「おや」
「あら」
段ボール箱を抱えて寮に戻った私たちは、二人揃って思わず足を止めた。入り口近くで、ミドリヤとウララカに出くわしたからだ。
彼らも私たちと出くわすのは想定外だったのか、私たちと同じように目を丸くしている。
……いや、これはどちらかというと、私たちが抱えている段ボール箱のほうが気になっているのか。まあ、当然と言えば当然か。
「あれー? なんで二人とも寮にいるんです?」
「リンゴ飴を作るために戻ってきたんだよ」
「私はお手伝い!」
ともあれヒミコが声をかけたところ、そんな答えが返ってきた。出し物での景品を片付けるという口実で、エリたちから一時離脱したらしい。
ふむ。ミドリヤがここにいるのはそうだろうと思っていたが、ウララカもか。なるほどと思う私である。
と、私はそれで納得したのだが。そこで終わらないものが隣にいる。
そう、ヒミコだ。彼女はウララカの答えを聞くや否や、にんまりと笑みを浮かべたのだ。
当然、ウララカはその意図を察して赤面する。ただ否定はしてこないので、まあそういうことなのだろうが。
そして一人、よくわからないと言った顔で首を傾げるミドリヤである。
私が言うのもなんだが、彼は本当にこの手のコミュニケーションに不慣れだな……。友人の想いはぜひ成就してほしいと思っているのだが、ここから先に進むとなると苦労しそうである。ウララカが報われるのはいつになるのだろうか。
そんなことを考えているうちに、ミドリヤたちはエリと別行動をするための口実である景品の片づけのため、一旦分かれた。
私とヒミコは調理場に向かい、果物を整理しながら順々にしまっていく。
「ところでその、ずっと気になってたんだけど……そのフルーツどうしたの?」
「こうして見るとすごい量や……でもそんなにたくさんフルーツもらえるようなところあったっけ?」
やがて調理場にやってきた二人が、開口一番に聞いてきた。
「ひょんなことから出店を手伝うことになってな……その報酬としてもらったんだ」
「報酬!? 何があったの!?」
「実はかくかくしかじかでな……」
「はー、やっぱり被身子ちゃんは料理上手なんやね」
「えへへー、それほどでもー。……ただ、多すぎるのは間違いないのでー。せっかくだし、今夜はフルーツで打ち上げでもどうかなーって話してたとこです」
「へぇー、いいね! おいしそう!」
「本当だね。でもこれだけ色々あると、迷っちゃいそうだなぁ」
と、しばらくそれぞれの作業をしながら会話する。私たちは片付け、彼らは調理の準備だが。
とはいえ、大掃除のように時間を使うことでもないので、ほどなくして私とヒミコは作業を終える。なので少し手伝おうかと思ったが、これは遠慮されてしまった。
楽しい時間を邪魔するわけにはいかないからと言われてしまえば、私たちとしても否とは言えない。
なので二人に見送られるような形で、寮を再び出ることになった。別れ際、ヒミコが飴が余ったらフルーツ飴にするから使いすぎても構わないという旨の話をしていたので、そちらも楽しみだが……それは置いておくとしよう。
「じゃあ、今度はどこ行きましょ?」
「……サポート科の発表は既に終わっている時間だな。それなら甘いものを食べつつ、そろそろ食べ物以外のものも見ていこうか」
「いいですねぇ。コトちゃん、何か食べたいのあります?」
「私はクレープが食べたいな。チョコバナナもだ」
「あは、コトちゃんほんとに甘いもの好きですよねぇ」
「うん、大好きだ。そういう君はどうなんだい?」
「私ねぇ、綿菓子が食べたいです! 確かどっかにありましたよね?」
「ああ、それもいいな。よし、二人で食べようか」
「わぁい!」
そんなことを話しつつ、文化祭会場に戻った私たちは、話し合った通りに甘いものを買いながら練り歩いた。
やはりこういう非日常的な空間で食べるものはおいしいものである。特に今日はヒミコと一緒なので、余計だろう。分け合いながらの食事は、楽しいものだ。ちょくちょく口の周りをぬぐわれたりしたのは、祭りの最中と言うことで大目に見てほしいところだが。
