ヴィラン名「ジェントル・クリミナル」は、犯罪行為を映し動画投稿サイトに投稿する、次世代型のヴィランである。
活動期間は実に六年に及び、その間一度も逮捕されていないという実績を持つが……実のところ、殺人や破壊などの派手なことは一切行っていない。それどころかやっていることはコンビニ強盗程度が最大であり、何なら未遂に終わったものも多い。
外野からすれば不要と思えるようなこだわりも多く、世間的には木っ端のヴィランという扱いであり、動画のほうもろくに閲覧数を稼げていないのが現実だ。
まあ、殺人などを行わないのは義賊を表明している彼のポリシーにそぐわないという点もあるが……それはそれとして、彼に名を轟かせるだけのある種の能力が欠けていることは間違いなかった。
そんな非才の身を、素直に受け入れられればよかったのだろうが。しかし人並み以上の承認欲求があり、若い頃から歴史に名を残すことを生涯の目標と公言していた彼は、歪んだ形でそれを実現しようとしてヴィランとなった。
そしてこのたび、遂に大きな行動に出る。何度もヴィランに襲撃され、セキュリティを大幅に強化した雄英高校に侵入する。そんな計画を企てたのだ。
彼には相棒がいる。ソフトウェアに極めて強く、コンピューターの扱いにかけては他の追随を許さないラブラバだ。
彼女の手を借りて雄英のセキュリティを一時的に無効化し、その隙に文化祭中の学校内へ侵入する。箇条書きにすればそんな単純な流れになるが……時期が悪い。
先にも挙げたが、雄英はここ半年の間に何度もヴィランに襲撃されている。これによって失ったものは多く、これ以上の失態はもはや許されない。
万が一侵入を許し、生徒に被害が及んだとなれば問題などという言葉では生ぬるい。未来ある若者が理不尽に命を失う、あるいは身体機能に障害が残るなど、あってはならないのだ。
仮に被害がなくとも、文化祭そのものを中止にしなければならない可能性だってある。子供の一時期、数回しか経験できない学校行事の中止となれば、多くの子供たちが悲しむだろう。
だから。
だからこそ、偶然にも彼と遭遇した緑谷出久は、言う。
「
この一か月、ずっと練習をしてきた。同じクラスの仲間たちが、同じ学年のライバルたちが、尊敬する先輩たちが、精魂込めて一つのものを作り上げていく様を見てきた。
何より今日は、エリが来る。ずっと悲惨な境遇にあった幼い少女に、目いっぱい楽しいを、ワクワクを経験してほしくて。
そんな文化祭に、大勢の夢と希望と想いが詰まった文化祭に、ケチをつけさせるわけにはいかない。その決意を胸に、彼は毅然と言い放ったのだ。
「察しの良い少年だ……ラブラバ、予定変更だ! これより何があろうともカメラをとめるな!」
「もちろんよジェントル!」
だが、紳士の名を抱いた男はとまることなく。普段より気負ってはいるものの、普段通りのありようを崩すことはなかった。
相棒から向けられるカメラの視線を受け止めながら、申し訳程度の変装を一気に解放してヴィランとしての姿を露にする。
「諸君! これより始まる怪傑浪漫、
これに対して、出久は“個性”を発動させて身構えた。この瞬間、彼はただの少年から一人のヒーローとなる。
いまだ仮免許の身とはいえ、心で燃え盛る正義の炎には一点の陰りもなく。ワンフォーオールの九代目にして偉大なるナンバーワンの後継者、デクがヴィランの前に立ちはだかった。
「予定がズレた! ただいまいつもの窮地にて、手短に行こう! 今回は! 『雄英! 入ってみた!!』」
だが、ジェントル・クリミナルはあくまで己のペースを崩さない。いっそすぎるほどに俗っぽいテーマの発表に、デクは目と耳を疑う。
それでもすぐに気を取り直して、前へ出る。
「そんなことさせない!」
そこに。
「まったくだよね」
今まで一切なかったはずの別の声が、割り込んだ。
声と同時に、小さな人影がジェントル・クリミナルとラブラバの間に出現していた。
『!?』
三人が同時に、同じ反応をする。デクは足を止め、ジェントル・クリミナルとラブラバは振り向きながらだが、確かに同じ反応を。
「別に、今日じゃなかったらザコの妄想なんてスルーしたけどさぁ」
そこにいた人影が、手のひらを大きく開いて片手をかざす。
次の瞬間、フォースが生み出す斥力によって、ジェントル・クリミナルは道の端へと吹き飛ばされた。
「ぐおぅっ!?」
「ジェントル!?」
「今日の文化祭、エリはずーっと楽しみにしてたんだ。たとえ妄想だったとしても、その邪魔をしようってんなら……ボクは手加減しないぞ」
それを行った彼女の名は――
「そんな……!? なんでここに!?」
――死柄木襲。ヴィラン連合の頭の片割れにして、今この星で唯一、暗黒面の深みに立つフォースユーザーが、そこにいた。
