今の私自身のフォースも含めて。
ともあれ、そういうわけで妙な慌ただしさもあって、時間はあっという間に過ぎたのだが。
三月の頭、私は問題なく雄英高等学校のヒーロー科合格通知を受け取った。首席とのことだが、ジェダイとして見ると難易度はかなり低かったので、まあそんなものだろう。
さて、問題は通学をどうするかだが……と考えながら、ひとまず日課の鍛錬を済まそうと思っていたときだった。
「コトちゃーん!!」
トガが我が家にやってきた。
彼女が唐突にやってくることはよくあることなので、私含め家族の誰も驚かない。
ともあれ家に上がった彼女だったが、彼女は普段より楽しそうに笑っている。何かそんなに嬉しいことでもあったのかと思って尋ねたところ……。
「じゃーん!」
彼女は得意満面で、小型のホログラム装置を差し出してきた。
一瞬首を傾げた私だったが、しかしその装置には見覚えがあった。
「トガ……それは、まさか雄英の合格通知では?」
「ピンポンピンポン大正かーい!」
私の指摘に、トガは嬉しそうに跳びはねる。
そんなまさか、と思った私であったが、しかし彼女が起動した装置からオールマイトの姿が投影され、トガのヒーロー科合格を告げられては信じるしかない。
いや、しかし。しかし、である。
「待ってくれ。トガ、君はそもそも既に高校生だろう!?」
「辞めました!」
「はあ!?」
「あの高校は辞めました! それで、雄英を受験しなおしたのです!」
「な……なぜそんなことを!? 既に高校生なのだから、転入なり編入なり取れる手段はあったじゃないか!」
「そんなことしたら、コトちゃんと同じ学年になれないじゃないですか! そんなのヤです!」
彼女の断言に、私はめまいを覚えた。
なんということだ。この娘と来たら、私と同じ学校に通いたいがために。そして同じ学年でありたいがために、わざわざ高等学校を一度辞めた上で受験しなおした!? どういう精神構造をしていたら、そんな大胆なことができるのだ!?
「お、親御さんはどうしたんだ!? 大体、学費の問題があるじゃないか!」
「私がどうしてもヒーローになりたい、って言ったらわりとあっさり」
「え、ええ……それでいいのかご両親……」
「んふふ。あの人たち、私をどーしても普通にしたがってたので。ヒーローって、普通の極みみたいな職業じゃないですか。こっちがびっくりするくらい喜んでましたよ」
そう言いながら至極楽しそうに笑うトガの顔は、どこからどう見ても悪人のそれだった。
実際、今回に関しては似たようなものだろう。何せ、
「トガ……君は別に、ヒーローになりたいわけではないだろうに」
「もちろん! 私はコトちゃんと一緒にいたい、コトちゃんと同じものになりたいだけなので!」
ということである。
つまり、彼女の中には正義感というものはほとんどないのだ。社会をよくしたいという願いもなく、徹頭徹尾、己の欲望に邁進しているに過ぎない。
そんな彼女が、定員が三十六名と極めて少なく、倍率が300倍を超える雄英のヒーロー科に受かってしまった。それでいいのか、ヒーロー科最高峰?