また話し合った通り、途中途中でいくつか出し物にも顔を出した。アトラクション型では射的や鏡を使った迷路などがあって、なかなかに面白かった。まあ、射的では大きいぬいぐるみを当ててしまいまた寮に戻る羽目にもなったのだが……。
「カァイイからいいのです!」
ヒミコが気に入って、終始ご機嫌だったので収支はプラスだろう。
なお、リンゴ飴の進捗は順調そうだった。
ただ、お化け屋敷の類は申し訳ないが満場一致で飛ばさせてもらった。以前遊園地で実際に体験して実感した通り、フォースユーザーにお化け屋敷は致命的に向かないのである。どこから何が来ても、すべてわかってしまうからこればかりは、な……。
それ以外では、B組以外でも演劇をやっているところがあったのでそれを観た。B組の演劇はファンタジーものとのことだったが、こちらは現代的というか、異形型の“個性”で悩む若者の恋愛劇だった。
ちょうど今まさに恋人とデート中なので、その内容には少々身につまされるところがあった。誰一人として同じ“個性”を持たないこの星の現代ではときに深刻な社会問題であり、そこに切り込んだ社会派な作品だったと言えよう。実に興味深い出来だった。
まあ、最後の最後で機械仕掛けの神のようなご都合主義があった辺り、プロが作った番組や映画には及ばないのだろうがね。私は悲劇的な終わり方は好みではないので、これはこれでよかったのだとも思う。
「やっぱり最後に、必ず愛は勝つんですよねぇ」
見終わって席を立とうというとき、そう言ってこっそり頬に口づけをしてきたヒミコの姿は、演劇とはまた別に印象的であった。
それ以外だと、ヒーロー科にいるとまったく縁がないが、運動系の部活動の部員と思われるものたちが、スポーツ体験などを開催していた。今までこの星のスポーツを経験する機会があまりなかったので、そちらにも参加させてもらった。
ただこのスポーツ体験、なんというかある種博物館の展示のような空気があったのは気のせいではないだろう。
何せ“個性”が世に出回って以降、ずっと下火なスポーツ業界である。あまりやろうという人間は少ない上に、その参加している人間も大半はさほど興味の対象にはなっていない様子だった。
私はと言えば、ヒミコと一緒にテニスをダブルスで素直に楽しんだのだが……これは二人とも常時効果が出るタイプの“個性”ではないからなのだろうなぁ。こちらも恋愛関係と並んで、一見問題なさそうな現代社会の問題の一つを目の当たりにした気分である。
この辺りの問題をどうにかするのは、政治家の仕事だろうとは思うが……しかしスポーツが衰退しているという状況は、“個性”の存在しない社会にいた身としては少々不健全にも思ってしまうなぁ。
犯罪が多く、ヒーローが必要以上に持ち上げられるのも、そういうところの影響があるように思うのだが、どうにかならないものだろうか。
「はーい、そういうジェダイでもどうにもならない話は今はやめましょうねぇ」
と、いった問題提起は、ヒミコによってすげなく却下されたわけだが。
確かに、彼女の言うことももっともであろう。ここは国会議事堂ではなく、学校の文化祭会場なのだし。
なので私は素直に謝って、彼女の身体に密着した。
「次はどこ行きますー?」
「そうだなぁ……ん?」
と、そんな感じで全力で文化祭を満喫しつつ歩いていると、何やら一際賑やかな一角を見つけた。
プログラムを確認してみると、どうやらアスレチックコースをタイムアタックするという出し物らしい。だがそれだけでこれほどに盛り上がるだろうか……と思ったのもつかの間。二人でプログラム上の文面を読み進めて、なるほどと納得する。
どうやらこのアスレチックコース、オールマイトの在学中から行われている伝統的なものらしい。新調はされてもコースの内容は当時から変わっていないようだが……それもそのはず。
このアスレチックコースの最高記録保持者は、今でもまだオールマイトなのだという。彼が高校生だったのは今から五十年近く前のことなので、それがどれほどとんでもないかは推して知るべしといったところか。
