福岡での事件は、一応の終結を見た。脳無が倒されたあとにヴィラン連合の荼毘が出現するという騒動はあったが、彼自身が「脳無を回収しに来ただけ」と語った通り、交戦らしい交戦はなかった。
もちろん、それでヴィランを見逃すエンデヴァーたちではない。しかし強靭な脳無を相手に全力を出したあとだったことと、何より荼毘が神野事件でも見られた転移系“個性”と思しきもので瞬間移動していったため、捕縛には至らなかった。
今後の捜査に必要な脳無の回収を阻止できただけ、よかったというべきであろう。世間がそれを理解できるかどうかは、また別の問題だが。
ともかく事件は終わった。理波とトガはクラスメイトたちから質問攻めを受け、さらには報告のためにイレイザーヘッドや福岡の警察との連絡などに忙殺されることになる。
忙しいのは地元の警察も同様だ。事件がひとまず終わったとはいえ、夜の警察署内では警察官たちが事後処理に追われていた。
今回の件を収めたヒーローとして、ホークスもそこで聴取を受けていた。エンデヴァーは増幅が切れたことで、それまで無視できていた負担を無視できなくなり事件後検査入院したため、その代理もやっている。
ちなみにエンデヴァー。カメラ含めたあらゆる人目のないところに移動して、さらには周りにヒーローと警察関係者しかいないことを確認した上で、今後の指示をホークスにしてから気絶した。努力をその名を掲げるに相応しいど根性である。
ともあれ、その指示に従ってヒーローとしての事後処理を終え、あとのことを完全に託したホークスは警察署を辞した。先の戦いで、羽の多くを失ったため徒歩でだ。
その途中。彼は人目を避けて廃工場へと入り、ヴィラン連合の荼毘と対面した。
ヒーローとヴィランの対面である。当然穏当に済むはずはなく、実際ホークスは“個性”の剛翼の中でも特に大きい羽を剣のようにして、荼毘の喉元に向けた。
しかしそこにあったものは、いわゆる戦うべきもの同士が出す不穏さではなかった。
「色々話が違ってた」
「そうだっけ?」
「もっと仲良くできないかな、荼毘」
それはまるで、仲間割れのよう。
……そう。今回の事件に関わっていたのは、ヴィラン連合だけではない。ナンバーツーヒーロー、ホークスその人も関わっていたのである。
「予定じゃ明日、街中じゃなく海沿いの工場だったはずだ。……それにあの脳無。これまでのとは明らかに次元が違ってた。そういうのはあらかじめ言っといてほしいな」
「気が変わったんだ。脳無の性能テストってあらかじめ言わなかったっけか。……しかし違うというならそっちもそっちだぜ? ナンバーワンじゃテストにならねぇ。程度を考えろよ」
「ナンバーワンに大ダメージ。喜ばれると思ったんだけどな。約束は破ってない、反故にしたのはそっちだけだ」
「いきなりナンバーツーを信用しろってほうが無茶だぜ。今回はお前の信用テストでもあった」
つい、と荼毘が顔を逸らす。
ホークスが構えた羽は、動かなかった。今この場で、立場が上なのは荼毘であることは明らかだった。
「ナンバーワンに大ダメージ? エンデヴァー、強かったじゃねぇか。もしもリカバリーガールが来ようもんなら、即退院できる程度の怪我しか負ってない。しかも今日のアレ、死者ゼロだろ。なんでだ? 俺たちに共感して協力願い出た男の行動とは思えねぇや」
「ナンバーワンの見積もりが甘かったのは、百歩譲って認めてもいい。けどこっちも体裁があるんだって。ヒーローとしての信用を失うわけにはいかない。信用が高いほど、仕入れられる情報の質も上がる。あんたらの利益のためだ。もうちょい長い目で見れんかな。連合のためを思うからこそだよ、荼毘」
「まァ……とりあえずリーダーにはまだ会わせらんねぇな」
ホークスは言い募るが、荼毘はこれを意に介さない。二度と視線を向けることなく、何食わぬ顔でホークスの隣をすり抜けると、迷うことなく外に出て行ってしまった。
一人残されたホークス。彼はしばらくその場にとどまっていたが、一つ小さくため息をもらすと、手にしていた羽を背中の翼に戻した。
その背中に。
「ダメでしたね」
男の声が投げかけられた。
だがホークスは動じることなく、ゆるりと振り返って肩をすくめる。
「見ての通り、なしのつぶて。繋ぎを取れたのが荼毘だけとはいえ、やりづらくてしょうがないッスわ」
いつの間にか、そこには男が立っていた。これといって特徴のない凡庸な顔に、中肉中背の身体。いっそすぎるほどに没個性な男だが、その首には一つだけ、異彩を放つ黒い首輪がはめられている。
「……で、どうでした
そう、男の名前はルクセリア。かつてヴィラン組織、銀鍵騎士団で幹部だった男。
