雄英文化祭から数日。
寝食を忘れて練った綿密な計画――と思っているのは本人と相棒だけで、実際は穴だらけだが――を、突然現れたヴィランに台無しにされたジェントル・クリミナルは、荒れていた……ということはなかった。
彼は自身の計画が失敗に終わったことよりも、相棒がヴィランの暴力にさらされ人質となったことをこそ気にしていたのである。
それは今や名実ともに相棒と断言できるラブラバを、あの瞬間失うかもしれないと突然思わされた恐怖と、そう思えるほどには彼女が大切なのだと自覚したことが大きい。
あの瞬間、彼は本当に心底から生きた心地がしなかった。自分以外の危機に、そこまで思わされたのは初めてのことだった。
そもそも計画にラブラバを組み込んだのは、他ならぬジェントル・クリミナルなのだ。ラブラバが自発的に協力を申し出たにせよ、最後の決定をしたのはジェントル・クリミナルだ。それが彼の心を、より疲弊させた。
いつの間にか当たり前になっていた、撮影および非常時の強化担当としてのラブラバ。それを自身が許してしまったからこそ、彼女を危険に晒してしまったという自責の念が、彼の中には渦巻いていた。
ヴィランになるとはそういうことだというあまりにも当たり前のことを、わかっていなかった自身が情けなく思えてならなかったのだ。
ラブラバも、また二人の関係を聞けば第三者も、何を今さらと言うかもしれない。それでも、ジェントル・クリミナルはそういう男なのだ。落伍したとはいえ、彼もまたかつてはヒーローを目指す少年だったのだから。ヴィランとなってもまだ、彼には多少なりとも良心があったのだ。
それでもなお、諦められないものがある。忘れられない想いがある。
たとえ芯がないと笑われようと、たとえ才能がないと嘲られようと。
偉大な男になる。歴史に名を残す、大いなる存在になる。
そう望んで、この道に進んだのは他ならぬジェントル・クリミナルなのだから。
そしてその夢を、背中を、押してくれる人がいる。応援してくれる人がいる。
たった一人しかいないけれど。それでも……いや、だからこそ。
彼の夢は、もはや彼一人のものではない。
だから。
「……どうかこれからも私と一緒にいてはくれないかい、ラブラバ」
彼女を求めた。
ジェントル・クリミナルという夢は、もはや己のみのものにあらず。その隣には、ラブラバがいなければならない。そう、自覚してしまったから。
なんと狡い言葉だろうと、彼自身も思った。「愛」という“個性”を持って生まれ、それを躊躇いなくジェントル・クリミナルに向けられるラブラバが、この問いかけに否と答えられるはずなどないのに。そんなことはわかっているのに。
それでも、心に深い爪痕を残されてしまった彼は、ラブラバを求めずにはいられなかった。愛を失いたくないと、思ってしまった。
「もちろんよ、ジェントル! だって、私があなたを大好きなんだもの! ジェントルと一緒なら私、どこにだって行けるしなんだってできるわ。ジェントルと一緒にいられることが、私の幸せなのよ!」
そう答え、胸の中に飛び込んでくる小柄な身体の、なんと愛しいことだろう。
しかしだからこそ、とジェントル・クリミナルは改めて己を叱責する。自問する。
自分は、この献身的な女性の愛に、真実応えられているだろうか?
自分は、この巨いなる清い愛に、真実見合うほどの男だろうか?
(違うだろう、ジェントル・クリミナル! お前ほど未熟な男もそうそういないぞ、飛田弾柔郎!)
彼は、心の中で大きく否と叫んだ。
(暴力は嫌い? 紳士的ではないことは好みではない? 選り好みしていられる立場か、貴様は!?)