そして彼女は、ジェントル・クリミナルを吹き飛ばした余勢をかって身体をくるりと横に回転させると、ラブラバと正面から相対して首に手を伸ばした。
「ひ……っ!?」
「ラブラバ!? やめろ、彼女に何をする!」
「やだなぁ、まだ何もしてないぢあーん。……まだ、ね。まーあ? オマエらのこれからの態度次第ではぁ、するかもしれないけどぉ?」
吹き飛ばされたところから大慌てで体勢を整えたジェントル・クリミナルを、襲は鼻で笑う。
確かに、彼女が伸ばした手はまだラブラバには触れていなかった。たとえ次の瞬間には、その剛力で首を握りつぶせてしまうほどの至近距離とはいえ、一応は、まだ。
「「やめろ!」」
ほぼ人質と化したラブラバ。
彼女を前にして、デクは動くに動けない。ジェントル・クリミナルも同様だ。
と、そんなデクに、襲はちらりと視線を向けた。同時に、フォースがこの場の人間の思考を拾い集める。
そうして見透かした想いに、感情に、襲は「だよね」とつぶやいた。
「わかってるよ。今ここで殺したら、それこそ文化祭が中止になりかねないもん。殺しはしないって」
その言葉は穏やかだった。何なら、微笑んですらいる。
今までむやみやたらに怒りをまき散らしている襲しか見たことのないデクは、今日の立ち居振る舞いに目を丸くした。
「だからさ。オマエらがさっさと失せてくれれば、ボクは何もしない。本気だよ」
そんな穏やかな表情のまま、襲はジェントル・クリミナルに再び顔を向けた。
天下に悪名を轟かせる、ヴィラン連合のナンバーツーらしい色はそこにはなく。歳相応の少女のような微笑みが、そこにはあった。
あった、が。
「でも。それでもこれ以上、先に行こうってんなら……オマエらはヒーローと、ヴィラン連合を同時に敵に回すことになるんだけど……そこんとこどーお?」
次の瞬間、そんな穏やかな表情のまま、彼女の身体から怒りが迸った。あらゆるものに向けられるその感情は赤い光となって、いなずまのように彼女の身体を駆け巡る。
その姿は、緑色のいなずまめいた光を身にまとうデクと対照的ながら、よく似ていた。
「ヴィ、ラン……連合……!?」
ジェントル・クリミナルが、かすれた声を上げる。完全にすくんでいた。
同じヴィランを名乗ってはいても、彼とヴィラン連合ではあまりにも性質が違いすぎるのだ。
ましてや、どこか一般人らしい気質を捨てきれていない彼にとって、生まれてから今に至るまでずっと、凄惨な人生だった生粋のヴィランの放つ気迫は毒でしかなかった。
「あ、そういえば名乗ってなかったね? ボクの名前は死柄木襲……ヴィラン連合のサブリーダーさ。よろしくね、ザコおじさん?」
だが襲はジェントル・クリミナルのことなど意に介さず、にこりと笑って見せた。とんでもない凄みが込められた、威嚇のような笑みだった。
この顔を、正面から見たジェントル・クリミナルは悲鳴にならない悲鳴と共に硬直する。見てはいないが、その暴力を喉元にまで向けられているラブラバも同様だ。
そんな二人の様子に満足げに笑いなおすと、襲は二人から距離を取る。二人をデクとの間に挟む位置に油断なく移動し、両手を挙げながら二人に向き直る。
「それで? ボク、返事を聞かせてほしいなぁ。ねーえ、ってばぁ?」
この問いかけに、ジェントル・クリミナルはぐっと唇を噛み締め悔しさと共に沈黙するも、しばしののちラブラバに駆け寄って抱きしめ踵を返す。
彼はそのまま捨て台詞すら残さないまま、自らの“個性”によって跳びはねこの場を離脱した。向かう先は雄英の正反対の方向であり、迷いのない一直線の進行は無言の敗北宣言だ。
そんな彼らの手元から、ハンディカメラがフォースプルによって襲へと引き寄せられてくる。
「これは持ち帰られたら困るから、こうしとかなきゃねぇ」
彼女はそれを、即座に握りつぶした。だけでは飽き足らず、念には念をと言わんばかりに両手ですり潰していく。
ほどなくしてカメラだったものは、“個性”であっても容易には復元できないほど文字通りの粉々になった。
「これでよし、っと。じゃ、ボクはこれで」
その残骸を適当に捨てながら、赤い光まで消した襲も踵を返す。
「ま、待った!」
彼女の背中に、デクの声が飛ぶ。
これに対して、襲は「だよねぇ、知ってた」と応えながら改めて振り返った。
「言っとくけどさ、ボク今回は本当に何もする気ないんだよ? だって、ボクが暴れたら文化祭中止になっちゃうでしょ。エリの楽しみを奪うなんてこと、ボクがするはずないじゃん。だから見逃してくんない?」
「……それを僕が信じるとでも思ってるのか」
「うん、思ってる」
身構えて、いつでも攻撃できる状態のデクの言葉に、襲は自然体のままあっけらかんと答えた。
これにはデクも目を丸くする。