しかし自らの意思で組織を裏切り、光の道に戻った男。今は警察官をしているはずの男。
そんなルクセリアだが、警察官は表向きの話。本当の彼は、警察庁の公安に所属するエージェントだ。
ゆえにこそ、彼がここにいる理由は一つしかない。
「ダメですね。私程度の力では、彼の心はほとんど
フォースを用いた極秘捜査である。そしてその話がためらうことなくホークスへ開陳されているとなれば、外からこの物語を眺めるものなら答えに辿り着けるだろう。
これは国家公安警察と、ヒーロー公安委員会の合同捜査である、と。
そう、ホークスもまた正義の裏側に立てる男。表向きはナンバーツーのヒーローでありながら、ときに裏舞台にも立つ。
これはそういう、平和のためなら闇にも目をつぶれるものたちの会話だ。
「ですが、収穫は間違いなくありましたよ」
ルクセリアが、うっすらと笑みを浮かべる。
「私が感じ取った限り、『気が変わった』という言葉に嘘はありません。あれは荼毘の本心と思われます」
「……マジでなんとなく気が変わったって? そんなことあります?」
「まあフィクションと違って、現実に生きる我々はときに深い理由もなく動くものではありましょう。……ただ、今回はちゃんと理由があるようですよ」
闇の中で、ルクセリアの笑みの質が変わった。さながらオールマイトが浮かべるような、自信に溢れた笑みだ。
「先にも申し上げた通り、私程度の力では荼毘の心はほとんど覗けませんでした。……いや、彼の壊れた心を読み解くすべがなかったと言うべきでしょうか。ともかく、そんな彼の心の中には一つ……いや正確には二つ、明確に形を持ち、色づいたものがありました。エンデヴァーと、その炎です」
そして放たれた言葉に、ホークスの眉根が寄った。併せて、すっと目も鋭く細められる。
「それ以外のものは、わかりませんでした。ですがこれは今までと違い収穫でしょう。荼毘はエンデヴァーに、何らかの――負の強い想いを抱いている。それは間違いない」
が、ルクセリアが話を続けたときにはもう、ホークスの表情は元に戻っていた。
「なるほどなぁ、そういうことならさっきの態度も頷ける」
「昼間姿を現したときの『精々がんばれ死ぬんじゃねぇぞ』というセリフも、そういうことかと思われます」
「けれど、警察があらゆる手段を使ってもいまだに正体がわからない……こりゃ過去に死亡したとされる人間説、かなりありそうですねぇ?」
「ええ。とりあえず、
「親戚筋も当たっときましょ。“個性”は遺伝と密接な関係にありますからねぇ。それに、血縁だからこそ思うところがあるって人も、世の中には結構いるもんですし」
「あ、そうですね。そうしましょう。やれることは全部やるべきです」
ぽん、と軽く拳で手のひらを打ってルクセリアが頷く。
そこから二人は手短に、情報の交換と意見のすり合わせを行った。
同じ平和と社会秩序の維持という目的を掲げつつも、警察とヒーローは別の組織だ。当然その情報網は異なるし、命令系統も異なる。
けれども、ここにいる両者が今回の作戦における両輪であることも間違いない事実。だからこそ、今後のためにも意思疎通と統一は欠かせない。
なぜなら今、二人に課せられた任務はヴィラン連合への潜入なのだから。
「……ああそうそう、それとホークスさん。これを」
その打ち合わせの、最終盤。
ルクセリアは、懐から取り出した古びた書籍をホークスに手渡した。
「なんですこれ?」
「映画スターウォーズシリーズの公式設定資料集・完全版です」
「映画スターウォーズシリーズの公式設定資料集・完全版」
思わずおうむ返しにつぶやいたホークス。彼は手の中にある辞書めいた分厚い本の表紙と、ルクセリアの顔を交互に見やった。
英語版らしいそれをよくよく見ると、表紙は傷だらけだ。装丁のカバーはかなり擦り切れているし、ページも折れ曲がっていたりよれている箇所があちこちに見える。その中に挟み込まれた複数の付箋だけが新しく、妙な存在感があった。
「知ってます? スターウォーズ。超常以前はかなりの人気作だった、アメリカの映画なんですけど」
「や、すいません、名前しか知らないッスね。仕事柄色んな情報や知識は集めてますけど、超常以前のエンタメ情報はさすがに歯抜けで……」
「まあそうでしょうね。スターウォーズ自体、現代では知る人ぞ知るマイナーな古典作品ですし、関連書籍なんてほとんど残っていません。その資料集も、めちゃくちゃ時間とお金をかけてようやくヨーロッパのほうのフリーマーケットで手に入れた代物でして」
ルクセリアはそう言うと、自嘲するかのように表情を緩めた。
ホークスは、その点については言及しない。何なら、これ以上の発言もしない。口をつぐんで、ルクセリアの次なる言葉を待った。