彼は、心の中で大きく否と断じた。
ああそうだ、そうだとも。
認めよう。己は未熟だと。
だから落ちこぼれたのだ。だからあの日、失敗したのだ。
好きなこと、やりたいこと。それだけをして生きていけるほど人生は単純ではないし、社会は優しくもない。
程度の問題はさておき。目的のために手段を選ぶことはもちろん大切なことだが、そればかり気にして失敗していては意味がない。
彼は。
ジェントル・クリミナルは、齢三十二にしてようやく、この世界のそんな現実を認識したのであった。
それでも、譲れないものはある。
「私はジェントル。ジェントル・クリミナル! 紳士的でないものたちに制裁を加える、現代の義賊! リスナー諸君、これからは一味違う私をお見せすると約束しよう!」
彼の名前は、ジェントル・クリミナル。自称、救世たる義賊の紳士。
誰よりも優雅に、誰よりも義理堅く、誰よりも華麗に悪を処す。そうあれかしと望み、願い、名乗った名だ。
なればこそ、彼の新しい伝説は、ここから始まる。
「あ、チャイム。新しいカメラが届いたのかしら。大丈夫よ、ジェントルは休憩してて? 今日の撮影は長丁場だったもの、私が出るわ!」
「すまないラブラバ、お願いしていいかい?」
「もちろんよ! はーい、今行きまーす!」
「
「きゃああああぁぁぁぁ!?」
「どうしたラブラバ……うわあああああヴィラン連合ううううう!?」
始まる、の、かもしれない。
いずれにせよ、今まさに彼らが人生の岐路に立っていることは間違いない。
その分岐点は、小柄な少女の姿をしている。白い髪と赤い目で、彼らを見つめている。
その分岐点の名は、死柄木襲と言った。
「ななな、何の用だねキミィ!? 生憎と我々は君を招待した覚えはないのだがね!?」
「勝手に来たんだから、そんなの当たり前じゃーん?」
「なんと礼儀知らずな! ご両親の顔が見てみたいところですな!」
「それはボクも知りたいなぁ。生まれたときから実験体だったから、親って全然知らないんだよね」
「えっ、あっ、す、すいませんでした……」
「別に。気にしてないし。……ああ、安心していーよ。別にオマエらをぶっ殺しに来たわけじゃないんだから……ねぇ?」
もういない存在への怒りをゆっくり鎮め、にやにやと人を食ったような笑みを浮かべなおした襲が、ジェントル・クリミナルたちの前に立つ。ラブラバよりは大きいが、それでも小さな身体を大きく見せつけるかのようにふんぞり返って。
そんな相手であろうと、ジェントル・クリミナルたちが敵うかと言えば断じて否である。
しかしだからとて、諦める理由にはならない。彼はもう、理解している。守るべきものを理解している。
だから後ろにラブラバをかばい、恐れ慄きながらも襲に相対する。
そんな彼の姿に、襲は一度きょとんとしたあと、打って変わって楽しそうな顔を浮かべた。
「へえー? ちょっと見ないうちにいい顔するようになったじゃん? そういうの、嫌いじゃないよボク」
その言葉に、ジェントル・クリミナルが意味を尋ねるより早く。
死柄木襲は、「そんなことより」とラブラバに赤い目を向けた。ひっ、とラブラバが小さく悲鳴を上げる。
「今日はさ、ボク勧誘に来たんだ。ねえ、えーと、ラブラバ? だっけ? オマエ、ヴィラン連合に来ない?」
「「はあぁぁーー!?」」
そして、二人がまったく思ってもみなかったことを言い出した。
「いやー、ね。ここ最近ちょっと思うとこあってさー。単純にぶん殴るだけじゃない力も必要なんだなーって考えるようになったんだよね」
二人をよそに、襲は言葉を続ける。二人の様子など、気にした様子はなかった。
「で、考えたんだよね。今のボクらに足りないのはなんだろ? って。で、思いついたのがパソコンとかそーいうのの知識だったわけ」
弔もボクも、そういうのからっきしだからさぁ。そう続けられた言葉に、最初に理解が及んだのはラブコールを受けたラブラバ当人だった。
元々、彼女は頭がいい。正直なところ、ジェントル・クリミナルよりよほど有能である。だからこそ、己の得意分野を求められていることを理解した。
「ドクターが言ってたよ。あんだけショボいことばっかやってるのに、ネットでの立ち回りは異常にハイレベルってさ。でもヒゲがやってるようには見えないって。ボクもそう思う。だからこれは別の誰かがやってるなーって」
そこで、改めて襲の目がラブラバに向けられた。真っ直ぐな目だった。
「オマエがやってるんでしょ? ……だよね。ドクターもたまには役に立つなぁ。まあそんなわけだからさ。うちに来てよ。うちならその力、もっともっと役に立てるからさ!」
――どう?
