エンデヴァーが福岡での激戦を制した、二日後の夜のことであった。
いつものように、ベッドでヒミコと愛を交わしていたときである。突然男子棟のほうから強大な気配が吹き上がり、次いでガラスか何かが砕け散る音が響いてきた。
ガラスの類が割れたとなればそれなりの問題だが、それよりも突然フォースが危険を訴えるほど大きな気配を感じたことが何より問題である。おかげで快感で蕩けていた思考は一瞬で現実に引き戻され、私たちは同時に我に返った。
「……なんでしょ?」
「……ミドリヤ、か?」
お互い裸のまま、見つめ合って首を傾げる。
強い気配は、もうまったく感じない。代わりに、ミドリヤの強い困惑と恐怖の感情を感じた。彼の身に何かが?
ともかくすぐに彼の下へ向かおうとしたが、身体が動かなかった。意識は緊急事態に際して覚醒したが、身体はまだめくるめく幸せな夢の中にいるからだ。
おまけによくよく考えれば、私たちの身体は色々とひどいことになっている。二人ともあちこちに噛み跡がついている上に、血やら体液やらでぐしょぐしょだ。この状態で人前に出るなど、社会的な自殺行為がすぎる。
仕方ないので私たちは互いに増幅をかけて身体を急速に落ち着かせ、ウェットティッシュを駆使して最低限の処理と身だしなみを済ませてから部屋を出た。
……走りながら思う。資格の取得諸々を済ませて働き始めた場合、夜のプライベートな時間であっても気が抜けないなと。
大きな事件が起きるなどして緊急の要請があったとき、すぐに動けないようでは問題だ。それを思うと、下手に情事にふけるわけにはいかない。
いやでも、それは……。あまりこれ以上、そういう時間を減らしたくは……しかし……。
……いや、これについては今は考えないでおこう。そうこうしているうちに目的地に着いたことだし。
「ミドリヤ、大丈夫か?」
なぜか開け放たれていたミドリヤの部屋に踏み込むと、そこにはボロボロになった布団を相手に悪戦苦闘しているミドリヤと、安眠を妨害された文句を言いつつも片づけを手伝っているアオヤマがいた。
見たところ、二人に怪我はなさそうではあるが……何をどうしたらそこまで布団がボロボロになるのだ? おまけに窓ガラスが一部割れて外に破片が散っているし、小物――主にオールマイトグッズ――がいくつも周囲に散乱している。本当に何が起きたというのか。
「増栄さんにトガさん?」
「ボンソワール☆ もしかして、女子棟にも聞こえてた?」
「ガラスが割れる音は聞こえましたねぇ」
「だがそれ以上に、非常に大きな力を感じてな。それで何事かと思って来たんだが……一体何が?」
「……実は僕にもよくわからなくて」
そう言うミドリヤだが、彼の脳裏にはワンフォーオールのことが浮かんでいる。どうやら、“個性”の暴発か何かのようだ。
だとすれば……と一瞬驚いたが、先ほども見た通りミドリヤには怪我は一切ない。力そのものが暴れたわけではない、ということだろうか?
