時計を見て、頃合いだと見た緑谷出久はナイトアイたちから離れようとした。
だが、ナイトアイに声をかけようとしたところで、麗日お茶子がそれに待ったをかける。
「デクくん? どうかしたの?」
「麗日さん……!? えっと、その、あの……」
エリのためのサプライズを計画していた出久は、これにしどろもどろになる。昨夜、理波からわかりやすいと言われたことがふと脳裏に浮かんだが、今さらどうにかなるわけもない。
これに対して、お茶子は困ったように小さく笑うと、そっと出久に耳打ちした。出久が硬直したのは言うまでもない。
「被身子ちゃんたちに聞いてるよ。アレ、作るんでしょ?」
さらに、その内容が想定を上回っていたので、余計に固まる出久。
「でも『用事を思い出した』はナシにしようよ。それだけじゃエリちゃん、きっと心配するよ」
だが続けられた言葉が至極真っ当な正論であったため、かろうじて彼は再起動に成功した。
表情を引き締めて、確かにと頷く。ただすぐには言い訳が思いつかなくて、どうしたものかと視線を泳がせる。
これを了承と判断したお茶子は、一つ頷き返しつつ、出久がずっと手にしていたものを指で示した。
それを見て、出久はなるほどと表現を明るくする。元々、頭の回転は早いほうだ。お茶子の意図は、寸分違わず伝わった。
「ナイトアイ! あの、これ、寮に置きに一旦戻りたいんですけど、いいですか!?」
彼の言葉に振り返ったナイトアイは、前に差し出すように……しかし国宝もかくやと言わんばかりに恭しく掲げられたサイン色紙を見て、「ああ」と納得の顔をする。
それは少し前、文化祭の出し物として開催されていたヒーロークイズの優勝景品である。
たかがサイン色紙と侮ってはならない。ここには、現在雄英で教鞭を取っているすべてのヒーローのサインが記されているのだ。
そう、雄英
特に、普段メディアに露出せず、ファンサービスの類もしないイレイザーヘッドのサインまである点が大きい。大量のヒーローが名を連ねていることも加味すれば、人によっては億を出したとしてもなんらおかしくない。
自身も強火のオールマイトファンであるナイトアイには、その価値が正確に理解できた。緑谷出久という少年が、その点において自身と同類であることもわかっている。
「構わない。むしろ迅速に保管を徹底し、厳重に管理すべきだ」
だからこそ、彼はあっさりと出久の離脱を了承した。その目に、少々の羨望がちらついていたのは出久の気のせいではないだろう。
「すいませんナイトアイ、私もいいですか? デクくん、ヒーローのことになると時間かけすぎちゃうと思いますし」
「ああ……」
そしてお茶子の言葉に、ナイトアイは遠い目をしつつも再度納得した。同行している通形ミリオや梅雨、さらにはエリすらも似たような表情をする。
先述のヒーロークイズで、出久が鬼気迫る顔でもって他を寄せ付けぬ圧勝を果たした姿は、彼らの記憶に新しい。特にクラスメイトの梅雨は、普段の出久を知っているので余計にである。
「な、なるべくすぐ戻りますから! ハイ!」
「……遅れそうなら私連絡入れまーす!」
というわけで、二人は至極順調にエリたちから離脱することに成功した。
「ごめんねデクくん、なんかダシにしちゃって」
「あ、いや。いいんだ、元はと言えばろくに言い訳思いつけなかった僕が悪いんだし」
「うーん、それは確かに……」
並んで速足をしつつ、出久に手を合わせるお茶子。ただ、出久の言葉を否定する言葉は彼女の口からは出てこなかった。
思わず苦笑する出久。彼に、お茶子は少し慌てた様子で両手を振る。
「あ、違、デクくんのことは尊敬しとるよっ? ホントに。目標に向かってひたむきに努力してるとこ、カッコいいなって思う」
「へぇあ!? ぼ、え、そ、そうかな!?」
そんなことはない、とは言えなかった。自分ではまだそこまで辿り着けていないとは思っていたけれど。