そう言って、傾けられた顔には、純粋な期待の色があった。本気だと思わせるには十分で。
ラブラバは、一つ小さく生唾を嚥下する。もし、これを
誰かから、本気で求められたことなんてなかった。だから、彼女にとっては彼がすべてだった。
けれど。ああ、けれども。
順番は、違うのだ。ラブラバが、相葉愛美が最初に出会ったのは。惚れたのは、ジェントル・クリミナルなのだ。
彼にはラブラバから近づいたけれど。それでも二人で過ごした日々が、二人の関係を変えていった。それは彼女が、自らの努力で手に入れた愛に他ならない。
だからこそ。
「嫌よ。私はジェントルのためになりたいんだもの。この技術を、ジェントル以外のために使うつもりは、一切ないわ」
拒絶。それ以外の答えはあり得なかった。
不思議と、声に震えはなかった。内心は怯えていたのに。
それでも、ジェントル・クリミナルへの想いを、自分の気持ちを偽ることなどできなかった。できるはずがなかったのだ。
一方で、ジェントル・クリミナルは、引き抜かれることが彼女のためになるなら、受け容れる覚悟をしていた。それくらいの力が彼女にはあるのだとわかっていたし、それくらいヴィラン連合が恐ろしい相手だともわかっていたから。
それでも、天下のヴィラン連合から伸ばされた誘いの手を、ラブラバが迷うことなく拒んだことに対して、最初に去来した感情は歓喜だった。恐怖は、ついぞやってこなかった。
そんな二人の心の動きを、感情の推移を、フォースは余すことなく襲に伝える。
彼女はもう、わかっている。己のすべてを懸けてでも、誰かを守りたいと思う気持ちを。その誰かを理不尽に踏み躙られる恐怖と、それに伴う憤怒をわかっている。
だからこそ、他人に無理を強いる気にはなれなかった。それを長年己に強い続けてきた、唾棄すべき大人と同類にはなりたくなかった。
「……ふぅーん」
だから、彼女は気のない風に応じて。
「……わかったよ。今日のところは諦める」
にぱっと笑って見せた。そのあっさりとした態度に、二人は唖然とする。
「でも諦めないから! 絶対ボクんとこに来てもらうから! また来るから!」
そんな二人をよそに、一人で納得した襲はそう言い残して。ぱたぱたと部屋を出て行った。
「「…………」」
残された二人は、しばらくそのまま固まっていた。展開が急すぎて、思考が追いついていなかった。
それでも、時間はすべてを解決する。
ある程度が経って我に返った二人は、改めて視線を交わし合う。そうして、無事どころかまったくの無傷であり、なんならどうやら気に入られたらしいということに思い至り。
「私たち!!」
「生きてるーー!!」
「「よかったーーーー!!」」
解放感に突き動かされるまま、激しく抱擁を交わした。
このあと、本当に襲が定期的に訪れて勧誘するようになるのだが。二人はまだ、それを知らない。
襲の執拗な勧誘から逃れるべく、知恵も知識も力も技も……己のすべてを総動員するうちに、二人の能力はどんどん上がっていくのだが。
それはまた、別の話。
はい、というわけで最後の幕間はジェントルとラブラバwith襲でした。
手も足も出ない巨大な敵に、大切な人を害されそうになったことで覚醒へ一歩進んだジェントルと、そんな彼のために生きると決めているラブラバ。そしてラブラバしか気にしてなかったけど、ジェントルも見直した襲の図ですね。
前に後書きに書いた通りボクはこの二人が大好きなので、今後も要所で出てくる予定。今後のジェントルチャンネルにご期待ください。
ところでジェントルとラブラバの関係って、なんとなく本作の理波とトガちゃんに似てません? ひさなさんはね、こういう一途な人が大好きなんだ。
ヤンデレが好きなだけ? そうとも言うな。
と、そんなわけで、EP9はこれにておしまいです。
EP10は最初に少し話した通り、A組B組対抗戦編です。
アニメでは一応文化祭編の直後の扱いで出されたビルボードチャートとか、エンデヴァーVSハイエンドも一応EP10に含む予定。
またしばらく書き溜め期間に入りますので、書きあがるまで今しばらくお待ちください。
・・・のつもりでしたが、13話の後書きに書いた通り、急遽追加した閑話がありますので、それが今回の更新のラストエピソードになります。
エッな内容のメイドコスなお話です。
別枠「幕間:愛を重ねて」の二話目として投稿しておりますので、お手数ですがボクのマイページからそちらにアクセスしてください。
ただしもちろんR18だから、高校生未満あるいは18歳未満の良い子たちは見ちゃダメだぞ!
お兄さんとの約束だ!