文化祭から一週間が経った、週末のこと。私たちが映画スターウォーズによって混乱させられた日の翌日、エリが雄英の教員寮に引き取られてきた。
エリには既に両親がいない。保護者であるべき祖父は、意識不明のまま。
しかしエリ自身は肉体的には健康であるため、ずっと病院に入れておくわけにもいかない。
何より、彼女の“個性”が万が一暴走したとき、病院では即座に対処できない。“個性”訓練をより充実させたいという思惑もあった。
このため、彼女に対処できる人間が三人もいる雄英に引き取られることになったのだ。
なおこれに併せて、ナイトアイの雄英訪問頻度が劇的に増えた。
これについてはエリのためというのが大きな理由だが、それと共にオールマイトとの打ち合わせも含めてのことのようだ。
そう、オールマイトとの打ち合わせである。ナイトアイは、文化祭が終わったあとに覚悟を決めた悲壮な顔でオールマイトに会いに行き、人生で一番の幸いがあったかのような清々しい顔で帰っていったのだが、その際に何かあったのだろう。
どうも二人の関係はこじれていたらしいのだが……オールマイトのある決断と、ナイトアイの“個性”に関する仮説が恐らく間違いないと思われたことで、雪解けに向かったらしい。
二人が何かを話し合っていることについては、何も言うまい。オールマイトも外出する頻度が増えているが、実のところ何をしているかの察しはついている。
そして十一月も下旬に差し掛かった頃。それがここで明らかになると推測した私は、普段であれば絶対に見ないものを見るために談話スペースにいた。
「ビルボードチャート下半期、楽しみだな! 今年は待たされたもんなぁ」
「でもなんで今年はまだ発表されてなかったんだろ?」
「まあ色々あったからねぇ」
「多々……そう、非常に多々あった……」
「うん……心当たりはありすぎるよね……」
そう、それがヒーロービルボードチャートJP。日本のヒーローのランキングが発表される番組である。
当たり前だが、世間の関心は非常に高い。視聴率も同様に高く……何よりヒーローを目指すものたちが気にしていない、ということはほぼあり得ない。
特に今回は、通常より約二ヶ月も遅れての開催だ。気にならないものはほとんどいないのではないだろうか。
というわけで、放映までのわずかな空き時間。テレビの前に集合した私たちA組メンバーであるが、そこでふと思い出したようにウララカとツユちゃんが声をかけてきた。
「そういや、理波ちゃんと被身子ちゃんもビルボードは見るんやね?」
「二人とも、いわゆる普通のヒーローにはならないと前から公言しているものね。ヒーローの番付にもあまり興味はないと思っていたけれど……」
「……普段であれば絶対に見ないが、今回は例外だ」
「下に同じくでーす」
二人の言葉に肩をすくめつつ、ヒミコの膝の上で私は答える。この番組、この制度に関する私の一方的な意見を口にしてしまわないように気をつけながら。
そう、私はこのランキングシステムに対して非常に思うところがある。
だがそれをここで開陳したところで、意義はほとんどない。何事にも言うべきときというものはあるのだ。そしてそれは今ではない。
とはいえ、オールマイトに関する動きが何かあるという推測は、私が彼の秘密と最近の動向をほぼすべて知っているからこそ立てられたものだ。下手にその辺りを指摘されても困るので、私はこの場にいる最大ではないが、十分な理由を代わりに言うことにした。
「君たちに誘われたんだ。否などあるわけないだろう?」
「
そうして二人揃って微笑めば、周りからは嬉しそうな笑顔が返ってきた。今日も我が友人たちは気のいいものばかりである。バクゴー以外という但書はつくが。
と、そうこうしているうちにモニターの中では番組が始まっていた。必然、全員の視線と意識がそちらに集中する。
まあ、最初のうちは派手な映像演出とビルボードチャートというシステムの説明などに終始するため、意識が向いたところですぐに望むものが見られるわけではないのだが。