というか、彼女が合格したことによって三十六名からあぶれることになった人には、非常に申し訳ない。その人にこそ、ヒーロー足りうる精神があったかもしれないのに。
……いや、目立つことしか考えていないような、功名心の塊な人間が受かるよりはマシなのか……? そういう人間に比べれば、まだトガは統制が利くはずだし……。
そんな風に思い悩んだ私をよそに、トガはまだあるぞと言わんばかりに胸を張る。
「そういうわけなので、コトちゃん! 四月からルームシェア、しましょう!」
「……ルームシェア?」
「はい! コトちゃん、通学をどうするか悩んでたでしょ? 私も一緒なら、静岡辺りで下宿してもきっとお父さんも安心するんじゃないかなー、って」
あと下宿費用もそれなら半分になるし、と言ってトガはにんまりと笑う。
その瞬間、私の脳裏をよぎる光景があった。あれは四月の頃、私が合格した暁には通学をどうするか決めかねていると言ったあとに、やけにいい笑顔を見せていたトガの姿である……。
「……まさかトガ、あのときから既に!?」
「んふふ、ドッキリ大成功ー!」
思わず問いかけたら、人差し指と中指を立てた、見まごうことなきVサインで返された。
違う、そうじゃない。そういうことを言いたいんじゃない……。
***
結局、私は有意義な対案を示すことができなかったので、私とトガのルームシェアは決まってしまった。
父上も彼女がいるならと承諾した。まあ、これについては私に彼女をちゃんと見守っておくように、という意味もあるのだろうが……それでいいのか父上と思わないわけではない。
彼女の両親とうちの両親がどのような話をしたのかは知らないが、ともかくあれよあれよという間に私たちは雄英近くの集合住宅に引っ越し終えることとなる。
なお、妹には「おねえちゃんいかないで」と号泣されたので、私も泣きそうになった。いよいよジェダイ破門かもしれない。
アナキンはまるで気にしていないので、彼としては問題ない範疇なのだろうが……そもそも彼は、型破りなジェダイを三代続けて輩出したマスター・クワイ=ガン門下である。この程度は気にならないのだろう。
逆に私の前世のマスターが聞いたら、なんと言うだろう。温厚な方だったので即破門ということにはならないだろが、その分怒ったときはまさに烈火で大層恐ろしかったものだ。なんと申し上げればよいのやら。
『とっくの昔に死んでるんだから、気にするな』
とはアナキンの弁であり、間違いではないのだが、私はアナキンと違って千年以上もの時間を体感していない。意識の断絶があるので、前世から今に至るまで十年程度しか経っていないという感覚なのだ。それで気にするなと言われても、気にしてしまう。
それでも、現実はどんどんと過ぎていくので、折り合いをつけるしかないわけだが。
ともかく、そうしていよいよ入学式を翌日に控えた夜のことである。
私は、大事な話があるとトガに声をかけられた。
いつにも増して真剣な顔で呼ぶ彼女に、これは本当に真剣な話だと私も居住まいを正す。
そうして彼女の口から告げられたのは、
「コトちゃん……あのね、私……コトちゃんのことが好きなのです」
「そうか。ありがとう」
「……わかってないよね?」
「? いや、そんなつもりはないが……」
「もー! 普段はあんなに察しがいいのに、なんでこういうときだけ鈍感なんですかー!」
よくわからない話だった。
「あのですね。コトちゃん、私のスキというのはですね? 英語で言うところの、ラブなの。愛してるんです。恋愛的な意味でなんです!」
そして続けられた言葉もまた、よくわからないものだった。
いや、知識としては知っているので、わからないというのはいささか不適当か。
いうなれば、そう。私に向けられてその言葉を発された、ということが理解できなかったのだ。
「……? 私、を? そういう意味で?」
己を指差しながら、首を傾げる私。
そんな私に、こっくりと強く頷くトガ。なんとも言えない空気が漂っていた。
それに業を煮やしたのか、トガのフォースが爆発するように膨れ上がった。あるいは癇癪と言ったほうがいいだろうか。
だが私はそう考えるよりも早く、同じくフォースをみなぎらせて応じていた。フォースを用いた対人戦の基本であり、ジェダイとしてあの戦争を経験したなら誰もがする反応だ。
しかし次の瞬間、私はトガの心の内を”視”た。フォースの導きによって、彼女の心の中に入り込んだのである。おかげで一触即発にはならなかったが……。
『コトちゃんが好き。大好き!』
『コトちゃんとずっと一緒にいたい。死ぬまで、ずっとずっと!』
『愛してる、愛してる』
『コトちゃんコトちゃんコトちゃんコトちゃんコトちゃん』