「何か溜め込んでるんじゃないかい? チーズでも食べて、リラックスしたほうがいいよ」
「……かもしれない。三人とも起こしてごめんよ」
ともあれ、ワンフォーオールに関することであるのならば、人前で言及するわけにはいくまい。ミドリヤも、アオヤマの言葉に素直に応じながら頭を下げていた。
……ミドリヤの姿は、よく見るとジャージであった。加えてどこかくたびれた気配がある。
聞けばどうやら、訓練に訓練を重ねた結果、風呂に入ることもなく倒れるように眠ってしまったらしい。確かに、溜め込んでいるのではないかというアオヤマの指摘は、当たらずも遠からずと言ったところかもしれない。
「……であれば、君はまず風呂に入って身体を落ち着けて、それから改めて休むべきだろう」
「うん、部屋片づけたらそうするよ」
「手伝いますよぉ。こういうのは一人でやるよりみんなでやったほうが早いです」
「え、でも……」
「ヒミコの言う通りだよ。とりあえず、布団は私がやろう。布団の処理なら慣れている」
「……ごめん、ありがとう」
ということで、もう使えそうもない布団を預かり、処分すると共に新しいものを持って行ってやる。この辺りは、二度と使えないくらいに破損するわけではないにせよ、頻繁に布団を入れ替える必要に駆られているからこそ身に付いた技術である。
……まあ、アオヤマに「なんで慣れてるんだい……?」と首を傾げられたが。ちょうどそちらを向いていなかったことを幸いに、聞こえなかったふりをしてやり過ごした。
そうしてあれやこれやとやっていると時間がすぎるのはあっという間で、すべてが終わった頃には深夜一時を回っていた。最低限、眠る時間は確保できたようで何よりである。手伝ったかいがあったというものだ。
最後は、よく眠れるよう二人に軽いフォーススリープをかけて男子棟をあとにする。
部屋に戻ってからは、私たちもすぐに眠ることにした。何せまだ週末ではなく、夜が明けてからの授業のことを思えばこれ以上の夜更かしはできない。
情事を中断させられたことによる軽い欲求不満はあったが、それはそれである。今夜できなかった分は週末にたっぷりするということで合意して、私たちは眠りについたのであった。
***
暖かくて、光に満ちている。奏でられる聖なる調べの中で、誰もが楽しそうに笑っている。
……ああいや、バクゴーだけは相変わらず仏頂面だな。イレイザーヘッドですらいささか表情が柔らかいというのに、あの男と来たら。
まあそれはともかく。どうやらそこは、寮の談話スペースのようだった。さながら出席者が円陣を組むようになる形に並び替えられたテーブルとソファ。そこにA組の全員が集まっている。
よくよく見ると、エリもいるようだ。トーガタは……いないな。彼は自分のクラスのところだろうか?
一方で、テーブルの上にはいくつもの豪華な料理が並ぶ。どれもこれも、非常においしそうだ。
それらを囲む私たちは、みな一様に赤か緑の服と帽子を身に着けている。白いふわふわの飾りが袖口などを彩っている。イイダなどは付け髭で口元を完全に覆ってしまっていて、どこからどう見てもこの時期特有の聖人である。かの聖人を名乗るには若すぎるが。
そんな中、ジローの演奏に合わせてみなで歌う曲は、その手の話題に疎い私でも知っている有名な楽曲である。超常以前、それどころか世界に通信の網が敷かれるよりも前から存在する曲。穏やかで、神聖な雰囲気を持った曲だ。
だからああ、と理解する。
これはきっと、クリスマスの光景だ。
クリスマス?