「こないだはボク、ブチ切れてたから全然見えてなかったけど……こうして見ると、オマエがボクが見てきた中でもマシなほうのヒーローってことはわかるもん。もしかしたら、ステイン先パイでも認めるかもしれないって思っちゃうくらいにはね」
続いた言葉に、デクはさらに目を白黒させる。どうやら褒められたらしいとは理解できたが、ヴィランに褒められても素直には喜べなかった。
「だってオマエは、エリのことをずっと心配してる。なんとかして楽しませたいって思ってる。そんなだから、オマエはボクを信じるしかないんだよ」
図星だった。デクは思わず顔をしかめる。それでも、ヒーロー志望としては目の前のヴィランをむざむざ取り逃すことはしたくなかった。
だが、わかっているのだ。ここで交戦したら、文化祭そのものに影響するだろうことは。
そうなってしまったら、エリはがっかりするに違いない。それだけは避けたかった。
そもそもの話、デクの持つヒーロー仮免許はあくまで仮である。緊急時には“個性”の使用が認められるが、逆に言えば緊急性が低い場合はその限りではない。
いかに指名手配の凶悪なネームドヴィランが目の前にいようと、それが一応は戦う意思をまったく見せていない以上は、緊急性が高いかどうかはプロたちも意見が分かれることだろう。
つまり、他に選択肢がない。それを理解したデクの胸中では葛藤が凄まじかったが、どうにかこうにか己をなだめすかして否を飲み込む。
それでも一言を返さずにはいられなかったのは、若さゆえだろうか。
「……一つだけ、聞かせてほしい。君にとって、君にとってエリちゃんは、なんなんだ?」
だがこの問いかけに、襲はきょとんとして目を瞬かせた。まったく想定していなかった質問に、思わず腕を組んで考え込む。
その反応こそまったく想定していなかったデクは、構えを解くタイミングを逃したまま見守るしかなかった。
「……うーん……そんなの考えたこともなかった、けど……んんん……でも……そう、だなぁ……。もしエリが許してくれるなら……――」
――家族、だったらいいなぁ。
しかし、たっぷり時間をかけて返ってきた答えに、思わずデクは息を呑む。
彼の正面には、あまりにも儚く、今にも壊れそうな笑みがあった。そこにいたのは、いわゆる普通の人間なら誰もが最初から持っているはずのものを持たず、そんな当たり前であるはずのものを、無理だと思いながらも恐る恐る欲しがる孤独な子供だった。
少なくとも、デクにはそう見えた。果たして彼の中の同情心がそうさせたのか、誰が見ても同じように思うのかは、わからない。
だが、理解できたことはある。見聞きした襲という人間の情報を組み合わせれば、見えてくる。
彼女にとって、エリはやはり特別なのだ。今、そのためだけに動いているくらいには。
だからこそ、エリのためにならないことはしないという言葉は、ただ唯一の選択肢を強いるための方便でも何でもない、正真正銘襲の本心で。それは、そこだけは、きっと――信じてもいい。
ゆえに考えがそこまで及んだ瞬間、デクの心から敵対の文字が消えた。少なくとも今は、もう戦う気にはなれなかった。
思わず空を仰ぐ。既に構えは解かれていた。
襲はこの仕草を、了承と受け取ったらしい。満足げに一つ頷くと、スマートフォンを取り出し操作しながら改めて踵を返す。既にその顔からは、直前までの色は消えていた。
「死柄木襲!」
その背中に、デクは慌てて声をかける。応じてくれるとは期待はしないままに。
だが襲は足を止めると、上半身だけだが振り返った。
「……いつか君も救けてみせるよ! きっと、まだ遅くはないはずだから! だから……エリちゃんのためにも、救けられてほしい!」
そうしてかけられた言葉に、襲は小さく笑った。
嘲笑うような色ではない。失笑という様子でもない。
ただ、
けれど、デクがその先に想いを致す前に。
襲の姿は、一瞬にしてかき消えた。
A組の出し物まで、あと一時間十九分。
こんな展開ですが、ジェントルとラブラバのコンビ、すごい好きです。二人が逆行して、改めて二人三脚でヒーロー目指す話を考えたことがあるくらいには好きです。
だからってわけではないですが、この二人は一定の役割を持ってまた登場する予定。
原作のような、意地を張り合った結果敗けてもなお見えるものがあった、という結末ではなかった分、それとはまた違った方向に進ませるつもりなので、今後とも見守っていただければと思う所存。
なおデクくん。このあと通報しようとするも、スマホを忘れてきたことに気づいて例の喫茶店に慌てて入って電話を借りて、各所に連絡する。
結果時間取られまくって、学校に戻ってきたのは結局原作と同じくらいのタイミングになるっていう。
まあ原作と違って連絡が取れないままどこで何してるかわからない、ってわけではないので、初めてのおつかい君扱いはされなかった模様。