しかし今回のビルボードチャートJPは、今までと少し趣きが違うらしいということが、この時点で誰の目にも明らかだった。
なぜなら、普段であればヒーロー公安委員会とマスメディアの人間、それから盛り上げ役の芸能人くらいしかいないはずの会場が、多数のヒーローたちで埋め尽くされていたのだ。放映スケジュールも普段より尺が多く取られているので、異例づくしと言っていい。
しかも、ランキングが発表されるたびに現地にいるヒーローがその場で立ち上がりスポットライトを浴びる。現地にいるからには、ということなのだろうが、だとしてもこれも異例だ。
なおその過程でインゲニウムの復帰がランキングと共に発表され、その瞬間が前半のハイライトであった。会場としても、A組としても。
「すごい……! ランキング上位陣が揃い踏みだ……! この映像だけでも相当な価値があるぞ……!」
ただしその中にあって、ミドリヤの盛り上がり方は明らかに異彩を放っていて、隣にいたウララカが少し引いている。周りも苦笑しきりだ。気持ちは少しわかる。
もちろんと言うべきか、バクゴーはこれに対して苛立ちを隠さない。それでも席を外さないのは、やはり彼も当初から変わったのだろうな。私が言うのもなんだが。
まあ、ミドリヤの様子はこのあとに行われるだろうことを聞かされて知っているから、という可能性もある。普段の彼の性格や態度からして、そうとは言い切れないところがなんとも苦笑を誘うが。
だがそうした空気も、ランキング発表が終わったところで一気に変わった。困惑と混乱にだ。
ただ、それも無理はないだろう。
「え……? お、オールマイトは……!?」
複数人が、こぼすように言った。恐らく私以外の、ほぼ全員の代弁と言って差し支えあるまい。
そう、ランキングの中にオールマイトの名前がなかったのだ。
このことに対する混乱は、恐らく日本だけでなく世界中のお茶の間で起こっているだろう。会場も同様で、ヒーローたちですら騒然としている。だが司会はこれを無視して、プログラムを進めていく。
一般の視聴者の中には、これに対してブーイングを飛ばしたものもいたかもしれない。だがそれも、次の瞬間手のひらを返すことになっただろう。
何せ、司会に呼ばれて壇上に現れたのは、オールマイトその人だったのだから。
しかし、安堵も束の間のことだ。何せ彼はヒーローコスチュームを着ていない。ビジネススーツなのだ。この時点で、嫌な予感を持ったものもいたかもしれない。
そしてそれは、彼の言葉により現実のものとなる。
私にとって、それは予感ではなく確信だった。ランキングに彼の名前がなかった時点で、私はそう認識していた。
「私、オールマイトは……本日をもってヒーローを引退する」
そして、私の確信の通り。
マイクの前に立った彼は、開口一番にそう言い放った。
日本が、世界が震撼する。
「引退の理由はシンプルさ。怪我の後遺症と、加齢による衰えだ」
画面の向こう、マイクの前でオールマイトが語る。もう、“個性”を使うことが難しいくらいに身体が衰えてしまっているのだと。
「皆さんは、六年前のことを覚えているだろうか? あの頃、バカンスと銘打って姿を消した時期が少しだけあったはずだが……実はそのとき、私はとあるヴィランとの戦いで致命傷一歩手前くらいの大怪我を負わされてしまってね。バカンスどころかろくに動けない状態だったんだ……あ、大丈夫! そのヴィランは既にタルタロスの中だからね!」
いつものように、HAHAHAと。陽気に笑いながら。
しかし直後に見せつけられたものに、誰もが絶句した。
「これが、そのときの怪我の痕さ。呼吸器は半壊、胃袋もすべて摘出するしかなかった……」
それは、まさに致命傷一歩手前の大怪我だった。この星に“個性”というものがなかった時代であれば、間違いなく助からなかっただろう大怪我。
そんなものを負いながら、彼は戦い続けていたのだ。そんなそぶりなど、かけらも見せることなく笑顔のままで。
「この怪我の影響で、“個性”の使用にも支障が出るようになってきていてね……。最近はもう、一日に一時間程度しか活動できないくらいにまで個性因子が弱ってしまっているんだ」