だがそれは、まだ丸々一か月先のことで。
……ということは、つまりそういうことなのだろう。
一人で勝手にそう納得した私は、意識をずらして
ああ、今の私はそういう顔をするようになったのだなぁと、なんだか無性に照れ臭い。
年齢については疑問に思われていない、とはいつぞやのヒミコの言葉だが……ああ、そうだろうとも。あんな顔をしていたら、疑われるはずなどないに決まっている。
一方、そんな私を胸元で抱きしめるヒミコも、万感の想いがこもったような美しい笑みを浮かべていて……二人揃ってまったく、なんて幸せそうにしているのだろう。
自分で言うのもなんだが、確かにこれはアナキンの言う通り付き合いたてのカップルの距離感だろう。それをこうやって客観視させられるというのは、どうにも気恥ずかしい。けれど、だからといってやめることはないのだろうな。私も、ヒミコも。
思えば私の人生において、クリスマスとはさして縁のないイベントだった。それはもちろん、我が家が仏教寺院であることも関係ないわけではないが……そもそもの話、こういう世俗の出来事に対する関心が極めて薄かったから。
何より、こうやってイベントを楽しむような親しい
けれど、どうやら今年は違うらしい。その「違い」がどうにも嬉しくて、胸の奥がほんのりと暖かくなる。
こんなものを見せられたら、否が応にも期待してしまうではないか。一か月後、A組の全員でこうやって楽しくパーティをするときが待ち遠しくなる。早くそんなときが来てくれないかなと思ってしまう。
あとは……そうだ。クリスマスと言えば、世間では恋人の日とも言われていたか。であれば、きっとこの日の夜は……。
そんなことを考えると、下腹部が切なくなる。今夜は途中で切り上げることになったから、余計だろうか。
何を馬鹿なことを、ジェダイとしていかがなものか、などとはもう思わない。
これでいい。これ
改めて、そう思う。
だから……だから、私は――――
***
「――――久しぶりに見たな、フォースヴィジョン……」
気づけば、いつの間にか朝になっていた。
時計に目を向ければ、六時半ごろ。冬至が近い今完全な夜明けにはまだ少し早く、外から差し込んでくる光は朧気だ。
暖房はつけていなかったため、布団の外にある顔は冬の朝特有の冴えた冷たさを受けて、少々ひんやりとしている。
けれど一方で、布団の中……愛する人と抱き合っているそこは、身も心も非常に暖かい。
そろそろ起きたほうがいい時間帯ではあるが……快適なこの小さな世界が、どうにも離れがたい心地よさで。
私はもぞもぞと布団の中に潜り込むと、ヒミコの身体を抱きしめた。同時に、その胸元に顔を埋める。
「……んむぅ……?」
「ああ、すまない……起こしてしまったかな」
その拍子に、ヒミコが身動ぎした。寝ぼけ眼がこちらに向けられる。
ぼんやりとしたその表情が、またたまらなく愛らしくて……私は我慢できずに彼女の唇をついばんだ。
「……んーん、気にしてないですよぉ。んー……ちゅ」
お返しとばかりに唇を奪い返される。
そうして私たちは、額を突き合わせてくすくすと笑い合った。
「コトちゃん、なんだか今朝はご機嫌ですね?」
「久しぶりに見たフォースヴィジョンが、いいものだったんだ。どういう理由で見たのかはよくわからないんだが」
「へぇ、どんなだったんです?」
「とてもいい夢だったよ。A組のみなで過ごす、幸せなクリスマスの夢だった」
「わあ、いいですねぇ。楽しみだねぇ、ワクワクするねぇ」
「うん、楽しみだ。すごく……すっごく、楽しみだ」
そう言った瞬間の私は。
今までとは違って、ヴィジョンの中の私がしていたような……子供らしい笑顔を綻ばせているのだろうなと、はっきり確信できたのだった。
実際のところ、致してる最中に事件が起きたらプロヒーローの皆さんはどう動くんでしょうね? 上位陣ほど即切り上げて出動しそうではありますが、下位のほうは続けそう。
道徳的にはすぐ動くのが正しいんでしょうけど、生物的には続けるのが正しいよなぁって。
真夜中に葬儀の手続きをする両親を見たことがあるので、リアルでも寺の人とか大変だろうなぁって思います。
なお、本作では体育祭でデクくんが心操くんと戦ってないので、実はワンフォーオールの面影を見たのはここが初めてだったりします。
なので原作より動転してますが、布団の交換とベッドメイクになぜかやたら慣れてる幼女が来たので原作よりは眠れてます。
なんで慣れてるんやろなぁ(すっとぼけ
ところでこの二回目の面影を見るシーン、原作だと掛け布団がボロボロになってますが、アニメだとなんともないんですよね。
あと窓ガラスが割れるのはアニメ版だけで、原作だと割れてないんですが、この辺の違いはどういう意図なんですかね?
少し迷いましたが、本作では両方同時に起こってることにしました。原作よりデクくんの個性関連のステが上がってるんで、それでもいいかなって。