ちなみにその記録、ちゃんとコースの説明に記載がある。これによると、なんと五秒らしい。これがいまだに破られていないとなれば、なるほど雄英の生徒が熱狂するのも少しはわかるというものだ。
「コトちゃん、ちょっとやってみません?」
「記録を狙う類のことはあまり好みではないが……」
「えぇー、私コトちゃんのかっこいいところ見たいですぅー」
「……君ならそう言うと思っていたよ」
唇を尖らせてぶぅぶぅと文句を言うヒミコに、私は両手を挙げて降参の意思表示をする。
もはやかっこいいなどという概念とは程遠い我が身だが、恋人からそれを期待されて奮わないはずがない。
厳密には、今までそういう感覚はよくわかっていなかったのだが……今理解できた。なるほど、これは昂るというものである。
「……おや」
というわけで参加の列に並んで、順番を待っている最中。現時点でのスコアの二位のところに、バクゴーの名前があった。
どうやら彼も、これに挑戦していたらしい。だがさすがの彼でも、オールマイトの記録を超えるのは難しかったようだ。
まあ、五秒だものなぁ。外から眺めている限り、一直線ではあるが複数の障害物や急こう配の坂などが絶え間なく続くので、五秒という壁はあまりにも分厚く高いというべきだろう。
ただ私の場合は……。
「お!? もしやヒーロー科一年の増栄さんでは!?」
「ん。そうだが」
「やっぱり! オールマイト超え宣言、熱かったですよ! ここでも超えてくれると嬉しいです!」
「善処しよう」
開始直前、司会に激励されるという一幕があった。これに応じるように、外から眺めていたものたちが思い思いのヤジを飛ばしてくる。
世間の私への印象は、相変わらずらしい。本当、そういうつもりであのとき発言したわけではないのだが。まったく、メディアがろくなことをしないのはどこの銀河も変わらない。
「ところで確認なのだが。“個性”
「もちろんです! あ、でもコースを破壊するのはナシですよ!」
「なるほど。そしてクリアの条件は、ゴールにあるボタンを押すことである、と」
「はいそうですよ!」
「わかった。では始めようか。準備は万端だ」
最後にそれだけ司会に確認を取った私は、最前線でこちらに手を振っているヒミコを見て思わず笑みを浮かべる。
そのまま彼女に一つ大きく頷いて――
「スタート!!」
――開始の合図と同時に、私はその場で高く飛び上がった。
そしてボタンを視認できる高さに達するや否や、すぐさまその場からフォースを向け、ボタンを押した。
すぐさまピンポーンという、仕掛けの壮大さに反してやや安っぽい音が鳴り響き、ゴールの先にあった電光掲示板に「三秒」という数値が点灯する。
「……えっ」
「え?」
「あっ」
そうして静まり返ってしまった会場に、私は着地する。
「わああぁぁ! さっすがコトちゃん! かっくいぃですー!!」
「えっ、あっ、えっと、はい!? はい! し、新記録ッ、で、出ましたァァ~~!!」
直後、会場全体に爆発したかのような大歓声が響き渡った。
その最前線で、やはり大喝采を上げている愛しい人の躍動的な姿に私はにこりと笑って、この星で言うところのピースサインを向けるのであった。
最初はここでお茶子ちゃんに告白させようかなと思ってたんですけど、書いてて全然うまくいかなかったので、たぶんまだ彼女は告白するには早いって思ってるんだと判断しました。
デクくんのほうも、今されたらまず間違いなくドチャクソ取り乱すだろうし、じゃあいっそここは飛ばそうってことで、こんな感じに。二人がここでどんなことをしていたかは、追々。
なお前回のタコ焼き代役と、今回のクラスメイトから離れてリンゴ飴を作るデクくん、それにアスレチックはすべて小説「雄英白書・祭」のエピソードからです。
アスレチックでかっちゃんが挑戦しつつもオールマイトを超えられなかったのも同書からですが、フォースが使えりゃそりゃこうなるわなって感じ。
フォースユーザーが遠隔でスイッチ押すのは、原作でもわりとありますしね。
なので次の年はかっちゃんがフィーバーすると思います。