「……っ!!」
あまりにも重苦しく、煮詰められたような甘さに私は思わず身体を引くしかなかった。瞬間、私たちの間の接続は一旦途切れる。
……なんだ、今のは。感じたことのない感覚、経験。人の思考が見えたときとはまた違う、もっと深い何かだった。
もしやこれが、フォース・ダイアドの交感だろうか? 一度アナキンに相談したほうがよさそうだ。
だがそれはともかく、確かにトガの気持ちはわかった。どれほど言葉を尽くしても理解できなかったかもしれないが、直に精神同士が触れたからか、魂で理解できたように思う。
それを察したのは、トガも同様なのだろう。いや……あるいは、彼女もまた私の心の内を覗いたのかもしれない。今までとは打って変わって、何やら納得したような落ち着いた顔をしている。どこか微妙な雰囲気もあるが……。
「……何を”視”た?」
「その……アレですよ。そういえば、コトちゃんってまだ十歳だったなーって……」
「……何を今さら」
「や、なんていうか、こう……十歳なら恋愛のこと、わかんなくてもしょうがないかなーって……」
「本当に何を視たんだ……」
思わず頭を押さえた。頭痛を感じたような気がしたが、気のせいだと思いたいものだ。
だがそんな私を気にすることなく、トガが私にしなだれかかってきた。
まあ今の状況なら下手なことはされるまいと、私は彼女に身を任せる。すると、彼女の両腕が私の身体をやんわりと包み込んだ。
彼女の胸元に、私の頭がそっと当てられる。とくり、とくり、と彼女の少し早い鼓動が聞こえてくる。それが、奇妙に心地いい。
「コトちゃん……もっかい言うね? 私は……コトちゃんのことが大好きです。愛してます」
「…………」
「でも、今のコトちゃんはそういうの、よくわかんないみたいなので……私、待ちます」
「…………」
「私、どれだけでも待ちます。コトちゃんが私のこと、愛してくれるようになるまで、ずっと」
「……私が君を好きにならないという可能性は考えないのか?」
「あはは、それはあり得ないですね」
私が申し入れたら、トガは力強く断言した。
「なぜそうも断言できる?」
だからそう問い返したら、
「だって、フォースがそう言っているので」
と返ってきた。にんまりとした、いつもの笑顔で。
何らかのヴィジョンを見たということだろうか……。
ただまあ、彼女の言い分は理解できる。それなら私も断言しようというものだ。受け入れるかどうかはまた別の話だが。
恋愛のような、特定の個人に執着することはジェダイにとってはご法度だ。何より、そこまでこの少女に入れ上げる自分が想像できない。
ただ、これもフォース・ダイアドだからだろうか? それとも、交感したことでトガの思考に影響されたのだろうか?
しかしいずれにしても、彼女とこうして身体を合わせていることに、不快感が一切ないことは事実であった。
……なお、このあと思い切り口づけをされた上に、ものすごい勢いで首から吸血された。いつまでも待つ、という言葉は一体なんだったのか。
しかしたぶん、今までで一番吸われた気がする。仕方がないので急遽、私の造血機能を増幅したが……入学式の前日などというときに、あまり羽目は外しすぎないでほしいものだ。
大体、するならするで許可を取れと言ったではないか。それなら私も文句は言わないのに。
そう思いながら、私はトガの身体を抱きしめた。彼女もまた、口元を血まみれにしながら私の身体を抱きしめてくる。
私たちはそうしてしばらく、無言のまま抱き合っていた。
そんな様子を、春の月が静かに見下ろしていた。
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EPISODE Ⅰ 「新たなる人生」 ―――― 完
EPISODE Ⅱ へ続く
トガちゃんが見た主人公の心の中:
「愛・・・? 愛って、なんだ・・・?」「好き、とは・・・?」
みたいな感じでひたすらスペースキャットしてた。
信じられないだろ・・・これで精神年齢20歳越えてるんだぜ・・・。
そりゃトガちゃんも10歳児って信じる。恋愛に疎すぎる。
お前は次に「ためらわないことさ」と言うッ!
・・・まあそれはともかく、EP1はこれにておしまいです。
EP2から完全なるヒロアカの原作時間軸に突入するため、オリジナルシーンはだいぶ減るかと思いますが・・・シナリオ自体は原作沿いでも、なるべく原作にないシーンだったり展開だったりを入れたいなと思っていますので、コンゴトモヨロシク・・・。
ただ、EP2の前に幕間の物語を一つ挟む予定なので、章構成としては次の話まではEP1です。こちらもお楽しみいただければ幸い。