少し時間は遡り、十月は下旬に差し掛かった頃のこと。ドクターの連絡を受けた死柄木襲は、諸事情あって別行動を取っていた死柄木弔たちに合流していた。
彼女伝いにドクターの話を聞いた弔は、連合メンバーを集めて新潟の山奥でドクターからの連絡を待つことになる。
だが、連合の下に現れたのはドクターではなかった。そんな生易しいものではなかった。
現れたのは、見上げんばかりの巨体を持った半裸の男。無改造にもかかわらず、オールフォーワンから複数の“個性”を与えられてなお壊れていない男。
側近、ギガントマキア。ドクターが技術、知識面での側近であるならば、こちらは戦力としての側近。たった一人で、万の軍勢をも蹴散らす歩く災害こそがギガントマキアである。
その証拠に。彼がただ一振り、拳を地面に叩きつけるだけで、地面は一気に崩れた。周辺にまで達したひび割れは、容易に山そのものまで崩していく。
荼毘の炎すら意に介さないギガントマキアに、単身対抗できるものはいなかった。
「うるっさいなぁ……デカブツの分際でさぁ」
一人、襲を除いては。
ギガントマキア同様、複数の“個性”を持ちながら壊れていない彼女は、瞬間移動と憤怒、さらにはフォースを組み合わせてギガントマキアに肉薄する。
振るわれた剣もまた、なまくらではない。剣を構成するすべてにフォースが深くしみ込んだ白銀の刃は、ライトセーバーに勝るとも劣らない切れ味を発揮する。
もちろん切断に至る機序が違うため、単純に比較することはできないが……それでも、力に加えて技も学びつつある襲の振るった剣は、大きく頑丈なギガントマキアの身体に明確な傷をつけた。血が噴き出る。
だが、それでも身長差だけはどうにもならない。大きいということは、それだけ単純に強いということなのだ。
フォースによる感知で攻撃そのものは容易に回避できる襲だが、ギガントマキアに即座に致命傷を与えることは、さすがに不可能である。
「めんっどくさ……! あのクソチビみたく、ボクも剣伸ばせればすぐ殺してやるのに……!」
その事実が、襲の“個性”の出力を上げる。
だが、それと同時にいずこかからオールフォーワンの声が聞こえてきた。すると、途端にギガントマキアは大人しくなって声のしたほうへ身を寄せる。
そこにあったのは、古めかしいアナログラジオ。スピーカーから流れていたのは、オールフォーワンの声だった。
ギガントマキアは、この声を流すラジオを両手で愛おしそうにつかむと、犬か何かのように頬を寄せる。あまりにも動物的な姿に、連合のメンバーは声も出ない。
『オールフォーワンの録音音声じゃ。これで落ち着いたじゃろう?』
そのラジオから、ドクターの声が発せられる。オールフォーワンが、自らの夢を後継である弔に託すために残した遺産がこれであると。
だが、弔はこれに対して即座に却下を返す。
「いらんぞこんなん」
『いらん!? この期に及んでまだ望めば手に入ると!? 黒霧と長くい過ぎたな……目を覚ませ』
しかし、ドクターもまたこれに対して即座に却下を返した。
とはいえ、ドクターにとってもオールフォーワンを継ぐものをむざむざ潰すようなことは本意ではない。彼には彼の夢があり、そのためにはなんとしてでもオールフォーワンのような盟友が必要なのだから。
ゆえに、彼は弔たちを自らの拠点に引き寄せた。黒い汚泥を介して、距離を無視する“個性”によって。
神野事件の当時、オールフォーワンが実際に使って見せたその“個性”は、ドクターの“個性”ではない。だが、彼には自らのものではない“個性”をほぼ自在に使う術がある。
なぜなら、彼こそがヴィラン連合をある種象徴する兵器、脳無の開発者であり。
彼こそが、脳無に用いる様々な“個性”を、
「あーもうーくっさい! 先生がするならともかく、ドクターは『転送』使うのやめてくんない!?」
「ハッハッハ、君は相変わらず元気いっぱいじゃな!」
そんな中、真っ先に我に返ったのは襲だ。一瞬の移動に慣れているがゆえだろう。
返ってきたのは、老人の声。彼こそが、ドクター。
周辺に無造作に並ぶ機械や、それらを繋ぐケーブルとはまた別に、整然と並べられた巨大なビーカーと、その中で液体と共に納められた黒い人型のナニカが尋常ではない非日常感を放つ中。彼は悠然と部屋の奥で椅子に座っていた。
だからこそか、襲以外のヴィラン連合はドクターよりも周囲に居並ぶものに先に意識が向いているようだ。
「……こいつらは脳無か? これまでのと少し違う……」
「ほほうわかるのか、差異が! やはりいい目を持っとるよ! そうじゃ違うんじゃ、この子らは違うんじゃよ!!」