続いた言葉に、ウララカとアシドが「あっ」と小さく声を漏らした。二人は知っていた。他ならぬオールマイトのバディだった、シールド博士からそれを聞いてしまっていたから。
二人は恐らく、私たちやミドリヤ以外では世界でほぼ唯一、即座に納得と理解が追いついた人間と言えるだろう。
ああ、フォースに目覚めたバクゴーも例外か。彼も察していたらしい。というより、ワンフォーオールの件で話し合いを持ったときに、併せて聞いていたのかな。
それ以外の面々からは、「嘘だろ」「信じられない」「そんな状態で六年も!?」などという言葉が次々と飛び出している。
しかし彼らの驚愕は、次の瞬間より一層大きくなった。なぜなら、オールマイトが本当の姿を晒したからだ。
白い、蒸気のような煙と共に、彼の身体が萎んだ。現れたのは、ヒーロー「オールマイト」とは似ても似つかぬ痩せ細った男の姿。骨と皮しかない、と言っても過言ではないほどの男が派手に血を吐く姿に、世界中が沈黙した。
「……これが、今の私の本当の姿。そう、私の“個性”は……言うなれば、ヒーローという概念みたいなものかな。私が理想とするヒーローの姿に変身して、その力を使える……とでも言うようなものなんだ。あの姿そのものが、私の“個性”だったというわけさ」
――私のプライベートがずっと謎だったのは、二つの姿を使い分けていたからなんだよ。
けれど口元の血を拭いながら、そう付け加えて笑った細身の男の顔は。その笑い方は、間違いなくオールマイトのものだった。
次いで、引き締められた顔も。会場の観客を、居並ぶカメラのレンズを順繰りに射抜いた瞳も。間違いなくオールマイトのもので。
誰もが、理解せざるを得なかった。
最高の英雄が、今日終わるのだということを。
「けれど、みんな心配はしないでくれ」
その英雄が言う。世界に冠たる、歴史に名を残す神話の英雄が、言う。
「ヒーローというものが、ここで終わるなんてことは決してない。先程のランキングも見ただろう? 私の後に続くヒーローたちが、私からバトンを受け取ってくれたヒーローたちが、こんなにもたくさんいる! そのさらに後ろには、将来有望な雛たちも大勢控えている!
私は確信しているよ。仮に今、ここで私の命が終わったとしても、彼らが立派に平和を、秩序を守ってくれるとね。だから、そう……」
わずかに言葉を切って、ずい、と。
骨張った、しかし大きな手が、拳を作って人差し指だけ立てられる。
その人差し指が、会場を。さらにはカメラに向けられる。
「次は、君だ。君たちの番だ!」
それは、これから続くだろう後輩たちへのエール。
同時に、この番組を間違いなく見ているミドリヤという、後継者へのエールでもある。あとは任せたという、禅譲の言葉だ。
誰からともなく、拍手が起こり始める。画面の中から、外から。多くの人が、走り切って使命を全うした男に、惜しみない賞賛と労いの言葉を投げかける。
それは生放送にもかかわらず、実に五分近くもの間続いたのだった。
【朗報】ナイトアイ、推しと和解する。
今までもたびたび後書きで言及してますが、本作ではオールマイトが神野事件を無傷で勝っており、まだ引退していないのでその影響が各所にあります。
今回のビルボードチャートでも同様で、オールマイトの引退宣言がこの場で行われたのはそのためです。
彼は次のナンバーワンであるエンデヴァーに様々な引き継ぎを(ナイトアイの補佐を受けつつ)した上で、この場にいます。
原作においてはかっちゃんたちの仮免補講の現場で行われたような短いやり取りだけでしたが、本作ではしっかり腰を据えて時間かけて話し合ってます。
なのでエンデヴァーも、その上で答えを出し己を省みてこの場にいます。
そしてしれっと復活が宣言されたインゲニウム。飯田くんのヒーローネームについては、対抗戦のときに出ます。
あ、プッシーキャッツは原作通りなんですけど描写する余裕がなかったので、雄英訪問はカットです。
あれはデクくんには必要なイベントだけど、理波とトガちゃんには必要なものではないので・・・すまんな。