なぜなら、ここで脈絡なく渡された昔の書籍が、無意味なものであるはずがないからだ。
「ただ、ヴィラン連合に潜入するなら、章間で交互に展開される『フォース~マスター・ヨーダはかく語りき~』『フォース~永遠なりしシス~』という小説群は重点的に覚えておいたほうがいいでしょう。なぜなら……私や重音ちゃんが用いる力こそ、スターウォーズの中で用いられている超常……フォースそのものなのですから」
「……!?」
ほら。案の定だ。
とはいえ、さすがのホークスも驚きを隠せなかった。“個性”の発生と伝播を「
対して、ルクセリアは小さく笑った。
「気持ちはわかりますよ。私もそうだと知ったのは騎士団が滅んでからですからね。というか、公安も確証を得たのはわりと最近なんですけども。ともあれこのシリーズ、『遠い昔、遥か彼方の銀河系で』が冒頭の決まり文句でして」
「……マジでどこかの銀河で起きた話を、映画にした人がいたって? よりにもよって超常以前に?」
「“個性”が明確に歴史に現れたのはおよそ百数十年前からですが、それよりも前にはまったくなかったとは言い切れませんからね。そういう“個性”があったなら、あり得ないとは言えないでしょう?」
「それはまあ、そッスけど」
そう答えたホークスは、改めて表紙を見て感嘆と呆れの入り混じったため息をついた。
次いで、ぺらぺらと適当なページをめくってみる。そして、一瞬顔色を変えた。
なぜなら、印刷された劇中のシーンらしき写真の中に、どう見ても最近何かと話題な幼女が振り回す武器と同じものが写っていたからだ。なるほど、これは無視できない。
「そういうわけなので、連合への潜入が始まるまでに読み込んで、フォースへの対抗手段を身に付けておいていただきたく」
「はいはい、了解ッスわ」
「あ、読み終わったら焼却してくださいね。そこに載っている情報は、万が一にも重音ちゃんやヴィラン連合に知られるわけにはいかないので」
「……そういや、死柄木襲は自身の“準個性”を正確には把握できてないって話でしたっけ。でもいいんです? 貴重なものなんでしょう?」
「電子データ化は済んでいますから、大丈夫ですよ。そのデータも、厳重にセキュリティをかけてありますから」
「はあ。そういうことなら、遠慮なく」
ぱすん、と本が閉じる音がかすかに響いた。
「……それじゃ、今日はこの辺でお開きにしますか」
「はい。次に会うときは連合の中で……ですね」
「ええ。そちらも気をつけて」
「お互い、がんばりましょう。フォースと共にあらんことを」
「? ええと、はい。フォースと共に?」
かくして、二人は別々に闇に潜んだ。
彼らが光であると知られれば、ただでは済まない。それでも、二人が諦めることはないだろう。
既に覚悟は決めている。ならば、あとは目指すゴールへ。最速で辿り着くだけだ。
……なお、後日。ホークスが資料集に記されていた情報をすべて記憶し終え、焼却処分をした数日後。
警察庁のデータベースから、資料集のデータが完全に消去されていたことが発覚し、一部の人間は阿鼻叫喚の地獄に陥った。
既に焼却処分してしまったと聞いて恥も外聞もなく声を荒らげる警察庁の人員に対して、ホークスは「知らんがな」と思ったという……。
データベースからデータを消した犯人・・・一体どこの何2Oなんだ・・・(棒
ともあれ久々の登場、ルクセリア。
彼というキャラを作った当初はここまで登場するとは思ってませんでしたが、扱いやすい立場に収まったおかげでうまい具合にまとまりました。襲のフォースからホークスの内心を守る方法を伝授するために再登場させられたのは、我ながらいい機転だったと思ってます。
でもって、せっかく公安のエージェントって設定を与えたのだから、ここでホークスのサポート役として一緒に潜入してもらおうかと思いまして。
原作で警察からのスパイがいるかは明らかになってないんですが、警察の人間がホークスほど敵の中枢に潜り込んだりは難しいだろうしたぶんホークス単騎だったんじゃないかなって思ってます。
でもホークス一人ってのはさすがに負担が多すぎると思うので、本作ではサポート役ありってことで。
どっちみち普通の人間だと襲のフォースに引っ掛かりかねないので、ルクセリア以外にサポート役ができる人いないってのもあるんですけどね。
ちなみに、ルクセリアが渡してた資料集は架空のものです。中身についてはいずれ理波に言及させますが、これ一冊でフォースはおろか遠い昔、遥か彼方の銀河系の歴史や政治体制などがわかってしまう特級劇物。
そんなものを書籍として残した元凶が誰なのかは、またいずれ。