ぼそりとこぼれた荼毘のつぶやきに、ドクターは勢いよく反応する。
人間、善人であろうと悪人であろうと、己の専門分野に好意的な反応をしたものには好感を抱くものである。特に、オタクと呼ばれる人間はそれが顕著だ。
「ドクター、相変わらずウルサイ。そういうのいいからさぁ、用件はなんなワケぇ?」
「ハッハッハ、お前さんは本当に、相変わらず手厳しい!」
が、そんなオタク特有のハイテンションを、襲はばっさりと切り捨てる。
一方のドクターのほうも、そんな扱いは慣れているのか気にするそぶりも見せない。すぐに気を取り直すと、連合の面々とかなりの距離を取ったまま本題に入った。
「所在地を知られたくなかったので、転送にて招かせてもらった。弔と襲以外は初めましてかな? ギガントマキア同様、オールフォーワンの側近氏子達磨じゃ。今、適当につけた名じゃ」
悪びれることなく偽名を名乗ったドクターに、一同は小さく眉をひそめる。
そこから彼は、弔に対して自らの想いと、意見を述べ始めたが……。
一人。襲だけは、別のことを考えていた。
初めて会ったときよりもフォースの扱いに習熟し、なおかつフォースの深淵の一つに触れたことで、鋭敏になった感覚がフォースを通じてドクターの本名を見透かしていたのだ。
とはいえ、その情報を使ってどうこうしようという気はない。襲にとってはドクターは嫌いな人間だが、味方だからだ。
だから、彼女は「ふーん」と意味深に小さくつぶやいた。それだけで、終わらせたのである。
一方で、「何も成していない、
「俺はきっと、『全部』嫌いなんだ。息づくすべてが俺をイラつかせるんだ。じゃあもう壊そう。一旦全部」
そして、その言葉に顔をしかめる。パシリ、と赤い光がかすかに彼女の身体を走った。
「あんたは世にも美しい地平線を見られるよ。だからドクター、手を貸せ。地獄から天国まで見せてやる」
「まるで子供の絵空事! 真顔で何を言うかと思ったら!」
対するドクターの反応は、笑い。だがそこに、嘲る色は一切なかった。
それどころか、彼は喜んですらいた。だからこそ、彼の答えは決まっていた。
「いいじゃろう、力を貸そう死柄木弔! やってみろ! ヴィランとは戯言を実践するもののことじゃ!」
これに対してミスターコンプレスが「え、チョロ……」とこぼす中で、襲は弔を後ろから牽制する。
「ちょっと弔さぁ。壊すのはいいけど、マジで全部、ほんっとーに全部ぶっ壊すつもりなワケぇ?」
今の彼女にはもう、壊すわけにはいかないものがある。壊したことで被害を受けてほしくないと思う人がいる。家族になれたらいいと思える人がいる。
そんな宝物を壊しかねない弔の思想は、間違いなく今の襲にとっては毒だった。
「仲間の望みは別腹さ。好きに生きてろ」
「……ふーん。じゃ、いいや」
だが、弔の答えはあっさりとしたものだった。その中に嘘も偽りもないことは、フォースが保証している。
それを確認した襲は、あっさりと手のひらを返した。既に憤怒は消えている。弔は、完全なる無意識で特大の地雷を回避したのだった。
これに対して、ドクターは大きく笑う。
「ハッハッハ、思っていたよりトんだのう、弔よ!」
「てめェ……ふっかけたな」
「どう成長したのか、経過を見たかった! もとより協力してやるつもりじゃったよ」
そう、彼の挑発的な態度は、すべて弔を試すためのものだったのだ。もちろん、彼自身のためということもあるが。大部分は、後継者を見定めたかったのである。
その後、ドクターは弔たちがまだ弱いことを指摘。ギガントマキアを屈服させ、従えたそのときこそ、すべてを捧げようと宣言した。
「欲しければその手でつかむことだ」
「ああ。まったく、長いチュートリアルだったぜ」
かくして弔たちは、ドクターが膝の上に抱いた小型の脳無が使った転送の“個性”により、元いた場所へ戻される。
「……ドクター? ボク、置き去りなんだけど?」
だが、襲だけはこの場に取り残された。その事実に、剣の柄を握って警戒を露にする襲。
ドクターはこれに「とんでもない!」と大袈裟に手と首を何度も振り、敵意も悪意もないことをアピールする。
「襲、お前さんは既に十分な格を持っておる。今のお前さんなら、ギガントマキアに正面から対抗できるじゃろう?」
「当たり前でしょ。何当たり前のこと言ってんのさ」
「そう! じゃからな……お前さんをマキアと戦わせるわけにはいかんのじゃよ」
ドクターのその言動は、オールフォーワンの後継者は弔であると明確に表明したも同然のものだった。ギガントマキアに襲が認められる機会を潰しているのだから。