それでも、真剣な顔でこちらを見つめるお茶子の言葉に、嘘はまったく感じられなくて。だから何も言えなくて、聞き返すくらいしかできなかった。
だって照れ臭くて、何より嬉しかったから。
ただ、それはすぐに消し飛ばされることになる。
「でもさ、デクくんなんだか急いでるとこあるっていうか……一人で先走っちゃうところあるっていうか。合宿のときとか、まさにそうだったし……」
「う゛っ」
「ヴィラン相手にあんな無茶してさ。ボロボロのデクくん見たこっちは気が気じゃなかったんだからね。今朝だってそう! もし相手が逃げなかったら、絶対無茶してたでしょ?」
寸鉄のごとき言葉が、出久の胸に突き刺さった。心当たりしかなかった。
「そ、その節は本当に心配とご迷惑をおかけしまして……」
「ホントにね! ……だからさ、あんま無茶はしないでほしいの。今は文化祭だから、そういうタイミングとちゃうけど……それでも、さ。ろくに何も言わないでいなくなっちゃうと、やっぱり心配になっちゃうから……」
「麗日さん……」
続けられるお茶子の真摯な言葉に、出久は少し涙ぐむ。
「死穢八斎會のこともあるから、焦るのもわかるよ。オーバーホールも八斎衆も、すっごい強かったもん。……でもさ、一緒に強くなろって、言ったでしょ。だからさ、置いてかないでほしいんだ。私だってヒーロー志望なんだよ? もうちょっと頼ってくれていいんだからね!」
「……うん……そうだね。ごめん。……それと、ありがとう。本当……本当に、雄英に来れてよかった」
それでも、お茶子の気持ちは、とても嬉しくて。これを無下にするなど、できるはずがなかった。
だから謝罪と、感謝の気持ちを伝えて。
それから、強くなるためがむしゃらに走り続けてきたここ一年半ほどを思い返して、少しは速度を落とすこともときには必要なんだろうかとかすかに思う。
ただ、真剣な思考はそこまでだった。なぜなら、寮の前まで来たところで理波とトガに出くわしたからだ。
とはいえ、彼女たちとの会話は短いものだった。出久たちは色紙をひとまず丁重にしまい込むため自室に向かうべく別れたからだ。
まあ、調理場で再び顔を合わせるのだが……それはそれとして、彼女たちには彼女たちの時間がある。それを邪魔したくはなかったから、こちらもまたすぐに別れることになった。
仲睦まじい二人を見送り、出久たちは早速リンゴ飴作りを開始する。
まず用意したのは、スマートフォンだ。お茶子はいまだにガラケーなので、これは出久のものである。
そうしてインターネットブラウザを立ち上げ、リンゴ飴の作り方が書かれたページを表示する。
開いたのは、動画でも作り方を紹介しているところだ。文字だけでも十分わかるくらいには単純な料理のリンゴ飴ではあるが、素人にはやはり目で見てわかる動画のほうがとっつきやすい。
これを確認しながら、器具や材料の準備を二人で行う。それからややおぼつかない手つきではあるが、調理を進めていくのだった。
「……砂糖を煮詰めるって、結構加減が難しいね……」
「だねぇ……。被身子ちゃん、いつもこういうことやってるんやなぁ……」
「改めて自分でやってみると、すごさがよくわかるよね……最近は完全に趣味の範疇を逸脱しつつあるし……」
トガが普段から使っている調理用の温度計を借りて温度をはかりつつ、砂糖を飴にしていく。焦がしてはならないが、下手にかき混ぜてもいけないらしいので、タイミングをはかるのに少し緊張する二人である。
ちなみに、出久はナイトアイやミリオの分も作ろうと考えている。さらには朝のこともあって、もう一人分あったほうがいいとも。
それでも数は、四つとさほど多くはないのだが。失敗する可能性も考えて、念のためさらに一つ多く作ることにした。
材料はある。A組には料理もお菓子作りも得意なトガがいるので、最悪余っても使い道はいくらでもあるとわかっていたから、多めに買ってあるのだ。
なので砂糖をどれくらい使うかで、今朝の段階では少し悩んでいたのだが……こちらも偶然にも解決済みだ。余ったらトガがフルーツ飴にしてくれるとあらば、大は小を兼ねるの精神で多めに砂糖を使うことにした二人だった。
「……リンゴに飴を絡めるのも案外難しいな……」
「いっそお鍋一杯にあったら楽やったんやろうけど」
それでもできた飴の量は、鍋を満たすほどではない。そこにリンゴを浸しても全体に満遍なく飴がかからないので、角度を利用してどうにかこうにか工夫で対処する。
だが、そうしてできたリンゴ飴第一号の表面は、月面さながらの不細工なものだった。
リンゴ本体に突き刺さる割り箸部分を持ち、互いの間にそれを掲げて眺めてみる。くるくると動かして全体を俯瞰しても、やはりお世辞にも上出来とは程遠く。
二人は視線を合わせると、どちらからともなく声を上げて笑った。
「……全然や!」
「あはは……だね。でも、うん。やっぱり試作して正解だ」
「うん。でもコツ、少しわかってきたし! 次こそはうまくいくよ!」
それから改めて、リンゴ飴作りを再開する。先ほどより弾む会話は、作業に慣れた証だ。くるくると手元を動かしながら、楽しく作業を進めて行く。
もちろん、プロのそれに比べればいまだに拙い出来栄えではある。だが、それでも目に見えて改善されており、最終的に並んだ五本のリンゴ飴は、グラデーションのようだった。
ただ、それは成長の証でもある。目で見てわかるその成果に、二人は達成感と共に笑顔を交わした。
その笑顔の中に、あるものを見つけたお茶子がくすりと笑いなおして指摘する。
「デクくん、顔に食紅ついてるよ」
「え、本当? ……あ、顔を触ったときに指から移ったのか」
苦笑しつつ、出久は周りを見渡してティッシュペーパーを探す。
が、見当たらず、しかし目当てのものはお茶子から差し出された。
「ありが」
とう、と。言おうとした出久だったが。
ティッシュペーパーを持ったお茶子の手が、自身の顔に伸びてきたことに気づいて硬直した。
今になって気がついた。距離が、とても、近い。
息がかかるほど、とまでは言わないけれど。肘を曲げていても互いに手が届く程度には、近い。
それに気がついてしまったら、もうダメだった。火が出たかと思うくらい、一気に顔が熱を持つ。
「ううううう麗日さん!?」
「あ、ちょ、動いたらうまく拭えへんよ!」
「ひゃい!?」
おまけに、咄嗟に顔を逸らそうとしたら、その動作自体を禁止される始末である。
結果として、出久はこの至近距離でお茶子の顔を直視することになった。
目を閉じる、という選択はなぜか頭に浮かばなかった。目の前の異性の優しい顔に、視線が集中して離れない。
はく、と呼吸がとまる。息と共に、羞恥心を忘れた。一瞬、顔から熱が引く。
不可抗力とはいえ、間近で見たお茶子の顔が、体感の時間が凍るほどに可愛かったから。
「ん、これでよしっと。……デクくん?」
「…………」
だから、これは仕方ないのだ。お茶子が離れてからも、彼女の顔を見続けてしまったことは、それこそ不可抗力で。
でも、だからといって。
「……ちょ、デクくん? そんなに見つめられたら、恥ずかしいよ」
その顔は。
照れた顔を少し赤くして、えへらと笑うその顔は、反則だ。そう、思った。
「!? ああああ、えと、その、ごっ、ごめんなさい!?」
ゆえに異性への耐性がなさすぎる男、緑谷出久は次の瞬間、土下座の勢いで頭を下げていた。心の中に生じた
この
なお、このやり取りを挟んだおかげで、ナイトアイたちとの合流が遅れたのはここだけの話。
二人だけの、秘密の話だ。
幕間二つ目は、デクくんとお茶子ちゃんのお話でした。
本作のお茶子ちゃんは、お節介なクラスメイトたちからあれこれそそのかされた結果しまってないし、原作よりだいぶ積極的です。
今回も彼女の後ろには黒幕がいます。そう、純朴な少年少女をそそのかす悪女なトガちゃんです。
デク茶はいいぞ。もっと増えろ。性別を変えてもいいからさ(節操なし
でもトガ茶も見たいので、どなたかよろしくお願いします(強欲