実際、フォースで感じる彼の内心は、明らかに弔こそがオールフォーワンの後継者だと確信しているようだった。態度と内心、両方から事実を理解した襲は、半目でドクターをにらみつつ軽く舌打ちする。
だがそれに反して、襲の心中は比較的穏やかだった。半年前だったら間違いなく激しく反発していたことが本人でも予想できるだけに、彼女自身も驚いている。
なぜここまで反発する気持ちが湧いてこないのか。自分の心が、感情がわからず、むしろそちらのほうに怒りを覚えそうだった。
「じゃからな……お前さんには、ちょいとワシを手伝ってほしいんじゃよ。具体的には、護衛を頼みたいんじゃ」
「護衛ィ? 別にいいけど……ずっとは嫌だよ。ボク、ドクターの近くにいたくないし」
「ほんっとに言いおるのう! 安心せい、ひとまずは今日一日だけじゃよ。あとでまた頼むことはあるとは思うがな」
「ホントかなぁ……」
「ホントじゃよ。実を言うと、弔に渡す
直後、襲のフォースグリップがドクターを襲う。彼女にとって、人体実験は最大の地雷だ。考えるよりも早く身体が動いていた。
「オマエ……! 人間を実験台にしようってのか……!?」
「ま、待て待て! 待つんじゃ! ワシとて最低限の良心と言うものはある!」
首が絞められる痛みと苦しみと共に、身体が虚空に浮かびかけたドクターは、大慌てで襲の言葉を否定する。
「ブローカーを通じて、裏世界に検体の募集をかけておったんじゃ! こやつはそれに応募してきたヴィラン! つまり、自分が実験台になることを望んでおる人間なんじゃよ!」
「……ふぅん、そう」
フォースは言っている。嘘はないと。
ゆえに襲は、フォースグリップを解いて腕を組んだ。だが、謝らない。ふんぞり返るように、ドクターを冷徹に見下ろした。
対して解放されたドクターは、ゲホゲホとせき込みながらも「本当、口より先に手が出る子じゃな……おお怖い怖い」と愚痴をこぼす。
それからドクターは、落ち着いたタイミングで背にしていたコンソールを操作する。すると、同じく背後にしていたモニターに一人の男の姿が映し出された。
黒いコートで身体を覆う、長い白髪の男だ。細められた目にあるはずの感情は薄く、酷薄な印象を与える顔つき。
彼を親指でクイっと示しながら、ドクターが言う。
「こやつが応募してきたヴィラン。
「ふーん……知らないや」
「そうじゃろうな。ま、ナインの素性とかそういうのはどうでもええんじゃ。問題は今夜、こやつの面接をするんじゃがな……何せ相手はヴィランじゃろ。何をされてもおかしくないとは思わんか?」
「……で、ボクに護衛をってことね」
「うむ。お前さんがいてくれれば、これほど心強いものはないからのう!」
そう言って、ハハハと笑うドクター。
彼の言葉に、襲は少しだけ考える。自分に誰かを守ることができるのか、という自問をする。
守りたい、と思った存在を守り切れなかった後悔があった。そうと意識はしていなくとも、必死に守ろうとして……けれど、自分ではできないと諦めた怒りがあった。
同時に、いつかもう一度、という期待もあった。今の自分には無理でも、未来の自分ならきっと、という希望があった。
だから。
「……わかったよ、今日はボクがドクターのこと守ったげる。ま、ボクより強いやつなんてちょびっとしかいないわけだし? ドクターは大船に乗ったつもりでいてくれていいよぉ?」
にたりと笑って、自信満々にそう答えた。心のうちに、かすかな不安を隠しながら……。
幕間一つ目は、ヴィラン連合の動向でした。
とはいえほぼ原作通りではあるんですが、実のところ今回の幕間で重要なのはギガントマキアからヴィランアカデミア編に至る一連の流れではなく、劇場版二作目であるヒーローライジング編をやりますよという表明的なアレだったり。
ちなみに原作で言うところのヴィランアカデミア編は、本作では基本カットの予定です。
キュリオス戦とか、トゥワイスの覚醒イベントとか、トガちゃんがヒーロー側で襲というイレギュラーがいることによる変化はそれなりにあるので、要点は描写するかもですが。そこら辺の予定はまだ決まってません。
ただカットの理由については、時系列的にやってる余裕が作品に一切ないってのが一番大きいんですよね。
この場合の「余裕がない」は、ヒーローライジングとヴィランアカデミアの時系列が被ってる(と思われる)ってのもあるんですが・・・。
それ以上に、作者側の都合とは別に物語の中で「余裕がない」ので、カットが妥当だろうという判断です。
具体的にどういうことなのかは、誰もが納得できる理由が次の章の終盤で開示される予定なので、そちらをお待ちください。